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神の去った世界で  作者: ジョニー
第3章 動乱のイシュタル
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50話 再会と別れ



 竜の洞穴の奥を進んでいくと広大な空間が現れる。




 其処に背中を向けて立つ少女が1人。其の奥にはシオンもたじろぐ程の巨大な生物が佇んでおりシオンを見下ろしていた。


 漆黒の竜。此れがヤートルードか。




 だがその前に。


「ルーシー。」


 シオンが愛しい少女の背中に声を掛けるとルーシーが振り返った。そして嬉しそうに微笑む。


「シオン。会えたね。」


「ああ。」


 シオンは微笑みながらルーシーの横に立つ。




 ルネは2人のやり取りを微笑ましく眺めながら巨竜の前に立った。


「ヤートルード様。竜王の御子様もお連れ致しました。」


 巨竜の視線がルネからシオンに移る。


『其方が竜王の御子殿か。』


 ヤートルードから送られて来た思念を受けて、シオンは頭を下げる。


「初めまして、ヤートルード様。シオン=リオネイルと申します。」


『なるほど・・・強い神性を宿している様だ。流石は我ら竜族の神の力の片鱗を受け継いだだけの事はある。』


「ヤートルード様。1つお聞きしたい事が在ります。」


 シオンはルネと森を歩いていた時に考えていた事を口にする。


『何であろうか?』


 シオンの双眸が真っ直ぐにヤートルードを見つめる。


「竜王の巫女という存在は本当に偶発的に生まれるのでしょうか?」


 暫しの沈黙の後にヤートルードは答えた。


『偶発では無い。選ばれている。高等神の神性を受け容れられる器を持つ者でなければ与える事は出来ない。』


「・・・1400年の間で数人しか誕生しなかったのは其れが理由だったのか・・・。」


『そうなる。そして巫女に選ばれた者は辛い運命を背負うことになる。故に竜王神様は役目を果たした巫女殿に幸福が訪れる様に定められた。』


「定めた・・・?」


 シオンの眉が僅かに上がる。


「では、俺とルーシーの想いも造られたモノだと言う事でしょうか?」


 シオンから僅かな怒りを感じたのかヤートルードは首を振った。


『そうではない。巫女が好む男性と出会う機会が必ず訪れるようにする、という事だ。其処から先は本人同士の行動次第となる。』


「そうでしたか・・・。」


 シオンは軽く息を吐く。


『フフフ・・・』


「?」


『中々に激しい感情を持っているようだな、御子殿。』


 ヤートルードの言葉にシオンは頷いた。


「それは・・・当然です。出会う運命を操作されたのは・・・まあ、100歩譲って構いませんが、少なくとも俺とルーシーの想いだけは俺達のモノですから。」


「・・・。」


 シオンの言葉にルーシーは真っ赤になりながら嬉しそうに頷いた。




 巨竜は黙って頷いた。


『巫女殿は良き相手に出会えた様だ。この上は2人で未来を切り拓くが良い。我は流れが整った神性を我が物とするために眠りに入るとしよう。』




 そう言うとヤートルードの巨体が徐々に沈み蹲った。そして其の双眸が静かに閉じられていく。やがて巨体から地響きの様な寝息が立ち始めた。




「・・・。」


 3人は眠りに就いたヤートルードを眺める。


「・・・ヤートルード様はどれくらい眠るんだろう?」


 シオンが呟くとルネが答える。


「其れは分かりません。私も聴いた話でしか知りませんが『竜の眠り』は聖なる眠りと呼ばれ、竜が何かを為す為に行われるモノと聞いてます。ですから眠る期間はバラバラとしか良い様が在りません。数日の時も在れば数十年に渡る場合も在ります。」


「数十年・・・。」


 ルーシーが絶句する。


「そういう時も在るらしいの。其れに私達の眠りの様な身体を休める眠りとは意味合いが違うから、大した理由も無いのに無理矢理に起こすと途轍もない怒りを買ってしまって滅ぼされるのよ。」


