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神の去った世界で  作者: ジョニー
第4章 混沌のイシュタル
166/214

70話 アシャからの連絡



 風の精霊を呼び出したルネがアシャに『風の衣』を纏わせる。

 途端に彼の気配が途絶え、眼に拠る視認でしかアシャの存在が確認出来なくなった。つまりアシャから発せられる僅かな呼吸音も臭いも空気の揺らぎも全く感じられなくなったのだ。

「・・・此れは凄いな。」

 シオンが唸るとクリオリングも頷く。

「確かに。此れでは眼で確認出来ない限り、横に立たれても気付けませんな。」

 歴戦の戦士2人が認める事によってその場に居る全員がルネの精霊魔法の威力を信じた。

「アシャ、すまないが宜しく頼む。」

 ミシェイルが言うとアシャは渋々といった体で頷きルネを見た。

「この魔法は何処まで行っても解けないんだな?」

 既に精霊の制御に入っているルネは両眼を閉じたまま言葉少なめに答える。

「この城内くらいの広さなら大丈夫。但し殺気や魔力の類いまでは隠せないからそのつもりで。あと、投げナイフみたいに貴方の手を離れた物までは精霊はカバーしてくれない。」

「解った。」

 アシャは頷くと最後にミシェイルを一瞥して小屋を出て行った。


「さて、では我々は大将軍殿ともう一度面会させて貰おうか。」

 カンナは一旦そう締め括った。



「お待たせしたな、セルディナの英雄達。」

 ディオニス大将軍が供を連れて再び姿を現したのは近くの兵士に頼んでから半刻ほど経ってからだった。

「ん? あの娘は?」

 ディオニスが、部屋の隅で椅子に座り両眼を閉じて佇むルネを見て尋ねる。

 カンナが気にするでもない様に答えた。

「彼女は私達の友人で優秀な精霊使いだ。私の依頼でこの城の何が要因で雲の影響を受けていないのかを精霊を使って探って貰っているんだ。」

「ほう・・・。」

「ディオニス閣下。此方の蒼金の戦士は私の友人で、今朝からのイシュタルの変化に驚き私に協力を申し出てくれた者です。」

「了解した。」

 ディオニスはカンナとシオンの説明に何かまだ問いたげではあったが直ぐに本題に戻った。

「先ずはシオン殿、ミシェイル殿、アイシャ殿、伝導者殿のご尽力に感謝したい。貴殿らが帝都に呼び掛けてくれてからまだ2刻ほどしか経っていないが、ご覧の通り多くの民が被害を逃れて城に避難出来ている。まだまだ避難してくる民の数は増えていいくだろうが、受け容れられるだけ受け容れていくつもりだ。既に城内にも避難民を収容させる手筈を整えるように宰相を説得している。」

「うん、庭先だけでは確かに場所が足りないだろうし城内の使用許可を先に取っておくのは良いな。」

 カンナはディオニスの行動を是とした。

「さて、それで大将軍殿。其方の方はどうだったかな?」

 敢えて言葉は濁して尋ねたがディオニスは当然その質問の意味を理解していた。

「うむ。あの後にもう一度陛下にお会いしてみたがやはり納得出来るお答えは頂けなかった。」

「だろうな。」

「故に臣としては背信と取られても仕方無いが、リンデル殿下に直接会いに行った。」

「軟禁されているのであれば、番兵がいる筈。よく通れましたね。」

 シオンが驚くとディオニスは苦笑した。

「だから背信だよ。要は番兵を脅したのだ。『殿下への聴取で参った。此処を通せ。』とな。」

「大丈夫なのですか? そのような・・・」

「問題ない。儂が無理を押し通して独断で聴取をしたのだ。もちろん彼等に責任は取らせんよ。」

「其れでは閣下が・・・」

 心配げなシオンにディオニスは穏やかな笑顔を浮かべて手で制した。

「儂のことは良い。後でどうとでもなる。其れよりもリンデル殿下だ。今、あの方を失う事は出来ないのだ。イアン殿下が薨御なされてしまった今、イシュタル帝国にとってはリンデル殿下とヴェルノ皇太子殿下こそがまさに未来の希望の星。どちらが欠けてもいかんのだよ。」

