60話 闇の底
6人がシオン達と合流したのは其れから2日後の事だった。
その間にカンナとセシリーは法皇主催の祭儀が早まった事を知って驚かされたのだが、シオンとルーシーが何か知っているかも知れないと合流を心待ちにしていた。
「シオン。」
ミシェイルが嬉しそうにシオンに握手を求めるとシオンも笑顔で応じた。
「・・・セルディナの公城でも思ったけど、どんどん腕を上げているな。」
ミシェイルを見てシオンはそう評価する。
「アイシャも今なら護身用の剣を扱えそうだな。」
「え・・・」
初めてシオンからそんな事を言われてアイシャは面喰らった。
「え、あたし、剣使えそう?」
シオンが頷く。
「アカデミーに居た頃は足腰の筋力が足りてなくて剣に振り回されていたけど、今は依頼を繰り返して大分鍛えられたみたいだ。」
「うーん・・・」
アイシャは腕組みをした。
「・・・でもこの前ミシェイルに剣を持たせて貰ったけど重かったわ。」
「別にロングソードを持つ必要は無いさ。護身用に持つならショートソードで充分だ。ミシェイルに買って貰って教わると良い。」
「!」
アイシャはミシェイルを見る。
「お、教えてくれる?」
「お、おう。勿論だ。」
ミシェイルが顔を赤らめながら頷く。
「じゃあ取り敢えず宿に戻るか。色々と情報を摺り合わせたい事もあるしな。」
カンナの提案に全員が頷いた。
「で、ルーシー。どうやって私に連絡を取ったんだ?」
カンナは尋ねたかった事を真っ先にルーシーに訊いた。
「以前にカンナさんが私に連絡を取ってきた時の感覚を思い出しながら、シオンの神性を貰って真似してみたんです。そしたら出来ました。」
「・・・。・・・そ、そうか。」
カンナはルーシーの答えに舌を巻いた。
まさか感覚だけで真似してくるとは思わなかった。が、段々と神性使いとしての技量が自分に近づきつつある事に嬉しさも感じる。
さて、では訊きたかった事も訊けたし本題に入ろうか。
「シオンよ。知っているかも知れんが、祭儀の日程が早まった。後もう4日後に行われる筈だ。」
カンナの報せにシオンとルーシーは頷いた。
「知っている。そうか、カンナ達も知っていたのか。俺達はリンデル殿下から日程が早まった事を聞いていた。其れでお前にこの事を伝えたいなと言ったら、ルーシーがお前への連絡を引き受けてくれたんだんだ。」
「なるほどな・・・。じゃあ、お前達の報告は其れでいいか?」
「そうだな・・・ああ、いや。もう1つあった。」
「お、何だ?」
「祭儀の日程は早まったけど、多分暗殺は出来ないと思う。」
「ほ? 何でだ?」
「セーラムウッド教会の地下にあった天央の剣とオディス教の事をリンデル殿下に話した。今頃は秘密裏にイシュタル帝国が剣と司祭殿を確保している筈だ。」
「ほぅ・・・。」
シオンの話しにカンナは顎を摘まんで考え込んだ。
「どうした?」
「いや・・・。」
シオンの問いに掛けにカンナはチラリと視線を投げる。
「・・・大抵の場合の話しだがな。こう言うデカい暗殺計画の場合は一の策、二の策という風に複数の手段を用意しているモンなんだよな。」
「なるほど、確かにそうかも知れない。」
「まあ、今考えても仕方無いしな。とにかく剣を使った暗殺は出来なくなったと言うだけでも朗報か。仮に複数の手段を用意していたとしても、基本的には一番目の策が連中にとっては一番都合の良い策だった筈だ。其れを潰しただけでも上等だろ。
「そうだな。・・・じゃあ、取り敢えず此方の情報は其れだけだ。」
「良し。じゃあ、コッチの事も話しておこうか。」
頷く2人にカンナは此れまでの事を話した。
「ミストが・・・。」
シオンは難しい顔をしながら呟いた。
「じゃあカンナ達はミストを救出しようとしている訳だな?」
「そのつもりだったが・・・。」
カンナは指でテーブルをトントンと叩きながら考えを纏める。
