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神の去った世界で  作者: ジョニー
第3章 動乱のイシュタル
144/214

48話 再戦



 寒冷の森に降りしきる霧雨が段々と強くなり本格的な雨に変わってきた。


「ルーシー、大丈夫?」

 ルネがルーシーを振り返る。

「ええ、大丈夫。」

 答えるルーシーの表情は、しかし疲れを隠し切れていない。


 ダークエルフ・エクトールの襲撃から3日が経過していた。

 最初こそ持ち前の健脚でルネに付いてきたルーシーだったが、歩き辛い森を移動する中で流石に疲れを見せ始めて2人の進む速度は遅くなっていた。

 ただ会話を重ね、肉食獣との戦闘を乗り切っていく中で2人の間で親密度は増していき、いつの間にか2人のやり取りの間から敬語が消えていた。


 ルネは天を見上げた。とは言っても、大樹の枝葉に視界を遮られ空を見る事は叶わないのだが。其れでも森の民たるルネには木々の様子から時刻を察する事が出来た。


 もう夕刻も近い。

 ヤートルードの座す洞穴まではもうほんの僅かの距離なのだが、間も無く夜の闇が森を包んでいく事を考えると今のルーシーに無理をさせても良い事は無さそうだ。


「今日は此処で夜を明かそうか。」

 ルネが提案するとルーシーは首を振った。

「いえ、行きましょう。ヤートルード様の場所までもう少しなのでしょう?」

「ええ。なんで解るの?」

「この森に来た時から感じていた神性を凄く強く感じるの。もう近いのでしょ?」

「凄い・・・。」

 ルネは竜王の巫女としてのルーシーの感覚の鋭さに眼を瞠る。

「解ったわ。ヤートルード様の住処はもう直ぐ其処だから一気に行ってしまいましょう。」

「うん。」


 日が暮れた頃、遂にヤートルードの住まう洞穴のある崖下に辿り着いた。

 ルネは崖の一部を指差す。

「今は暗くて見えにくいと思うけど、あの辺りに洞穴があるの。その中にヤートルード様は居らっしゃるわ。」

 ルネの指差す先をルーシーは目を細めて見つめる。

 随分と高い場所に確かにボンヤリと黒い穴の様なものが見える。

「あんな高い処に・・・? どうやって行くの?」

「風の精霊に運んで貰うわ。」

「・・・!」

 ルーシーは目を輝かせてルネを見た。

「私もルネみたいに風に乗れるって事?」

「ええ。」

 ルネは微笑んで頷く。

 竜王の巫女と言う苛酷な使命に生きてはいるが、こんな処は普通の少女で愛らしさを感じる。


「先に飛ぶよ。」

 ルネはそう言うと風を纏い、フワリと舞い上がった。

 洞穴の入り口に着地するとルネは崖下のルーシーを見て声を掛ける。

「ルーシー、行くよ。」

 期待の籠もった視線で頷くルーシーを見てルネは指を動かした。


 その途端。

 ルーシーの足下を中心に広範囲の地面が突然真っ黒に染まった。

「ルーシーッ!!」

 上を見上げていて足下の変化に気が付いて居ないルーシーにルネが叫ぶ。その表情にルーシーも異変を感じて周囲を見渡す。そしてその表情に驚愕の色が広がった瞬間、黒い地面から瘴気が吹き上がりルーシーを呑み込んだ。

 急激な変化に動けないルネの眼下で瞬間的に瘴気のドームが出来上がる。

「クッ。」

 ルネは再び風を纏って崖を飛び降りる。


 飛び降りながらエストナを引き抜きドームに斬り付ける。が、ドームは強固にエストナを弾き返した。

「うわっ!」

 バランスを崩して落下するが風を操ってルネは何とか着地した。

 続けて風魔法を昇華させて稲妻を産み出すとドームに叩き付けた。しかしドームはビクともしない。

「ルーシー・・・。」

 ルネはドームを見て呟いた。


「・・・。」

 ルーシーは暗闇の中で沈黙を保ちながら周囲を見回した。暗闇に包まれた瞬間、ルネの気配も声も全てが遮断された。

 この感覚は覚えが在る。

 森の中で襲ってきたダークエルフが作り出した空間とは違う。この感覚はグゼ神殿で孤独に邪教徒達と戦っていた時に包まれた瘴気の空間と同じだった。


 奈落の法術。

 またあの忌まわしい法術の中に取り込まれてしまった。


 あの時は有り余る神性を振り絞って瘴気の空間を力尽くで引き裂く事が出来た。しかしシオンを御子にして神性を落としてしまった今は多分無理だ。脱出するには術者を倒すしかない。


 何処から来る?