 老将軍の両眼に湛えられた強い光を見てシオンも不安げでは在ったが、やがて頷いた。


「大将軍殿。では殿下には会えたのだな?」

 カンナが助け船を出すとディオニスはカンナを見た。

「ああそうだ。殿下は自室にて大人しくされていた。儂の疑問にも答えて下さり漸く合点がいった。」

「ほう・・・。」

「陛下は邪教徒と通じている。」

「!?」

 アリスとノリアを除く全員が驚きの余り立ち上がった。

 シオンが代表して口を開く。

「しかし閣下。先日リンデル殿下から聞かされた話では、以前に邪教徒が皇帝陛下の寝室に紋章を置き残した時には本気で怒って居られたと聞いていましたが・・・其れも演技だったと?」

「いや。」

 ディオニスは頭を振った。

「儂もその辺については殿下に尋ねたが殿下の答えはこうだった・・・」


 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆


「いや違う、ディオニス将軍。あの時の陛下は間違い無く邪教徒に対して怒りを抱いていた。少なくともあの時点では陛下と邪教徒との間に関係は無かった。」

「では何時・・・?」

「正確には解らん。だがイアン兄上が残された書類の中にコレが在った。」

 そう言ってリンデルはディオニスに薄いアメジストを戴いたブレスレットを手渡した。

「コレは?」

「其のブレスレットの枠に刻まれた模様を見てみよ。」

「?」

 リンデルの指示に首を傾げながらディオニスはブレスレットを確認する。

 なるほど確かにアメジストを縁取る銀細工に紋様が刻まれている。この紋様は・・・。

「!」

 ディオニスは両眼を見開いた。

 リンデルが頷く。

「そうだ。父上の寝室に置かれていた邪教の紋章と全く同じものだ。」

「コレを何処で?」

「順を追って話そう。イアン兄上はそもそもカーネリア王国の騒動の黒幕が陛下ではないかと疑っていらっしゃった。其れを確認する為に陛下の自室を訪れた際、偶々だが邪教徒と連絡を取る陛下の姿を扉の隙間から見ていらっしゃったのだ。イアン兄上はその事を私に伝えてきた。そして其の翌日に兄上は亡くなられたのだ。恐らくは陛下の自室を覗いていたところを影に見られていたのだろう。」

「・・・。」

「そして私は昨日、兄上の忠告に従って書庫室で『銀栞が挟まれた本』を探した。最初は銀栞が何なのか判らなかったが、実は栞自体がこのブレスレットを薄紙2枚で挟んだものになっている構成を見て、兄上は私にコレを見せたかったのだと理解した。」

「イアン殿下はこのブレスレットを何処で入手されたのでしょうか?」

「無論、父上の寝所だ。コレに書いてある。」

 そう言うとリンデルはディオニスに一束の資料を渡す。其処にはイアンの直筆で皇帝ヴィルヘルムが犯した大罪の告発文が記載されていた。

「なるほど。」

 目を通しながらディオニスはボソリと呟いた。

「其処に記載された、イアン兄上が父上の行いについて『皇帝にあるまじき』と断じた罪の数は大小合わせて12。だがその中でも邪教徒との繋がりに関しては特に憤られていた。セルディナ公国で起きた邪教異変の件もあっての事だろうが『国の頂きに立つ者が宗教と・・・況してや邪教と繋がるなど、父上はイシュタル帝国を潰すおつもりか』とな。」

 語りながらリンデルの表情は青ざめていた。

 聡明且つ豪胆で鳴る皇子も、その実は未だ20代の若者なのだ。平静で居られる筈も無い。

「殿下、委細承知致しました。亡くなられたイアン殿下の御為にも、不肖このディオニス、殿下のお考えに協力致しましょう。」

「感謝する、大将軍。」

 リンデルは現れた頼もしい味方に頭を下げた。


 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆


「そう言う事だったのですね。」

 語り終えたディオニスが口を閉じるとシオンは合点が行った要に頷いた。

「それで大将軍。リンデル殿下が手にしていた資料は確かなモノだったのかな?」

 カンナが尋ねるとディオニスは頷いた。

「儂もリンデル殿下からお預かりして自室にて改めて読み直してみたが信頼が置けそうなモノだった。流石はイアン殿下だ。・・・そうだな、邪教徒に関わるモノだけにはなるが伝導者殿にも覧て貰おうか。」

