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神の去った世界で  作者: ジョニー
第3章 動乱のイシュタル
149/214

53話 捕獲


『・・・怯えて・・・可愛いわ・・・殺したくなるくらい・・・。』


 美しい少女の冷酷な微笑みと共に首へ伸びてくる両の腕。




『いたぞ! クソガキが! 盗み食いは死刑だ!』


 異様に殺気立った男が棍棒を手に追いかけてくる。




『ウチの奴隷が身代わりになりますから好きにして下さい。その代わりウチの子は勘弁して下さい。』


 厳めしい男達に媚び笑いを浮かべながら金貨袋を手渡す男に突き出される。




『裏切りは処刑だ。』


 暗がりで迫る凶悪に輝くナイフ。




『人生を変えたいならお前の姿を寄越せ。』


 正体不明の黒い影の言葉に頷く。




 焼ける様な熱さと痛みが全身を覆い、死を予感しながら地面をのたうち回る。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




「!!」


 急速に回復した意識が感じ取ったのは強烈な墜落感。




――墜ちてる・・・!!


 ミストは一瞬でそう悟ると意味が在るのかは解らなかったが咄嗟に受け身を取った。その直後、全身に強い衝撃を受けてミストは呻いた。




 あれ程の勢いで落下しながらもこうして生きていると言う事は、そんなに高い所から落ちたわけではなさそうだ。




「・・・なんなんだ・・・。」


 悪態を吐きながらミストはゆっくりと起き上がり周囲を見渡した。




 薄暗い。そしてミストが落ちて来た筈の頭上は只の岩肌で構成された天井だった。




「・・・。」


 理解が追いつかない。


 自分は一体何処から落ちて来たのか。


 そして此処は何処なのか。




「おや、客人とは珍しいな。」


「!!!」


 突然聞こえて来た声にミストは反応して剣を取ろうとする。が、1愛用の長剣が無い事に気が付いた。有るのは護身用として常時ベルトに差している短剣のみ。


 其れでも何も無いよりはマシと片膝を着いた状態で逆手に其れを構える。


 そしてその態勢のまま声が聞こえた方向を見遣ると先程までは其処に居なかった場所に黒いローブを纏った背中が見える。


 瞬間、眼が灼け付く様な痛みに襲われてミストは眼を細めた。




「おお・・・汝、相当な瘴気に蝕まれているな。」




 誰だ、コイツは。


 それにこの異様な眼の痛みは何だ。




 黒いローブが振り返った。痩身の男がミストを見下ろしている。其の双眸は冷酷に彩られていたがそれ以上に其の真紅の瞳がミストを驚かせた。




――・・・人間なのか?


 それすら疑わせる程の異様な雰囲気と真紅の双眸が邪悪な魔物を連想させた。




「誰だ。」


 ミストは言葉少なめに尋ねる。




 男は嗤った。


「勝手にやって来ておいて誰も何も無いだろう。汝こそ誰だ?」


「・・・。」:


 無言のミストを暫く見遣ると男は再び嗤う。


「・・・まあ良いだろう。同族の尋ね事には答えてやろう。」




 同族?


 同族だと?


 どう言う意味だ?




