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神の去った世界で  作者: ジョニー
第3章 動乱のイシュタル
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55話 襲撃



 視界の端で揺れたモノにルネは視線を走らせた。


 目に映るのは僅かな星明かりに照らし出された無骨な岩肌、常に降りしきる濃い霧と高い湿度に因って成長した僅かな雑草と岩肌を多い尽さんばかりの大量の苔。そして入り口から広がる眼下には広大な森林が広がるのみだ。




 動くモノなど何処にも居ない。


「?」


 ルネは首を傾げた。


 何かが不自然に動いたように感じたが気のせいだったのか。特に嫌な気配もなかったので小動物か何かだったのだろうか。




 洞穴に吹き込む冷涼な風に身を晒しながらルネがそう思った時、後方から・・・それも直ぐ真後ろから強烈な悪意が吹き寄せてきた。


「!!」


 瞬間的に身を翻して振り返ろうとしたルネの口に何かが纏わり付いて言葉を封じた。同時に両手足に次々と黒い触手の様なモノが伸びて来てルネの身体の自由を奪う。




 何が起きてる!?


 いや、その前に何者だ!?




「・・・うっ・・・グッ・・・!」


 何とか正体を確認しようと力尽くで振り返ろうとするが、口を塞いでいる触手の力が余りにも強すぎて首を動かせない。


 その耳元に女の声が囁かれる。


『巫女は何処?』


「!」


 ルネは震えた。




 アイツだ・・・! エクトールを倒す寸前に横槍を入れてきた謎の女。圧倒的な闇の力を身に纏った死の危険を感じさせる相手。


 名前は確かカリ=ラー・・・と言ったか?




「クッ!」


 ルネは全身を奮い立たせてヤートルードから借りた神性を呼び起こした。吹き出した神性がルネを捕らえている触手の全てを焼き払う。


 身体の自由を取り戻したルネがエストナを引き抜きながら振り返ると、先日見た女が少し離れた場所に立っていた。エクトールにカリ=ラーと呼ばれていた女に違いない。


 焼かれた大量の黒い触手がシュルシュルとカリ=ラーの中に戻って行くのを確認しながらルネは心中で首を傾げた。ルネの感覚ではたった今耳元で囁かれた事もあって、もっと近くにいると思っていたのだ。だが実際にはカリ=ラーは意外と離れた場所に立って居た事に腑に落ちないモノを感じる。




 カリ=ラーはそんなルネの小さな戸惑いなどには構うこともなく、そしてルネが放った神性に怯むような素振りも見せずにゆっくりと近づいて来る。




「・・・」


 その歩調に合わせてルネはエストナを構える。




 見た目は人間の姿だが間違い無く人間では無い。もちろんエルフでもその他の亜人種でもない。それどころか『生物』であるかも疑わしい。カリ=ラーからは生命が放つ独特の波動が感じられない。




 カリ=ラーが足を止めて尋ねた。


「竜王の巫女は何処かしら?」


「・・・。」


 答える筈も無い。


 ルネが無言でいるとカリ=ラーは洞穴の奥を振り返った。


「この奥に居るのかしら・・・?」


「・・・。」




 無言のままではいたがルネは焦りを感じた。


 その奥には当然、ヤートルードが居る。カリ=ラーが如何に異様な力を持っていたとしてもヤートルードがカリ=ラーにどうこうされるとは思わないが彼は今『竜の眠り』に就いている。


