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神の去った世界で  作者: ジョニー
第3章 動乱のイシュタル
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49話 竜と巫女



 暗闇で満ちる広い洞穴を2人の少女は奥へ奥へと突き進んで行く。やがて暗闇の奥に薄らと灯りが見えて来た。




 灯りの下に辿り着くと、其処は更に広大な空間になっていた。そして其処に漆黒の巨竜が一体、佇んでおり2人を見下ろしていた。




「ヤートルード様。お導きに従い竜王の巫女様をお連れ致しました。」


 ルネの挨拶を受けてヤートルードを双眸がルーシーに注がれる。


「初めまして、ヤートルード様。竜王の巫女のルーシーです。」


 ルーシーが頭を下げるとヤートルードの思念が2人に届いた。




『竜王の巫女殿。よくぞ参られた。』


 強力な思念を送られて2人は一瞬身を震わせるが直ぐに思念を受け容れる。


『熔たる稚児も時経れば煌も固まるか・・・。』


「・・・?」


 ルネとルーシーが首を傾げると黒竜は溜息を吐くように鼻息を飛ばした。


『気にするな。宜も無い古の決め事よ。』




 黒竜の赤い双眸がルーシーを捉える。


『巫女の瞳は我をどう見る。』


「・・・。」


 竜の問い掛けにルーシーは其の紅い双眸を輝かせた。




 強い。濃密な力が揺蕩っている。此れは紛うこと無き神の力。


 其の力が黒き巨竜に満ちていた。


 だが・・・。




 ルーシーはヤートルードを見た。


「とても強い力が流れています。神性で満たされている。流石は正統なる竜の系譜を継がれる竜様ですね。」


『・・・。』


「・・・ですが・・・。」


 ルーシーの双眸が更に強く輝く。


「・・・ですが其の強い力が・・・何というか、酷く揺らいでいると言うか・・・。」


 ヤートルードを見つめながらルーシーは感じたままを口にしていく。


『・・・良く視えるモノだ。流石は我らが神の御力を受けし者よ。』




 竜は笑った様に見えた。




『そうだ。巫女殿の言った通り、我の身体に流れる神性は不安定だ。其れは我が母ノーデンシュードもそうだった。それ故にラグナロクに参加するために産み出された筈の母は、力足りずに参加出来なかった。』


「ノーデンシュード様が・・・。」


 ルネが信じられないといった表情で呟く。


「しかし、ノーデンシュード様から感じる力は量り知れない程の強さを感じましたが・・・。」


 ヤートルードはルネに視線を移す。


『確かに人の種属から見たら強力に見えただろうが、神々の争いに参戦する為には到底足りていなかった。』


「そう・・・なのですか・・・。」


 ルネは絶句する。




『そして我も母の神性の捻れを引き継いでしまった。故に我もまた正統なる竜の系譜を名乗る事が出来ぬ。』


「・・・。」


 彼の悲哀が流れ込んで来てルーシーは声も無くヤートルードを見つめる。


『・・・。』


 ヤートルードもまたルーシーを見つめた。




 するとヤートルードの念いがルーシーに流れ込んで来る。


「ヤートルード様。」


『巫女殿。我の神性を在るべき形に戻したい。』


「・・・私に出来るのでしょうか?」


 ルーシーが尋ねる。


『巫女殿の体内に流れる神性を我の神性が追跡していく事で我の神性は正常な流れを手にする事が出来る。』


「そうですか。」


 ルーシーはチラリとルネを見た。




 ルネは悟る。彼女はやる気だ、と。




「お、お待ち下さい、ヤートルード様。其の儀式を行う事で巫女様の神性が失われてしまう様な事はあるのでしょうか?」


『其の心配は無用だ。巫女の正常な神性に触れる事で我の歪な神性を正すだけだ。謂わば我の神性を正す為の切っ掛けを巫女殿に作って貰うだけだ。』




「切っ掛け・・・。」


 ルネはシオンの事を考えた。


 これを知ったら彼は了とするだろうか?