「・・・この巨竜の怒りは買いたくないモノだな。」


 シオンが呟く。


「ええ。竜の怒りは襲われる当人にとっては天災に等しいと言われるくらいですから。先ず生き残る事は出来ないでしょう。」


「では、此処で出来る事はもう無さそうだな。」


「そうですね。」


「貴女は此れからどうするんだ?」


 シオンの問いにルネはヤートルードを見上げる。


「私は此処で暫くはヤートルード様の眠りを見守りたいと思います。」


「解った。」


 ルネの言葉にシオンは頷くとルーシーを見た。


「俺達は1度セルディナに戻ろう。正直、時間が勿体ないが其れでもカンナの意見が訊きたい。」


「なら・・・。」


 ルーシーが提案する。


「私がカンナさんに呼び掛けてみようか?」


「え?」


「前に、遠くに居るときに意思を飛ばす方法をカンナさんに教えて貰ったの。」


「へぇ・・・。」


 シオンは驚いた。




 もし出来るなら非常に助かる。


「もし君に無理が掛からないなら頼みたい。」


「うん。大丈夫だよ。」


 ルーシーは答えると


「じゃあ、ヤートルード様の邪魔をしない様に此処を出ようか。」


「解った。」




 3人は洞穴の入り口まで戻るとシオンとルーシーだけがルネの風魔法で崖下に下りて行く。




 ルーシーは地面に降り立つと、木の枝を使って魔法陣を描き始める。


「うーん・・・難しいなぁ・・・。」


 時折、ブツブツ言いながらも何とか描き終えるとシオンを見た。


「じゃあ始めるね。」


「ああ、頼む。」




 ルーシーの身体から青白い光が輝き始める。


 上から眺めていたルネがゴクリと喉を鳴らした。


「凄い量の神性だわ。」




 ルーシーの神性に反応して魔法陣が輝き始める。が、それ以上は何も起こらない。ルーシーの表情が歪んだ。


「!・・・神性が・・・た・・・足りないかも・・・。」


「ルーシー、無理しなくて良いぞ。」


 自分の神性が切れてしまっている事に内心舌打ちしながら、シオンはルーシーに声を掛ける。




 と、その時洞穴の奥から強烈な力が発生してルネは振り返る。


「!?」


 驚くルネの頭上をすり抜けて力の塊がルーシーにぶつかった。




「!!」


 途端にルーシーの神性が爆発的に増加する。


『使うが良い。』


 ヤートルードの思念がルーシーに届く。


「ヤートルード様・・・有り難う御座います。」


 ルーシーは眠る竜に礼を言うと再度カンナに呼び掛ける。






 カンナは最奥のアートスについて連日調べていた。


 通常の文献には当然だが欠片もその存在すら記されていない為、古代図書館を訪ねたり過去の伝導師の記憶を辿ったりしていたが・・・思うようには行かなかった。


 各地に潜む悪しき存在は色々知る事が出来たのだが、肝心のアートスの存在については1つも情報が得られない。


「ふう・・・参ったな。」


 カンナは背もたれに身を預けた。自身の短い両足を机の端に当てて椅子の前の脚を浮かせてユラユラと椅子全体を揺らす。


 非常に不安定な格好だし、セシリーなどが見たら「行儀が悪い!」と目を剥いて怒るのだろうが、最近はこの格好にハマっているのだから仕方がない。




『・・・カンナさん・・・』


「!?」


 突然耳元に声が囁かれてカンナは仰天しバランスを崩した。そのまま後ろに引っ繰り返って派手に後頭部を打ち付け、ゴロゴロと無言で悶絶する。




『カンナさん・・・聞こえますか・・・?』


 その間も『声』はずっとカンナに呼び掛けてくる。




「痛ったぁ・・・!!」


 涙を流しながらカンナは声を認識する。


「ルーシーか?」


『あ。カンナさん!』


「お前、1人でソレをやってんのか!?」


 激痛に顔を顰めながらもカンナは驚愕を隠しきれない。