 竜の眠りは神聖な眠りだ。


 竜に不都合が起きた時、或いは大きな力の行使を望む時に行われる行為で、神が竜に与えた祝福の証だと言われている。


 故にその神からの祝福を妨げられた時、竜は漏れなく猛り怒り狂う。それこそ理性も吹き飛ばして敵も味方も問わずに動く者全てを叩き潰すのだ。




 そんな災厄にも等しい怒りに巻き込まれればルネとて逃げ切れるとは思えない。何より正体の判らないカリ=ラーにヤートルードの竜の眠りを知られたくなかった。


 ヤートルードの存在にカリ=ラーが気付いていないのは意外だったが其れなら其れで良し。気付かれる前に斃すか撤退させるかするのみだ。




 踵を返して洞穴の奥に向かおうとするカリ=ラーの背中目掛けてルネは斬りかかった。


 変化は一瞬だった。


 カリ=ラーの背中が黒ずんだかと思うと、其処から無数の触手が飛び出した。


「!!」


 咄嗟に数本を斬り飛ばしたがあっと言う間に無数の触手に絡め取られてしまう。しかも触手はルネに纏わりつくと同時に解けて体内に侵入しようとするのを感じた。


 その間もカリ=ラーはまるで意に介する事も無く洞穴の奥に視線を向けたまま歩き続けている。




「クッ!」


 ルネは再び神性を吹き出して触手を焼き尽くした。




「・・・。」


 其処で初めてカリ=ラーは歩みを止めてルネを振り返った。


「その神性は厄介ね。・・・消しておきましょうか。」


 カリ=ラーは右手をルネに向けるとその右腕が突如巨大化し伸びた。


「!?」


 一瞬、驚いたルネだが伸びてくる腕の速度は遅い。彼女は余裕を持って躱すとエストナを振りかぶってその腕を切り落とした。


 太く長いその腕は暫くウネウネと蠢いていたがやがて溶けて地面に吸い込まれていく。




 片腕を失ったカリ=ラーを見て好機を悟ったルネは一気に距離を詰める。と、カリ=ラーは落ち着いた表情で左手を突き出す。その掌を中心にして黒い瘴気が急速に集中した。瘴気は巨大な球となって至近距離まで迫っていたルネに放たれた。


「!」


 咄嗟に身を沈めて躱したルネの頭上を黒球が通過していく。




 今のは危なかった。だが二の手は打たせない。


 ルネが鋭く見据えるとカリ=ラーに肉薄しようとする。が、カリ=ラーその突進に合わせるかのように高く後ろに跳躍した。そして跳ぶと同時に身体の全面から大量の触手を放つ。




 しかし今度放たれた触手は量は多いが速度が躱せないほどでは無かった。


 ルネは風の精霊の助けを借りながら身を躱し、エストナで斬り飛ばしながら触手の海の中をカリ=ラーに向かって迫る。




『届いた!』


 カリ=ラーに肉薄したルネが愛剣を横に薙ごうとした瞬間、突然後ろからルネに抱きつく者がいた。


「!!?」


 身体がガクンと揺れてルネは風の流れから外れてしまい地面に着地してしまう。


 誰だ!? 驚いて抱きついた者を確認しようと後ろに視線を向けて更に驚愕した。




 後ろからルネに抱きついて彼女の動きを止めたのはカリ=ラーだった。妖艶な微笑みを浮かべてルネを見ている。




 どういう事だ!?


 混乱したルネが前方に視線を走らせると、やはりカリ=ラーが同じ表情でルネを見下ろしている。




「!・・・グッ・・・。」


 後ろから抱き締めてくるカリ=ラーの腕が強烈にルネの身体を締め上げてきた。




 痛みは勿論だが、それ以上に胸の辺りを強く抱き締められて呼吸がままならない。


「う・・・あ・・・。」


 思わず呻き声を上げてしまう。


 生命の危険を感じる程の強い締め上げにルネは再び神性を解き放つ、が。


「!?」


 背中から何かが入り込んでくる衝撃を受けてルネは背後のカリ=ラーを振り返った。見ればカリ=ラーから伸びた触手がルネの背中にズブズブと入り込んでいる。強烈な圧迫感と不快感に吐き気がしてくる。


 そして・・・神性が放てない。更には止めどなく溢れて来る不快感に意識が保てなくなっていく。




 まずい。非常にまずい。


 このままではカリ=ラーに殺されるか、眠りを邪魔されたヤートルードの怒りに巻き込まれて死ぬか・・・いずれにせよ生きてはいられないだろう。


 しかし打てる策が無い。




 カリ=ラーが魔物の類いなのは判る。しかし2体居たのか? そうだとしてもいつの間にもう1体が接近していたのか?


