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神の去った世界で  作者: ジョニー
第3章 動乱のイシュタル
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58話 銀細工の記憶



「コイツの事で間違い無さそうだな。」


 ウェストンがイシュタルに派遣した冒険者パーティのリーダーであるゼロスは名前の書かれた紙片をピンと指で弾いた。




 セルディナ公国からイシュタル帝国に向けて『紐付き』以外の潜入者が渡っていると言う噂は以前から極々一部で囁かれていた。


 そしてこれが事実で在れば大変な違反であり、イシュタル帝国から武力による制裁が来ても文句は言う事は出来ない。更に言えばイシュタル帝国が竜王の巫女と竜王の御子、守護神ビアヌティアンを手元に手繰り寄せたいと考えている事は調べずとも解る。とすればこの事態はイシュタル帝国がセルディナ公国に対して難癖を付けて、竜王の巫女と竜王の御子、守護神ビアヌティアンを手に入れる絶好の材料と言えた。


 其れはセルディナ公国にとっては邪教異変に匹敵する、或いはそれ以上の危機と言っても過言では無い。


 この最悪の事態を回避する為、セルディナ公国としては先ず事実確認をしなければならない。そして事実だった場合には何としてもイシュタル帝国が知る前に侵入者を連れ戻す必要がある。




 この調査は先日までは邪教異変に対応する為に一端置かれて居たのだが、邪教異変の集結を以て再びレオナルド公王はイシュタル帝国に向けて隠密の調査を開始し始めたのだった。




 ただ此れは間違い無く解決するまでに時間の掛かる案件だ。更に解決する為には諜報能力、判断力、戦闘力など様々な能力が高いレベルで必要になってくるだろう。


 しかし此の潜入調査が帝国に知られてしまった時の事を考えると公国に仕える人間を動かす事は出来ない。敢くまでも公国は知らぬ存ぜぬを貫かねばならないのだ。


 となれば国に仕える人間以外から此れ等を熟せる者を選出しなくてはならない。




 そういった事情が重なる中で白羽の矢が立ったのが熟練の冒険者パーティだった。そしてそんな公国からの打診に対してウェストンはゼロス達のパーティを推奨した。


『様々な種類の依頼を豊富に熟してきたギルド最長のパーティにして、戦闘も最高クラス』と公国に紹介し了承を得たウェストンは有無を言わさずにゼロス達をイシュタル帝国に送り込んだ。勿論この依頼を終わらせたらAランクパーティに昇格させる腹積もりで。




「ふぅー・・・。」


 ゼロスは深く溜息を吐いた。




 ウェストンから直接言われた訳では無いが奴の思惑は何となく読めている。奴は前から俺達をAランクに引き上げたがっていた。


 飲んだ時に奴は言っていた。


『お前が「面倒臭いから」って理由で昇格を受けないモンだからシオンまで真似してお前と全く同じ理由でBランク昇格試験から逃げ回っているんだ。後進の為にも腹を決めてとっととAランクになっちまえ。』


『お前、シオンをダシに使うなよ。』


『シオンだけじゃ無い。アマラやエンディカ達もAランクになっても良いって言ってるんだよ。』


『・・・。』


 そう言われるとゼロスはグゥの音も出なかった。




「仕方ねーか。」


 ゼロスは呟くと1枚の紙片を太い指で摘まみ上げた。ソレはセルディナの人間なら例え公爵が相手でも通用する伝家の宝刀だった。


 セルディナ公王直筆に因る玉璽まで押された召喚令状。初めて目にするがコレに応じない場合は公爵だろうが大臣だろうが関係無く一族纏めて厳しい沙汰が下されるらしい。




 おっかねーな。


 ゼロスは思う。願わくば自分達はこんなモノを貰うような事が無い様にしないとな。




「ゼロス。」


 アマラが珍しく真剣な顔つきで巨漢の名を呼ぶ。


「どうするの?」


 尋ねるソレーヌにゼロスは視線を投げる。


「決まってるさ。俺達の受けた依頼は違法に潜入した人間を捕らえる事。その相手が貴族でも遠慮はしない。」


「わかった。」


 長弓を磨きながらジルダが頷く。


「明日行くのか?」


 エンディカが確認するとゼロスは頷いた。


「明日、一の鐘が鳴ったら二ゼラ伯爵の潜伏している奈落街の隠れ家に突入する。」




 ミシェイル達と別れてからも5人は調査を続けていた。


 奈落街に。蟻隠れの塚に。偶に酒を呷りながら酒場で聞き耳を立てたりもした。そして先日、何度も足を運んでいた蟻隠れの塚で初めて見る顔の男から決定的とも言える内容を耳に出来た。




