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神の去った世界で  作者: ジョニー
第4章 混沌のイシュタル
163/214

67話 イシュタル城



「何だコレは・・・。」

 教会敷地の外に出たカンナ達は眼前の光景を見て呻いた。


 人々が荒れ狂っている。

 男が持っていた鉄製の棒で向かい合った男を殴り倒し、その男の背中に女が身体ごとぶつかって手にしていたナイフを突き立てる。その女の脇腹を老人が槍状の得物で突き刺す。

 男も女も老人も、正気を失い狂った様に殺し合っていた。そんな争いに巻き込まれたのか既に息絶えた子供が骸となって道に斃れている。

 カンナ達がセーラムウッド教会に入る前は、異様な空などまるで存在していないかの如く気味が悪い程に当たり前の生活を行っていた人々が、ほんの僅かな時間の間に一変してしまっていた。陽気な笑い声と血気盛んな怒声が鳴り響いていた平和な下町は、一瞬で血生臭い地獄に様変わりをしていたのだ。

 

 もはや暴動と言っても差し支え無い状態を目の当たりにして、流石にどう動けば良いのか解らずにカンナ達が呆然と立ち尽くしていると声が掛かった。

「カンナ、ルーシー!」

 全員が振り返るとシオンが走り寄って来ていた。

「シオン。」

「見て、シオン。町の人達が・・・。」

 ルーシーが言うとシオンは厳しい表情で頷いた。

「ああ、わかっている。此処に来る途中で急に皆がおかしく為り始めた。多分だが此処だけじゃ無く、帝都中がこうなっている。」

「・・・なんてこった。」

 カンナがボソリと呟く。が、直ぐに気を取り直してシオンに意見を尋ねた。

「で、お前は此れからどうしようと思っているんだ?」

 シオンは即座に答える。

「此れだけの騒ぎを俺達だけでどうこう出来やしない。もう一度イシュタル帝城に戻ってリンデル殿下と対策を練る必要があると思っている。殿下のことだから既にイシュタル騎士団や兵団が動かしているとは思うが、もしこの騒動の原因が・・・。」

 其処まで言ってシオンは空を見上げる。

「・・・あの空を覆う瘴気の雲であるなら、もう解決は人の手に余る。レシス様と天の回廊の力を頼るしか無いだろう。」

 シオンの考えを聞いてカンナは難しい顔になる。

「そうかも知れんが・・・私はもう暫くはレシス様との会話が暫く出来んぞ。神性が足りん。」

「わかっている。」

 シオンは頷く。

「だからその辺りの事情も含めて話しをするんだ。例えレシス様と話しが出来なくとも既に地上の異常を伝えてはいるんだ。きっとレシス様は今の状況も把握してくれている筈だ。其れを告げて置くだけでもリンデル殿下から見れば今後の対応の指針の1つに出来るだろう。『天央12神が動いてくれるまで耐えよ』と騎士や兵士達に伝えれば其れだけでも現場には希望と映る筈だ。」

「・・・確かにな。」

 シオンの意見を暫く吟味していたカンナだったが、やがて其れを是とした。

「其れが良いだろう。それに他に策が思いつかない今なら尚更だな。」


 一行は血生臭い動乱の中を帝城目指して駆け抜けて行く。途中で放棄されていた馬車を見つけ一行は其れに乗り込むとイシュタル帝城を目指した。


「お会い出来ない?」

 何度かの登城で顔見知りとなった門兵から伝えられた言葉にシオンは首を傾げた。

 外せない用件でもあるのだろうか。無論、皇族故に暇など在る筈も無いが「それにしても」と訝しく思う。この事態を前にして竜王の御子が仲間を連れて戻って来たのだ。リンデルの此れまでの対応を鑑みれば即時に会ってくれそうなものだが。

