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神の去った世界で  作者: ジョニー
第3章 動乱のイシュタル
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51話 天央の剣



 シオンとルーシーがラーゼンノットに到着したのはカンナと合流する約束をした当日だった。


「カンナさんはもう来てるかな?」


 ルーシーの問いにシオンは首を傾げた。


「どうだろう。アイツは小っこいけどフットワークは軽いから、決断すると初動が早い事もあって予定よりも早く着いている事が多いんだよな。」




 ルーシーは思念を交わした時のカンナのはしゃいだ様な声を思い出してクスリと笑った。あの様子だと直ぐにラーゼンノットに向かったと予想出来る。


「じゃあ、もう着いてるかもね。」


「可能性はあるね。」




 結局、ルーシーの予想は当たっていた。ラーゼンノットを適当に歩き回っていた2人を偶々見つけたカンナの護衛騎士に声を掛けられたのだ。案内された先の料亭でカンナは存分に昼食を平らげていた。


「シオン、ルーシー。」


 飛び出たお腹を摩りながらカンナは笑顔で片手を上げた。


「相変わらず良く食うな。」


「カンナさん、久しぶりです。」


 2人も笑顔でカンナの向かいに腰を下ろした。


「どうせ昼食は未だなんだろ? 今、食べてしまえ。」


「そうだな、そうするか。」


 シオンは頷いてルーシーとメニューを見ながら幾つかの海鮮料理を注文していく。


 カンナはその間に護衛騎士達に食事を摂ってくる様に言って金貨を渡す。


「いえ、こんなに・・・。」


 金額の多さに驚いて遠慮しようとする騎士達にカンナは無理矢理握らせる。


「いいから其れで美味いモノをタップリ食ってこい。四の鐘が鳴る頃に戻って来てくれ。」


「・・・は、畏まりました。有り難う御座います。」


 騎士達は金貨を受け取ると4人で店を出て行く。




 其れを見送ると料理を待ちながら2人はセルディナの話をカンナから聴いた。


「じゃあシーラさんは・・・。」


「うん。もう毒素は完全に抜けたと言っても良さそうだ。予想よりも随分早かったな。」


「多分、ミストさんの処置が良かったのとシーラさん自身の持つ高い魔力が魔石の毒素の侵攻を防いでいたのが大きかったんでしょう。」


「・・・あの娘、頭も良いしな・・・魔術院に勤める気は無いかな。」


 カンナはブツブツと呟く。




 運ばれてきた料理を2人が口に運び始めるとカンナはゴクリと喉を鳴らしてシオンの海老のムニエルが盛られた皿に手を伸ばした。


「美味そうだな、ちょっと寄越せ。」


「お前、未だ食うのかよ。」


 シオンが呆れた様に言うと、其れを見ていたルーシーが可笑しそうに笑いながら自分の皿をカンナに押しやった。


「カンナさん、少し食べちゃいましたけど良ければコレどうぞ。私には少し多いので。」


「お、スマンな。」


 カンナは嬉しそうに礼を言いながらムニエルを頬張り始める。




「さて・・・。」


 漸く食事を終えたカンナが2人を見た。


「じゃあ、色々聴かせて貰おうかな。」


 シオンとルーシーは頷くと此処2週間余りの事を話し始めた。




「想像以上に色々在ったみたいだな。」


 話を聴き終えてカンナは呟いた。


「正直、お前達2人が行けば直ぐに解決するだろうと思ってたんだけどな。」


「セルディナの殺人事件の方はどうなっているんだ?」


 シオンが尋ねるとカンナが不可解そうに答えた。


「うん、実はお前達が旅立ってから起きてないんだ。」


「へぇ、そうなのか。」


 まあ、起きてないなら其れに越した事は無い。




 カンナは座り直した。


「さて、では1つずつ検証してみるか。」


 そう言って2人の話を聴きながら取っていたメモを見直す。


「まずルーシーが気付いた事件現場と教会の位置関係についてだが確定的な事は何とも言えない。だが、地図を見る限りルーシーの着眼は間違って無いだろう。私でも関係在りと判断するな。」


