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神の去った世界で  作者: ジョニー
第3章 動乱のイシュタル
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61話 交錯する思惑



「どうするか・・・。」


 苛立たし気に爪を噛みながらリカルドは呻いた。




『我々と連絡を取りたい場合は、此のアミュレットを握って話し掛ければ良い。』


 邪教の大主教がそう言って渡して来たアミュレットに事態を伝えてからもう既に3日が経過していたが、邪教徒からは一向に何の返事も帰って来なかった。そうこうしている内に法皇主催の祭儀も後3日に迫っている。




「クソッ! 何故連中は何も連絡して来ないのだ!」


 リカルドは右手を華美なテーブルに叩き付ける。


 ドンッと派手な音が鳴り響きテーブルの上のゴブレットが倒れた。注がれていたセルディナ原産の最高級赤ワインが零れて周囲に置かれて居た聖典に染み込んでいく。


 聖職者にとっては命の次に大切な物とも言える聖典の筈なのだがワインで汚れていくのも構わずに、リカルドは荒々しく息を吐き出しながら血走った眼をアミュレットに向けた。




 そして其の視線が驚愕に見開かれる。アミュレットが赤く点滅し出したのだ。


 慌ててリカルドはアミュレットに駈け寄ると乱暴に握り締めて怒鳴りつけた。




「おい! 聞こえているのか!」


『・・・随分と騒々しい。そんなに怒鳴らずとも聞こえている。』


「何故、こんなに返事が遅れたのだ!? ・・・い、いや、もうそんな事はどうでも良い。前にも連絡したが・・・。」


『ああ、聞いている。日程が早まったとか。』


「そうだ! 儂はどうすれば良い!」


 冷笑が漏れてくる。


『こんな簡単な計画すら遂行できない無能など、本当は放って置くつもりだったのだがな。最後に一言だけ助言をくれてやろうと思ってな。』


「な・・・なんだと! 貴様、誰に向かって・・・!」


『貴様が最初に計画していた策を実行したらどうだ?』


「!? ・・・何故、其れを知っている。」


『そんな事はどうでも良い。さて、愚者の最後の踊りを儂は楽しませて貰うとしようか。』


 その言葉を最後にアミュレットの発光が止まった。




「クソッ!!」


 リカルドは怒りに任せてアミュレットを床に叩き付けた。


「天央正教の大主教たるこの儂が期待を掛けてやったと言うに・・・たかだか邪教徒如きが調子に乗りおって!」


 天央正教の最大派閥の長は怒りに肩を震わせながら今後の展開を思考する。このまま指を咥えていても自分が思い描く理想の時代は決して訪れない。


 理想を叶える為には何としても法皇には観衆の目がある中で死んで貰うか、或いは死を予感させる様な事態に見舞われて貰わねばならぬのだ。そして法皇を除けば最高の権力を持つ自分が堂々と戴冠して次の法皇になる。


 その為には・・・。




「・・・こうなれば仕方が無い。」


 リカルドは唸るように声を絞り出した。


「アレを使うしか無い。」




 出来れば使いたくは無かった。法皇1人を始末するにしては周囲への被害が大きすぎる。それに比べれば邪教徒の提案してきた方法は最良の手段だったのだが、使えなくなってしまった以上は潔く切り換える他あるまい。


 祭儀はもう3日後にまで迫っているのだ。グズグズと手を拱いていても時間は待ってはくれない。リカルドはパブロス大主教を呼ぶように外に居る主教に指示を出した。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




『・・・皇帝よ・・・。』


「!」


 私室にてカーネリア王国に対しての策略を練っていると突如として声が響いてきた。イシュタル帝国皇帝のヴィルへイム五世は驚いて立ち上がると周囲を見渡す。




『聞こえるか・・・?』


 だが皇帝は聞き覚えのある声だと認識するとまた椅子に腰掛け直した。


「聞こえている。」


 答えると暫くしてから再び声が響いた。


『祭儀の日程が早まったのは知っているな?』


「無論だ。」


『問題無いのだな?』


「ない。騎士団は何時でも集められる。」


 声は嗤っている様だった。


『結構。何処ぞの無能とは違う様だ。』


「無能? 誰の事を言っている?」


『些事よ。気にする事でも無い。』


「其方こそ問題は無いのだな? 混乱は引き起こされると。」


『当然だ。当初の予定とは違うが最初に用意されていた策が使われる。』


「そうか。」


『フフフ・・・成功を祈っているぞ・・・。』


 やがて声は聞こえなくなった。




 邪教徒か・・・。


 皇帝は意識を記憶の沼に沈めた。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 最初に連中が接触してきたのは自分の寝室に1枚の紙片を落とすという行為だった。「イシュタル帝国を治める皇帝の寝室にこれ見よがしに紋章入りの紙片を落として立ち去る」と言う余りにも皇帝たる自分を虚仮にした行動にヴィルヘルムは恐怖よりも激しい怒りを感じたモノだ。