 しかし忙しいのであれば仕方が無い。

「では、高位にある立場の方に面会させて頂きたい。」

 シオンが要請すると兵士達は戸惑うように顔を見合わせたが1人がシオンの要請に応じた。

「では、此方で少々お待ち下さい。」

 一行は案内された大正門の横の小さな建物に案内されて置かれていた椅子に腰を下ろす。


「やっぱり殿下は忙しいのかな。」

 ミシェイルが呟くとシオンは首を傾げる。

「其れはそうだろうけど・・・何か腑に落ちないな。」

「腑に落ちないって・・・?」

 アイシャが問うてくるとシオンは先程の違和感を皆に話す。

「なるほどね。」

 セシリーが頷く。

「何度もお会いしているシオンがそう感じるなら、イシュタル城で何か重大な事が起きているのかも知れないわね。」

「・・・。」

 皆が会話をしている間、カンナは窓からずっと空を見上げていた。

「どうした、カンナ?」

 やけに大人しいノームの娘に声を掛けるとカンナはシオンを見た。その両眼は翠色に淡く光っている。

「いや、此処に来てからずっと疑問に思っていたんだよ。」

「?・・・何をだ?」

「なぜ此処の人達は正気を保っていられるのだろうか、とな。」

「!!」

 全員がハッとなってカンナを見た。

「其れにアリスとノリアもあの雲の影響を受けているようには見えない。」

 今度は一同の視線がアリスとノリアに集中する。

「私やシオン、ルーシーやセシリー、其れにミシェイルとアイシャは解るんだ。強い神性や大英雄の血の力が瘴気の影響から私達を護ってくれているのだろう。だがアリスとノリアは違う。」

 カンナの指摘にアイシャが頷く。

「そう言われればアリスさんとノリアさんは平気に見えるわ。其れにあの兵士さんも普通だった。イシュタル城も見た感じは混乱している様には見えない。」

「アリスさん、ノリアさん。何か身体に異変は感じませんか?」

 セシリーが尋ねるとアリスは少し慌てた様にコクコクと首を振って頷いて見せる。

 ノリアも顎に手を当てながら確認する様に答えた。

「はい、特には・・・。敢えて言うなら少し高揚感を感じますが、それ以外は特に何も感じません。」

 ノリアの答えにカンナは納得する様な表情を見せる。

「なるほど、高揚感か。恐らく其れが本来は極度の興奮状態という形で現れている筈なんだろうな。そしてその興奮状態で箍が外れてしまえば町の人々の様になってしまうんだろう。」

 少し怯えた様な表情になる2人にノームの娘は「安心しろ」と言葉を続ける。

「だがアリスとノリアは『私達と共に行動しているから一緒に神性で護られている』と考える事が出来る。」

「・・・。」

「いいか、2人とも。当面は私達から離れるな。特にルーシーかシオンの側に居る様にしろ。」

「は、はい。」

 頷く2人を見てカンナは話しを続ける。

「・・・だがこのイシュタル城は違う。如何な私達の古の加護を以てしても此れほど広大な建造物全体をカバーすることなど出来んし、そもそも私達が此処に着く前から正常な状態だった。」

「では何故・・・?」

 皆の疑問にカンナは答える。

「何故ここが雲の影響を受けていないのか。其れを探るべく『真実の眼』であの雲を『視て』みたんだが・・・。」

「何か解ったのか?」

 シオンが尋ねるとカンナは頷いた。

「この城の上空だけ瘴気の雲が掛かっていない。」

「?」

 シオンはカンナの答えに訝しげな表情を作る。

「覆っているじゃないか。」

 カンナは首を振った。

「いや、アレは幻術だ。途轍もなく大規模な、な。実際には瘴気の雲は掛かっていない。まるで瘴気の雲が此処だけは避けているかの様にポッカリと大穴が空いている。ルーシーも視てみろ。」

 カンナに促されてルーシーも紅眼を光らせて空を見上げる。

「ホントだ・・・。」

 やがて少女の口から驚きの声が漏れた。

「一体何故・・・。」

「其れは解らん。敢えて理由を考えるなら、何か雲を祓う道具がこのイシュタル城に在るのか、或いは何者かが意図的に此処だけを避けているか、だな。若しくは・・・。」

「怪しいじゃない。」

 アリスが口を挟む。

「もし道具の力で護られているんだったら幻術を掛けてまでみんなの眼を誤魔化す必要なんて無いわ。この城に居る誰かが巻き添えを避ける為にお城の周りだけ雲が掛からない様にしたんじゃないの?」