 カンナは再びメモに視線を落とす。


「次にイシュタル神殿絡みについてだが。『巫女の目』を使って視たのならルーシーの感じた印象に間違いは無いだろう。1度、其のロドルフォ司祭とやらに会って話を聴いてみたいな。」


「解った。後で連れて行こう。」


 シオンの言葉にカンナは頷く。


「其れと・・・気になるのは『巫女の目』を以てしても視る事が出来なかったと言うヘンリーク大主教とやらだな。」


「私も驚きました。でも、私が未だ使い熟せていない事が理由なんじゃないかって・・・。」


「どうだろうな・・・。」


 カンナは腕を組む。


「ルーシーは其れなりに巫女の力を使い熟している。其れは私の目からみても明らかだ。其れでも視れなかったのならヘンリーク大主教には竜王の巫女の力を遮断するだけの何かを持っていると言うことになるが・・・其れこそ信じられんしな。」


「やっぱり信じられないのか。」


「信じられないな。其れはつまり高等神の力を人の力で拒んでいると言う事になる。自力で拒む事は本当に有り得ないから、何か相当強力な退魔の方法を使っている筈だ。其れがどんな方法かと言われたら全く想像出来ないがな。少なくとも私は高等神の力を阻む方法など知らん。」


「・・・まあ、其れは今は別に良いか。」


 ヘンリーク大主教がどうやって巫女の眼を躱したのかは気になるが、彼自身が別に何か怪しい訳ではない以上、今追求する必要も無いだろうとシオンはこの話を切る。


「そうだな。」


 カンナもそう考えたのか頷く。


 大主教絡みならその話よりも他にカンナに訊いてみたい事があった。


「其れは其れとしてだな、ヘンリーク大主教とリカルド大主教の主張についてカンナの感想を聞きたいんだけどな。」


「うん・・・。」


 シオンの問いにカンナは思案げに頷いた。


「普通に国の発展を考えるなら周囲から入ってくる人、金、物、学問を遮断はしない。勿論その国のモラルや文化の根底を破壊する様なモノは避けるんだが、基本的には折り合いを付けながら極力受け容れていくのが基本だ。」


 そう前提を話してからカンナは考えを話す。


「その観点から言うなら、ヘンリーク大主教の考え方が良いとは思う。が、何しろ私は宗教の考え方をよく知らん。宗教は教義を敷いて其れに沿って人の心を救済するのが目的だろうから、余り色々と取り込んでは教義そのものを揺るがしてしまうのかもな。だとしたらリカルド大主教の主張の方が宗教的には正しいのかも知れん。」