 通常であれば、シオンがどう言おうとも竜の願いを退ける事はエルフであるルネにとって激しく抵抗を感じる行為だ。


 しかしシオンからルーシーを預かった今の身としては・・・。


「大丈夫だよ、ルネ。シオンは解ってくれるわ。」


「ルーシー・・・。」


「其れにヤートルード様の願いは此れからの事を思っての事だと思うの。だったら出来るのが私だけならやるわ。」


「・・・解った。では私はこの事を御子様に伝えてくるわ。」


 ルネの言葉にルーシーは困惑する。


「え、でも此処からイシュタル迄は大分離れてるし・・・かなり時間が掛かってしまうよ。」


「大丈夫。馬を捕まえて精霊の風に乗れば2日程でイシュタルに戻れる。」


「そうなの? でも・・・手間だわ。」




 2人の会話を聴いていたヤートルードが思念を送ってくる。


『イシュタルとは彼の大きな集落の事だな? ならば我が送ろう。』


「ヤートルード様・・・。・・・はい、お願いします。」


 ルネは「恐れ多い」と言おうとしたが、その言葉は呑み込みヤートルードの提案に素直に頷いた。




『では我の息吹に乗って飛んで行くが良い。竜の息吹は風の翼に等しい。元天央12神で在れば翼を羽ばたかせるイメージは簡単に出来るだろう?』


「はい。大丈夫です。」


 ルネはヤートルードに答えてからルーシーを見た。


「では、ルーシー。暫く貴女の側を離れます。ヤートルード様のお側に居る以上、危険は無いと思いますが気を付けて。」


「・・・。」


 元に戻ってしまったルネの口調に少し不満げなルーシーだったが素直に頷く。




『では行くぞ。』


 黒竜は大きく息を吸い込んだ。


 巨体を巡る神性が黒竜の首に集中していく。




 ヤートルードがカッと其の巨大な口を開いた。


 途端に嵐を思わせる程の突風が吹き荒れルネを飲み込んだ。


「!」


 ルネは余りの衝撃に一瞬だけ表情を引き攣らせたが、直ぐに身を翻してヤートルードの生みだした風に乗った。




 気付けば洞穴を遙かに飛び出してメルライアの大森林を眼下に見下ろして飛行していた。高速で飛んでいるにも関わらず、大気の威力を全く受けていない。落ち着いて風を感じてみれば強い神性がルネの周囲を取り囲んでおり到着までの無事をルネは確信する事が出来た。




 なるほど、此れならば即座にイシュタルに到着出来るだろう。


 ルネは今は無い翼をはためかせるイメージで空を飛び続けた。






「・・・。」


 ルネが飛ばされて行った洞穴の入り口の方向を見ていたルーシーにヤートルードが話し掛ける。


『巫女殿、心配は要らぬ。あのエルフの娘を間違い無く届ける。』


「はい。」


 ルーシーはヤートルードを振り返って頷いた。




『では、我らも始めよう。』


「・・・。」


 ルーシーの頷きにヤートルードが其の身を動かした。




 巨体が立ち上がりルーシーに向かい合った。




 互いの神性が共鳴し始める。


「こんな事が・・・。」


 ルーシーが驚いて呟くとヤートルードが言った。


『巫女殿はそのままで良い。我が巫女殿の神性を追いかける。』


「はい。」




 ルーシーの中にヤートルードの神性が流れ込んで来る。


「!」


 自分の中に何か液体の様なモノが入り込んでくる違和感を感じるが次第に慣れてくるとヤートルードの強大な力を感じ始める。




『貴男の名は・・・ヤートルード・・・。此の名が母から貴男への最後の贈り物です。出来れば卵から生まれた貴男の姿を見たかった。どうか奈落の誘いから護られん事を。』




 誰の声・・・?


 若干トランス状態に入っていたルーシーの意識に何者かの声が聞こえてきた。




『母・・・上・・・。』




 今の声はヤートルード? では先程の声はヤートルードの母竜ノーデンシュードだろうか?




『・・・ヤートルード・・・竜の誇りを・・・胸に・・・。』


 轟音が鳴り響き静寂が訪れる。




 何が、起きてる?