「儂はディグバロッサと言う。とある教えに従い行動している者だ。」


「・・・邪教徒か。」


「ほう・・・。」


 ミストの反応にディグバロッサは戯けた様に驚いた顔をして見せる。


「中々に察しが良い。しかし其の問い方は正しくないな。何処に自分達を邪教徒と名乗る者がいるか。儂等は儂等の正義に従って動いているんだ。」




 正義か・・・。


 正義を口にする者ほど信用出来ない者は居ない。ミストはそう思っていた。だからミストはディグバロッサの返事を殊更に無視する事にする。




 そんな事よりも先程気になる科白をディグバロッサは吐いた。


 其れを確認しなければ。




「・・・俺とあんたが同族とはどう言う意味だ? 俺の記憶の何処を探っても初対面のあんたと俺が同族だと言う答えは出て来ないんだがな。」


「・・・。」


 ディグバロッサはミストの問いには直接は答えなかった。




 黙って小さな机の上に置いてあった水晶球を手に取ると、其れをミストの眼前に突き出した。


「此れに映っている自分の眼を見てみるが良い。」


「何?」


 ミストは訝しがりながらも水晶球に視線を向ける。




 其処には自分の拉げた顔が映っていた。そして・・・。


「何だ、この眼の色は・・・。」


 流石に愕然となった。




 水晶球に映った信じられない程の真紅に染まった双眸がミスト自身を見つめていた。




「その眼は『瘴気眼』だ。奈落に揺蕩う瘴気を大量に取り込んだ者が其の症状に陥る。この儂の眼がそうで在る様にな。」


「今までは普通だったのに、何故急にこうなった。」


「この神殿に侵入し、其の加護を受けているからだろうな。此処は奈落に棲まう者達の聖地故に。」


 ディグバロッサがそう説明する。が、直ぐに首を傾げる。


「しかし瘴気眼になる程、瘴気を身に宿しているにも関わらず何故正気を保っていられるのだ? 汝の其の精神力にこそ儂は驚きを隠せないのだがな。」


「・・・俺にはあんたも正気を保っている様に見えるが?」


 ミストが言うとディグバロッサは口の端を上げた。


「ほう・・・儂が正気と言うか。まあ良い・・・が、勝手にやって来ておいて随分と好き勝手言うモノだな。・・・此処には我等の紋章に『帰還』の法術を掛けなければ来られん筈なのだが汝は奈落の法術を知っているのか?」




「さあ?・・・どうだろうな。」


 どうせバレてはいるのだろうがミストは敢えて嘯いた。


「まあ此処に来た時点で法術を使ったのは間違い無いのだが・・・。」


 ディグバロッサは呟きながらミストが構える短剣に視線を移した。


「・・・いい加減、その物騒な得物を離してみてはどうかね?」


「・・・。」


 ミストは無言で更に短剣を握る手に力を込めた。




 そしてコトリと短剣を地面に置いた。




「!?」


 そうしてからミストは自分の行動に驚愕する。


 短剣を置くつもりなど毛頭無かった。なのに短剣を置いてしまった。どうなっているのだ。




「フフフ・・・存外に素直ではないか。」




 違う。意思に反して・・・そう思った時にミストはハッとなった。


――・・・まさか操られているのか・・・?




 ディグバロッサの声が強烈に頭の中に響いてくる。


『どうした? 随分と具合が悪そうだな。何、心配は要らない。直ぐに何も考えられなくなる。』


「なん・・・だと・・・。」


 辛うじて声を絞り出すミストにディグバロッサは凍り付くほどの冷酷な笑みで見下ろした。


『だが安心して良い。命を奪ったりはせんよ。招かれもせずにこの神殿にやって来られる汝を単なる供物に使ってしまうのは勿体ないからな。能力の有る者は大事に使うのが儂の信条だ。』