「なるほどな、解った。」


 正解は判らないがカンナが纏めてくれた事でシオンも整理出来た気がする。そもそも正解なんて無いのかも知れない。




「・・・其れとだ。」


 カンナの声のトーンが変わった。


「竜についてだ。」


 そう言ってカンナは2人を見る。その眼はキラキラと輝いて強烈に興味を惹かれているのが良く解った。


「ヤートルードだったか。本物の竜は私も見た事が無いんだがどうだった? どんな存在だった?」


「どんなと言われてもな。」


 シオンはそう言ってルーシーを見た。


 シオンの視線を受けてルーシーが話し始める。


「私はヤートルード様の神性に触れましたけどとにかく大きな存在でした。カンナさんが最強の種族だと言ってたのが納得出来るくらいに。」


「うんうん。」


「ただ、酷く神性の流れが乱れていてヤートルード様もかなり辛そうでした。」


「ほう・・・。」


 カンナは興味深げに頷く。


「ヤートルード様の母竜に当たるノーデンシュード様も同じ苦しみを抱えていたらしくて、最奥のアートスとの戦いも其れが原因で敗れたとヤートルード様は仰ってました。」


「・・・。」


 カンナが眉間に皺を寄せて双眸を閉じ腕を組んだ。


「・・・本調子では無かったとは言え、竜を倒す程なのか。最奥のアートスは・・・。想像以上だ。」


「ルネは・・・天央12神の女神は最奥のアートスを斃したいと考えている様です。」


 ルーシーが言うとカンナは腕を組んだまま天井を見上げた。


「・・・無茶を言うなぁ・・・。」


 そのまま暫く黙っていたカンナが徐ろに尋ねた。


「シオンよ。」


「何だ。」


「お前もヤートルードに会ったんだよな。」


「ああ。」


「どうだ。戦って勝てる相手に思えたか?」


「無理だな。」


「無理か、そうか・・・。・・・だろうな。」


 納得するカンナに対してシオンは言葉を続ける。


「敢えて言うなら、ドラゴンマジックが通用するならどうなるか判らない・・・くらいなら言える。」


「ほう、なるほど。逆に言うとその位しか通用しそうに無いって事か。」


「そういう事だ。」


 カンナの感想にシオンは素直に頷く。


「・・・。」


 カンナは随分長いこと思考を続けていた。そのうちテーブルの端に両足を掛けてユラユラと椅子ごと身体を揺らし始める。


「カ、カンナさん・・・!」


 突然、行儀の悪い態度を取り始めたカンナに仰天しながらルーシーが小声で窘めると


「あ。」


 とカンナは両足を下ろした。


「お前、何て格好してるんだよ。」


 シオンの呆れた声にカンナはへへへと頭を掻く。




 そして表情を改める。


「状況にも因るが、例えばアートスから攻めてきたら対抗するしか無いけど・・・そうじゃ無いのならやはり最奥のアートスに手を出すべきでは無いな。神性が乱れていたとは言えヤートルードと同等の存在だったであろうノーデンシュードをアートスは斃しているのだろう?」


「はい、そうらしいです。」


「仮にヤートルードの協力が得られたら勝利する可能性は無くもないが『竜の眠り』に入ってしまったのなら今回は計算に入れない方が良い。となると、策無しで真正面からぶつかって私達が敵う相手では無いよ。」


「解った。」


 シオンは頷いた。


「ルネにはそう話そう。」




「さて。」


 カンナは椅子から降りた。


「其のロドルフォ司祭とやらに会いに行ってみようか。」




 カンナの護衛騎士達と合流した後、セーラムウッド教会にやって来た一行をロドルフォ司祭は快く受け容れてくれた。


「御二人共、よくいらっしゃいました。」


 シオンとルーシーはロドルフォ司祭に返礼するとカンナ達を紹介した。




「伝導者・・・。初めて聞きます。」


 ロドルフォ司祭はカンナを眺めながら呟いた。


「其れにノームという存在も噂には聞いていましたが、実際にこの目にする事が在ろうとは思いませんでした。」


「そうだろうな。ノームは絶対数が少ない上に肉体的な寿命が短いからな。其れに人間には住み辛い環境・・・つまり精霊の力が強く働く場所を好むから、人間とは必然的に生活圏が異ってしまうし殆ど遭遇する事は無いよな。」


 カンナは教会の中をキョロキョロと見回しながら答える。




 一行はロドルフォ司祭から一通りの話を聞いた。


 しかし語られた情報は法王暗殺計画やその実行方法など重物モノではあるが、前回シオンとルーシーが聴いた時とほぼ同じ内容のモノだった。


「・・・。」


 カンナは暫く黙っていたがやがて話し始めた。


「うん、話は解る。司祭殿がリカルド大主教の派閥だから此処までの話を知っていると言うのも納得がいく。だがな・・・。」


 カンナはロドルフォ司祭を見た。


「其れでも知りすぎている気がするな。」


「・・・。」


「司祭殿の今の話は、部外者は勿論だが同派閥の人間でも中枢の人間だけに留めたいくらいには重要且つ危険な話の筈。特に『祭礼の儀に使われる「天央の剣」と呼ばれる祭器に呪いを施す』という暗殺方法に関する情報は本当に秘中の秘である筈だ。」