 二ゼラ伯爵。


 コイツの行動がどうにも胡散臭かった。故に念入りに調べ上げれば、二ゼラ伯爵はセルディナ公国を騒がせたオディス教にパイプを持つ男だった。


 元々この男はセルディナ公国内に於いてレーニッシュ侯爵家を盟主とする派閥に属する男だったが、派閥には内緒で公国内で流通を禁止されている薬草の専売を行っていた。入手先はイシュタル帝国の奈落街。そして此の行為がレーニッシュ侯爵の耳に入ってしまい派閥から除名されてしまう。


 最悪の事態に絶望する二ゼラ伯爵だったが、やがて彼はセルディナ公国から姿を消しイシュタル帝国の帝都を彷徨くようになった。


 そして金貨数枚と引き換えにゼロスに情報提供した男は『帝都で起きていた銀細工の連続殺人事件で被害に遭った者の何人かと護衛を連れた二ゼラ伯爵が話をしている姿を見た』とも言っていた。


 聞く限り武術に関しては全く才能が無いと思われる二ゼラ伯爵が殺人事件の犯人とは思わないが、確実に何らかの関わりが在る筈だ。これ以上、他国で怪しい動きをされては堪らない。






 翌朝。


 一の鐘が鳴る前に5人は宿を後にした。真っ暗な宵闇の中、凍てついた空気を掻き分けて一行は奈落街を目指す。暫くしたら朝日も昇ってくるだろうが其れまでは今の時間帯が一番冷え込む。


「うう・・・寒。」


 アマラがコートの前を締めながら身を震わせた。


「我慢しろ。セルディナに比べりゃまだ温かい方だろうが。」


 そんな風に返すゼロスにエンディカが言った。


「ゼロス、出来れば陽が昇る前に決着を着けてしまいたいな。」


 エンディカの意見にジルダが頷く。


「そうだな。其れと二ゼラ伯爵は護衛を雇っている可能性があるから油断はするな。」


「護衛か。手練れだったら短時間での制圧は難しそうだね。」


 ソレーヌが呟くとアマラが手に息を吐き付けながら言った。


「手練れが居たらあたしとソレーヌの魔術で正常感覚を奪うまでよ。」


「そうね。」


 ソレーヌが寒そうに両手を擦りながら頷いた。


 


 奈落街は別名『不夜街』とも呼ばれるくらいに朝晩関係無く人が動き回っている。当然だ。奈落街に潜む者達の本領は夜にあるのだ。寧ろ昼よりも人は多く動いてるくらいだ。が、流石に夜明け前ともなると流石にそういった連中も眠りにつき始める。