「いやまぁ、一概にそうとは決めつけられんが・・・。」

 言い倦ねるカンナだったが。

「だが確かにそう考えるのが一番シンプルかも知れんな。」


『コンコン』

 扉がノックされた。

「どうぞ。」

 シオンが返事をすると扉が開いた。

 其処には2人の男が立っていた。1人は対応してくれた兵士。その後ろには使い古された鎧を身に着けた老騎士が立っている。

 兵士が一礼して口を開いた。

「お待たせしました。対応出来る中で一番重責にある者をお連れしました。我がイシュタル帝国の大将軍であるディオニス様です。」

「!」

 全員が立ち上がって一礼する中でシオンは少なからず驚嘆していた。まさか世界に勇名を馳せるイシュタル帝国の戦神がやって来るとは思わなかったのだ。

「ああ、畏まらず。全員座ってくれて結構だよ。」

 大将軍は豊かな顎髭を撫でながら野太い声で一同に声を掛け笑って見せた。

「御子殿の要請に応えられないのは何とも心苦しい処だが、君達の話は儂が聴かせて貰うよ。」


 促がされるままに現状に対する一連の考察をディオニスに伝えると、老将軍は真っ白な顎髭を太い指で撫でながら唸る。

「そうか・・・。帝都の異常事態はやはりあの雲が原因と見るべきなのだな。」

「はい。」

 シオンは首肯する。

「しかも、このイシュタル城上空のみ雲が掛かっていない、と。」

「その通りだ、大将軍殿。」

 今度はカンナが頷くとディオニスは深く息を吐いた。

「・・・実はな、厄介な事態に頭を悩ませて居る。」

「厄介・・・とは?」

「民達の暴動を抑える為に出した騎士団や兵士達が一緒になって暴れ始めている。」

「なんてこった・・・。」

 カンナは両目を閉じて渋い表情を造った。

「最初は耳を疑ったよ。我がイシュタルが誇る心身共に精強な騎士達が簡単に民達に剣を振るうなど有り得んとな。しかし鎮圧に向かわせた騎士兵士の悉くが同じ様な状態になってしまったと報告を受けてはな。報告に戻って来た者達も最初は半狂乱で手が付けられなかったのだが・・・直ぐに通常の状態に治まったのは・・・そうか、此処だけ雲の影響を受けていなかったからなのか・・・。」

 深い皺が刻まれたその表情には強い疲労が見え隠れしている。

「閣下。」

 シオンが声を掛ける。

「正気を失ってしまった騎士達を連れ戻すのは不可能だと思います。今はとにかく全員をイシュタル城から出さない様にする事が肝要と考えます。」

「しかしな・・・彼等を放って置けば民達への被害は増大するばかりだ・・・。」

「俺が行きます。」

「君が・・・。」

 シオンの申し出にディオニスは驚きの表情を浮かべる。

「ええ。少なくとも俺はあの雲の影響を受けない。どれだけの範囲をカバー出来るかは解らないが、まだ正気を保っている人達に『イシュタル城へ向かえ』と叫んで回る事くらいの事はできます。」

「なら、俺も行こう。」

 ミシェイルも名乗りを上げる。

「俺も影響は受けない。お前と反対方向を馬で駆け回れるだけ駆け回るさ。」

「・・・よし、頼む。」

 一瞬だけ返事に迷ったが直ぐにシオンは頷いた。

 その時。

「あたしも行くわ。」

 アイシャが突然そう言った。ミシェイルは驚いて反対する。

「駄目だ。危険だ。」

「平気よ。馬からは降りないし声を掛けて回るだけだから。」

「しかし・・・。」

 アイシャを案じる気持ちと彼女の考えを尊重したい思いに揺れるミシェイルの尻をカンナが叩いた。

「ならアイシャ。私も連れて行け。」

「カンナさん・・・はい。」

 アイシャが頷くとカンナはミシェイルとシオンを見た。

「これなら安心だろう?」

「そうだな。」

「カンナさん、よろしくお願いします。」

 シオンが頷きミシェイルが頭を下げる。

「私達はどうしたら良いですか?」

 ルーシーが尋ねるとカンナはアリス達を見た。

「彼女達の側に居てくれ。城内だから心配は要らないがセシリーも含めて4人は固まって行動しておいてくれた方が良い。何かしていたいと言うのなら、そうだな・・・。もし城内に逃げ込んでくる人々が来たら城の人間達が対応するだろうから、其の手伝いでもさせて貰うと良い。」