 わざわざ自分を狙ったのなら必ず何らかの接触をして来るはずだ。果たして相手からの接触は直ぐだった。

『行かせん・・・。』

 籠々もった声が聞こえてくる。しかも此の声は。

『貴様を竜に会わせる訳には行かん。』


 私を竜に・・・? 何故だろう。

 だが其れよりも・・・。

 

「エクトール・・・。」

 ルーシーが呟くと反応があった。

『何故、俺の名前を知っている。』

「!?」

 何か情報が得られればと考えて試しに呟いてみたがまさか本人だったとは。

「・・・何故生きているの? 貴男は神話時代のエルフの筈。生きている筈が無い。」

『・・・。』

 

 殺気が強まり闇の中から黒装束のエルフが姿を現す。


「どうやら個人的にも貴様は生かしておけない様だ。」

 そう言いながらエクトールは茨の剣を取り出した。

「・・・!」

 ルーシーは緊張した。剣は駄目だ。剣で来られては圧倒的に不利になる。だが無抵抗という訳にもいかない。

「セイクリッドオーラ。」

 ルーシーは神聖術を展開していく。


 此れでダークエルフのエクトールは迂闊に近づけない筈・・・だったが、エクトールは凄まじい速度でルーシーに肉薄するとルーシーの腕を斬り付けた。

「っ!」

 鋭い痛みが左腕に走ってルーシーは顔を顰めた。


 効果が無いのかと驚いて後ろに走り抜けたエクトールの方を振り返ると、漆黒のエルフは全身を焼かれた姿でルーシーを睨んだ。

 効いていない訳では無さそうだ。だが、逆に言えばあの程度のダメージで済んでしまっているとも言える。


 エクトールは感心した様に呟いた。

「此れほどの威力があるとはな。一瞬で離れれば問題無いと思ったのだが・・・流石は竜王の巫女と言う事か。」

 予想以上に強力な光の結界に強く踏み込めなかったエクトールだが、今の様な突撃を繰り返せば数回で巫女の急所を切り裂けると予測が出来た。無論、自分も相応にダメージを受ける事になるが、あの結界は自分の奈落の法術すら無効化してしまう可能性が高い。だが、やるしか無い。

 エクトールは再び剣を構えた。


 が、其れに先駆けてルーシーは既に詠唱を完了させていた。

『星皇の影に控えし光りの礫達よ、導きの船を渡りて我が呼び掛けに応じよ。我が名は竜王の巫女なり・・・セイクリッドアロウズ』

 高速の光弾が矢と化してエクトールに飛んでいく。

「!?」

 驚愕するエクトールに光弾が突き刺さる、かと思いきやエクトールが剣を一閃させて光弾を切り裂いた。

 手に持つ茨の剣が異様なオーラを放っている。

「その剣・・・。」

 シオンの神剣残月と同じ力を持っているのか。

 ルーシーは死の危険を間近に感じ始めた。



「クソッ!」

 ルネは必死になって剣をドームに叩き付ける。しかしやはり効果は感じられない。

「どうすれば・・・ルーシー・・・。」

 肩で息をしながらルネは困惑していた。

 竜王の巫女がそんな簡単にやられるとは思わないが、あのダークエルフは剣もかなり使える。その上、彼の持つ茨の剣は魔法を弾く力を持つとクリソストは言っていた。そんな剣を使われたらルーシーには手が打てない。グズグズしては居られない。