 そう言うとディオニスは懐から紙束を取り出し何枚かをカンナに手渡した。

「他の件についてはイシュタル内部に深く根差すモノも在るので見せられんが。」

「勿論構わないさ。逆に不用意に見せられても困る。」

 目を通しながらカンナは答えた。


 やがてカンナは資料をディオニスに返しながら唸った。

「このイアン殿下という御仁は相当な賢者だったのだな。」

「正しくこの帝国の希望で在り、帝国の未来を担う中心人物の御一人として活躍される筈の御方だった。ヴェルノ皇太子殿下もイアン殿下にはかなりの信頼を寄せられていらっしゃったよ。」

 そう答えるディオニスの表情には無念さが滲み出ていた。

「だが亡くなられた御方の事を悔やむ暇は、今は無いでしょう。無情なことを言う様ですが大将軍殿にはやらねばならない事が有る筈。」

 敢えて非情な言い方をしたクリオリングにディオニスは首を振る。

「いや、クリオリング殿の仰る通りだ。故人を偲ぶのは事が片付いた後で幾らでも出来るだろう。今肝要なのはリンデル殿下にイアン殿下と同じ運命を辿らせぬ事だ。」

「仰る通りです。」

「陛下は恐らく・・・いや、間違い無く殿下を処刑なさるお積もりだろう。だとしたら、今のこのイシュタルの混乱は願ってもない好機と捉えていらっしゃる筈だ。で在れば陛下が行動に起こされる前に何としても殿下をお救いせねばならぬ。」

「手立てはあるのか?」

 カンナの問いにディオニスは覚悟を決めた面持ちで頷く。

「リンデル殿下からお預かりしたこのブレスレットとイアン殿下が遺されたこの告発文を使う。無論、機会を窺う必要はあるが悠長に構える事も出来ん。可能なら今日中にでも事を起こさねば。」

 ノームの娘は思案しながら軽く溜息を吐いた。

「まったく・・・多難な事よ。」



 ヴィルヘルムがアメジストを遇ったアミュレットを口に近づけて話している。


「大した悪党ぶりだ。」

 気配を完全に消せる事を利用して天井裏に控えていた2人の影を昏倒させたアシャは皇帝の様子を伺いながらそう呟いた。

 あのアミュレットにはアシャも見覚えがある。アレはセルディナのオディス教が特定の相手に連絡を取るために渡す代物だ。イシュタルのオディス教徒も同じ物を用いているとは知らなかった。当然ヴィルヘルムが話している相手はオディス教徒だろう。

 そしてその内容はと言えば『捕らえたリンデル皇子を何時処刑するのが効果的か』というモノだった。人は高位に立てば人の心を忘れるものなのだろうか。

 其処まで考えてアシャは鼻で嗤う。

「俺が言えた事か。」

 どうもミシェイルと話しをしてから調子が狂っている様だ。


「おい、聞こえるか?」

 アシャが呟くと

『はい、聞こえます。』

 とルネの思念が流れてきた。

「皇帝はオディスと繋がっている。」

『其の様ですね』

「・・・。」

 アシャは憮然とした表情になる。

「知っていたのか。」

『たった今。ディオニス大将軍が皇帝と邪教の徒との繋がりを話しています』

「チッ」

 アシャは軽く舌打ちをした。

「じゃあ連中に伝えておけ。皇帝はリンデル皇子を何時殺すかの算段を立てていると。常時身に着けているのかは知らんが、手の甲に付けているアメジストを遇ったアミュレットが連中との連絡手段になっている。」