 判らない。そんな事を思う間にもどんどん思考にモヤが掛かっていく。




 やがて無言で倒れ伏したルネをカリ=ラーは何の感情も宿らない昏い双眸で見下ろした。


 ルネの背後に居たカリ=ラーが黒く蠢く塊に変貌してルネの身体に入り込もうとするが、何かに阻まれるかの如く一定以上入り込めない。


『グゥ・・・』


 正面のカリ=ラーがとても女性から出る声とは思えない低く籠もった声を漏らした。


 その間も黒い塊は暫くルネの中に潜り込もうと蠢いていたが、やがて諦めたかのように動きを止めると再び姿を変えていく。


 そして変化した姿は先程ルネに斬り落とされたカリ=ラーの右腕だった。右腕は直ぐにカリ=ラーの下に戻って行く。


『・・・まあ良いか。植え付けた昏い種がいずれこのエルフを呑み込む・・・。』


 そう呟くとカリ=ラーは洞穴の奥に向かって歩き出す。


 だからルネの懐が光っている事に気付けなかった。




 青白く輝く光は徐々に強さを増していき、その強さに反応するかの如くルネの周囲に風が起き始める。風はルネの周囲を回り始め気絶した彼女の身体を浮かせた。そしてその全身を洞穴の外の森から溢れ出した淡い光が包み込む。


 同時にルネの身体から黒い霧が浄化されるかの如く煙のように立ちのぼって消えて行った。


 


「?」


 其処で漸く異変に気付いたカリ=ラーが振り返る。


「・・・。」


 無言で眼前の光景を眺めていたカリ=ラーは徐ろに殺意を込めた右手をルネに突き出すと猛烈な勢いで伸ばした。が、森の光が障壁の様にカリ=ラーの右腕を弾いた。




「!?」


 戸惑うカリ=ラーを尻目に光に包まれたルネがゆっくりと双眸を開く。




「・・・?」


 ルネは自分の姿を確認し、胸元の光に視線を移してソレを取り出した。


「・・・これはサラサの若木・・・。」


 シオンと2人で移動している時に出会った集落のエルフ達から貰った若木の枝が光り輝いていた。


 エルフの長老は確か森の精霊の加護を受けられると言っていたか? 森の精霊という表現は漠然としているが、要は水と風と大地の精霊から加護を受けられると言うことだ。


 


 ルネは自分を見つめているカリ=ラーに視線を合わせた。其の顔には不可解そうな表情が浮かんでいる。


「なぜ、奈落の影響を受けないのかしら? 神性は押さえ込んだ筈なのに・・・その光は何?」


 カリ=ラーの問いからルネはカリ=ラーの能力を推測する。




 見た目は人間の女性だが間違い無くそのままの存在では無い。其れどころかまともな生物でも無い。魔物の類いか魔動人形の類いだろう。しかも何時の間にか斬り落とした筈の右腕が元に戻っている処を見ると再生能力も高そうだ。


