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神の去った世界で  作者: ジョニー
第3章 動乱のイシュタル
155/214

59話 合流



 カンナは再び考察に入る。




 さて、次は3番目の場面か。


 ミストがクエストの魔術で銀細工の記憶を読み取ろうとしており、其れをノリアが強化の魔術でサポートしていた。


 なるほど、確かに何かを探るとしたら其の魔術になるだろうな。だがクエストに物の記憶を探る力は無い。


 失敗した様だが当然だ。逆に成功したら驚かされる処だが。




 そして最後の場面。


 カンナは実はこのシーンに一番驚かされていた。


 ミストが紙片に魔法を使って紙片から現れた闇に呑み込まれていた。あの現れた闇は奈落から溢れ出た瘴気だ。そして恐らくだがあの瘴気が導く先はあの紙片に紋様を描いた者の居る場所なのだろう。




 だが其れよりもミストが使っていた魔法がカンナを一番驚かせた。


『夕闇に弾かれた老鶯に告げよ。潜みし迷い家に闇の祝福在らん事を・・・アビス=アロガント』


 アレは間違いなく奈落の法術だ。




 何故あの男が使えるんだ?


 カンナは首を捻る。




 奈落の法術は負の感情に満たされた魔術師が周囲の怨念などを利用して発動させる魔法だ。そこまでは良い。捻くれ者で魔術のセンスも高そうなあの男が使えてもおかしくは無い。


 ただ、奈落の法術の使い手は其の魔法に手を染めた瞬間から理性が崩壊し始める。他者を思いやる心を失い、破壊衝動と残忍な感情が膨れ上がり見境無く周囲の存在を傷付け始めるのだ。


 自分と同じ奈落に墜ちた者は別としても、其れ以外の他人のために動くことはなくなる。謂わば狂人に近い状態になるのだ。




 ミストが奈落の法術の使い手なら間違い無くそうなっている筈だ。・・・その筈なのだ。


 しかしミストはアリスとシーラを救った。危険を顧みずあの男が最も嫌う『損失』を覚悟の上で。アリスに訊けばあの男は『大人は子供との約束は守るものだ』と言ったらしい。其れは間違い無く優しさと大人の理性と矜持に拠って為された行動だ。奈落の法術の使い手の言動では無い。




 矛盾している。一体どういう事なのか。


 理性を保ちながら奈落の法術を使い続けられる状態が考えられるとしたら、オディス教の主教やザルサング大主教の様に偶像を強く信仰して狂人と化す事だ。其れであれば破壊活動の一点に於いて理性的な思考が可能だろう。


 或いは悪魔そのもので在れば、あの忌むべき存在の行動そのものを象ったのが奈落の法術なのだから理性が阻害される事は無い。


 だがどちらにせよ確実に人間的な感情や優しさは消え失せるし、此れまでミストが取ってきた言動とは確実に咬み合わない。




 カンナは唸った。


「一体何者だ。あの男。」




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




「カンナさん・・・?」


 恐る恐るといった様子でセシリーが扉から顔を覗かせた。


「んぁ?」


 カンナはセシリーの声に我に返った。


「おお、セシリーか。どうした?」


「どうしたって・・・。」


 セシリーはカンナの問い掛けに戸惑った表情になる。


「もう朝ですよ?」


「え?」


 言われてカンナは窓を見た。




 確かに東の空が陽の光に焼かれてオレンジ色に染まり始めている。




「・・・。」


 カンナはポリポリと頭を掻いた。


「そんなに時間が経ってたのか。気付かなかったな。」


 そう呟きながらもう一度扉からこちらを覗くセシリーに視線を戻すと其のセシリーの下からノリアとアリスがヒョコっと顔を覗かせた。




 縦に3つ並んだ顔を見てカンナは思わず吹き出しそうになるのを堪えながら3人娘に入室を促した。






 さて、何処まで話したものか・・・。


 カンナは自分を見つめる3対の視線を受けながら思案する。が黙っていても仕方無い。


「じゃあ話そうか。」


 カンナがそう言うと3人はグッと身を乗り出した。




「私がこの銀細工の記憶を辿って視る事が出来たのは幾つかの場面だった。1つは二ゼラ伯爵が部下にこの銀細工を渡している場面だ。その折りに二ゼラ伯爵は邪教徒と関係がある事に言及している。」