『解りました』

 そして会話を終えようとした時、アシャは先程此処へ来る前に見つけたモノを思い出し口にする。

「それとな、途轍もなく強力な法術が使われた痕跡を見つけた。」

『え?』

「あのノームのチビ助に見せた方が良いんじゃないのか?」

『・・・直ぐに伝えます。場所は何処ですか?』

 ルネはアシャから場所を聞くとアシャに戻るように指示を出した。が、アシャは拒否をした。

「悪いが俺はこのまま撤収させて貰うぜ。俺には俺のやる事がある。」

『・・・そうですか。ではまた何処かで。』

 ルネからの思念が途絶えると、アシャは再び暗がりの中へ姿を消して行った。


 ルネの意識が覚醒する。とは言っても此処で交わされた会話は全て聴いていたのだが。

 エルフの女神は一同の話が一段落着いた処を見計らって声を掛けた。

「皆さん、お待たせ致しました。『精霊は去って行きました』」

 カンナがディオニスにした説明に話を合わせる為、敢えてその様な言い方をする。

「おお、ルネ殿。すまんな手間を掛けさせて。」

 カンナがルネの意図に気付いて苦笑しながら返事を返す。ミシェイルもルネの言葉の意味を理解したのか一瞬だけ残念そうな表情を見せたが直ぐに軽く頷いた。

「其れで、何か解ったのか?」

 ノームの問いにエルフは頷く。

「この国の皇帝は捕らえた皇子を何時何処で処刑するかの算段を立てて居ました。アメジストを遇ったアミュレットに向けて誰かと話していましたが、相手は恐らく邪教の徒でしょう。」

「アメジストを遇ったアミュレット・・・。」

 ディオニスは豊かな顎髭を撫でながら考え込む。

「覚えが在るのか? 大将軍殿。」

 カンナの問いにディオニスは首を振った。

「いや、陛下が其の様な物を身に着けて居られる処は見たことが無い。」

「そうだろうな。」

 納得するカンナにルネはアシャから聴いた情報を更に話す。

「それと・・・強力な呪法を使ったと思われる痕跡を『精霊達』が見つけています。」

「強力な呪法?」

 意外な報告にカンナは首を傾げる。

「はい。」

「場所は判るのか?」

「恐らく。一応精霊から場所の確認を取ってはいますが、何しろ私が直接見てきた訳では無いので、行ってみない事には何とも。」

「よし。では行ってみるか。宜しいかな、大将軍殿?」

「無論。」

 ディオニスは力強く首肯した。


 アシャの言葉通りに進んだ先は管理庫だった。

「管理庫・・・此処かね?」

 ディオニスは不思議そうな表情でルネに確認する。

「ええ、此処ですね。」

 アシャの言葉を捉え違えて無ければ此処の筈だ。

「閣下、開けて見ては如何でしょう。」

「うむ、そうだな。」

 ディオニスはロイヤルファミリーが居住するエリア以外の重大区域の鍵を束にして持っていた。その内の2つを使って管理庫の二重鍵を解錠する。


「!!」

 カンナとシオン、ルーシー、其れにクリオリングとルネが反応した。

「コレは・・・。」

 シオンが呻く。

「予想していたとは言え何とも強烈な呪法痕だな。」

 カンナも呆れた様に呟くとルーシーを見た。ルーシーは意を得て頷く。

『灰に座せし偽りの羊よ。奏でられし羽音を纏いて安らぎの豊穣を齎せ・・・セイクリッドオーラ』

 ルーシーを中心に光のオーラが溢れ出し一行を包み込む。

「一同、ルーシーの魔法の外に出るなよ。とんでもなく濃い瘴気がこの管理庫内部に揺蕩っている。直接触れてしまえばどうなってしまうか判らん。」

「解った。」

 代表してシオンが返事をする。


 集められた様々な事件の証拠品の数々は、今や濃い瘴気に纏わり付かれてしまい凶悪な呪物に変化してしまっていた。

 その中を一行は奥に進んでいく。

「そう言えば・・・。」

 薄闇の中、ディオニスが思い出した様に呟いた。

「一番奥には今回の連続殺人事件の残留品が置いて在った筈だな。確か回収した銀細工の装飾品に妙な魔力が籠もっている様だから調べると言っていたのだが、結局何も解らずに戻したと報告では聴いていたが・・・。」

「其れはアレか?」

 カンナが指差す先には銀細工の百合が簡素な台の上に複数個、円を描くように転がっていた。その中心には焼け焦げた様な姿になったアミュレットらしき物が置いて在る。

「そうだ、アレだ。」

 ディオニスが頷く。


「アレが精霊の言っていた呪法痕です。」

 ルネがそう言った。










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