 そうルーシーが思ったとき身の毛も弥立つような声が響いてくる。


『流石は正統なる竜の末裔。だが此れで脅威は失せた。この傷を癒やし始めるとしよう。』




 ・・・。


 どうやら激しい戦闘が在った様だ。そして竜が敗れ、何者かが勝利した。だが傷は深く癒やす時間が必要となった。


 ルネの話とヤートルードとの会話から察するに其の『何者か』は恐らく最奥のアートスなのだろう。そして神性の歪みが原因で敗れたのか別の理由で敗れたのかは不明だがノーデンシュードは最奥のアートスに敗れた。


 そう言う事だろう。




『巫女殿。我が記憶を覗いたのか?』


 ヤートルードの思念が流れ込んで来る。


 ルーシーが頷くとヤートルードは咎めるでも無く語り始める。


『我が未だこの世に足を着ける前の記憶だ。我が母ノーデンシュードは最奥のアートスの蠢動を感じ取って戦いに身を捧げた。だがアートスに傷を残すも、神性の歪みが原因となって本来の力を出せずに生命を散らした。』




 ヤートルードの無念が伝わってくる。


 ルーシーはその無念を癒やすかの様に両手を胸の前で組む。


『・・・どうぞ、貴男の心が安まります様に。』


 そう祈るとヤートルードが呟いた。


『感謝する。巫女殿。』


 そう呟くヤートルードの思念はとても優しかった。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 地面が近い。


 ルネは態勢を整えると残り少なくなった息吹から身を外して大地にヒラリと着地した。


 少し離れた先にイシュタル帝国の大正門が見える。




「・・・。」


 若干、空腹を感じた。


 ルネは腰のベルトに括り付けた袋を漁ると、森のエルフから貰った食料を取り出す。ルーシーの口には合わないだろうと2人で森を進んでいる時には出さなかった食料だ。


 木の実を磨り潰して固めた練り物を囓る。エルフが好んで食する食べ物で仄かに広がる木の実の風味にルネは懐かしさを感じた。


 空腹を収めるとルネは大正門に向かって足を進める。






 イシュタル大神殿の大主教達と皇城にて会談を済ませた後、シオンは元々の依頼である殺人事件の調査を再開させた。とは言え。




 リンデルと別れる際にシオンは少壮の第3皇子に話した。




 夜な夜な殺して廻っている者は恐らく人間では無く人外の怪物。恐らくは悪魔の類いだ。


 其れは必ず教会の近くで起こっていると言う事実。


 更に言えば以前にミシェイルとアイシャが遭遇したオディス教徒の存在と『奈落の王』と言う言葉。王は恐らくは最奥のアートスだろう。そしてルネやゼニティウスの話からアートスは復活しているか復活間際とも伺い知れる。


 これらが全て関連しているとしたら。


 即座に解決するのは不可能だろう。




 そして此処に居ても解決に結びつかないならルーシーと合流した方が良いだろうから一端は帝都を離れるかも知れない・・・と。




『構わない。君の思うように進めてくれ。』


 とリンデルは了承した。




 そんな事情も在って、シオンはルーシーとルネの2人と合流する事にしていた。ただ、彼女達の居場所が解らない。




「どうするか。」


 彼女達を下ろしたメルライア大森林まで飛んで行き、後は自分の感覚を頼りにルーシーの気配を辿っていくか。


 即座に追いかけるなら其れしか無い。


「よし。」


 シオンは決めた。


 ただ、此処で飛んで行くのは拙い。人の目が多すぎる。飛ぶのは帝都を出て少し離れた場所にした方が良いだろう。


 少年は大正門に向かって歩き始めた。






「あ。」


 美しい黒髪のエルフを見つけてシオンは足を止めた。


「御子様。」


 ルネは早くもシオンを見つけられて驚いた。




「何故、君が此処に? ルーシーはどうした?」


 シオンの問いにルネは事情を説明する。




「・・・なるほど、ルーシーは其の竜の側に居るんだな?」


「はい。」


「竜の側に居れば安全だと。」


「其れは間違いありません。」




 そうかも知れない。カンナの雑談で聞いた話では竜種は現存する生物では最強の種族らしい。現存するならば、とカンナは付け加えていたがヤートルードと言う存在が確認されている以上、其の竜が最強の類いと言える。


 そしてルーシーは其の竜種の神の巫女だ。


「危険が迫ればヤートルード様がルーシーを護ってくれます。」


 ルネの話は納得出来る。




「では、ルーシーの下に戻ろう。」


 シオンの言葉にルネが頷く。




 帝都を離れた所でシオンはルネを抱えると飛び上がり高速で移動を始める。


 が、シオンの神性が余り回復していなかった事もあり、結局はヤートルードの洞穴まで到達する事は叶わなかった。


「チッ・・・仕方無い。此処からは歩こう。」


 シオンが言うとルネが頷き、2人は大森林に着地する。




 降りしきる霧の大森林を2人は歩き始めた。


「結構奥まで飛んできたつもりだけど、ルーシーの所まではまだ有るのかい?」


 シオンの問いにルネは首を振った。


「いえ、此処からならもうかなり近いです。」


「よし、急ごう。」


 2人は歩く速度を速める。




 歩きづらい森の中をシオンは何を苦にするでも無くルネに付いてくる。


 この調子なら日が沈む前に到着出来そうだ。




 とは言え、何の障害も無い訳が無く2人は襲い掛かってくる森の獣達を蹴散らしながら突き進んで行った。


 


