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神の去った世界で  作者: ジョニー
第3章 動乱のイシュタル
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57話 ブリヤンの依頼



「え、ブリヤン閣下の所へですか?」




 ミシェイルは眉を顰めてウェストンに訊き返した。


 その問い返しに大柄のギルドマスターが頷く。


「ああ、閣下からの名指しでの依頼だ。行ける日時を言って貰えれば此方で調整する。」


「どんな依頼なんですか?」


 アイシャが尋ねるとウェストンは首を振った。


「細かな内容は聞かされていない。閣下の使いから聞かされたのは、今イシュタルに行っているカンナ殿に届けて貰いたい物があるからお前達に届けて貰いたいという事だけだ。」


「・・・。」


 2人は顔を見合わせた。




 ウェストンからマスター預かりの案件を任されて、西側小国家群の冒険者達を取り仕切っている冒険者ギルドに出向き帰って来たのが昨夜。


 久しぶりにギルドを覗いてみれば先の流れとなった。




「では明日にでも。」


「よし、閣下には伝えておく。」


 ミシェイルの答えにウェストンは頷いた。




 中年のギルドマスターは其処で表情を変えた。


「で、どうだった? 初めて出向いたマルセル小国家群は。」


 楽しそうに尋ねてくるウェストンにミシェイルは呆れた様な表情になった。


「どうもこうも・・・あんなに混沌とした場所だとは思いませんでしたよ。少し移動すれば直ぐに違う国になってしまうし、その国毎に規制は変わるし、治安は悪いし。お陰で持ち金を掏られてしまいましたよ。」


「でも楽しい場所だったろ。人は逞しいし、血気盛んで争い事が大好きなバカが多いし、珍しい食い物が多いしな。」


「・・・楽しくないです。」


 アイシャが憮然とした表情で返す。


「うーん・・・お前達には余りウケなかったか。」


 失敗したな、と呟きながらウェストンはガシガシと頭を掻く。




 掻きながらウェストンは思い出した様に「あ」と声を上げた。


「そう言えば来月はアカデミーの卒業式だな。お前達も漸く卒業か。」


「「あ」」


 2人も同時に声を上げる。


「そうか、卒業か・・・。」


「そう言えばそうだね。・・・でもずっとアカデミーに行ってないのに参加して良いのかな?」


 アイシャが呟くとウェストンが呆れた様に言った。


「良いに決まってるだろ。と言うよりも、寧ろレーンハイム学長はお前達の参加を心待ちにしてるし参加しなかったら大騒ぎになるぞ。コッチもアカデミーと定期講習の打ち合わせをする度に『お前達とセシリー様とルーシーは間違い無く参加してくれるのか』とクドいくらいに訊かれて閉口してるくらいなんだからな。」


「へぇ・・・そうなのか。じゃあ行くかな。」


 ミシェイルが意外そうな顔で呟くのを聞いてウェストンは苦笑した。




 まったくコイツらは。自分達がどれ程アカデミーに誇りに思われているかを自覚していない。


 まあ増長されても困るから黙ってはいるが「それにしても・・・」とウェストンは思いもするのだ。




 ウェストンの執務室を後にしようとする2人にウェストンが言った。


「掏られた金はミレイに言っておけよ。ギルドで補填するから。」


「やった、儲かったね。」


「いや、儲かっちゃいないだろ。でも助かるな。」


 ゴチャゴチャ言いながら出て行く2人を微笑ましくウェストンは見送った。






「やあ、ミシェイル君、アイシャ嬢。わざわざ呼び出して済まないね。」


 応接室で待っていた2人に和やかな笑顔でブリヤンは話し掛けた。


「お久しぶりです、閣下。」


 2人が一礼するとブリヤンは手を振った。


「いや、畏まらなくて良い。此処は公式の場では無いからね。」


 そう言ってブリヤンは2人に紅茶を勧めると自分も口に含んだ。


「美味しい・・・。」


 アイシャが呟くとブリヤンは頬を緩めた。


「そうかね。何でも柑橘系の皮を利用した茶葉らしい。不思議な味がするのでね、私も最近良く飲んでいる。」


「そうなんですか・・・。前にマリーさんにも勧められたことがあったなぁ・・・。」


「!」


 アイシャの言葉にブリヤンの手がピクリと動く。


 その反応を見てアイシャがニヤリと笑うとブリヤンは苦笑した。


「やれやれ。そういった方面で女性に抗っても勝ち目は無いな。アイシャ嬢の察するとおりだよ。実はマリーに勧められてね、本当に美味かったからそれ以降は此れを愛飲している。」