 ゼロスがこの時間帯を選んだのもその辺りが理由だ。




 やがて一行は二ゼラ伯爵が潜む廃屋に到着した。




 冬の真っ只中に鳴り響く一の鐘の音が真っ暗な空に溶けて消えて行く。


 5人は静かに廃屋に近づくとスルリと建物内に入り込む。


『トンッ』


 壁に矢が突き刺さった。


「!」


 同時に4人が手近な物陰に身を隠しジルダが即時に矢の飛んできた場所を特定し弓を引き絞る。


『ヒュッ』


 風を切って剛弓から放たれた矢が闇の中に吸い込まれていく。


「グッ!」


 小さな呻き声に手応えを感じたジルダがゼロスに頷く。其れを受けて全員が動き始めた。




 ジルダが撃った護衛は生きていた。


 その男にゼロスが尋ねる。


「済まんな。俺達は依頼を受けて此処に来たBランクの冒険者パーティだ。大人しくしてくれるなら別に命まで取る気は無い。」


「・・・。」


 無言で護衛の男はゼロスを見上げる。


「お前は護衛を頼まれて雇われたな?」


 護衛は無言で頷く。


「お前達の雇い主はセルディナ公国の二ゼラ伯爵だな?」


 護衛は暫く逡巡した後に頷く。


「二ゼラ伯爵は何処に居る? 護衛は何人だ?」


「・・・。」


「安心しろ。此れでも国の依頼で来ている。無駄な殺生はしないと約束する。」


 護衛は表情硬くゼロスを見ていたが巨漢の言葉を聞いて話す気になった様だった。


「・・・この奥に居る。護衛は俺を除いてあと6人だ。」


「よし。」


 ゼロスは頷くと男の肩をポンポンと叩いて薬草を手渡す。


「こいつをやるから此処から出て行け。攻撃して来ても良いが俺達がBランクの冒険者パーティだという事を忘れるな。」




 男がヨロヨロと廃墟を出て行く後ろ姿を見送るとゼロス達は奥へ踏み込んで行く。


 制圧は一瞬だった。


 通常であれば決して弱くは無かったのだろうが、寝坊けていた上にアマラとソレーヌの魔術に因って視覚と平衡感覚に異常を来した護衛達は碌に抵抗する事も出来ずにゼロス達によって無力化されていった。




 そうして後顧の憂いを断った5人は悠然と奥の部屋に突入する。


「な・・・なんだ、お前達は!」


 古びたベッドで寝ていた太目の男が怯えた様子で叫んだ。


 この男が二ゼラ伯爵か。


 ゼロスは二ゼラ伯爵の誰何の声を無視して、慌てふためく男を眺めながら懐の召喚状を突きつける。


「二ゼラ伯爵。セルディナ公王の命により貴方を拘束する。尚、抵抗する場合は斬り捨てて首だけを持ち帰っても良しとする旨を俺達は承っている。大人しくするのが貴方にとっては吉だろうな。」




 召喚状が本物である事を見て取った二ゼラ伯爵は、力尽きた様に両膝を着くとガックリと項垂れた。


「何故だ・・・何故こうなった・・・。」


 と呟きながら。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 部屋から3人娘を追い出したカンナは魔法陣を描いていく。


 この銀細工が常に誰かの側に在ったとしたら色々と真実が垣間見えてくるかも知れない。




 魔法陣の中央に銀細工を置いたカンナは自らの神性を放出させた。




 ミストは魔術に拠って物体の記憶を読み取ったと思っている様だが実は違う。


 現伝導者は過去の伝導者達の記憶を遡って覗き見る事が出来るが、其れと同じ事を物体に対して行っているのだ。此の能力は伝導者にのみ与えられた真なる神々からの贈り物で、他の者達は誰も真似ることは出来ない。


 


 カンナの神性に包まれて銀細工から光の球体がプカリと浮かぶ。そうやって精霊化させた銀細工の球体にカンナは指を突っ込んだ。




 ギュンと意識が引き込まれてカンナは記憶の坩堝に放り出される。




『此れが同士の証だ。肌身離さず持っておけ。同士かどうかを確認する時は此れを見せれば良い。』


 草臥れた貴族服を身に着けた男が商人風の男に銀細工を渡している。


『畏まりました。しかし此れで二ゼラ家は許されるのでしょうか?』


 商人風の男が尋ねると二ゼラ伯爵は不快気に表情を歪ませる。


『知らん。邪教徒共を何処まで信用して良いのか解らんしな。ただ邪教徒共にしても儂の商売が止まるのは困ると見えてな、連中にしては随分と熱心に勧めてきた。』


『そうですか・・・。しかし、わざわざセルディナからマルキーダを経由して帝都に入る事に何の意味があるのでしょうか?』


『解らん。だが連中はセルディナ貴族が今回の祭礼の儀に参加出来る方法を探り出せれば、後は自分達が動いて二ゼラ家をレーニッシュ侯爵の下に戻してくれると言っていた。』


『解りました。とにかく今は何でも出来る事をせねばなりませんし、やるしかありませんな。』


『そういう事だ。』




 場面が跳ぶ。




『何故だ・・・何故私達の命を狙う。私達はお前達の指示に従っていただけなのに・・・!』


 商人風の男が斬られたと思われる片腕を押さえながら黒尽くめの男に詰問する。が、黒尽くめの男は問答無用で無情の剣を振り下ろし男を斬り殺した。そして百合の銀細工を息絶えた骸の上に置く。