 単独でイシュタルからセルディナまで思念を飛ばすなどカンナでも到底出来やしない。そもそも此の技そのものがかなりの難易度なのだがやってのけたのか。


 此れはセンスが覚醒し始めているのか。




『確かに1人でやってるんですけど・・・説明すると長くなってしまって・・・。もう色々と報告しておきたい事が在りすぎて・・・。とにかく1度連絡してみたんです。』


「ほう、そうか・・・。」


 カンナは頷いた。


「なら私がソッチへ行こう。」


『え?』


「ずっと屋敷に居るのも飽きたしな。偶には外に出たくなる。」


『・・・。』


 ルーシーは向こうで誰か・・・恐らくシオンだろうが、と相談していた様だが、やがて彼女の声が戻って来る。


『解りました。じゃあ何処かで合流しましょう。』


「わかった。じゃあ私は今日にでもセルディナを出るよ。そうだな・・・4日後にラーゼンノットの港辺りでどうだ?」


『・・・。・・・解りました。じゃあ私達も其れに間に合わせる様に動きます。』


「あいよー。」




 ルーシーの思念が切れるとカンナはご機嫌で旅の準備を始めた。


「カンナ様・・・?」


 控えていた侍女達は、急に大声で一人言を言い始めたカンナの様子を戸惑った様に見守っていたが、カンナの奇行が一段落したと見て恐る恐る話し掛けてくる。


「ん?・・・ああ、驚かせたな。急に友人から魔法で話し掛けられてな。返信してたんだ。」


 カンナがそう返すと侍女達はホッとした様に頷いた。


「そうでしたか。何やらお出かけになられると仰られていた様に聞こえましたが。」


「うん。1~2週間くらい出掛けようと思う。誰かビクトールを呼んできてくれないか?」


「はい、只今。」


 侍女が1人部屋を出て行くと、その間にカンナは着替えを始める。と言っても侍女がカンナに着せ着けていくのだが。


 クローゼットから、旅路にはいつも身に着けていた厚手の旅服一式を身に着ける。


 更に棚から侍女が指示を受けたポーチを取り出してカンナに手渡しノームの娘は其れを肩から斜めに掛けた。


 さて・・・と、カンナは今回の旅路に必要そうな魔道具を選別してポーチに入れていく。大きさが大きさなので大した量は入れられないが。




 其処まで準備を整えた時、扉がノックされ家令のビクトールが入ってくる。


「主、お出かけになられるとか。どちらの方へ?」


「うん。イシュタルに1~2週間程な。」


「・・・。」


 一瞬、ビクトールに思案気な表情が浮かぶ。


「なるほど、シオン様とルーシー様の応援で御座いますか?」


「そんな処だ。粗方の準備は出来ている。後は・・・水と食料くらいかな。」


 そう言いながら転がる魔道具達を見る。


「本当はもっと持っていきたいんだがな。このポーチでは大して持って行けない。」


「畏まりました。如何ほど持って行かれますか?」


「え? そうだな今、其処に転がっている分くらいは・・・。」


「畏まりました。ではこれらの物をイシュタル迄手配致します。お食事などに関しては護衛騎士達に持たせますのでご心配には及びません。」


 ビクトールの言葉にカンナはギョッとなって初老の紳士を見上げた。


「え、誰か付いてくるのか!?」


「当然で御座います。少なからずシオン様とルーシー様に合流される迄は決して御一人にさせる訳には参りません。騎士達も初の本格的な護衛任務に喜びましょう。」


「・・・そうか、では頼む。」


 そう言われると要らないとは言えない。


「畏まりました。では全ての手配を進めますので三の鐘が鳴る頃に玄関までお願い致します。」


「うん、解った。」


 カンナは頷くと時間まで腹拵えをする事にした。




 予定の三の鐘が鳴ったのを確認するとカンナは玄関に出た。