「・・・。」




 ダメだ。


 このままではこの男に良い様に操られて終いになる可能性が高い。


 だが・・・今、手元には何も無い。


 打てる策が無い。




 無理矢理に混ざり込んでくる強烈な悪意に意識が混濁していく中で、ミストは自分の左手を見た。僅かに動く右手でミストは短剣を掴むと短剣を左手に思い切り突き立てる。


「グッ・・・・!!」


 激痛にミストは呻いた。




 溢れる血を眺めながらミストは悔しげに呟いた。


「ちくしょう・・・。」


 そしてミストはそのまま地に伏した。




 ディグバロッサは静かに水晶球を置いた。


「何者だったのかは興味が在ったが、まあ良い。さて、この者は主教辺りにでもねじ込んで色々と役立って貰おうか。」




 薄暗い小部屋に邪教の大主教の昏い嗤い声が低く響いた。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




「カンナさん。」


 セルディナ魔術院の書庫室を漁っていたカンナは自分を呼ぶ声に顔を上げる。カンナのトルマリンの髪色が映り、その髪色の持ち主の名を呼んだ。


「セシリー、どうした?」


 首を傾げるカンナに少し戸惑うようにセシリーは答えた。


「あの、アリスさんが戻ってきたんですけど・・・その・・・。」


「アリスが?」




 アリスはミストを追いかけて2週間ほど前にイシュタルに行った筈だが、もう戻って来たのか? ミストと合流できても暫くは戻って来ないと踏んでいたんだがな。それとも会えなくて戻って来たのか?


 ま、戻って来たんなら出迎えてやるさ。




 カンナはそんな事を思いながら立ち上がる。






「アリス。」


 見覚えのある少女の姿を認めてカンナは少女の名を呼んだ。


「カンナさん。お久しぶりです。」


「うん、そうだな。で、ミストには会えたのか?」


「はい。」


 アリスはコクリと頷く。


「其れは何よりだが・・・ミストは何処だ?」


「それが・・・。」


 カンナの問いにアリスは横に立つ少女に視線を送った。


 其の様子にカンナもアリスの隣りに立つ少女に視線を送る。


「アリス、その娘は誰だ?」


 カンナの問いに少女がカーテシーを施した。


「初めまして。私はノリアと申します。アリスさんと一緒にミストと行動を共にしている者です。カンナさんの事はアリスさんから色々と伺いました。ご助言頂ければと思いまこうして参った次第です。突然で申しわけ在りません。」


「ほう・・・助言と言ったか?」


「はい。」


 ノリアは頷いた。




 ――――――――――――――――




 ミストに良く解らない紋章が描かれた紙切れを渡した、其の翌日。


 朝になってもずっと部屋から出て来ないミストに痺れを切らして2人は再度ミストの部屋に入った。




「・・・。」


 部屋の中は昨夜2人が立ち去ったままの状態だった。が、ミストだけが其処に居なかった。




「・・・ミスト?」


 出掛けてしまったのか? でも2人に黙って?


