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神の去った世界で  作者: ジョニー
第4章 混沌のイシュタル
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68話 アスタルトの尋問



 イシュタルの異変を父王に伝えた後、アスタルトは1人の貴族を呼び出した。


「殿下、ご無沙汰致して居ります。」

 鷲を思わせる様な鋭い眼光を持つ痩身の男が慇懃な態度でアスタルトに一礼した。

「急な呼び立てをしてしまい申し訳無いな、レーニッシュ侯爵。」

「とんでも御座いません。殿下のお呼び立てとあらばいつ如何なる時にでも馳せ参じましょうぞ。」

 アスタルトの詫びに白々しい笑みを浮かべてレーニッシュ侯爵は勧められたられたソファーに腰を下ろす。


 今年60歳を迎えるレーニッシュ侯爵はセロ公爵派に次ぐ巨大派閥の領袖であったが、セロ公爵派が失墜した為に名実共に最大の派閥を率いる貴族となっていた。彼の権勢に対抗出来るのはブリヤン=フォン=アインズロード侯爵くらいのものだが彼自身が派閥を作っていない為、現在の貴族事情において彼の派閥は最も動向を注視されている一派であった。

 彼らはセロ公爵の様な過激な手段は取らないが、何か重大な決議がある時に数で以て公王に対抗してくる事が多々あり色々と難儀する面も多い。どうしても通さねば為らない議案については公王が持つ強権を発動して決議させる事も出来るが、そうは言っても無視し得ない力を持つ大貴族だった。

 目下の処、レーニッシュ侯爵の狙いは公太子アスタルトの妃の座に娘のヘルミーネを据える事であった為、今回のアスタルトの呼び出しにも勇んで参じた事だろう。


「そうか、其れは有り難い。」

 アスタルトも白々しく頷くと早速本題に入った。

「レーニッシュ卿を呼んだのは他でもない。確認しておきたい件が有っての事だ。」

「確認しておきたい件・・・はて、何で御座いましょうな?」

 レーニッシュは訝しげに首を傾げる。

「卿が日々親交を深めている貴族達の中に二ゼラ伯爵がいたな?」

「・・・はい。」

 それがどうかしたのか? とでも言いたげにレーニッシュが首肯する。が、一瞬だけ警戒する光を双眸に宿した侯爵をアスタルトの両眼は見逃さなかった。

「実はな、私の下に彼についての報告が上がって来ている。」

「報告ですか。」

 完全に表情を消したレーニッシュが惚ける。

「卿に尋ねるが、現在二ゼラ伯爵はどうしている?」

 アスタルトの鋭い眼光を見て、レーニッシュ侯爵は素早く計算する。

 恐らくアスタルトは二ゼラ伯爵の不祥事について知っている。下手をすると証拠まで握っている可能性まであると考えるべきだ。今、公太子の不興を買うのは避けたい。と、すれば・・・切り捨てるか。大貴族の決断は早かった。


「実は二ゼラ伯爵との交流は一月ほど前から断たせて頂いております。」

「・・・。」

「彼は信じられない事に邪教の徒と繋がりを持っていたのです。」

「ほう・・・。」

 惚けもせずに邪教徒との繋がりを話し始めた侯爵の態度はアスタルトにとって意外なモノだったが、直ぐに「切り捨てたか」と察する。ならば其れは其れで良い。素直に話してくれるのならば余計な手間が省けるというものだ。

「其れは直接に彼の口から訊いたと言う事で宜しいのかな?」

「はい、其の通りで御座います。その事実を彼の口から知らされた時には流石に私も絶句しました。つい先日まで邪教異変に因って大きな被害を受けていたセルディナで、その国の貴族たる者が邪教の徒と未だ繋がりを持っている。此れは許せることではありません。故に彼との縁は切らせて頂いた。」

「なるほど、其れは解る。だがでは何故それを陛下に報告しなかったのかね?」

 アスタルトの問いにレーニッシュ侯爵は答えた。

「無論、報告はするつもりでした。ただ報告をするにしてもある程度の情報と共に報告をさせて頂くつもりでした。侯爵家以上に与えられている『貴族への捜査権』を利用して情報を集めておりました。」

