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神の去った世界で  作者: ジョニー
第2章 邂逅
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13話 物見の塔


 ブリヤン=フォン=アインズロード伯爵及びセシリー=フォン=アインズロード伯爵令嬢護衛依頼の当日。



 シオンは朝霧が立ち込める一の鐘の時刻にアインズロード公邸にて出発の合図を待っていた。


「今日は宜しく頼む。」


「は、お任せ下さい。」 


 アインズロード伯爵は頷くと馬車に乗り込んだ。その後ろからパンツスタイルのセシリーも続く。


「おはよう、シオン。今日はよろしくね。」


「お早う御座います、セシリー様。お任せ下さい。」


 セシリーの笑顔が引きつる。


『また戻ってる!』


「あのね、シオン・・・。」


「何をしているセシリー、早く乗りなさい。」


 口を開き掛けたセシリーは伯爵に乗車を促されて言葉を飲み込んだ。何かブツブツと呟きながら馬車に乗る。


 それを見守っていた護衛隊の長らしき騎士が残り4人の騎士達と目配せをし、最後に馬車の入り口に立つシオンに視線を投げた。シオンが頷くと騎士長は静かに宣言した。


「出発。」



 公邸から目的地の物見の塔までは、馬車でおよそ1日の距離だ。


正午を越えた辺りで1団は郊外に出た。公都領内ではあるが雄大な自然が姿を現し始め、農民達が農作業に勤しむ姿が見られ始める。昼食は各々が携帯食等で済ませ、進める足を止める事はしない。



 馬上のシオンにそよぐ風が心地良い。少年は眼を細めながら風の薫りを楽しみつつ馬を進める。ふと、セシリーが馬車の中からシオンをチラチラと見ている事に気が付いた。


「どうかなさいましたか?」


 シオンが声を掛けると、セシリーは若干慌てたように顔を逸らしたが直ぐに視線を戻した。


「あの・・・馬の上って気持ちが良いのかな?と思って・・・。」


 セシリーがモジモジと話すとブリヤンが微笑みながら


「乗せて貰うといい。」


 と勧める。


「よろしいのですか!?」


 娘を溺愛しているブリヤンの台詞とは思えずにセシリーは意外そうな表情でブリヤンを見た。


「シオン君、構わないかね?」


 ブリヤンの言葉にシオンは頷いた。



 1団が止まると、馬車から降りたセシリーをシオンは抱き抱え、そのまま優れた脚力で自身諸共に馬上に乗り上げる。


「・・・!」


 突然、シオンに『お姫様抱っこ』をされてセシリーは真っ赤になりながら声にならない悲鳴を上げるが、視界が一瞬激しく揺れたかと思うとシオンの手綱を持つ両手に囲まれるようにして馬上の人になっていた。


「・・・」


 無言で馬に跨がり直すと、普段とまるで違う視界にセシリーは心を奪われた。


「わぁ・・・」


 思わず声が漏れる。


 視線が高い。いつもよりも遙か向こうまで視界が広がっていく。風の薫りも何だか違うようだ。太陽まで近くに感じる。


『最高だわ』


心が高揚し満面の笑みが浮かぶ。


 そんなセシリーに後ろからシオンの声が掛かる。


「大丈夫ですか?」


「ええ・・・。」


 景色に陶酔して頷いたセシリーはハッと我を取り戻すと、シオンを振り返り不満気に小声で抗議した。


「その口調やめて。」


 シオンは困った様な顔をする。


「しかし、今は仕事中ですので・・・。」


「貴方にそんな他人行儀な態度を取られたら、せっかくの気分が台無しよ。」


「うーん。」


「お父様の前では、あのままでいいから。」


 セシリーが譲歩すると、シオンは軽く溜息を吐くとセシリーの耳元に口を寄せて


「わかった。」


 と小声で返した。


 セシリーはビクリと身体を震わせたが、頬を赤らめながらも


「よし。」


 と満足そうに微笑んだ。




 シオンの操る馬に揺られながら、セシリーはシオンに聞いてみたい事があったことを思い出した。


「シオンはさ、多分アカデミーのやり方について色々と言いたい事が在りそうだよね。」


「どうして?」


「そんな顔を合同演習で何回かしていたから。」


 シオンはセシリーの観察力に少し驚いた。


「まあ確かに色々あるけどね。一番直した方が良いのは武術科と魔術科の交流がほとんど無い今の現状だな。」


 シオンの返答にセシリーは溜息を吐いた。


「凄いわね。一週間でそこに気付いちゃうか。」


「いや、それなりの冒険者なら誰でもそこに不満を感じると思うよ。」


「そうなのね・・・」




 セシリーの返答に引っ掛かるものを感じたシオンは尋ねてみる。


「何か知ってそうだな。」


「アカデミーも色々と柵みがあるそうよ。」


 セシリーはうんざりしたように呟く。


「そうか。」


「うん・・・。アカデミーが国庫を開いて造られたって知っているよね。」


「ああ。」


「あれはお父様の発案なのよ。そして公王陛下がどう思われていたかは兎も角、国で重職に就かれているお父様の提案を是とされた。要は公国の肝入り政策の1つであった事は間違いないのよ。」


 セシリーの眉間に皺が寄る。


「そして、そういう時に必ずしゃしゃり出てくる連中がいる。貴族だったり、学者だったり、宮廷仕えの人間だったり。普段は冒険者を粗野で下賤な輩と見下しているのに、公王陛下の名前が出た途端に掌を返して、政策の中に何とか自分の名前を残そうと無理矢理に意見をねじ込もうとする。」


