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神の去った世界で  作者: ジョニー
第4章 混沌のイシュタル
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62話 大神殿



 全員が合流した翌日、シオンとルーシーはカンナ達を連れてイシュタル大神殿に向かった。リンデルに提案した通り、法皇の見舞いと言う体で神殿内部の現状を探りに行ったのだ。


 いずれにせよ祭儀までもう3日しか無い。


 本来は一昨日に向かう筈だったのだが、何故かリンデルから『使者団を用意出来ない。暫く動けないから待っていて欲しい。』と連絡が来た為、イシュタル大神殿に向かえていなかった。


 しかし祭礼の儀まで時間が無い事とカンナ達と合流した事もあってシオンは大神殿に向かう事にしたのだ。




 大神殿に到着した一行を門を守るテンプルナイト達は訝しげな表情で出迎えた。


「竜王の巫女様・・・ですか?」


「はい。」


 ルーシーは頷くとセルディナ公国から与えられた聖女の証となるセルディナ王家の紋章が入ったペンダントを見せる。


「・・・。」


 が、当然に彼等はルーシーの見せるペンダントが本物かどうかの判断など出来ない。しかし竜王の巫女の風貌は各国の上層部の中では有名だ。


 其の情報はイシュタル大神殿にも伝わっており、テンプルナイト達も巫女の風貌の噂は聞いていたがルーシーの髪と瞳の色はその噂通りだ。


「・・・少々お待ち頂きたい。」


 テンプルナイトの1人がそう言うと神殿の奥へ入っていく。






『コンコン』


 リカルドとパブロスが密談している最中に扉がノックされて2人は話しを中断させた。


「どうした。」


 扉の外に向かって声を掛けると返事が返ってくる。


『はい。テンプルナイトから報告が入ったのですが、猊下にご判断を仰ぐべき内容と考えまして参上致しました。』


「・・・入れ。」


 表情を苦々しげに歪めながらもリカルドは入室を許可する。扉を開けて入室して来たのはリカルド派の主教の1人だった。


 本来ならば一刻の猶予も無い時に下らぬ報告など受けている場合では無いのだが、自分の派閥の人間を無碍に扱うのは時期的にも拙い。




「今、我々は忙しい。端的に言え。」


 リカルドが報告を促すと主教は恐縮したように一礼すると話し始める。


「はい、では報告致します。先程門番のテンプルナイトから声を掛けられまして大神殿に訪問者が現れたと。」


 リカルドは舌打ちを辛うじて堪えた。


「訪問者など珍しくも無かろう。毎日この大神殿に一体何人の礼拝者が訪れると思っているんだ。」


 自分が所属する派閥のトップに不快げな表情をされて主教はすっかり恐縮してしまったが、其れでも報告を続ける。


「申し訳御座いません。ただ、その訪問者と言うのが礼拝者では無くて『竜王の巫女』と名乗っているらしく・・・。」


「なんだと。」


 リカルドは思わず立ち上がった。




 竜王の巫女だと・・・? 何でそんな奴が突然やってくるんだ。まさか此方の計画に感づいている訳ではあるまいな。


 其処まで考えて其れは無いかと思い直す。情報の漏洩だけには細心の注意を払ってきた。




「それで・・・竜王の巫女は何と言っておるのだ。」


 パブロスが尋ねると主教は「恐れながら」と答える。


「其れが、法皇猊下の病を視て差し上げたい・・・と。」


「病をだと?」


 リカルドは顔を顰める。


 其れは上手くない。法皇とコンタクトが取れない失態を誤魔化す為に帝国に吐いた嘘だったが、まさか其れを理由にして竜王の巫女が訪れるとは思わなかった。


 だが・・・。


 ――いや、しかし其れを逆手に取る事は出来ないか?