「ふむ。では何か解ったのかね?」

「はい。」

 レーニッシュ侯爵は頷く。

「此れは二ゼラ伯爵から訊きだしたのですが実は邪教徒は滅んだ訳では無いそうなのです。セルディナを席巻した邪教徒達はオディス教の一部に過ぎず、イシュタル帝国に巣くう連中こそがオディス教の本体なのだとか。そして二ゼラ伯爵は其処の教徒と手を組んでいたそうです。」

「・・・それで?」

「二ゼラ伯爵が邪教徒から与えられた役割はイシュタル帝国の貴族情報を集め定期的に報告する事。それと機を見て帝都に溜まる不満を流言する事。その為に彼は数年前から個人的に密偵を送りイシュタルを調査していたそうです。」

「なんて事だ。」

 アスタルトの奥歯がギリッと音を立てた。

「では我が国が放った紐付き以外の密偵がイシュタルにいるらしい、と言う話しは二ゼラ伯爵が原因だったのか。」

「はい、申し訳御座いません。」

 レーニッシュ侯爵は素直に頭を下げる。

 派閥の領袖として頭を下げたのであろう。アスタルトも敢えて其処には言及しない。

「・・・良い。それで続きはあるのか?」

「はい。最近は新たな役割が課せられたそうで、他国の貴族をイェルハルド法皇猊下主催の祭礼の儀に参加させる方法を探していたようです。」

「・・・歴史を鑑みても法皇猊下主催の祭事に、招かれていない他国の貴族が参加した事例は無い。」

「仰る通りで御座います。邪教徒もまた何故そのような指示を出したのかは量りかねますが良からぬ算段があるに違い有りますまい。」

「二ゼラ伯爵は何処に居る?」

「恐らくはイシュタル帝国かと。私が早急に密偵を引き上げさせる様に指示を出した処、その後から連絡が着かなくなっております。」

 アスタルトは唸った。

「その時点で我々に報告するべきだったな、侯爵。」

「申し訳御座いません。」

 一瞬だけ本物の後悔を表情に滲ませてレーニッシュ侯爵は再び謝罪する。


 色々と計算高く一筋縄ではいかない男だが、この男にはこの男なりの信条がある。決して王家に対して含む考えを持ったり、我が身さえ良ければ良いと言ったような狭量な考えの持ち主では無い。