「・・・。」


 ロドルフォ司祭の顔色が青白く変色する。


 カンナの視線が鋭くなる。


「司祭殿・・・。お前さん、其の天央の剣の在処を知っているな?」


「其れは・・・。」


「もっと言えば剣の管理を任されているだろう。場所はこのセーラムウッド教会か?」


 実は此の詰問はカンナがカマを掛けたのだがロドルフォ司祭は特に抗う事も無く素直に頷いた。


「大した御方だ。100年旅をされただけの事はある。」




 ロドルフォ司祭は立ち上がった。


「着いてきて下さい。」


 彼は一行を促すと扉を開けて奥に進んでいく。


 通路の突き当たりでロドルフォ司祭は雑貨を退かし、床に飛び出した引っ掛けをを掴んで引っ張り上げた。


 すると床の一部が跳ね上がり地下に続く階段が現れた。




「この下に在ります。」


 ロドルフォ司祭はそう言うと先頭に立って降り始める。




 階段を降りきると地下室の扉が現れ、司祭はその奥に入っていった。


 一行が其れに続く。




 扉の奥は小部屋だった。


 そして小部屋の中心には祭壇が在り、一振りの古ぼけた剣が台座に刺さっている。紫色の刀身は何で出来ているのか。


「其れが『天央の剣』です。」


 シオン達が歩み寄ると後ろからロドルフォ司祭が説明する。




「此れに悪魔召喚をして呪いを施すのか。」


 カンナは呟きながら剣を指でつつく。


「どんな呪いか見当は付くのか?」


 シオンの問いにカンナは首を振った。


「全く付かない。呪いって言うのは千差万別で各術者のオリジナル魔法と言っても過言じゃない。言い変えれば『世界中の剣を把握して選別出来るか?』と訊かれているのと大して変わらない。」


「なるほどな・・・。じゃあ、実際に呪いが施されるまで対抗する策は打てないって事か。」


「そうなる。」




 ルーシーがギュッとシオンの服の袖を強く握った。


「どうした?」


「シオン・・・あれ・・・。」


 ルーシーの緊張した声と表情にシオンは鋭く視線をルーシーの示す方向に向けた。




 其れは壁の上に貼り付けられていた。逆三角形を基調とした蛇を思わせる紋章。




「なんだと・・・?」


 余りにも信じられないモノを見てシオンも流石に呻いた。まさか天央正教の教会の中でオディス教の紋章を見る事になろうとは。


 カンナを見下ろすと彼女も流石に言葉を失った様に紋章を眺めていたが、やがて双眸を淡く光らせながらロドルフォ司祭を振り返った。さり気なく短杖を手にしながら。


「司祭殿、あの紋章は何かな?」


 カンナを見てルーシーも紅の双眸を光らせながらロドルフォ司祭に視線を向けた。




 カンナの問いを受けてロドルフォ司祭も邪教の紋章に目を向ける。


「アレですか・・・。」


 司祭は疲れた様な表情で溜息を吐いた。


「アレが何なのかは解りません。ただ、派閥の主教から『この紋章を掲げておくように』と指示されてあの様に掲げてます。呪いを施すのに必要なのだとか。」


「そうか・・・。」


 カンナは双眸の光を解除しながら頷いた。ルーシーも双眸の光が解かれている。




 どうやらロドルフォ司祭は誤魔化さずに本当の事を話している様だった。やはりロドルフォ司祭は計画に関わってはいるが末端で指示に従っているだけなのだろう。




 シオンは思う。


 先程まではリカルド大主教について誉められた人物とは思わなかったが、リンデルと一緒にイシュタル城で会談した際には意外にも教会全体の未来を案じて自分なりの考えを持っている事を知る事も出来たし、リカルド本人に対しては無軌道さを感じず特に警戒はしていなかった。


 法皇暗殺を目論んでいる事は聞いてはいるが、別に其れは組織内部のイザコザであって部外者のシオンが特別気に掛ける事でも無い。勿論「知らぬ存ぜぬ」と無視するつもりは無いし暗殺など成功させるつもりは無いが、敢くまでも事件解決の為の主導者はイシュタル帝国であるべきだと考えていた。




 しかし。




 オディス教と絡んでいるのならば話は別だ。リカルド大主教は当然オディス教が邪教である事は理解している筈だ。其れでも手を組むのならばリカルド大主教はシオンにとっては「倒すべき敵になる」とまで言える。


 そしてオディス教が絡んで来るなら主導が誰かなど関係無い。リンデルに断ってどんどん介入していくつもりだ。




 シオンは息を吐いた。


「ルーシー、カンナ。取り敢えず色々とハッキリさせよう。」


 その言葉に2人は頷いた。




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