「思い返せばこの計画にオディス教徒が絡んでいるのは確かなのだから、暗殺計画を追えばミストの情報も入手出来るかも知れないな。」
そう呟いてアリスとノリアに視線を向けた。
「どうするか。ミストを追うつもりだったが、闇雲に動き回るよりかは良さそうだが。」
カンナの提案に2人は頷いた。
「カンナさんの判断にお任せします。」
「そうか、解った。では取り敢えずは4日後に向けて動くとしようか。」
ノームの言葉に全員が頷いた。
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昏い神殿の最奥。
薄明かりが支配する広間の中で水晶を眺めるディグバロッサの下に主教がやってきた。
「猊下。」
ディグバロッサが視線を送ると主教が一礼する。
「申し上げます。イシュタルにて少々意外な事が起きました。」
「意外な事?」
「はい。法皇の祭儀が早められまして6日後に行われる事になった様です。此れでは天央の剣に呪いを籠める事が出来ません。」
「・・・。」
ディグバロッサは無言で主教の顔を見つめる。
其れは正しくディグバロッサにとっても意外であった。
イシュタル帝国の壊滅が起きれば、其れだけディグバロッサが望む新世界の構築が成り易くなる。そう願う最中、数年前に遂に天央正教の大主教からコンタクトが在った。大神殿に仕込んでおいた種が漸く芽吹いたかと嗤ったものだ。
俗世の権力欲に対して然程の興味を示さず純粋に神に仕える者達が多い宗教組織の中では、「傲慢」と「承認欲求」の塊で在りながら其れを上手く隠せる者が上に行きやすい。そしてそんな事が長年続けば「戒め」を旨とする宗教組織でさえ自浄作用を失って腐っていく。だから邪教の大主教は1つの策を講じた。
結果はディグバロッサの狙った通りになった。
リカルドと名乗る其の大主教に会ってみれば、俗世の欲求で内心は満ち満ちており腐った大組織の上層部に居座るに相応しい「如何にも」と言った男だった。
『お前が邪教の大主教か。』
リカルドのディグバロッサを睥睨する姿が虚仮威しなのは見てすぐに解る。間違い無くオディス教に対して恐れを抱いているが、此方を睨み付ける事で優位を取ろうとしているのだろう。ディグバロッサは内心の冷笑を押し隠しながら頷く。
『そうだ。貴殿は天央正教の大主教殿で在らせられるな?』
『如何にも。』
ディグバロッサのやや丁寧な物言いに少し気が大きくなったのか、僧侶とは思えない豊かな腹を突き出した大主教が胸を張って答える。
『儂が天央正教の大主教リカルドだ。』
『おお・・・世界最大を誇る天央正教の、それも大主教殿に相見える事が出来るとは存外の光栄と言えような。』
ディグバロッサが更に追従めいた言葉を口にするとリカルドは遂に不敵な笑いを浮かべ始めた。
『当然だ。だが教義が違うとは言え、同じ大主教として立つ身だ。対等で行こうではないか。』
思い上がり始めたリカルドのリカルドの不遜な態度にディグバロッサは不快を感じるどころか嗤いを誘われる。
『おお、流石は大主教殿。度量の大きさも一流と言う訳か。』
『何、当然の事だ。』
『・・・。』
何とも煽て易さに不安が無い事も無いがディグバロッサは用件を促す。
『で、大主教殿。この度の御来殿の赴きは如何様なもので?』
『うむ、実はな・・・。』
リカルドは顰め面を浮かべながら重々しく語り始める。
其の内容はと言えば。
要は「民の心を安寧へ導く」と言う建前と法皇の行いを美辞麗句で賞賛する裏側で、其の法皇の言動に不満を漏らす内容だった。故に法皇を排除したいと言う事だ。そして其の後には当然に自分がその椅子に座ることを望んでいる。
立ち去るリカルドを眺めながらディグバロッサは口の端を歪めて嗤った。
「良い良い。このくらい汚れていなければ我々の望む仕事はしてくれまいて」