 素っ気ないながらも、其れだけは今までしなかったのに。




 2人は其れでもミストの居た部屋を調べながら1日待ってみた。が、ミストは帰って来なかった。




 何かが起きた。2人はそう思った。


 部屋を調べてみたが、争った形跡は無い。ミストと2人が渡した紋章が描かれた紙切れだけが無くなっていた。


 そして彼が何よりも大事にしていた『虎の子』の白金貨入りの袋が置きっ放しになって居るのは有り得ない事態だった。




『何事かが起きて、ミストは自分の意思に反してこの部屋から強制的に連れ出されたか、出て行かざるを得ない事態になった。』


 ノリアとアリスはそう結論付けた。




 だが、だからと言ってどうしたら良いのかが判らない。2人にミストのような探索能力が有るわけでは無い以上、誰かの助言が必要になる。


 どうしたものか、と考えた時にアリスの頭に思い浮かんだのはノームの娘の小柄な姿だった。




 2人は、万が一にもミストが戻って来た場合を考えて宿屋の主に言付けを頼むとセルディナ公国へ向かったのだった。




 ――――――――――――――――




「なるほどなぁ・・・。」


 用意した席に腰を落ち着けたカンナはパイを囓りながら呟いた。


「それで・・・その紙切れにはどんな紋章が描かれていたんですか?」


 隣りに座ったセシリーが2人に尋ねるとノリアが慣れた手つきで羽根ペンを操ると1つの紋章を描いて見せた。


「細かい処は覚えていないのですが、大体こんな形だったと思います。」


「!!」


 セシリーが眼を見開きカンナからポロリと囓っていたパイが零れ落ちた。




「カンナさん・・・。」


 セシリーが声を漏らしカンナは溜息を吐いた。


「まったく・・・何処まで行っても絡んで来る奴らだな。」


 カンナは落としたパイを拾うと再び囓り付きながらぼやいた。




「ご存知なんですか?」


 2人の反応を見て尋ねるノリアにセシリーが頷いた。


「ええ、嫌と言う程知っています。数ヶ月前にセルディナ公国を席巻した邪教異変で戦った相手ですから。」


「え・・・。」


 アリスとノリアは愕然となった。


「邪教・・・。じゃあコレはその邪教の紋章だったのですか?」


「多分な。」


 カンナが答える。


「私達が知っている紋章とは若干形状が違うが、恐らく間違い無い。其の邪教の名前はオディス教と呼ぶのだが、オディス教も幾つかの団体に別れているとか。そして団体毎につまり私達が倒したセルディナの邪教徒は一掃したがイシュタルの邪教徒は健在と言う事だな。」


「じゃあ、ミストはイシュタルの邪教徒に何かをされたって事ですか?」


 アリスが尋ねるとカンナは首を傾げる。


「うーん・・・何とも言えんなぁ・・・。紋章が書かれただけの紙切れで何が出来るのかって話しだしな。ただ強い『力』を持つ者が描けば紋章に何らかの力を仕込むことが出来るとは聞いたことが有る。当然、その仕込まれた力を解放する為の術式なんかが必要になるがな。」


「・・・魔法陣みたいですね。」


 セシリーが感想を漏らすとカンナは頷いた。


「正にその魔法陣みたいな捉え方で良いと思うぞ。簡易的な魔法陣、みたいな感じだな。」


「・・・。」




 話しが停滞した感じがして4人は何となく黙った。




 暫くしてからアリスが尋ねた。


「では・・・私達はどうしたら良いんでしょう。」


「今のところは策の打ちようが無いな。探すにしても何処に居るのか見当も付かないのでは探しようが無いし、ガムシャラに探すのは愚の骨頂だ。何か情報を入手してから本格的に動くべきだな。」


「そうですか・・・。」


 アリスが残念そうに溜息を吐いた。


「まあ、そう落ち込むな。シーラにでも会っていけ。あの娘も大分元気になったぞ。」


「はい。」


 妹の名前を聞いてアリスは少し笑顔を浮かべた。




「シーラって?」


「私の妹。」


 会話をしながら出て行った2人を見送るとカンナは再び口を開いた。


「セシリー。」


「はい。」


「面倒臭い事になったな。」


「そうですね。」


 軽く溜息を吐きながらセシリーが頷く。


「少なくともあのミストは剣も魔法も達者で困難を潜り抜ける知恵もある。簡単にどうこうされる男では無いのだが、其れを行方不明にさせるなど並大抵では無い。」


「どういった事が考えられますか?」


「いや、本当に何とも言えん。最初はあの2人を置いて何処かに向かったのかと思ったが、彼女達の話では、どうも其れは無さそうだ。」


「そうですね、私もそう思います。」


「では拉致されたのか・・・と考えても方法が判らん。さっきも言ったがあの男を無抵抗に連れ去る手段が考えつかない。魅了するか抵抗する間も無い程の瞬間的な転移魔術を発動させるしか無いが・・・そんな事を出来る奴が居るのかどうか。」


 カンナの考えを聞きながらセシリーは考え考え言葉を紡ぐ。


「私、思うんですけど、カンナさんが現場に行くのが一番良いと思うんです。」


「そうだなぁ・・・。」


 セシリーの提案にカンナは思案する。


「まあ、行ってみるか。」


 暫くしてカンナが呟くとセシリーが嬉しそうに言った。


「じゃあ私もお供しますね。」


「・・・お前、其れが目的か。」


「へへへ。」


 カンナの呆れた様なジト目にセシリーは悪戯っぽく笑った。









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