「わかりました。」

 4人は了承する。

 シオンは一行のやり取りの行方を見守っていたディオニスに向き直った。

「閣下。では私達4人が3手に別れて帝都内に呼び掛けてみます。もし城内に民達が逃げてきたときは宜しくお願いします。」

「うむ。任された。・・・済まないな、若き英雄達。この老骨には頼むことしか出来ぬ。」

 ディオニスは深く頭を下げた。


 そしてディオニスは一同が驚愕する事実を口にした。

「君達には話しておこうと思う。・・・リンデル殿下についてだ。」

「!」

 出ようとしていた一行は立ち止まり、再び席に着いた。

「殿下について・・・ですか?」

 シオンがやや緊張した面持ちに変化している。

 17歳という年齢ながら大人顔負けの様々な経験をしてきた少年は、その経験から実に嫌な空気をディオニスの口調に感じたのだ。

 ディオニスもシオンの其の様子に何かを察したのか薄く苦笑した。

「どうやらシオン君は何かを感じている様だな。だからこそ話して置こう。」

 ディオニスは一旦机に置かれた紅茶で口を湿らすと話し始めた。

「リンデル殿下が幽閉された。」

「幽・・・閉・・・?」

 余りにも予想外の言葉にシオンは絶句する。

「そんな馬鹿な。殿下には今朝会っていたばかりですよ。」

 ディオニスは頷いた。

「そうであろうな。幽閉されたのはつい一刻ほど前の事故に。」

「一刻ほど前?」

「陛下より近衛に命が下ったそうだ。『リンデルが乱心した』とな。」

「馬鹿な。殿下は至って通常通りでいらっしゃいました。」

 シオンが反論する。

「儂も昨日殿下とお会いしていたが何処もおかしな部分は無くいつもの聡明な殿下でいらっしゃった。流石に合点が行かなくてな、先程陛下に直接お伺いしてみたのだが『皇族に相応しく無い言動を見せ余にも剣を向けたためにやむなく取り押さえた』としか仰られなかった。」

「相応しく無い、とは一体どの様な?」

「解らぬ。詳しい会話の内容は教えてくれなんだ。」

「・・・。」

 シオンの表情が険しくなる。

「閣下、其れはおかしいです。私は皇帝陛下を存じ上げませんが一体どのような御方で・・・。」

「止さんか、シオン!」

 カンナが厳しい声でシオンを諫める。

 幾ら話の解る大将軍とはいえ、正面から主たる皇帝の為人を疑われれば不敬を問わざるを得なくなる。其れは互いに不幸と言えよう。

 シオンもカンナの制止の意味を理解しており素直に頭を下げた。

「申し訳ありません、閣下。」

 シオンの態度にディオニスは苦笑した。

「君は言い切らなかった。そして素直に謝罪した。況してや君達はセルディナ公国の英雄達だ。今のは不問にしよう。」

「済まない、大将軍殿。厚情は有り難く。」

「いや、伝導者殿が良く止めて下さった。こちらからも礼を言わせて貰う。其れとシオン君が気に掛けて居る事は尤もだ。儂はもう少し調査するつもりだ。」

「はい。」

 シオンは頷く。


 シオン、ミシェイル、アイシャが厩舎から借りた馬に跨がるとカンナはミシェイルに言った。

「ミシェイルよ。もし自分に異変を感じたら・・・ノリアの言葉を借りれば『妙な高揚感』を感じ始めたら直ぐにイシュタル城へ戻れよ。アイシャにもそうさせる故な。」

「解りました。」

 ミシェイルの了解を得るとカンナはシオンに視線を向けた。

「お前は大丈夫だと思うが気を付けろよ。」

「ああ、解った。」

 シオンは力強く頷く。


 3騎はイシュタル城を飛び出すと3手に別れ疾走して行く。



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