「どうしたら・・・!」

 ルネが叫んだときだった。

 頭上の洞穴が光った。と同時に光が飛び出してルネに直撃した。

「うわっ」

 驚いて思わず声を上げてしまったが、気付けば良く知る力が自分の中に湧き上がって来るのを感じた。

「此れは・・・。」

 ルネが呟いた時、洞穴から声が響いた。

『其の黒き結界は奈落の法術だ。神性無くば打ち消せるモノでは無い。我の神性を貸す故に巫女を助けるが良い。』

「ヤートルード様・・・有り難う御座います。」

 ルネは大いなる竜の厚意に感謝の意を示すとドームに視線を向けた。

「スゥ・・・。」

 息を整えて竜の神性を身体に馴染ませる。


 流れる力を愛剣エストナに集中させてルネは剣を横薙ぎに一閃させた。

 ドームは先程の強固さが嘘だったかのように簡単に裂けて霧散した。


 ドームが消えてルネの視界に飛び込んできたのは、身体の数カ所を切られて片膝を着いたルーシーと先日襲ってきたダークエルフだった。


「馬鹿な・・・何故法術が破られたんだ。貴様・・・。」

 エクトールは心底驚いた表情でルネを見る。

「・・・。」

 ルネは無言で剣を構える。

 風の魔法に加えてヤートルードの神性を手にした今なら負ける気がしない。


 逆にエクトールは圧倒的な不利を察した。

 竜王の巫女の操る魔法は侮りがたく、エルフの娘の方は自分と戦い方が似ている上にかなり戦い慣れている。しかもどうやったかは解らないが奈落の法術を討ち破っている。

 だが退く訳にも行かない。


 戦い方を考える。

 先ずはエルフの娘に白兵戦を仕掛ける。剣技は互角だったが腕力は自分が上回っている分だけ有利な筈だ。前回仕掛けた時には油断もあって不覚を取ったがまともにぶつかれば負けは無い。

 そうやってエルフの娘に密着しておけば竜王の巫女も下手に手出しは出来まい。そしてエルフの娘を斃した後にその流れのまま本命の巫女を殺す。


 エクトールは戦術を定めるとルネを見た。

 そして驚愕する。

 ルネの全身が光に包まれていた。

「な・・・なんだ、その光は・・・!」


 ルネが動いた。

 一瞬で眼前まで距離を詰めてきたルネにエクトールは恐怖すら感じる程の危険を感じ取って本能的に剣を振った。

 ルネは其れを躱すとエストナを振り下ろす。

『ギィンッ!』

 慌てて剣で攻撃を受け止めたモノの、想像以上の衝撃がエクトールを襲う。


 何だ、この力は・・・!?