「とても良いと思います。きっと、マリーさんも嬉しいと思います。」


 アイシャが頷くとブリヤンは照れ臭そうに頬を掻いた。




「さて、今日君達に来て貰った理由だが・・・。」


 一頻りの歓談を終えてブリヤンは本題を切り出した。




 ブリヤンは1枚の手紙を懐から取り出し机の上に置いた。


「これは?」


 ミシェイルが尋ねるとブリヤンが答える。


「先日、カンナ殿の抱える騎士達が我が屋敷を訪れて彼女の手紙を渡して来た。」


 手紙は急いで認められたのか少し荒れた文字で綴られている。


 ブリヤンは2人に尋ねた。


「君達はミストと言う男性を知っているかね?」


「はい。確か大干渉に1役買った男だとシオン達から聞いています。」


 ミシェイルが答えるとブリヤンは頷いた。


「そうだ。一癖も二癖もある男だが裏の道を独力で歩き続けてきただけに知恵も胆力も備えた男だ。カンナ殿曰く魔術への造詣が深くかなり使える筈だとの事。またシオン君が言うには恐らく剣も相当に使い熟すだろうとの評価だった。」


「へぇ・・・そんな男が居るんですね。」


「もっとも彼は大干渉がどうとかカーネリア王国の未来を憂いてと言った様な殊勝な感情で動いていた訳ではなく、敢くまで自身の利益の為に動いていたようだがな。ただ彼の動いた結果が周辺諸国にとって非常に都合の良いモノだったから利用したと言うのが正しい。」


「ああ・・・なるほど。」


 若干ミストに同情するような表情を見せながらミシェイルは頷いた。




「そんな男が・・・忽然と姿を消した。」


「・・・は?」


 話しが急に予想外の方向へ展開して2人は思わず間の抜けた声を上げる。




「詳しくはその手紙を読んでみてくれ。」


 ブリヤンに促されて2人はカンナの手紙に目を通した。




 其処にはカンナがイシュタルに居る理由やミストが調べていた事、そして彼が突然姿を消した事などが詳細に書かれていた。ミシェイルは目を離してブリヤンを見た。


「本当に優秀な男なんですね。」


「でも、このカンナさんの手紙だとミストって人は誰かに連れ去られた可能性が高いって書いてあるけどそんな凄い人をどうやって隣の部屋に居る人達に気付かれずに連れ去ったのかしら。本人が同行しようとでも思わない限り、普通は抵抗するよね。」


「そうだな・・・。」


 ミシェイルは相槌を打ちながら再び読み進めていく。




 セルディナ公国のニゼラ伯爵が何やら不穏な動きをしている事が記されておりブリヤンに調査をした方が良いとの助言が添えられていた。


 更にはカンナの部屋に在る道具をミシェイル達辺りに持たせて寄越して欲しいとも記されていた。


「・・・この二ゼラ伯爵と言う貴族は・・・。」


「セルディナ公国で伯爵位を賜る一族だ。貴族至上主義者では無いがレーニッシュ侯爵家を盟主とする派閥に与する貴族だ。」


「レーニッシュ侯爵家・・・?」


「宮廷内に幾つか存在する派閥の1つだ。貴族至上主義者達と比べれば大分穏健な1派だが、そうは言ってもかなり保守的な考えを持っている1派でね。侯爵家令嬢のヘルミーネ嬢を差し置いて伯爵家の令嬢であるエリス様がアスタルト殿下の皇子妃候補である事を好ましく思っていない。」