 この件にしても自身の力である程度解決の目処を立ててから公王に報告したかったのだろう。失敗してしまった様だが。

 だが間違い無くセルディナ公国に対して誠実な行動を取る貴族の一人ではあるのだ。


 アスタルトは大きく息を吐き出すと背もたれに身を預けた。

「陛下には私から話しをする。卿には付き合いの深かった二ゼラ伯爵だろうが、彼には厳しい沙汰が下ると思え。」

「は、心得て居ります。」

「卿にもある程度の罰が下ると覚えておくが良い。」

「畏まりました。」

 レーニッシュ侯爵は全て了承する。

 とは言う物の、レーニッシュ侯爵への罰は復興工事の資金提供に留まるだろうが。

 邪教異変でアインズロード侯爵領の一部が大きく損傷している。結構な金額が見込まれているが其れの立て直しに充てる資金を彼から提供して貰おう。

 アスタルトはそう算段を立てた。


「時に殿下。」

 レーニッシュ侯爵の口調が変わる。

「何だ?」

 アスタルトが返事をすると侯爵は笑みを浮かべながら言った。

「我が娘ヘルミーネは日夜、公国のお役に立とうと努力を重ねております。」

「・・・。」

 アスタルトは一瞬返事に詰まるがやがて視線を逸らして言った。

「そうか、其れは『すまない』な。」

 暗に侯爵の宿望に断りを入れる。が、

「なんの、お気に為されますな。我が一族は努力を旨とする血筋なれば、アレも苦にもせず日々精進に励んでおりまする。」

「そうか。」

「努力は報われるべきもの、ですな。殿下。」

 レーニッシュの双眸が底光りする。

 アスタルトは苦笑した。

「確かに卿の仰る通り努力は総じて報われるべきだ。しかし此の世の中は世知辛い。必ずしもそうとは限らないから我々王侯貴族が民を導かねばならんのだろうな。」

「・・・左様で御座いますな。」

「では、行くが良い。行って先ず卿が為すべき事を為せ。」

「・・・は。」

 レーニッシュは詰めの甘さを呪いながら部屋を出て行った。

 何とか話しを逸らしたアスタルトはフゥと息を吐いた。やはりあの男は喰えん、と。


「殿下、守護神ビアヌティアン様を御護りするレイアート遺跡の駐屯部隊から報せが届きました!」

 扉の向こうから掛けられたプリンスガードの声にアスタルトは跳ねるように椅子から立ち上がった。

 もう到着したか。素晴らしい速さだ。

「解った。直ぐに向かう。」

 アスタルトは部屋を飛び出した。



 玉座の間に集まったのは王城に偶々詰めていた貴族達と文武に携わる高官達だった。彼等が注目する中で騎士はビアヌティアンから伝えられた言葉をレオナルドに報告し終える。


「早い到着、ご苦労だった。其方も疲れていよう。充分に休息せよ。」

 レオナルドは報告を受けると労いの言葉に遣いの騎士に掛けた。

 騎士が退がるとレオナルドは一同を見渡した。

「諸卿よ。聞いた通りだ。我らが守護神は邪教異変の英雄達の力を結集させ力を合わせて闇を祓えとの仰せだ。」

「「は!」」

 一同が頭を下げる。

「邪教異変の英雄達と供に戦えか。」

 アスタルトは呟く。

「アインズロード卿、伝導者殿達は今何処に居る?」

 公太子に問われて宰相ブリヤンは答える。

「は、先日セルディナ公国内で起きた不吉な連続殺人事件の調査を願いました事に端を発しまして、彼女達は今イシュタル帝国に居ると思われます。」

「イシュタル帝国に・・・。」

「大丈夫なのか?」

 紐付き以外の密偵の件もあって貴族達から不安げな声が漏れる。その疑問に答える様にブリヤンは皆に伝えた。

「諸卿に於かれてはご案じ召されるな。伝導者殿や竜王の巫女様達はイシュタル帝国側に請われて調査に向かっております。決して我が国の独断では無い。」

 その言葉にホッとした空気が流れる。

 そんな空気の中から壮年の貴族の声が上がった。

「となると、守護神様のお言葉に従うとなれば我らは軍をイシュタル帝国に派遣すると言う事になるのでしょうかな?」

 先程までアスタルトと会談していたレーニッシュ侯爵だった。

「確かに額面通りに行動を起こすとなればレーニッシュ侯爵の仰る通りになるでしょうな。」

 ブリヤンは頷く。が、直ぐに否定した。

「だが、其れではイシュタル帝国を刺激する事になるし現実的では無い。」


 セルディナ公国から仮に5000の軍隊をイシュタル帝国に派遣するとしても、何日分になるか解らない糧食を用意しなくてはならず又其れらを運ぶ人工も1000人程は必要になる。

 もし其の準備を早急に行えたとしても軍隊は公道マーナ=ユールを通ってカーネリア王国の近くに在る港町まで行軍しなくてはならない。

 更には海と縁遠いセルディナ公国にとって最も最難関とも言える6000の軍隊を運ぶ船団の用意もしなくてはならないのだ。

 ブリヤンの言う通り早急な軍の派遣は現実的では無い。


「其れに・・・。」

 レオナルドが口を開く。

「我が国は先の邪教異変に因って少なからずの被害を受けておりその傷も癒えたとは言い難い。また卿等も国難の為と騎士団を派遣してくれた。幾ら国から報奨金を出したとは言え、また直ぐに軍を出すのは厳しい筈だ。」

 公王の推察に貴族達は頷かざるを得ない。


「ならば陛下、今一度冒険者ギルドに声を掛けてみると言うのは如何でしょうか。」

 ブリヤンが提案する。

 其の提案に一部の貴族達が騒ぎ出した。

「冒険者ギルドだと!? 却下だ! あんな品性の欠片も無い連中を派遣するなど認められない。我が国の恥を晒すだけだ!」


 彼等はブリヤンの台頭を快く思っていない。

 王立学園設立の際に公王の覚えを良くしようと目論んで色々と口を出し冒険者ギルドを締め出したのだが、後に其れが間違いだったと証明されて立場を悪くした者達だった。

 其れ故にブリヤンを逆恨みしているのだがブリヤンが彼等を相手にもしていない為、ますます憎悪して止まないのだった。


「ふむ・・・。」

 レオナルドは一考し始める。


 邪教異変時の冒険者達の働きを鑑みれば、確かに竜王の御子達の下に戦力を送ると言う点に於いて上級冒険者達は打って付けかも知れない。同じ冒険者であるシオン達にしても冒険者の彼等であれば協力を仰ぎやすいだろう。