「邪教徒・・・オディス教徒の事ですか?」


 セシリーの問いにカンナは首を振る。


「解らん。だが私はそうだろうと思っている。其れとこの一連の事件は邪教徒から持ち込まれた案らしい。其れは次に見た場面でも部下の男が言っていた。」


 そしてカンナは部下の男が暗殺される場面を話しながら、次々と自分が推察した事を3人に話して聞かせた。




「戦争・・・。」


 セシリーが青ざめた表情で絶句した。


「本当に戦争になるのでしょうか?」


「私が今話した最悪の展開になれば戦争になってもおかしくは無いよ。」


 セシリーは首を振った。


「イシュタル帝国と戦ったところで勝ち目なんてありませんよ。」


「新宰相殿も公王陛下もそう考えているだろうな。だからこそ彼の御仁達は随分と前からこの件について探りを入れて打開策を練っていた。」


「ではお父様達は以前から其の可能性も予測していたと・・・?」


「していただろうな。私と違ってあの御仁達は国の紐付きを使って情報を得ていただろうから。となればあの賢者達が最悪の事態を予想出来ていない筈が無い。だから今さら私達が慌てる必要は無いのさ。無論、私が今得た情報はお父君に知らせる必要があるがな。」


「解りました。直ぐにお父様に伝えます。」


 立ち上がるセシリーをカンナが制した。


「まあ待て。多分あと数日で頼んだ物が届くはずだ。そうしたら直ぐにお父君には私から直接伝える事が可能になる。」


「え? どう言う事ですか?」


 セシリーが首を傾げるとカンナは悪戯っぽく笑った。


「まあ其れは後の楽しみという奴だ。」




「・・・。」


 アリスとノリアはポカンとカンナを見つめていた。


「凄い・・・。」


 やがてノリアが呟く。


 余りにも急展開且つ壮大な話しに付いていけない。




 そんな2人を見てカンナは再び思案する。




 4つの場面の内3つまでは話した。


 だが最後の場面は・・・セシリーは良いとしても、アリスとノリアにはショックを与えることになるだろう。この2人は自分の人生を捧げても良いくらいにはミストに信頼を寄せている。いや、回りくどいか。確実に愛情を寄せている。


 そしてノリアは一見はおっとりとした女性に見えるが少し話してみれば意外に激情型の人間だと解った。アリスは言わずもがな。更にこの2人の娘は魔術をある程度使い熟す。であれば最後の場面の話しをした場合『ミストを救出する為』に暴走し始めるだろう。


 今は話さない方が楽に事を進められるのは解っている。




 しかし・・・とカンナは思う。




 2人の心情を思えば其の判断は余りに酷薄なのではないだろうか。


 惚れた男の身を案じながらも何も出来ない自分を彼女達はどう思っているのだろう。其れこそ顔には出していないが泣き出したいくらいに思い詰めているのではないだろうか。


 