邪教の大主教はそう呟いたモノだ。
そしてその折りにリカルドに授けた策が『天央の剣に呪いを施し呪死させる』という方法だった。
天央の剣をオディスの紋章に一定期間晒し続けた後、ディグバロッサ自らが数日を掛けて解呪出来ない呪いを施す。其れを祭儀で法皇に触れさせれば数日後に法皇は生命を落とすと言う算段だ。
だが日程が急遽早められた事で、肝心のディグバロッサが呪いを施す時間が失われてしまった。即ちディグバロッサがリカルドに授けた策は失敗したのである。
「まあ失敗したモノは仕方が無い。」
ディグバロッサは思う。
問題なのは何故日程が早められたのかである。
止むを得ぬ事情により早めざるを得なかったのであれば別に構うところでは無い。だが、此れが誰かの意思に因るモノならば気になるところだ。
法皇主催の祭儀の日程は法皇の都合と大主教達の協議に拠って定められた筈だ。謂わば天央正教の最高機関に拠る決定である。
此れを変更させる事が出来る者と言えば・・・法皇自身しか考えられない。
では何故、日程を早めたのか。
リカルドの・・・延いてはディグバロッサの立てた計画がバレたからでは無いのか? だとするなら些か都合が悪い事も考えられる。
ディグバロッサは天央正教など端から歯牙にも掛けてはいないが、竜王の御子にだけは此方の存在を知らせたくは無かった。そもそもこの件に竜王の御子が絡んでいるかどうかも不明なのだが、もし万が一にも絡んでいたとしたらグースールの魔女を単身で退けたあの存在だけは手に負えない。そして竜王の御子は此方の存在を察知したら必ず剣を向けてくるだろう。
そうなれば本当に最奥のアートスを復活させてぶつけねばならなくなる。アートスであれば竜王の御子に負けることもあるまいが、其の後をどうするか。今度は其れが問題となってくる。
難敵を排除するために更に厄介な存在を呼び出す事は出来れば避けたい。新世界新興の為にも両者には消えて頂きたい処なのだ。
「・・・まあ、別に構わんか。」
暫く思案した後、思い直したディグバロッサは呟いた。
アートスを復活させたしても暫くは暴れ回るだろうが、神性が少ない今の世界ではアートスは直ぐに動けなくなる筈だ。そうなれば、また地中深くに潜り数百年の眠りに就くに違いない。
暴れ回っている間に一体どれ程の被害を世界に与えるかは未知数でディグバロッサから見ても賭けに近いモノは在るが、四方や世界滅亡とまでは行かないだろう。
兎に角アートスが暴れ回っている間はオディス教徒は身を潜め、邪神が姿を消したらゆっくりと新世界を築いて行けば良い。
「・・・猊下?」
報告してきた主教が戸惑った様にディグバロッサに声を掛ける。其の声で邪教の大主教は思案の泉から意識を浮かび上がらせた。
ディグバロッサは主教に問うた。
「・・・其れで天央正教の大主教はその事について何と言って居る?」
「は、彼の愚か者は不敬にも猊下に『大至急、呪いを施せ』と言って来ました。」
「ほう。」
「如何致しましょうか。消しますか?」
主教の提案にディグバロッサは興を削がれた様に視線を逸らしながら言った。
「放って置け。」
「は・・・。」
「あの男が別の策を用意している事はもう知っている。此方から音沙汰が無ければ彼奴はその策を使うしか手は無くなる。其れを眺めているのも一興よ。」
其れにそうなれば此方から動く必要は無くなるのだから、竜王の御子と遭遇する確率は極端に低くなる。大事の前には極力リスクは回避するに限る。
「さて、ではもう1人の愚か者の依頼に応えるとしようか。」
主教を下がらせたディグバロッサはそう独り言ちると床に描かれた召喚魔法陣へと近づいていく。
いずれにせよ数日以内にはこのイシュタル大陸全土を震撼させる出来事が起きる筈だ。
其れを思うとディグバロッサの口の端は否が応でも吊り上がった。