 ふとリカルドは思いつく。


「ヘンリーク大主教は何と言っていた?」


 法皇への面会が目的の訪問ならば先にヘンリークに連絡を取っているだろうと考えて訊いてみたが、果たして主教は其の通りに行動していた。しかし意外な返答を返してきた。


「はい。しかしヘンリーク大主教はご不在でして指示を頂けませんでした。」


「不在?」


「はい。大神殿内に居るとは思いますが、どちらにいらっしゃるかは判りません。」


「ふむ・・・。」




 其れは好都合だ。そう言う事ならば、竜王の巫女を迎え入れてそのまま法皇の間へ向かうとしよう。




 リカルドは内心でほくそ笑むと主教に迎え入れる様に指示を下した。






「イシュタル大神殿へようこそ、竜王の巫女様。私は天央正教の大主教でリカルドと・・・。」


 ルーシーが待つ応接室に入り、リカルドは其処まで挨拶をして顔を歪めた。ルーシーの横に立つシオンを見つけたのだ。


「これは・・・竜王の御子殿まで・・・。」


「お久しぶりです、リカルド大主教。」


 リカルドの表情には頓着せずシオンは笑顔を大主教に向ける。


「あ、ああ・・・。」




「?」


 共に付いてきたパブロスも含めて一同は2人の顔を見比べる。


 王宮での不快な会談を思い出してしまったが、リカルドは気を取り直してルーシーに笑顔を向ける。


「本日は法皇猊下の体調を視て下さるとの事で、巫女様のお心遣いは大変嬉しく思います。」


 再会された挨拶にルーシーは微笑んで応えた。


「ルーシー=ベルと申します。突然に来殿した御無礼をお許し下さい。帝国のリンデル皇子殿下からイシュタル大神殿の一大事に一肌脱いでくれないかと言われまして参上致しました。」


「ほう、殿下に・・・。」


 リカルドの双眸に警戒の色が浮かぶ。




 リンデル皇子が何を考えて巫女に依頼したのか其の真意は不明だが、少なくとも皇帝ヴィルヘルムは法皇イェルハルドの存在を疎ましく思っている筈だ。


 元々皇帝の座に就く前の皇太子時代から皇帝と法皇が並立して世界から扱われている事に不満を抱いてはいたようだが、特にイェルハルドに関しては臣民からの人気が非常に高い事が気に入らない様だった。


 以前にリカルドが大主教に就任した際に独断でヴィルヘルムに挨拶に参上した事が在った。その際にリカルドの本性を見抜いたヴィルヘルムが漏らした言葉だった。


 リカルドは会談での皇帝との会話を思い出す。




『イェルハルド法皇は誠に得難き御仁よ。故に余は彼の御仁が世を去られた後の事が不安でな。』


 あの時、ヴィルヘルム皇帝はそう言っていた。


『皇帝陛下に其処まで我が教団の事を案じて頂けるとは恐縮至極に御座います。ですがご案じ為されますな。猊下を周りでお支えする大主教達が今後も然りと支えて参ります故に。』


『うむ・・・。』


 ヴィルヘルムは頷いて見せたがまた口を開く。


『ただ、宗教とは敢くまでも個々の心を癒やし導く為にある物と心得ている。』


『仰る通りです。』


『対して治世とは全体を救う事を目的としている。』


『・・・。』


 リカルドはこの時にヴィルヘルムの心中を正確に見抜いた。


 皇帝ヴィルヘルムはイェルハルド法皇の高すぎる人気を危険視していると。


 リカルドは一礼しながら口の端を吊り上げた。


『皇帝陛下の言は承りました。私も陛下のお考えに賛同致します。』


『ふむ。』


『其れに私も大主教の座に甘んじるつもりは無い。で、在れば各方面のトップのお考えを知って置くのは重要な事と心得ます。』


『ほう・・・其れは殊勝な心掛けよな。そう言う事ならばこのヴィルヘルムもリカルド大主教の名前を覚えておくとしよう。』


『光栄に御座います。』




 俗世への執着を敢えて見せる事でヴィルヘルムを味方に引き込んだリカルドには怖れるモノなど殆ど無かった。で、在れば早々にイェルハルドには退場して頂きたい。その為の計画も順調に進んでいた。しかし突然計画に暗雲が立ち籠めてしまった。急に法皇が祭礼の儀の日程を早めてしまった事で肝心の呪具の用意が間に合わなくなってしまった。仕方無く最初に立てていた計画に切り換えたが準備不足は否めない。