 ふと、ルネは景色の変化に気が付いた。


 大樹の枝々に簡素な家が据え置かれている




「此処はエルフの里ですね。」


 ルネがシオンにそう伝える。


「エルフの里・・・。では進んでも問題無いのか?」


「いえ、森のエルフは閉鎖的です。エルフ以外の種族が下手に入り込めば必ず攻撃を仕掛けてくると思います。」


「では、迂回した方が良さそうだな。」


「そうですね・・・。ただ少し試して見たい物が有るので入ってみても良いですか? 失敗したら戦いになってしまうかも知れませんが。」


 危険はあるが同行しているのがシオンであれば問題無いだろう、とルネは考えた上での提案だが。


 ルネの言葉にシオンは頷いた。


「わかった。森の事は君に任せる。」




 ルネは頷くと集落の中に入っていく。


 そして懐から最初に訪れたエルフの里のシャイ老に譲り受けた紋章のペンダントを取り出した。其れを高々と掲げながら叫んだ。


「集落の人々よ。森と風と精霊を友とする知の民達よ。同じ民のルネが友好の証を持って訪れた。顔を見せて欲しい。」


 静寂が訪れる。




「・・・。」


 ルネもシオンも黙って反応を待つが何も起こらない。




 何も起きないか、とルネが掲げたペンダントを下ろし掛けた時、集落の家の影から何者かが姿を現した。


「・・・其の証は我ら森の民から信頼出来る者に送られる友好の証。本物の様だな。」


 年老いたエルフが戸惑うように言う。


「しかも其の『森と風と精霊を友とする知の民』と言う呼び方は古の森の民が使った言葉ではないか。お主は一体・・・?」


 ルネはペンダントを懐に仕舞うと頷いた。


「ええ。詳しくは話せないけれど私は古の時代のエルフ。訳あってこの奥に住まう守神様の下を目指しています。」


「守神様・・・。会った事は無いがこの森にはこの地を守護する神が居ると聞く。其れの事かな?」


 ルネが頷くとエルフは暫し思案した後、再度口を開いた。


「そのお主の後ろに居る人間の少年も同じかね?」


「ええ。この方をお連れする為の旅と言っても過言ではありません。」


 ルネの返事が年老いたエルフを決断させた様だ。


「解った。では通りなされ。」


 年老いたエルフが頷くと様々な場所からエルフ達が姿を現す。




「長老・・・。」


 話し掛けるエルフに長老と呼ばれた年老いたエルフが指示を出した。


「この2人にサラサの若木を。」


「いや、長老。其れは・・・。」


 躊躇う若いエルフに長老は諭す様に言った。


「今、この世界は闇の力に乱されて居る。そしていつの世も乱世を正すのは人間と言われているのだ。この2人は正に其の乱世を正す者達なのかも知れん。」


「しかし・・・。」


「いずれにせよ、同じ森に住む何処かの同胞が彼女達を信頼して友好の証を渡した以上、我らも協力するべきだ。」


「・・・解りました。」


 若いエルフは理解を示すと言われたとおりに細い木の枝を持って来た。




 受け取った長老はルネに若木を渡す。


「此れはサラサの若木だ。森と精霊の絆を高めてくれよう。」


「有り難く。」


 ルネは両手で若木を受け取る。




「貴女方の旅に幸在らん事を。」


「貴方達にも森と風と精霊の加護が在らん事を。」


 2人が別れを告げるとシオンも同じように頭を下げる。




 集落を出るとシオンとルネは再びヤートルードの洞穴を目指して歩き出す。


「さあ、行きましょう。洞穴はもう直ぐ其処です。」


 ルネの案内にシオンは頷く。




 いよいよ竜との対面にシオンは身を震わせた。





2023/4/19

1/16


誤字報告を頂きました。


早速適用させて頂きました。


大変助かります。有り難う御座います。


これからも宜しくお願い致します。

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