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神の去った世界で  作者: ジョニー
第3章 動乱のイシュタル
142/214

46話 奈落街



 マルキーダ島。




 帝都イシュタルの南方に浮かぶ巨大な島には、イシュタル帝国でも2番目に大きいとされるマルキーダと幾つかの中規模都市が存在する。


 島自体は種類豊富な動物が棲まう森林地帯と峻厳な山脈で構成されており、温暖な気候も相俟って肥沃な土地では大規模な農業が展開される。其処で生産される豊富な農作物はイシュタル中に送られており、莫大な人口を抱えるイシュタル帝国の食料事情を支える重要な島となっている。




 そしてマルキーダは農業以外にも魔動人形の作成など魔術が盛んに研究・実践されていた都市だった。神話時代には1級神とも渡り合える程の凄まじい強さを誇った魔動人形を産み出した事も在るらしいとの事。


 だが、其の技術は100年以上も前に廃れてしまった。




 当時の領主であるべスバルト侯爵家が、町の利益の一部が富に直結しない魔動人形の研究に振り分けられる事を良しとせず、研究施設の廃止と焚書を命じた為に其の技術はみるみる内に廃れて行ってしまったのだ。そして魔動人形の研究者達はこの愚かな領主に見切りを付けて次々とセルディナへ出て行ったと言う。




 其処から様々な経緯を経て今の自治都市の形態に落ち着いたのだが・・・失われた技術や知識を復活させるのは至難に等しくマルキーダは魔動人形と農業と言う2本柱の内の1柱を失う羽目になった。




 だが一部の有識者達が『文化を故意に失うと言うのは、過去の賢人達と世界の人々に対しての手酷い裏切りだ。』と懊悩し、せめて辛うじて残っている技術と知識だけでも保存しようと活動を開始したと言う。


 その名残として、僅かではあるが当時の技術と知識が記録された文献がマルキーダ図書館に残されていた。




 しかし今となってはわざわざ其れを閲覧しに来る者も居らず、マルキーダの指導者達は勢いの在るラーゼンノットに対抗出来るくらいの大きなウリを欲しがっていた。






「・・・そんな理由も在ってか、最近は再び魔術研究の復興が方針に盛り込まれているらしい。」


 港を出てマルキーダを目指す馭者付きの貸し切り馬車の中でミストは2人に暇つぶしも兼ねてそう説明する。


「つまりラーゼンノットに勢いで負けてるって事でしょうか?」


 ノリアが尋ねるとミストは煙管を蒸かしながら頷いた。


「殊更にラーゼンノットを対抗相手に挙げているって事はそうなんだろうな。」


 アリスは首を傾げる。


「何で其処まで対抗する必要があるのかしら? イシュタルでも2番目に大きな町なんでしょ? もっと余裕が在っても良さそうなのに。」


 ミストは煙を吐き出しながらアリスの疑問に答えた。


「2番目・・・と言うのは余り意味は無い。敢くまでも『今は2番目』に過ぎないからな。結局のところ人は勢いの在る処に集まっていく。胡座を掻いていれば瞬く間に落ちていくのが国や町と言うモノだ。だから時代の指導者達は周りの国や町との差別化を必死になって図ろうとするんだ。」


「そうなんだ・・・。」


 今1つピンとは来なかったがアリスは頷いてみる。


「・・・。」


 明らかに理解していないアリスを見てミストは更に言葉を繋ぐ。


「例えばアリス。お前はセルディナの学園に通っていたらしいが、仮にお前が成績で2位をキープしていたとする。」


「私はそんなに良い成績では無かっt・・・」


「そんな事は一々突っ込まれなくても当然解ってる。安心しろ。仮の話だ。」


「何だと!?」


 頬をパンパンに膨らませるアリスを無視してミストは話を続ける。


「お前の成績が2位だったとして、勢い良く成績を伸ばしている3位の者が居たとする。そんな中で、お前は大した努力もせずに2位をキープし続けられるか? 1位になる事は出来るか?3位に追い抜かれない自信は在るか?」