 前回剣を合わせた時とは別人の様な剣勢と其の冴えを見せつけられてエクトールはたじろいだ。尚もルネの連撃がエクトールを襲い、エクトールは初手から防戦一方になる。

「クッ!」

 不用意に放った一撃をルネはヒラリと宙に舞って躱すと左の肩口に一撃を放って後方に着地する。

 左肩の傷口を押さえながらエクトールがルネに向き直るとルネは剣をエクトールに向けた。

「・・・貴男に勝ち目は無いわ。諦めなさい。」

 美しき女戦士の口から放たれた死の宣告にエクトールはゴクリと喉を鳴らした。

 確かに勝ち目は無い。

 このままではあのエルフの娘に殺されるだろう。特にあの謎の膂力を見せられては男女の差の有利は最早無い。


 無念だが退くしか無い。


 エクトールは瘴気を呼び出すて脱出の準備に入る。瞬間。

『セイクリッドアロウズ!』

 声が響いて全身を衝撃が貫いた。


 迂闊だった。気が付けばルネに距離を取られてしまっていた。

 そうなれば竜王の巫女の神聖術が飛んでくるのは当然の事だ。


 多大なダメージを受けて全身から力が抜け、エクトールは仰向けに倒れた。

 ルネは無言でエクトールに歩み寄った。

 無抵抗の者に剣を向けるのは気が引けるが、止めを刺さねばこの男はまた襲ってくるだろう。

「・・・。」

 ルネはエストナの切っ先をエクトールの胸に向ける。


「!!」

 ルネは咄嗟に跳んだ。

 直後、ルネが居た場所に黒い矢が突き刺さった。


 矢の飛んできた方向を見れば、一本の大樹の枝に腰掛ける女が1人。

 漆黒の長い髪に浅黒い肌。

 黄金に輝く瞳がジッとルネを眺めている。そして視線を移しルーシーを見て妖艶に嗤った。舌が口から伸びて唇を舐める。


「・・・誰?」

 ルネが尋ねると、女は答える代わりに片手を伸ばした。途端にルネの足下に倒れていたエクトールの身体が闇に包まれ、気付けば女の真横に移動していた。

 女は上半身を闇に包まれたエクトールを眺めると其の頬をペロリと舐めた。

「カリ=ラー・・・未だ失敗した訳では・・・。」

「もう無理よ、貴男では。」

 カリ=ラーと呼ばれた女はそう言うと印を結ぶ。

「ま・・・待て・・・!」

 何かを言い掛けたエクトールが闇に呑まれて消えた。


 カリ=ラーは再びルーシーとルネを見下ろした。

「竜王の巫女と天央12神・・・。まさか私の法術も打ち破られるなんてね。其れでは確かに敵う筈も無いか。仕方無い・・・接触の阻止は諦めましょう。」

 そう呟くとカリ=ラーは姿を消した。


「・・・。」

 2人は暫く構えたままだったが、やがて構えを解いた。

「・・・ふー・・・。」

 大きく息を吐く。

 カリ=ラーが放つ圧倒的な奈落の力に2人は緊張していたのだ。最初にルーシーを包んだ黒いドームは間違い無くあの女が仕掛けたモノだろう。


 ルネはルーシーを見ると口を開いた。

「今度はルーシーを先に上に上げます。上がってしまえば洞穴に居るヤートルード様が貴女を護ってくれる筈だから。」

「待って、ルネ。その前に言っておく事があるの。」

「言っておく・・・?」

 ルーシーの言葉にルネは首を傾げた。

「あのダークエルフはエクトール本人なの。」

 ルネは怪訝な顔をする。

「どう言う事ですか?」


 ルーシーは奈落の結界の中でのエクトールとの会話を話した。


「・・・つまり・・・彼は私の兄弟子と言うこと・・・?」

「ええ、そうなるわ。」

 ルーシーが頷くとルネは視線を彷徨わせる。が、直ぐに首を振った。

「だとしても関係無いわ。・・・さぁ、ルーシー、ヤートルード様の下に向かいましょう。」


 ルネの心中を慮ってかルーシーは心配げに、だけど彼女の言葉に頷いた。

「そうだね。」



 傷を癒やし、気持ちを切り換えたルーシーはルネの風魔法に備えた。

「ちょ・・・ちょっと怖いね。」

 ルーシーが感想を漏らすとルネはクスリと微笑った。

「大丈夫。楽しんで。」


 ルネが指を振った。

 途端に風がルーシーを包み込み、体重が消えた様な錯覚に囚われる。そのままフワリと身体が舞い上がった。

「わ・・・わ・・・。」

 思わず声が漏れる。


 此れまでも空を飛んだ経験はあるモノの、実際には飛んでいるシオンに抱えられていただけで彼にしがみついている安心感が在った。が、此れは完全に1人だけで飛び上がっている。

 どんどん地面が離れて行くのを見て不安に駆られる。


 が、大樹の天辺を越えて視界が広がった瞬間に

「わー・・・。」

 と感動の声が漏れる。


 相も変わらずの霧雨降りしきる大森林ではあるが、大樹達の天辺を越えて視界が晴れた瞬間に灰色の世界に濃淡が現れる。

 興奮して何かを叫んでいるルーシーを見上げながらルネも飛んだ。


 漸く2人はヤートルードの住まう洞穴に着地する事が出来た。

「・・・。」

 強力な神性の主はこに奥に居る。


「行こう。」

 ルネが促すとルーシーは少し緊張した面持ちで頷いた。





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