「え・・・。」


「た・・・・大変じゃないですか。」


 ミシェイルとアイシャは驚いて声を上げる。が、ブリヤンは笑って首を振った。


「確かに悩ましい事ではあるが、王族の妃候補の話しともなれば必ず起きる問題なんだ。伯爵位以上の爵位を賜った家で令嬢を持つ家の当主なら誰だって『自分の娘こそを次期王妃に』と考えるのが普通だからな。其れを翻意と受け取る訳にはいかない。故に根回しをしながら時間を掛けて落ち着かせていく必要がある。大抵はそうやって国に混乱が起きないようにしながら折り合いを着けていくものなのだが・・・。」


「・・・二ゼラ伯爵ですか?」


「そうだ。この二ゼラ伯爵の動きが彼個人の思惑に因るものなのか、レーニッシュ侯爵の指示に因るモノなのかで此方の対応も変えざるを得ない。」


「・・・。」


「いや、余計な話しをしたな。其れよりも君達に頼みたい事の詳細だな。」


 ブリヤンは思い直して話しを切り換える。


「カンナ殿の依頼で手紙を受け取ったあと、彼女の家に行って目的の物を受け取って来た。」


「閣下が直接ですか?」


 ミシェイルが少し驚いた様に訊くとブリヤンは笑いながら頷いた。


「ああ。カンナ殿の家には1度行った事があるのだが、その時は彼女の部屋は見せて貰えなかったのでね。この好機に是非1度、悠久の賢者殿の部屋も見てみてみたかった。」




 最近カンナはセルディナ貴族からそう呼ばれていた。


 彼女は『私は悠久と言われる様な存在では無いよ』と否定的ではあったが、寿命200歳のノームなど人間から見れば悠久と変わらない。少なくとも彼女は今を生きる人間の誰よりも遙か昔に生まれ、そして誰よりも長生きするのだから悠久と呼びたくなる者もいよう。




「そして彼女の指示に従って見つけたのがコレだ。」


 そう言ってブリヤンはゴトリと何かを詰めた袋をゴトリと置いた。




 促されてアイシャが袋を開けてみると虹色に輝く石が幾つか転がり出て来る。


「綺麗・・・。」


 ホゥと溜息を吐いてアイシャが呟いた。


「七色水晶と呼ぶ物らしい。カンナ殿が以前に或る商会を通じて購入したそうだ。コレを彼女に届けて貰いたい。もし可能なら君達もそのまま同行してくれると心強い。」


「解りました。ウェストンさんから許可が出たらそうします。」


「うむ。」


 ブリヤンは頷く。


「あの、カンナさんの部屋ってどんな感じなんですか?」


 アイシャが興味津々と言った風でブリヤンに尋ねる。


「ん? アイシャ嬢はまだカンナ殿の部屋に入った事は無いのかね?」


「はい、部屋って言うか家自体に行った事が在りません。」


「ほう。」


 ブリヤンは意外そうな表情を見せると言った。


「そうか。ならば今度見せて貰うと良い。・・・彼女の部屋か。そうだな、ある意味で彼女らしい部屋といった処かな?」


「ある意味で・・・?」


「うむ。元々あの家自体は私が手配した物だから広い部屋なのは知っていたんだが、半分が本棚と蔵書で埋め尽くされていた。残り半分はベッドや作業用の机、応接用のソファなんかが一式。装飾などは一切無く、あの部屋にしては質素な物だったが・・・確かに豪奢な家具で飾り立てられた部屋は彼女には似つかわしく無いのかも知れんな。」


「へぇ・・・。」


 ミシェイルが何気なく七色水晶を手に持つ。


「その七色水晶も彼女が普段使用していると思われる作業用の机の下に無造作に置かれた木箱の中に仕舞われていた。」


 ブリヤンが言うとアイシャがクスクスと笑った。


「小さい子供のオモチャ箱みたいですね。」


 ミシェイルとブリヤンも笑った。


「ああ、正にそんな感じだったよ。彼女の執事が言うにはかなり高額の品らしくてね、金庫なりに保管したらどうかと提言したらしいんだがカンナ殿は『なに、無くなったら無くなったで仕方無いさ。欲しいから取り寄せた、でも無くなった。其れなら其れもまた自然な事だよ。』と言って笑っていたらしい。」