 況してや、守護神ビアヌティアンが『彼の勇者達の力を結集させよ』と言っているのだ。『彼の勇者達』の中にはミシェイル達の他にノーザンゲート攻防戦で活躍してくれた冒険者達の事も入って居よう。ならば何としても其の状況に近い状態を作り上げなければならない。

 だがレオナルドは全体を見渡す必要もあった。その『全体』の中には当然ブリヤンも入っているのだ。ブリヤンは新宰相になったばかりで他の貴族達との関係も繊細に気を使わねばならない時期だった。そんなブリヤンの立ち位置を危ういモノにしない為にも、今、彼にヘイトを集めさせるのは悪手と言える。いざとなれば・・・其れこそ邪教異変の様な大事が起きた時には、セルディナ貴族がブリヤンを中心にして一団となり王家に従って貰わなくてはならないのだ。

 その為には今反対した者達の様にブリヤンの台頭を快く思わない者達の意見も、ある程度は取り上げて溜飲を下げさせておく必要がある。


 レオナルドは一同を見渡した。

「我らが守護神ビアヌティアンのお告げを実行するに当たり、宰相の提案には見るべきモノが在る。が、セルディナ公国の品位を心配する意見にも一考の余地がある。確かに多くの冒険者を送ればその中には狼藉を働く者が混じるやも知れん。イシュタル帝国を相手に今そのリスクを抱えるのは避けたい処だ。」

 そしてレオナルドはブリヤンに視線を向けた。

「宰相。品性、実力供に兼ね備えた少数の精鋭冒険者を見積もる方向で動け。方法は任せる。」

「畏まりました。」

 ブリヤンが一礼すると玉座の間に流れる空気が軟化した様に感じられた。

 この程度で満足してしまうのか、とレオナルドは彼等の余りの与しやすさに頭が痛くなる思いだったが、逆に言えば御しやすいとも言える。

 ともあれ、此れより様々な事態を想定したイシュタル対策を練る必要があるだろう。

 公王は心の中で盛大な溜息を吐いた。


 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆


 ヤートルードから贈られた『竜の鱗片』の力に拠りクリオリングとルネは帝都イシュタルの大正門前に無事に着地を果たした。

 そして荒れ狂う人々を見て絶句する。

「此れは一体・・・。」

 ルネが呻く横でクリオリングは苦々しく呟いた。

「あの雲のせいか?」

 とにかく止めなくてはならない。見れば騎士や兵士まで狂乱の争いに参加している様だ。

 クリオリングが動き出した時、彼の感覚に引っ掛かるモノを感じ蒼金の騎士は其方へ視線を向けた。その先には何事かを叫びながら馬を駆る黒髪の少年の姿があった。

「シオン殿!」

 クリオリングが大声で叫ぶとシオンが蒼金の騎士の姿を確認して眼を丸くした。

「クリオリング殿にルネ殿まで。驚いた、何故此処に?」

 馬を寄せたシオンが馬上から尋ねると2人は手早く事の経緯を話した。

「なるほどレシス様と聖竜殿が・・・。いや、だが心強い。御二人ならば大丈夫だろう。実は御二人に頼みたい事があります。少し危険ではあるのだが・・・。」

 少し言い辛そうなシオンに対して2人は即答する。

「遠慮無く仰って頂きたい。」

「何なりと。」

「助かります。」

 シオンは少しだけ相好を崩すと今ミシェイルやアイシャ達と行っている事を2人に伝えた。

「承知しました。では其れを手伝えば良いのですな?」

「では直ぐにでも馬を調達して駆けましょう。」

「頼みます。」

 シオンはそう言うとそれぞれに回って欲しいエリアを伝える。

「一通り回ったらイシュタル城まで戻って頂きたい。今後の行動について打ち合わせたいが是非御二人にも参加を願いたいのです。」

「承知しました。」

 2人は頷くと直ぐに馬を調達するべく風のように走り去る。

 其れを見届けるとシオンもまた馬を操り駆け始めた。




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