 何より法皇の真意が掴めないのが何よりの不安材料だった。




 そんな時に現れた竜王の巫女は皇帝の真意を知るに利用出来るとリカルドは踏んだが・・・。


 リンデル皇子がこの件にどう関わっているのかが解らない以上は下手に巫女を利用するのは上手く無いかも知れぬ。況してやあの小憎たらしい竜王の御子が側に居る以上は素直に事の流れを見守るしかあるまい。




 リカルドは考え直すとルーシーに微笑んで見せた。


「リンデル皇子殿下のお心遣いには感謝せねばなりませんな。解りました。では法皇猊下の間までご案内致しましょう。」


 そう言うとリカルドはパブロスを従えて部屋を出た。




 ルーシー一行を案内したリカルドは法皇の私室のあるフロアにやって来た。この通路の奥には第121代イシュタル法皇イェルハルドが天央12神に祈りを捧げ寝食を行う玉殿が在る。


「この先にイェルハルド法皇猊下がいらっしゃいます。」


「はい。」


 リカルドの説明にルーシーは緊張した面持ちで頷く。




「どうしたの? ルーシー。」


 セシリーがルーシーに尋ねるとルーシーは少しだけ笑って見せる。


「ううん、何でもない。」


「何か感じるのだろう?」


 ルーシーの真後ろを歩いていたカンナが口を開く。


「・・・はい。」


 ルーシーは頷いた。


「何だかとても不安にさせる感覚・・・。何かに吸われていくような・・・でも、其れが何なのかが判らないんです。」


「私も同じだ。」


 カンナが苦しげに答える。




 その聞いた事も無い様なカンナの声に全員がカンナを見た。


 カンナは真っ青な表情だった。


「・・・カンナ大丈夫か?」


 リカルド達には聞こえない様にシオンが静かに尋ねるとカンナはコクリと頷いた。


「うん、大丈夫だ。気にされる程では無いが・・・余り役には立てそうに無い。」


「其れは気にしなくて良いさ。このメンバーなら大概の事は乗りきれるしな。」


 シオンの言葉にアリスとノリア以外の全員が頷く。




「おや、リカルド殿にパブロス殿。如何なさいましたかな?」


 後方から掛けられた声に釣られて全員が振り返った。




「ヘンリーク殿・・・。」


 リカルドの苦虫を噛み潰した様な声が通路に漂う。


「此処は法皇猊下がお住まいになられているエリアですよ。此れほどの人数を不用意に案内して良い場所ではありませんが?」


 ヘンリークの少し戒めるような声にリカルドは少し怯んだが直ぐに説明する。


「なるほど法皇猊下のお体を視に来て下さったのですか・・・。」


 ヘンリークは少し思案げな表情だったがやがてニッコリと笑って見せた。


「其れは嬉しい申し出ですね。解りました、では私がご案内致しましょう。」


 そう言ってヘンリークは先頭を歩き始める。




 リカルドは舌打ちをしたそうな表情を押し殺しながら尋ねる。


「先程、私のところに巫女様の来訪を報せに来た主教が『ヘンリーク殿が何処にもいらっしゃらない』と言っていたがどちらにいらっしゃったのですかな?」


 リカルドが問うとヘンリークは首を傾げた。


「おや? 確かに一瞬だけ席を外していましたが基本的には自室に居ましたよ?」


「そうですか・・・。」


 上手く追求できなかったリカルドは何とも言えない表情になる。




 ヘンリークは一行を通路の最奥まで案内すると豪奢な扉を差して言った。


「この奥に法皇猊下がいらっしゃいます。」


 そしてヘンリークは扉をノックすると声を掛けた。


「猊下。セルディナ公国にて顕現された竜王の巫女様が猊下のご体調を視るために御来殿して下さいました。」


「・・・。」


「猊下。」


「・・・。」


 ヘンリークの呼び掛けに対する返答は無い。




 ヘンリークは困った様にルーシーに振り返った。


「この通りです。稀にお応えを頂ける時も在るのですが、最近は殆どがこんな調子です。」