 当然、犯人を見つけ出すよう内密に指示を出したのだが、その矢先に向こう側から再度の接触が在ったのだった。しかも今度は紙切れのみなどでは無く邪教徒自身が姿を現すと言う大胆な方法で。




 接触はつい先日の事だった。


 眠りに就くべくヴィルヘルムが私室に戻ると部屋の中央に当然の様に黒い影が立っていたのだ。内心ではギョッとなったヴィルヘルムだったが努めて平静を保ちながら声を掛ける。


「何者か。」


 その問い掛けに影は揺らめきながら嗤った。


「ククク。流石は巨大な帝国を治める皇帝と言った処か。驚きもせずに冷静に疑問を投げ掛けてくるとは中々の度胸よ。」


「・・・。」


 皇帝は何時でも扉の外に立つ近衛騎士に指示を出せるよう、扉の前から離れずに影を観察し続ける。


 そんなヴィルヘルムの視線など意に介さぬ調子で話し続ける。


「警戒せずとも良い。・・・と言っても無理な話か。我が名はベルタレス。オディス教団の偉大なる尊師の命により、汝に吉報をもたらしに来た。」


「吉報・・・?」


 ヴィルヘルムの眉間に皺が寄る。


「そう、吉報だ。我らの偉大なる尊師は汝の願いを把握されていらっしゃる。其の願いを叶えて下さるとの有り難き思し召しよ。感謝するが良い。」


 邪教徒の尊大な物言いに苛立ちを感じながらもベルタレスの言葉が気になる。


「余の願いだと? 面白い。邪教徒如きに余の願いが解ると言うのなら教えて貰おうか。その尊師とやらの考えを。」


 ヴィルヘルムの言葉にベルタレスは不愉快そうに少しだけ身を震わせた。


「・・・我が尊師に対してその様な不遜な物言い・・・。本来ならば魂を引き抜き奈落に叩き落とす処だが、まあ1度だけは多目に見てやろう。」


 そう言うとベルタレスは気を取り直した様に話しを再開する。


「汝の願いはこのイシュタル帝国の歴史に名君として自身の名を遺す事だ。その為に歴代の皇帝が誰も成し得なかった大事を為したい、と汝はそう考えている。」


「・・・!」


 自分の悲願を物の見事に言い当てられて流石にヴィルヘルムは驚愕した。


 その表情を見て影は嗤う。


「ククク・・・流石に揺らいだな? 偉大なる我が尊師から見れば汝の浅はかな願いなどお見通しよ。だが尊師は寛大にも汝の願いを叶えてやろうと思し召しなのだ。」


「どう叶えると言うのだ。」


「ほう、聴く気になったか。良かろう、ならば教えて進ぜようか。心して聞くが良い。次の法皇主催による祭儀に於いて混乱が生じる。その際には法皇も含めて数多の生命が失われるだろう。」


「な・・・!? ・・・法皇猊下も、だと・・・?」


 衝撃的な未来を語られて一瞬声を上げたヴィルヘルムだったが、直ぐに老獪な表情がとって変わる。


「法皇猊下も・・・と言うのは間違い無いのか?」


「間違い無い。其れは決定事項だ。」


「其処まで言い切ると言う事は、お前達が関わると言う事か。」


 睨め付ける程に鋭いヴィルヘルムの視線を飄々と受け流しながらベルタレスは空惚ける。


「さてな。だが汝は法皇の存在を心の底では疎ましく思っていた筈だ。世界に冠絶する大帝国のトップが2人居るように語られる現状を。帝国のトップは皇帝1人だけである筈だ、と。」


「・・・。」


「汝の思いは正しいと我らも考える。だから我が教団が力を貸してやろうと言うのだ。」




 ヴィルヘルムには信じ難い話しだ。


「何故、邪教徒が手を貸すのだ。お前達には何の益も無かろうに。」


 皇帝の疑問にベルタレスは嗤った。


「汝等の物差しで語らないで貰おうか。損得で我らは動かぬ。我らが動くのは我らの教義に拠る理由のみ。そうで無くとも今の天央正教の俗世の欲に囚われた在り方は受け容れられぬモノだ。故に滅ぼすと尊師がお決めになられた。」