「・・・。」


「本来なら冒険者の事を一番理解しているギルドの意見を取り入れるべきなのに、そんなものは必要無いって外したそうよ。・・・それで、お父様は興味を失って為すがままに任せてしまったの。」



 シオンは馬車内のブリヤンを見遣った。


『本当に興味を失っているのだろうか?』


 シオンの眼には伯爵が坦々と何かを狙っているかのように見える。勘に過ぎないが。



「聞いてる?」


「ああ。」


「でね、魔術科って貴族も入って来るのよ、私みたいに。魔法って特別なイメージが強いから選民思想を持つ貴族には憧れの能力なの。でも魔法を専門で教えてくれる場所なんて魔術学院くらいしか無いし、あそこは最初から魔術に造詣の深い人達が入ってくるから気軽に行ける場所じゃ無いのよね。だから、1から魔法を教えてくれるアカデミーは打って付けな訳よ。」


「そう言う事か。つまり平民がほとんどの武術科とは分けたい、と。」


「そう。アカデミーの趣旨なんて無視して自分達の都合だけで分けてしまったのよ。」


 セシリーは心から不機嫌そうに言い捨てた。


「どう思う!?」


「論外だな。」


「でしょ!?」


 彼女は本当に気に入らないようだ。



 夜を野営で過ごし、翌朝、二の鐘が鳴る頃にようやく『物見の塔』が見えて来た。



 この物見の塔の最上階で受け渡しが行われる予定だ。


 見張りの兵から、既に客は到着して最上階で待っている旨を告げられると、1団は騎士達を表の見張りに残し、塔の内壁に据え付けられた螺旋階段を登っていく。




「エバンズ司祭殿、お待たせして申し訳ない。」


 セシリーとシオンを伴って入室したブリヤンは、先客に遅くなった非礼を詫びる。


するとブリヤンと同じ年齢くらいの法服に身を包んだ男がにこやかに笑いながら3人を迎え入れた。


「いやいや伯爵殿、お気になさらず。我々も先ほど到着したばかりです。」


エバンズ司祭の後ろに控えている2人の法服の男達もブリヤンに対して礼を施す。


続いてセシリーとシオンが挨拶をする。


「さて、早速で申し訳ないが・・・。」


「分かっておりますよ。これが例の物です。」


 そう言って司祭はブリヤンに小さな木箱と封筒を渡す。中身を確認したブリヤンは


「確かに。」


と頷く。


 簡素な長机に椅子を並べただけの席に全員が腰を下ろすとブリヤンが口を開いた。


「エバンズ司祭殿。この度は我らの要望に応えて頂き、イシュタル大神殿のご厚意には感謝の意に堪ええません。教皇猊下にはくれぐれも宜しくお伝え頂きたい。」


「承りました。いや、こちらこそ永きに渡りケイオスマジックの正体を研究し続けているアインズロード家と繋がりが持てた事を嬉しく思っております。・・・しかしオディス教をご存知とは驚きました。いや、むしろその名が親書に書かれていたからこそ猊下も許可を出されたようです。」


 司祭の返答にブリヤンは難しい顔をする。


「我々もオディス教の名前だけは以前から知っていた。だが、どの文献を調べても詳細は載っておらずどのような教団なのかは掴めていなかった。故に、今回の資料提供は研究の前進に大きく貢献してくれるものと期待しているところです。」


「ご注意なさいませ。彼の教団は伯爵殿の手に資料が渡った事を知っている可能性も御座います。」


 エバンズ司祭の忠告にブリヤンは頷く。




 シオンがスッと席を立った。


「?」


 皆の視線が集まる中、シオンは剣の柄に手を置いて部屋の一角を睨んだ。


「そこに居る者、出てこい。」


「!!」


 全員が弾かれたように立ち上がった。


 ブリヤンはセシリーを背後に隠して剣を抜き、セシリー自身もロッドを構える。司祭達はセシリーを囲むように立って、経典を開き光魔法を唱えられように準備する。


「・・・ここには剣の手練れが2人と魔術師が4人いる。抵抗は不可能だぞ。」




 シオンが更に言葉を放つと、陽の影になっていた部分が揺らぎ、場違いな子供の声が響いた。


「確かに争うとなれば面倒な構成だな。」


 影の揺らめきが増し、スッとベールが剥がれるかのように影が払われ、1人の幼い少女が姿を現した。


陽の光と蜂蜜を混ぜ合わせた様な豪奢な金髪と深い翠色の双眸がやけに印象に残る。


「形在り知恵有る者の業かな・・・。安心せい。別段、惑わすつもりも無いわ。」


 年老いた者のような口調が似つかわしくない。


「カンナ・・・。」


 シオンは呆れたような口調で少女の物らしき名前を口にして剣の柄から手を放した。


その様子を見てカンナと呼ばれた少女は愛らしく微笑んで見せる。


「フフフ。旧知の仲に妖刀を向けようなど、酷い奴だな。」


「お前が不必要に姿を隠すからだ。」


 責めるような口調だが、シオンの眼に浮かぶ光は優し気だ。



「シオン君、・・・その少女は何者かね?」


ブリヤンの問いにシオンは伯爵を見て答えた。



「彼女の名はカンナ。『伝道者』と呼ばれる者です。」







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