『混乱の種は多ければ多いほど良い。』




 また場面が跳ぶ。




『蒼き月と真なる真名に於いて我が手は潜みし深淵を掴むものなり・・・クエスト』


 ミストの手が銀細工に伸びている。そして詠唱が終わると同時にノリアがミストの手に自分の手を被せるようにして詠唱を始めた。


『蒼き月と騒々めく精童の握り手を以て彼の流れに一迅の風を渡せ・・・フォロウ』


 しかし結果は上手く行かなかった様だ。


『チッ』


 ミストが舌打ちをしながら銀細工を放った。




 更に場面が跳んだ。




 ミストが何やら紋様の描かれた紙片に人差し指を当てて呟いている。


『夕闇に弾かれた老鶯に告げよ。潜みし迷い家に闇の祝福在らん事を・・・アビス=アロガント』


 途端に大量の瘴気が紙片から溢れ出しミストを包み込む。


『!!・・・何だと!?』


 短い呻き声を残してミストは姿を消した。






 カンナは両眼を開くと精霊体から指を抜いた。


 途端に球体は弾ける様に霧散する。


「なんとまあ・・・。」


 情報の多さにカンナは呆れて呟いた。




 まあ呆れていても仕方が無い。今は幻視の内容を考察してみようか。




 一つ目の場面に出て来た太目の男が二ゼラ伯爵なのは間違いあるまい。そして恐らく部下と思われる男は連続殺人事件の被害者の1人だろう。


 そして二ゼラ伯爵の言っていた言葉。


『解らん。だが連中はセルディナ貴族が今回の祭礼の儀に参加出来る方法を探り出せれば、後は邪教徒達が動いて二ゼラ家をレーニッシュ侯爵の下に戻してくれると言っていた。』


 祭礼の儀はミストが話していた法王暗殺計画で利用される予定の祭儀だろう。其れに接触したがっていたのは邪教徒の指示だったのか。そして邪教徒とはオディス教徒の事だろうか。それとも其れとは別の邪教徒なのか。




 2つ目の場面では其の邪教徒が出て来ていた。そして其の邪教徒に二ゼラ伯爵の部下は殺され銀細工を置かれていた。




 カンナは銀細工を眺める。


 此れはこの男が所持していた物なのか。


 更に邪教徒はこう言い捨てていた。


『混乱の種は多ければ多いほど良い。』




 此れが引っ掛かる。


 連中は混乱を引き起こそうとしている? なら何故あの男を・・・いやあの男だけでは無く、恐らくは二ゼラ伯爵の部下であろう連続殺人事件の被害者達を殺して回ったのか。連中に法王暗殺の手伝いをさせていたのでは無いのか? もっともセルディナ貴族を祭儀に参加させてどのような混乱が起こるのかは見当も付かないが。




 ・・・違うか。


 其れは口実で実は端から殺して回る事が目的だとしたらどうだろう。わざわざ目立つように銀細工を胸元に置いて関連性を持たせたのは真相に近づかせるためのヒントだと考えれば・・・。


 このままこの殺人事件を放って置けばイシュタル帝国の優秀な騎士団が事件の真相に近づくかも知れない。もし騎士団が真相に近づけなくとも邪教が彼等を導くかも知れない。


 そうなれば殺された者達がマルキーダの出身では無く、実はセルディナ公国の出身者達だという事実をイシュタル帝国は知ってしまう事になるだろう。そして其の者達を指揮していたのが二ゼラ伯爵、つまりセルディナ公国の貴族だと知れたら。更に二ゼラ伯爵が邪教徒と通じているとバラされてしまったら・・・。




 下手をしたら戦争になる。




 其処まで考えてカンナは首を振った。


 いや、いくら何でも飛躍し過ぎた。


 流石に戦争は無いと思いたい。しかし不穏な空気が両国を包み込むのは避けられないだろう。事が法王主催の祭儀に関わるだけに。


 だが・・・。


『・・・多ければ多いほど良い。』


 と言う言葉。


 連中は他にも何かを企んでいるのかも知れん。いや、企んでいる。セーラムウッド教会の地下室に掲げられたオディス教の紋章。


 つまり連中の真の狙いは法王暗殺。そしてその首謀者をセルディナ公国に擦り付けようと言うのか?




 事がそう進んだ場合には、先程は自身で否定したが対イシュタル帝国との戦争になってもおかしくは無い。もし幸運にもそうならなかったとしても確実にセルディナ公国はイシュタル帝国から厳しい制裁を受ける事になる。




 其れだけは避けたいものだ。


 気に入った奴らの愛する場所に要らぬ猪っ介を出されるのは面白く無い。




「厄介な事だな。」


 カンナは溜息を吐くとベッドの上にゴロンと寝転がった。




 さて、あと2つの場面を考察してみるとするか。





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