「・・・。」


「きっと追い抜かれるだろうよ。そうなれば、今まではお前に色々と訊きに来ていた者達もソイツに訊きに行くようになるだろう。人気は急落だ。その訊きに来る者達をさっきの話に置き換えれば『住人』や『移住者』、『訪問者』と言う事になる。」


「・・・良く解ったわ。」


 ムスッとした表情のままだったがアリスはそう答えた。


 確かにそういう事なら焦るのかも知れない。




 馬車が揺られに揺られて丸1日。


 ミスト達を乗せた馬車はマルキーダ公路を走り、漸く島最大の町マルキーダに到着した。






「大きな町だね。」


 アリスは賑やかな雑踏と建造物が所狭しと建ち並ぶ町並みを眺めて溜息交じりに呟いた。


 ミストの話を聞いてマルキーダの現状は把握したつもりだったが、この賑わいを見るとやはり馬車の中での話しは大げさなモノだったのでは無いかと思ってしまう。


「それは大きいさ。何はともあれイシュタルで2番目に大きい町である事に変わりはない。」




 さて・・・とミストは思う。


 帝都イシュタルで起きた謎の殺人事件を追って此処まで来たがどうやって情報を集めるか。やはり先ずはいつものやり方で行くか。その為にはこの2人は邪魔になる。




「先ずは宿を探すか。」


 ミストは提案する。


 其処に2人を放り込んだら奈落街に向かおう。






 奈落街。


 ならず者や犯罪者、町の経済活動から炙れた貧民達が集う鼻つまみの区画である。何処の国にも呼び方は様々なれどこう言った貧民街は必ず在る。貧民街が無いのはミストが知る限りセルディナくらいだろうか。そしてこう言った場所には悪党達が潜み、通常では得られない情報を大量に抱えているモノだった。




『行きたい!』


『一緒に行きたいです!』


 と駄々を捏ねる2人をムリヤリ宿屋に置いて来たミストは、初めてでは無いこの勝手知る奈落街の中を飄々と歩き進んでいく。




 貧民達が寄り添うエリアを更に奥に進むと怪しげな雰囲気が漂うエリアが姿を現す。このマルキーダの裏の世界を牛耳る悪党の根城だ。


 人攫い、違法な薬草の売買、暗殺、詐欺。


 擦れ違う人間、視界に入る人間の全てがそれらのどれかに手を染めている様な物騒極まり無い場所なのだ。此処は。


 こんな場所にノリアやアリスを連れて来たらミストが目を離した瞬間に掻っ攫われてしまうだろう。そして2度と会えなくなる事は請け合いだ。


 其れは兎も角、凡そ全うとは言えない其れらの行為を稼業にして手を染める彼等は『仕事』を成功させる為に沢山の情報を溜め込んでいる。そして同じ疵を持つ者達には商品として其の情報を売ったりもしているのだ。


