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神の去った世界で  作者: ジョニー
第3章 動乱のイシュタル
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43話 会談



 ルーシーとルネをメルライア大森林に送ったシオンが帝都イシュタルに戻って来たのは深夜になってからだった。




 帝都の大正門付近に着地したシオンは、そのまま大正門に向かう。




 見上げても容易に天辺を覗かせない程の高さを誇るイシュタル大正門は、その幅も並列に並んだ騎馬が20騎同時に入退場出来る程の広さを誇る。


 両扉になっている巨大且つ分厚い鉄製の門扉は当然人力では動かし難く、地下深くを流れる水流とその力を利用した歯車を使って機械的に開閉する仕組みを取っている。


 間違い無く世界最大の重厚さを誇るイシュタル大正門の前には、騎士や兵士が常時100人程控えており彼等が寝泊まりする為の詰め所が直ぐ横に備えられていた。




 文字通り鉄壁の護りを誇る大正門でシオンは忠実に役目を遂行する門兵に自らの通行証を見せて帝都内に入る。




 不夜城の異名を持つ帝都は深夜となっても大通りに人の足音が途絶える事は無い。


 居並ぶ酒場から笑い声と怒鳴り声が通りに漏れている。


 呑み終えた男達を待ち伏せしていた花売り娘達が店に誘い、乗った男達の腕を取って路地裏に連れ込んでいく。その先には花売り娘達が働く店が在る。


 その他にも夜にしか開かない怪しげな店も在れば、夜遅くに辿り着いた旅人達を案内する宿の呼び子の声も通りに響いている。




 そんな中央通りをシオンは歩いて行く。


 このまま真っ直ぐ行けば帝城イシュタルに辿り着く。かなりの時間を費やす事にはなるが。シオンが飛んで行こうかどうしようか思案していた時だった。




「シオン様ですか!?」


 後ろから声が掛かった。




 振り返ると先程の門兵が馬を連れて走ってきていた。


「?・・・そうですが。」


 少し急いた感じの門兵の様子に首を傾げながらシオンが肯定すると門兵はホッとした表情を見せた後に敬礼した。


「良かった、見逃すところでした。申し上げます。王城よりの伝達でシオン様には至急リンデル殿下の下に戻られるようにとの事です。」


「殿下の下に・・・。解りました。ではその馬をお借り出来ますか?」


「は、どうぞお使い下さい。」


 門兵は生真面目な表情で馬の手綱をシオンに手渡す。




 至急・・・と言う事は何かが起きたか、事件の謎が解明されたか、なのだろう。いずれにせよ早く事件を解決してルーシーの下に戻りたいシオンとしてはこの呼び出しに期待せざるを得ない。




 シオンは馬に跨がると夜の街道をひた走らせる。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




「ああ、シオン君。深夜だと言うのに申し訳無いね。」


「いえ、お気になさらず。それよりも何か在りましたか?」


 勧められたソファに腰掛けながらシオンはリンデルに尋ねた。


「うむ・・・。」


 リンデルは一瞬だけ口籠もったが懐に手を伸ばすと1枚の紙片をシオンに差し出した。


「此れを見て欲しい。」


「・・・!?」


 受け取ったシオンの表情が険しくなる。




 逆三角形を基本とした蛇を思わせる紋章。セルディナで見た紋章とは細部が違うが間違い無くオディス教の紋章だった。




「此れはオディス教の紋章・・・。」


 シオンの呟きにリンデルの眉間も険しくなる。


「やはりそうか。」


「やはり・・・とは? ご存知だったのですか?」


 シオンが首を傾げるとリンデルは頷いた。


「ああ。大干渉が終わった後、セルディナ公国で歓迎を受けてな。そのパーティーの時にアスタルト殿下からお聞きした。『この様な紋章が国に出回り始めたら注意されよ。』と御忠告を頂きながら。この紋章はセルディナを席巻したオディス教徒の紋章とは幾分違う様だが同じ事だろう。」


 シオンは紋章の描かれた紙片をリンデルに返しながら尋ねる。


「此れは何処で見つかったんですか?」


「父上の寝所だ。」


 リンデルの返答にシオンの手が止まった。


「は・・・?」


「父上の・・・皇帝陛下の寝所だ。」


「何ですって?」


 シオンの表情に驚愕の色が広がる。


「陛下の寝所に断り無く入れる者は極々限られている。寝所を整える侍従と近衛兵のみだ。他の者は、私や兄上達でさえも入室する際には近衛の許可を必要としている。当然、そう言った立場である事から侍従や近衛兵達の身辺は厳正に調査してある。とは言え彼等が今の立場になってから時間も経っている故に現在、再度の身辺調査をしてはいるが・・・恐らく問題は無いと思われる。」


「つまり・・・。」


 シオンがその先を促すと、リンデルは溜息を吐いた。


「・・・オディス教徒もとんでもない事をしてくれるモノだ。寄りにも余って父上の寝所に忍び込むとはな。」


 呆れた様な口調では在るがリンデルの視線には厳しいモノが込められている。




 地上最大の帝国の長、イシュタル帝国皇帝陛下の寝所に侵入し自らの存在を露わにして立ち去ったのだ。大胆不敵などと言う言葉ですら生温い。




「舐めた真似をしてくれる。」


 その声には怒りも籠もっていた。




「しかし・・・。」


 シオンは首を傾げる。


「何か違和感を感じますね。連中の狙いは何でしょう?」


「やはりそう思うかね。」


「はい。」




 わざわざ紋章のみを置いて立ち去った理由が解らない。


 皇帝を暗殺した後に紋章を残して混乱を招く、と言うのであれば話は解る。オディス教徒の目標にも合っている行動と言えよう。


 だが今回は紋章を置いて行っただけだ。




 シオンには其処が理解出来なかった。


 そんな事をしても自らの存在を明かしてイシュタルの警戒心を高めるだけで、連中にとってはデメリットしか無い。




 そんなシオンにリンデルは1つの仮説を提示する。


「仮説に過ぎないが・・・父上の暗殺を差し置いてでも我々イシュタルに要求したい何かが在るのかも知れん。」


「要求ですか。」


「そう。今回のように『自分達は何時でも皇帝を暗殺出来るぞ』と侵入して見せ『其れが嫌なら此方の要求に従え』と話を進めてくる。犯罪組織が良く使う手段だ。このオディス教とやらも其の策を使っているのかも知れん。」