 例えば自分が彼女達の立場でシオン達が突然失踪したらと思えば・・・やはり話して貰いたいと思うだろう。




 カンナは決めた。




「では最後の場面を話そうと思う。」


 カンナはそう言うとアリスとノリアを見た。


「お前達2人には少しショックな内容かも知れんが落ち着いて聴けると約束出来るか?」


「・・・!」


 突然カンナから振られた言葉に2人は一瞬驚いた顔をしたが直ぐに表情を引き締めた。


「よし。」


 カンナは頷く。


「最後に私が視た場面ではミストがこの部屋で何かの紙片に魔法を掛けていた。」


「紙片って・・・私達が渡したあの紋章の入った紙の事かしら・・・?」


「恐らくな。」


 首を傾げるノリアにカンナが答える。


「そして魔法に反応した紙片からは大量の瘴気が溢れ出し、ミストは其れに呑み込まれて・・・。」


 顔を引き攣らせる2人をカンナはチラリと見て言った。


「・・・姿を消した。」




 ガタリと音を立ててノリアが立ち上がった。


「・・・私のせいだ・・・。」


 青ざめた表情でノリアが呟く。


「落ち着け。」


 カンナが静かに声を掛ける。


「私があんな紙を渡したせいで・・・。」


 しかしカンナの声が耳に入っていないのかノリアはブツブツと独り語散る。


「ノリア、落ち着け。」


 再びカンナが声を掛けるがノリアはフラリと扉に向かって部屋を出て行こうとした。


「助けに行かなくちゃ・・・。」


「ノリア・・・」


 三度声を掛けようとカンナが口を開いた時、アリスが立ち上がってノリアを後ろから力一杯抱き締めた。


「落ち着いて! ノリア!」


「・・・!」


 ハッとなってノリアは振り返り自分を抱き締めるアリスを見る。カタカタと震える身体で精一杯自分を抱き締める彼女の姿にノリアは冷静さを取り戻していく。


「私達2人のせいだよ。ミストに大人しくしていろって言われたのに勝手に動いてしまったせいだよ。だから自分だけを責めるのはやめよう?」


 震えながらも懸命に自分を落ち着かせようとするアリスの言葉にノリアは足腰の力が抜けてペタンと座り込んだ。


「そうね・・・貴女の言う通りだわ。此処でまた勝手に動いたら其れこそ取り返しが付かなくなるかも知れなかった。本当は貴女だってきっと私と同じ気持ちの筈だろうに・・・。有り難う、アリス。」


「へへ・・・。」


 涙目で微笑むアリスにノリアも笑い返す。




 なるほど、中々に強いじゃないか。


 当人同士だけで感情の折り合いを付けられるとは思っていなかったカンナは2人を見て感心した。




「さて、ではミスト救出の策を練るとするか。と、その前に1度ラーゼンノットに戻るぞ。」


 カンナは宣言すると立ち上がった。


「ラーゼンノットですか?」


「ああ、此処からだと大体4~5日くらい掛かるだろ?」


「そうですね。」


「なら丁度その頃に虹色水晶が届く筈だ。」


「ああ、さっき言ってた・・・。」


 セシリーは何故其れが解るのか訊きたかったが、またはぐらかされるだろうと思い尋ねるのをやめた。まあカンナが適当にそんな事を言うとは思っていないので黙って付いていこう。