「そうなのですか・・・。」


 ルーシーが残念そうに頷く横からシオンが尋ねた。


「最近・・・と言うのはいつくらいからなのでしょうか?」


「そうですね・・・。」


 ヘンリークは顎に指を当てて思案する。


「半年ほど前からでしょうか。」


「随分前からなのですね。その頃に何かあったのでしょうか?」


 ヘンリークは首を振った。


「判りません。それ以前からもお言葉が少なくなっていた印象はあったのですが・・・半年ほど前に気になる事を仰ってからは本当にお言葉を頂けなくなりました。」


「気になる事?」


「ええ。『私は法皇たる資格は無いのかも知れない。』と。」


 シオンは訝しげに首を傾げる。


「資格が無い? 失礼ながら私はイェルハルド法皇猊下は民達に非常に人気の高い方だと伺っていましたが、そんな方が法皇の資格が無いと言うのは腑に落ちませんね。」


「ええ・・・ただ、猊下には我々には知り得ない葛藤が在ったのかも知れません。」


「なるほど・・・。」


 シオンは頷く。


 上に立つ者には下の者には量れない悩みが在る、と言うのは解る話だ。


「・・・。」


 そんなシオンの横顔を見ながらルーシーは双眸を僅かに紅く光らせるとヘンリークに尋ねた。


「あの・・・今回の祭礼の儀は突然日程が早まったそうですが・・・。」


「はい、そうなのです。猊下に突然呼ばれて扉越しにそう告げられました。勿論理由を問うたのですがお答えしては頂けませんでした。」


「・・・そうでしたか。では早まった理由は誰もご存知無いと言うことですか。」


「恐らくは。」


 ヘンリークが答える。




 直接イシュタル大神殿に乗り込めば色々と真相が判明するかと思ったが何ともはっきりしない。何やら閉塞感が漂う中、突然アリスが口を開いた。


「良く解らないですけど、緊急事態なんだし少し強引でも扉を開けて法皇様の安否を確認した方が良いんじゃないですか?」


「・・・。」


 全員に注目されてアリスは面喰らい吃りながらも言葉を続ける。


「た・・・多分、ほ、法皇様が偉い人だからみんな遠慮してるんだろうけど、逆に偉い人だからこそ何か遭っては困るでしょう。だったら少し怒られても開けて確認した方が良いと思います。あと其の『早めた理由』とかもちゃんと訊いた方が良いんじゃないですか?」


 全員が黙る中、具合の悪そうだったカンナが笑いだした。


「なるほど、アリスの言う通りだな。」


 相変わらず貌は青いままだったが先程よりは調子が戻って来たと見える。


「確かに我々は色々と遠慮し過ぎているかも知れん。アリスが言うように法皇猊下に何か遭ってからでは其れこそ取り返しは付かん。ヘンリーク大主教と言ったか。扉を開けてみる事を我々は希望する。」


 カンナの言葉にヘンリークはシオンを見た。


「御子殿、この子は?」


「ヘンリーク殿、彼女はノームで『伝導者』と呼ばれる神の遣いの一人です。見た目こそ子供ですがこの中の誰よりも年長者です。」


「そうでしたか・・・。」


 3人の大主教は三者三様に驚愕したが、やがてヘンリークは表情を渋らせる。


「しかし、例え神の御遣いの方の言葉とは言え法皇猊下の私室の扉を許可も無く開けると言うのは躊躇われます。」


「宜しいではないか。」


 ヘンリークの言葉にリカルドの声が被さる。


「リカルド殿。」


「其処の伝導者殿の言う通りだ。事は急を要するのも事実。ならば祭礼の儀の前にせめて我々大主教達くらいは直接お言葉を賜っても宜しいのでは無いかな?」


 リカルドの正論にヘンリークは暫しの無言の後、溜息を吐いた。


「確かに仰られる通りだ。・・・解りました。扉を開けてみましょう。」




 ヘンリークは静かに法皇の住まう玉殿の扉に手を当てた。







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