 時折ミストもこう言った場所で情報を買うことが在った。




 鬱蒼とした木立の中に建つ薄汚い酒場の扉を開けるとミストは中に入ってカウンターに腰掛ける。


「・・・。」


 ミストを鋭い眼で見ていた主人のコンラードが暫くすると無言で水の入ったグラスをミストの前に置いた。


「・・・随分と久し振りじゃねーか。」


 ボソリと面白くも無さそうな声でコンラードがそう言うと負けないくらいに陰気な声でミストも答える。


「そうだな。少しばかりカーネリアの方に行っていた。」


「ほう・・・。」


 コンラードは興味を惹かれた様にミストをジロリと見る。


「儲けたのか。」


「其れなりにな。」


「羨ましい限りだ。」




 ミストは壁に貼られた雑なメニュー表の中から幾つか注文すると本題に入った。


「情報が欲しい。」


「どんな情報だ?」


「帝都で奇妙な殺人事件が起きている。」


 ミストの言葉にコンラードは訝しげな表情を見せる。


「だったら帝都の奈落街に行けば良いだろう。何でわざわざマルキーダ汲んだりまで来てそんな事を訊くんだ?」


「殺された人間は全員マルキーダ出身の人間らしい。しかも殺され方が異様でな。死体の上には一様に百合の銀細工が置かれていた。」


「百合の銀細工? 取り敢えず詳しく話せ。」




 コンラードが聴く気になったのを見てミストは概要を話し始めた。そしてカーネリアで可能な限り得ることの出来た殺された者達の情報をメモした紙片も使って説明する。




「ふーん・・・。」


 コンラードは胡散臭そうな眼でミストの手書きの情報を眺める。そして意外な事を言った。


「コイツら多分だが嘘を言っていたな。」


「嘘だと?」


「ああ。」


 コンラードは頷くと棚から麦酒を取り出して自分も呑み始める。


「例えば何人かがマルキーダで『魔術を学んでいた』と言ってた様だがマルキーダに魔術院は無い。」


「? 在っただろ。確かマルキーダの町外れに。」


「無くなった。4~5年前に潰れた。もし魔術目当てで動くんなら遅くとも魔術院が潰れたタイミングで動くだろ。其れに本当に魔術を学びたいなら、この辺だったらセルディナに行く筈だろう。イシュタルは光魔法と天央正教の聖地で在って魔術を学びに行くような場所じゃない。」


「・・・確かにな。」


「他の連中の情報もマルキーダの情報としては4~5年前のモノが多い。情報としては使い物にならないくらいに随分と古い、イマイチ怪しげなモノばかりだ。ホラ、この宝石商の奴も『アメジストをよく売っていた』らしいがマルキーダのアメジスト鉱山は閉山している。他所から仕入れていたにしても、そもそもイシュタルでは良く採れて出回ってたせいも在ってかアメジストは余り人気が無い。本気で稼ぎに行くなら、魔石の高級素材としてアメジストの人気が高いカーネリアやセルディナ辺りに売りに行くのが自然だと思わないか?」


 コンラードはミストにメモを返す。


「 ・・・恐らくだが・・・。」


 コンラードは麦酒をゴクリと1口飲むと言葉を続けた。


「コイツらは何処かの工作員なんじゃ無いか?」


「・・・何?」


 ミストの眉間に皺が寄る。


「組織の工作員が時々使う策だ。自分達の出所を隠す為に、一端は自分達の所から全く別の場所に移動して恰も其処からやって来た様に周囲に振る舞う。」


 確かにそう言った手口が在るのはミストも知っていた。


「もし綿密に準備を整えた奴らならこんなミスはしない。こんな古い情報を使って偽装しようと思ったのなら余程の間抜けか、其の情報が古いモノだと知らなかった他国の工作員か・・・まあ、そんな処だろうな。」


「・・・。」


 ミストは思案した。




 今の話は充分に考えられる。


 況してやコンラードは今でこそ古ぼけた居酒屋の主人などをしているが、裏の世界を長年歩いてきた男だ。その知見と状況を噛み砕く能力はミスト以上と言っても良い。少々見方が穿ちすぎる処はあるが。




 そして今のコンラードの話が呼び水となってミストの思考が進んだ。


『本気で稼ぎに行くならアメジストの人気が高いカーネリアやセルディナ辺りに売りに行くのが自然だと思わないか?』


 コンラードは何気なく言ったのだろうが、逆を返せばアメジストに価値を見出している国の工作員がイシュタルではアメジストの人気が余り無い事を知らずに『アメジストを得意とした宝石商』を名乗っていたとも考えられる。


 と、なれば先程コンラードが言った様に近隣ではカーネリアかセルディナだろうか。西側諸国も考えられるが・・・やはりカーネリアが臭い。悪名高いカーネリア王なら世界で禁止されている『紐付き』以外の斥候も構わずに放ちそうだ。