 4人はミストの残した物を掻き集めると宿を後にした。






「ゼロス達さんって未だイシュタルに居るのかなぁ。」


 船を降りながらアイシャが呟く。


「どうだろうな。ゼロスさん達の案件って大分難しいからな。其れよりもカンナさんって何処に居るんだろうな。」


「うーん・・・。探すしか無いんだろうけど・・・どうやって探そうか?」


「・・・取り敢えず宿を探すか。」


 良い方法を思いつかずミシェイルは溜息を吐きながらそう提案すると


「そうだね・・・そうしようか。」


 アイシャも同意して頷いた。




 巨大な港から都市の中心に向かう道程には何軒も宿が建ち並んでおり、呼び込みの声が元気に通りを賑やかしている。


「どの宿にしようか。」


「何処でもいいよ。」


 2人でどの宿にしようかと選んでいると


「おいミシェイル、アイシャ。」


 後ろから声を掛けられて2人は振り返った。


 その視界にトルマリン色の美しい髪が映る。


「セシリー!」


 アイシャが嬉しそうに叫んだ。そしてそのまま視線を下に落とす。


「・・・とカンナさん。」


「おう、待ってたぞ。」


 序での様に名前を呼ばれて若干納得のいかなそうなカンナが返事を返す。


 セシリーが苦笑しながら


「久しぶり。」


 とアイシャに答えた。


「待ってたって・・・カンナさん達、ずっと此処で待ってたの?」


 ミシェイルがカンナに尋ねるとカンナが頷いた。


「そうだよ。此処に来るのが解ってたから待ってた。と言ってもそんなには待ってないがな。」


「へぇー・・・良く解ったね。」


「まあな。その辺は後で教えてやる。その前に虹色水晶を渡せ。」


 そう言って手を差し出してくる。


 その手にミシェイルが水晶の入った袋を置くとカンナは満足げに笑う。


「よし、では宿を探して1度落ち着くか。」






 6人は一軒の宿を選び腰を落ち着けると1つの部屋に集まった。


「カンナさん、さっきも訊いたけど何で俺達が彼所に居るって解ったんだ?」


 ミシェイルが尋ねる。


 其れはセシリーもずっと気になっていた事だ。


 まるで待ち合わせでもしているかの様な口調でマルキーダを出発したものだから、てっきりイシュタルに来る前に誰かと打ち合わせでもしていたのかと思ったが、実際には虹色水晶を持って来ていたミシェイルとアイシャはカンナの迎えを知らなかった。本当に訳が解らない。




「そうだな。そろそろタネ明かしでもするか。」


 カンナはそう言うと虹色水晶の1個を取り上げた。そして水晶の表面に何か摘まむ様な仕草をするとその指には黄金の糸が一本捕まれていた。


「・・・髪の毛?」


 アイシャが尋ねるとカンナは頷いた。


「そう、私の髪の毛だ。コイツを呪術で水晶に埋め込んでおいた。後はこの髪の毛が私の感覚に引っ掛かって虹色水晶の移動を感じ取る事が出来ていたんだよ。」


「セルディナから!?」


「セルディナに2人が未だ居た時は『あ、動き出したかな?』くらいだったけどイシュタルに近づいて来るに連れてドンドン気配を強く感じられるようになってきたな。」


「呪術かぁ・・・。」


 セシリーが呟く。


 その表情を見てカンナが釘を刺す。


「言っておくが教えないぞ。」


「何でですか?」


「呪術は危険なんだよ。奈落の法術に近い術でな、失敗すると生涯悪しき思念に悩まされる事になる。そんなモノをお前に教えたらブリヤン殿にぶち殺されてしまうわ。」


「ぶち・・・フフ。」


 カンナに言い草にセシリーは笑ってしまう。




「さて、其れじゃあ先ずはミシェイルとアイシャに私達の状況を説明しとくか。」


 そう言ってカンナは2人に現状を説明する。


 


「・・・?」


 説明をし終えた頃、カンナが急に周囲をキョロキョロと見回し始めた。


「どうしました?」


「・・・いや、何か呼ばれたような気がして。」


『・・・ンナさ・・・。』


「・・・ルーシー?」


「え、ルーシー!?」


 セシリーが反応する。


『・・・聞こ・・・すか?』


 カンナはセシリーに向かって頷きながらルーシーの声に話し掛けていく。


「お前、どうやって・・・いや、今はいい。シオンも一緒か?」


『・・・はい・・・』


「よし、じゃあラーゼンノットに来られるか。」


『今、イシュ・・・帝都に居るから・・・』


「解った。じゃあ2日くらいか。2日後にラーゼンノットとイシュタル帝都を結ぶ公道のラーゼンノット正門前で待ってるぞ。」


『解り・・・た・・・』


「・・・。・・・切れたか。」


 カンナはふぅと息を吐く。




「さて、2人を迎えに行ったら久しぶりに全員集合だな。」


 そう言うとカンナは少し楽しそうに微笑んだ。







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