 そして確かに強い力を持っているが、周囲に存在する力を察知する能力は皆無に等しい様だ。随分とアンバランスな気がする。




 いや考察は後だ。


 今はこれ以上奥に進ませる訳にはいかない。




 先程は押さえ込まれてしまった神性も今は充分に引き出せている。やがて加護の光が消えるとルネは地面に降り立った。


 今度は押さえ込まれない様に全開で神性を放つ。




『厄介な・・・』


 カリ=ラーの声が変化し、その表情が憎悪に変わった。




『たかが一介のエルフが何故そこまでの神性を手にしているかは不明だが・・・全てを呑み込む奈落の夢に及ぶと思うな。』


 ルネはカリ=ラーの視線を真正面から見返して言い放った。


「たかが一介のエルフとて真なる神々に導かれれば神の真似事くらいは出来る。今は過去の話だがな。其れでも邪悪を狩ることは出来るさ。」


 エストナがヤートルードから借りたルネの神性に反応して光り輝く。




「・・・」


 カリ=ラーが両手から瘴気の球を無数に浮かび上がらせた。


 其れに合わせるようにルネも周囲に光球を浮かび上がらせる。パチパチと紫電を纏わせる光球を見ながら、嘗て自分が得意としていた技に懐かしさを覚える。ヤートルードから神性を借りた時から出来るのではないかと思っていたが、此処まで確りと再現出来るとは思っていなかった。


 よし。


 ルネの中に勇気が漲ってくる。この技が通用しなかったのは亡きクリソスト師とシオンのみ。その他の相手は全てこの技でねじ伏せてきた。




 カリ=ラーの手が振り下ろされ瘴気の球がルネに向かって高速で飛来して来た。其れに対してルネも光球を・・・風の精霊を昇華させて雷の力に変換した球を飛ばす。


 無数の黒と紫銀の光球が互いに直進と回避を繰り返しながら牽制し合い、衝突しては激しい音と光を撒き散らしながら爆散していく。


 やがて全ての光球が爆賛して消えてしまうと静寂が訪れる。


『術法は互角か。』


 カリ=ラーが呟いた時だった。


 ルネが渾身の神性を詰め込んだ本命の光球を浮かび上がらせた。ルネがカリ=ラーに指を向けると今までとは段違いの速度で光球が飛んで行き、反応する間も与えずにカリ=ラーに激突した。


 爆炎と共に煙が巻き上がり周囲を紫電が飛び交う。


「よし!」


 手応えを感じてカリ=ラーへ間合いを詰めようとした瞬間、舞い上がる煙の中から巨大な腕が伸びて来た。


 ルネは掴もうとしてくる掌に咄嗟に身を捻って躱すが、伸ばされた指までは捌ききれずに跳ね飛ばされた。


「グッ!」


 思わず呻く。


 跳ねられた腹部が疼く・・・いや、此れは打撃に因る疼きでは無い。腹部を見るとドス黒く変色していた。


 ――・・・侵食された。


 神性に覆われたこの身体に侵食してくるとは並大抵では無い。




 煙が晴れると身体の半分が黒い泥状に崩れたカリ=ラーが笑顔を浮かべて立っていた。半分残った顔が妖艶なだけに、その姿は不気味だ。


『此れほど強い神性を含ませていたとは・・・侮り過ぎたな・・・。』


「・・・。」


『もうこの身体は使えないか・・・。』




 カリ=ラーの不自然な余裕の理由が解らず、ルネの背中を冷や汗が伝う。


 奴が言うとおり、もう戦う能力は半減どころでは無い筈だ。其れでもあの落ち着きよう・・・まだ何か在るのか?


 警戒を強めるルネを見るとカリ=ラーは更に笑みを深めた。その壮絶な微笑に身を凍らせるルネの前でカリ=ラーの残った半身もドロリと崩れ落ちた。


 崩れ落ちた黒い肉片は蒸気を上げながら大地に染み込んでいく。




「・・・。」


 静寂が訪れた。




 ルネは警戒したまま構えを解かずに居たが、やがて深く息を吐くとエストナを鞘に戻した。どうやら本当に斃したか撤退した様だ。




 疼く腹を押さえながらルネは壁に歩み寄ると、背中を壁に預け座り込んだ。


 神性を疵痕に集中させると幾らか身体が楽になってくる。




 とにかく傷を癒やそう。その後でヤートルードの様子を見に行こう。


 ルネはそう考えると目を閉じた。


 



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