 まあ、そのカーネリア王の命も今や風前の灯火だが。




 ミストは黙って金貨を1枚カウンターに置く。


「今の話に関連しそうな情報は無いか?」


「と、言われてもな・・・。」


 コンラードは置かれた金貨を懐に仕舞いながら考え始めるがやがて首を振った。


「悪いな。話が不確定過ぎて何も思いつかん。」


「そうか。」


 まあ、仕方が無い。




 ミストは気を取り直して話を変えた。


 いずれアリスを帰すにしてもカーネリアやセルディナに立ち寄る際に何かネタを抱えて行きたい。


「カーネリアやセルディナ絡みで何か面白そうな話は無いか?」


 コンラードは再び思案しながら口を開く。


「・・・最近シュレットメッサ-の連中がウチに来て自慢していてたらしいな。」


「シュレットメッサ-・・・帝都の奈落街の奴らか。」


「ああ。何でもセルディナの貴族の使いが法皇の祭礼の儀に入れる手段を教えてくれ、と訊きに来たらしい。」


「貴族がわざわざ他国の奈落街にか? キナ臭いな。」


「正規の手順を踏まない辺り、明らかに何かを企んでるんだろうさ。」


 コンラードは事も無げにそう言う。


「それで方法を教えたら情報代を相当弾んだらしくてな、ソイツは随分と上機嫌だったな。」




 別に其れはどうでも良いが。


「何で祭礼の儀なんかに出たいんだろうな?」


「さあな。最近はセルディナとイシュタルの仲が良いらしいから『誰か高位の人間に内緒で自分も1枚噛んどきたい』とかそんな処じゃ無いか? 貴族の考える事なんて単純なモンさ。」


「・・・。」


 ミストは考える。




 貴族が法皇主催の祭典に出席したいと言う。例えばその貴族が熱心な天央正教信者で在るならば何の問題も無い。つまらない話で終了だ。


 ただ、異国の奈落街に情報を得に来ている時点でやましさは満点だ。恐らく熱烈な信者の可能性は薄いだろう。そしてそうだった場合、少しばかり面白い話になりそうだ。


 貴族とは間違い無く統治側の人間で謂わば俗世界の存在だ。これに対して法皇はと言えば確かに最高権力者では在る。但し敢くまで教会権力の最高権力者で在って、通常の貴族には余り利用価値の無い魅力の薄い権力だ。


 其れがわざわざ裏ルートを使ってまで祭典に入り込む情報を仕入れようとしている。此れは臭い。


 


「・・・その貴族の使いが何処の奴かは・・・。」


「そんな事は流石にバラすわけ無いだろう。」


「そうだろうな。」


 流石に其れは舐めすぎか。


「ただ、家紋らしきモノは隠してなかったらしいがな。こんな感じだったらしい。」


「・・・。」


 間抜けなのかわざと見せつけたのか。


 ミストは判断を付けかねたがコンラードが描く簡単な絵を眺めた。盾と剣が交差する絵が描かれている。




 まあ、覚えておいて損は無いだろう。ネタは1つでも多い方が良い。




 ミストが金貨をもう1枚置いて去ろうとするとコンラードが言った。


「そう言えばマルキーダでも魔動人形の研究を再開させるらしいな。」


「そうらしいな。まあ余り意味は無いと思うがな。」


 ミストは片手で挨拶をしながら酒場を出た。




 利益を得るには機運と言うモノが在る。其れを逃せば得られる利益は激減する。


 人気とて同じ事だ。『全く意味が無い』とまでは思わないが、自ら手放した文化を昔話に聞くような隆盛の時期にまで繁栄させるのは難しいだろう。


 況してや其の研究に携わっていた者達は疾うの昔にこの国を出て行っており、仮に子孫が研究を引き継いで居たとしても既に他国の人間となっている現在では最早不可能に近い。




 だからこそ侯爵と言う希有な爵位を掲げてこの地を治めていた筈のべスバルト侯爵家の名前がマルキーダの歴史書から消されているのだろう。そしてイシュタル皇家が其れを知らない筈も無く、其れでも何も言わないと言うことはマルキーダの判断を容認していると言う事だろう。


 自国の文化を他国に逃す様な愚かな血脈の領主は最初から居なかった、と。


 調べるのも面倒なのでする気は無いが、恐らくイシュタル帝国の貴族名鑑を調べてもべスバルト侯爵家の名前は出て来ないだろう。抹消されたか断絶の記録になっているか。恐らくはどちらかだと考えられる。




 何はともあれ、帝国の支配下に在りながらも一定の自治が認められているマルキーダの特異性の最大の要因は此処に在ると言っても過言では在るまい。




 どうでも良い事だが。


 ミストは煙管を蒸かして煙を吐くと煙管を懐に仕舞う。


 そしてまだ明るい冬空を見上げて一息吐くと、次の情報収集の場所を目指して歩き始めた。







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