 恐らくは選抜されたのであろう四人のカンナ専属騎士達が待っていた。


「お待ち致して居りました、カンナ様。我ら4名でカンナ様の護衛をさせて頂きます。」


 覇気に満ち満ちた笑顔で騎士の1人がそう伝えてくる。


 確かに喜んでいる様だ。


 カンナはそんな彼等の気勢を削がぬ様に笑顔で頷いた。


「う・・・うん。宜しく頼むよ。」


「ハッ!」


 騎士達の気合いの籠もった返答だったが、熱血に慣れていないカンナの笑顔が一瞬だけ引き攣る。




 カンナ用に選ばれた乗馬にカンナが跨がると騎士達は先導して動き始めた。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 結構な量を消耗したとは言えルーシーの体内には未だヤートルードから受け取った神性がかなり残っている。


「どうする? シオン?」


 尋ねるルーシーにシオンは考えた。


「そうだな。4日後にラーゼンノットか・・・。多少は飛ばないと間に合わないな。」


「じゃあ渡すね。」


 ルーシーはそう言うとシオンの手を握って神性を移し始めた。




 ある程度回復した神性で翼を生やすと、シオンはルーシーを抱えて飛び上がった。洞穴に立つルネにルーシーは手を振った。


「ルネ、有り難う。とても楽しかったわ。」


「私もだよ、ルーシー。今度はもっとゆっくりと森を案内して歩きたいわ。」


「うん。」


 ルーシーが微笑むとルネも笑った。


 そして騎士の礼を施す。


「どうぞ御身の旅にご武運を。」


 シオンも返礼する。


「偉大な森の民たる御身にも幸在らん事を。」




 飛び去る2人の後ろ姿をエルフの娘は見送る。


 年齢は下だが、其れでも初めて心を許せる同性の友達が出来た。幼い頃に随分と友人を欲しがっていた事を覚えている。だが其れは無理だと悟って諦めて・・・。其れがまさか今頃になって友人が出来るなんて。


 人生なんて解らない。


 ルネはルーシーと供にしたこの数日の旅を思い返して微笑んだ。本当に良い思い出が出来た。




 だが・・・。と思う。


 自分はやはり森の民であり天央12神として何れは天の回廊に戻る身だ。で在れば、元神として為すべき事を為さねばならない。


 この森のヴァルキリーとしてクリソスト師を裏切ったダークエルフであり不肖の兄弟子であるエクトールを始末する事。


 そして元女神としてこの世界の災厄とも言える最奥のアートスを斃す事。


 此れを為してルネは主神レシスの下に戻るつもりだった。


「お互いに頑張ろうね、ルーシー。」


 もう2人が見えなくなった曇天の空を見上げてルネは呟いた。






「・・・。」


 もう見えなくなったヤートルードの洞穴をルーシーは無言で見つめていた。


「気になる?」


 シオンの問いにルーシーは寂しげに笑った。


「折角出来た友達だから少し寂しいだけ。」


「そうか。じゃあ、カンナと合流したらまた戻って来よう。」


「うん。・・・其れに彼女は強いけど、厄介な相手にも襲われたから其れも心配で。」


「厄介な相手・・・?」


 首を傾げるシオンにルーシーはエクトールの話をした。そして最後に現れたカリ=ラーと呼ばれていた謎の女性の事も。




 シオンが考え考え話し始める。


「・・・ルネと一緒に君の所まで歩いてみたが・・・彼女の中からヤートルードと全く同じ性質の強い神性を感じた。あの神性がある限り、彼女がそうそう簡単にどうこうされるとは思えないけどな。」


「うん・・・そうだね。」


 確かに彼の言う通りだ。


 ルネは強い。


 ルーシーは、カリ=ラーと言う存在に一抹の不安を覚えながら其の不安を振り払う様にそう思った。




 





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