 今度はヴィルヘルムが嗤う。


「フフフ。余には宗教家達の思考など解らぬ。解らぬが、邪教にさえも『受け容れられぬ』と言わせてしまう天央正教は余程に腐っているのだろうな。」


「・・・。」


「良いだろう。余は何をしたら良い。」


 ベルタレスの口の端が上がる。


「来るその時に向けて騎士団でも準備して置け。騎士団を使い我らの用意した脅威を討ち払え。勇を以て民への被害を最小限に食い止めた汝は少なからず名声を高める事になろう。そして不慮の事故で法皇を失った天央教団は力を削ぎ落とされる事となろう。法皇の名声は高いが周辺の主教供の評判は好ましいモノでは無い故にな。後は汝の思うが儘よ。」


「良かろう。」


「・・・。」


 皇帝の声を聞き届けると影はスッと姿を消した。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「さて、騎士団を動かしておくか。」


 記憶の沼の底から意識を浮かび上がらせたヴィルヘルムはそう呟いた。




 連中の真意など解らぬ。理解する必要も無い。


 ああも未来の事を確定事項のように語ると言う事は、間違い無く祭儀に於いて邪教徒自らが混乱を引き起こすつもりなのだろう。


 ならば連中に法皇を殺害させた後に、一気に邪教徒共を叩き潰して仕舞えば一石二鳥と言うモノだ。報告で受けていた、最近巷を騒がせている奇妙な殺人事件も恐らくは邪教徒共の仕業であろう。例えそうで無かったとしても連中を犯人にして仕舞えば良い。


 いずれにせよ、一時的にとは言え皇帝たる自分が邪教徒などと手を組むような形になった事は断じて知られてはならぬ。連中には全ての秘密を持ったままに罪を背負って消えて貰うが、帝国全体の平和の為になると言うモノだ。


 ヴィルヘルムはそう考えながら口の端を吊り上げるのだった。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 ベルタレスから皇帝の様子について報告を受けたディグバロッサは、先程のリカルド大主教とのやり取りを思い出してほくそ笑む。


「まあ、元々優れた者とは思っていなかったが、まさか此れほどの無能だったとはな。」


 邪教の大主教はそう独り言ちる。




 リカルドがどのような過程を経て大主教の地位を得たのかは知らぬが、自力でその地位に辿り着いているのだ。況してや自分を中心とした派閥を天央正教内に於いて最大の派閥に育て上げている。


 無能で在る筈は無い。


 ディグバロッサはそう踏んでリカルドに接触したのだが。


 実際には話せば話すほどに欲深さと傲慢さばかりが目に付き、際立つ才は何一つ見当たらない凡俗に過ぎなかった。だが法王暗殺を計画立てたり其れを行う為の準備を密かに進めていたりと、行動力だけは在るようだった。


 ならば最初に連中が準備していた手段を実行させれば良い。


 竜王の御子が関わっていると解っている現在、オディス教徒が前に出るのは好ましく無い。寧ろこの状況は好都合だ。


 あの大主教供が引き起こす混乱を文字通り高みの見物させて貰うとしよう。




 帝国と大神殿が引き起こす混乱で一体どれ程の生命が失われるのかを思うと気分が高揚してくる。更には世界最大級の大国が中枢で混乱に巻き込まれれば当然、其れは周囲の大国にも波及していく。上手く事を運べれば混乱は世界中に飛び火して行くだろう。その贄に法皇は丁度良い。


 帝国の混乱はやがて災厄へと変貌を遂げて世界を侵食していき、我らの目指す世界の再編に大きく貢献してくれる事だろう。


 この奈落の法術と知恵があれば、別に彼の御方を・・・魔人『最奥のアートス』を復活させずとも世界を破滅に導くことは出来るのだ。


 彼の御方からは其の圧倒的な『力』だけを借りられれば其れで良い。寧ろ復活でもされたら其の破壊活動を鎮める事の方が万倍も厄介と言える。




「さて。」


 ディグバロッサは背後に立っていた黒いローブを纏った長身の男を振り返った。


 突然にこの大祭壇に降ってきたこの男は、ディグバロッサから見てもやや異様な雰囲気を持った男だった。


 故に通常なら即座に魔人の贄に捧げる処だったが、手下にするべく洗脳を施した。


 そして強力に施した洗脳魔法が最近漸く効果を現してきたのでディグバロッサはこの色々と使えそうな男を手足として使う事にしていた。




「ミストよ。汝に命じる。このアミュレットを持って契石のどれかに『核』を作って参れ。」


「は。」


 頭を垂れた際にフードの影から陰鬱な表情が覗き、ミストの真紅の双眸が赤く揺らぐ。


 ディグバロッサがそのミストの頭に片手を翳すと瘴気が溢れ出しミストの全身を包み込む。やがて瘴気が消え去った時、ミストの姿は消えていた。









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