「本当に物に執着しないんだなぁ。」


 ミシェイルがやや羨望に近い声を上げる。


「カンナ殿は物や人への執着が薄い。そんな彼女がセルディナを気に入ってくれて留まっていてくれるのは有り難い事だ。あの様な賢者に出会える機会は少ない。君達も彼女から多くを学ぶと良い。」


「はい。」


 2人は頷く。


「最後に・・・向こうでルーシー嬢に会ったら伝えて欲しいのだが。」


 ブリヤンは言った。


「先日、テオッサの村から漸く新指導者達が陛下に挨拶をしに来た。」


「!」


 2人の表情が厳しくなる。


「今頃ですか?」


 その声には怒りとそれ以上に呆れた感情が込められている。


 ブリヤンは苦笑した。


「いや。実は既に1度、例の件から1月後くらいには挨拶に来ていたんだ。だが新メンバーと言いながらも其の構成メンバーは旧指導者達の息子や親戚縁者だった。」


「・・・は?」


 今度こそ本気で2人は呆れた声を出した。


「奴らは馬鹿なんですか?」


「何にも解ってないじゃない。」


 2人の言葉にブリヤンも頷いた。


「その通りだ。彼等は何も理解していなかった。流石にそんなメンバーを陛下に会わせる訳にはいかないのでね、即時追い返した。『次は無い』とキツく言ってね。まぁ・・・あちらはあちらで揉めたのだろうな。漸く最近になって本当に刷新されたメンバーがやって来たんだ。」


「陛下は何と仰っていらっしゃったんでしょうか?」


「『目を離すな』とだけ。陛下もテオッサの村が我が国の聖女に何をしてきたかはご存知だ。当然、好意的である筈は無い。だが新メンバーにその怒りをぶつける様な事はされず、様子を見よとの思し召しだ。」


「あの村長達は・・・?」


「現段階では地下牢に閉じ込めているそうだ。まあいずれにせよ他国の事ゆえに、此方から『こうしろ、ああしろ』とは言えんがな。」


「そうですよね・・・。」


 アイシャはやや煮え切らない表情だった。その横でミシェイルが一息吐いて頷いた。


「畏まりました閣下。ルーシーさんには必ず伝えます。」


「頼む。」




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




「其れは何だ?」


 


 失踪したミストの行方のヒントを掴む為に蟻隠れの塚に出向いた日の夜。宿に戻ってから思い出した様にノリアが差し出す百合の銀細工を見てカンナは首を傾げた。




「前にミストさんが銀細工の殺人事件に興味を持って現場から盗ってきた物です。」


「ああ、メモに書かれていた奴か。あの男、持って来てしまったのか。バレたら大変な事になるぞ。」


 カンナは呆れる。


「彼はこの銀細工の『記憶』を読もうとして盗ってきたんですけど上手く行かなくてそのまま放っていたんです。」


「記憶・・・?」


 アリスが首を傾げる。


「物の記憶ってどう言う意味? そんなの在る訳無いじゃない。」


 もっともな意見だがセシリーはカンナを見る。


「カンナさん。」


 カンナは溜息を吐いた。


「・・・以前に古代図書館でやって見せた事がある。もっとも読み取りの現場を見せた訳では無いが。其れを真似ようとしたのかもな。」


 其れを聞いてノリアは驚いた声を上げる。


「え、貴女が本の記憶を読み取った人ですか?」


「そうだよ。」


「まさか本当に居るなんて・・・。いえ、其れよりもミストが言って居た人に出会えるなんて。」


 ノリアは運命の流れを感じずには居られない。


「まあ、『流れ』なんてモノはそんなモノさ。続くときには立て続けに不可思議な事が起きるもんだ。其れを運命と人は呼ぶが実はそんなご大層なモンじゃない。極々自然に事が起こっているだけだ。」


 そう言ってカンナは百合の銀細工を繁々と眺めた。


 やがて呟いた。




「やってみるか。」







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