「なるほど。」


 シオンは得心する。




「其処でだ。」


 リンデルが僅かに身を乗り出した。


「連中の狙いは何だろう? 正直、我々には狂信者達の要求内容など全く見当が付かないんだ。1度ならず連中と交戦した君ならば何か思い当たる事が在るのではないかと思って来て貰ったんだ。」


「と、言われましても・・・。」


 そう言われてもシオンとて見当が付かない。


 確かに何度も連中と戦いはしたが連中の思考など理解した事は無い。




「そうか。」


「申し訳在りません。」


 シオンが頭を下げるとリンデルは首を振った。


「いや、構わない。一応、君以外にも意見を聞けそうな所に・・・イシュタル大神殿にも声を掛けている。明日にも主教か大主教が来てくれよう。」


「そうでしたか。」


「その際には君と竜王の巫女殿にも同席して貰いたいのだが。」




 あ、とシオンは表情を変える。


「実はルーシーは・・・。」


 シオンはリンデルにルネとの事を話した。


「なるほど森の守護者に・・・。確かにメルライア島は未だ自然に満ち溢れた未開拓の地が多い場所だ。神秘的な存在が居てもおかしくない。まあしかし、其れならば仕方が無いな。ではシオン君だけでも同席して貰いたい。」


「畏まりました。」


 ヤートルードの存在は敢えて話さなかったが、リンデルが納得してくれたのでシオンはリンデルの要請に素直に了承する。






 そして謎の殺人事件は起こらない夜が過ぎて翌日。二の鐘も鳴らぬ内にイシュタル大神殿からの使いが到着した。




 やって来たのは大主教が2人。1人はヘンリーク大主教だったが、もう1人はシオンが見た事の無い大主教だった。


「竜王の御子殿に於かれては初めてお会いさせて頂きますな。」


 細身のヘンリークと比べると、かなり太目の体格をしている男がシオンに挨拶をする。


「イシュタル大神殿にて大主教の座を預かっておりますリカルドと申します。以降、お見知りおき願います。」


 リカルド大主教の挨拶にシオンも返礼する。


「初めまして、リカルド大主教殿。シオン=リオネイルと申します。」


「お噂はかねがね。今、一番世界を賑やかしておられる御仁だとか。」


 リカルドは笑みの中に若干の侮蔑を交えてシオンに言葉を返す。


 シオンは微笑んだ。


「私も貴男のお噂については聞き及んでおります。何でも何方かの大主教殿と反りが合わず常に反目し合っている有名な方だとか。世界最大の宗教とも言える天央正教でも1枚岩に成れないとは・・・人の世と言うモノは世知辛いですね。」


「なっ・・・!」


 思いも掛けない厳しい皮肉にリカルドは絶句した後に怒鳴ろうと口を開き掛けて・・・リンデルが居る事を思いだし口を閉じた。しかし視線だけは憎々しげにシオンを睨み付けている。




「シオン殿。」


 リンデルがシオンを窘めるとシオンは頭を下げて一歩下がる。




「さて、では折角お越し頂いた御二人に無駄な時間を過ごさせるのは申し訳無い。是非、御二人からは今回の問題についてお知恵を拝借させて頂きたい。」


 リンデルが変わらぬ笑顔でそう言うとヘンリークが同じく笑顔で頷いた。


「そうですな。何やら只ならぬ事が起きている模様。法皇猊下も今回の件をイシュタル全体の危機と捉えられております故、殿下方に確りとお力添えするよう我々もきつく言われております。」


「有り難い。法皇猊下に於かれてはその寛大な御心に感謝するばかりです。」




 用意された席に4人は腰を下ろす。


「では御二方とも。事の概要は既にお聞きになっていらっしゃるとは思うが私から今一度詳しい内容を説明させて頂く。」


 リンデルはそう切り出して2人の大主教にあらましを語って聞かせた。




「なるほど・・・。」


 ヘンリークが腕を組みながら背もたれに身を預ける。


「我々が聞いていたよりも事態は急を要する様ですな。」


「・・・実際には一刻の猶予も無いと言っても良い。其処で御二人からお借りしたい知恵とは『連中から要求が来るとしたらどんな内容のモノが来るのか』と言う点だ。」


「不愉快ですな。」


 リンデルの問いにリカルドが鼻を鳴らした。


「斯様な邪教と我々の天央正教を一緒くたにされるような問われ方は侮辱されて居る様にも聞こえますな。」


「無礼は重々承知の上。だが我々としては信頼出来る宗教組織と言えば天央正教しか知らぬのだ。聖と闇。正反対の存在とは言え、神の教えに対して素人である我々よりは貴男方の方が核心を突いた予測を立てられるのでは、とお縋りする次第なのだ。」


「栄えあるイシュタル皇家に其処まで信頼して頂けるとは誉れの至りですな。」


 ヘンリークが笑顔で応える。が、直ぐに表情を顰める。


「しかし・・・殿下も仰られた通り天央正教とは相反する集団である以上、確かに予測は難しい。天央正教は規律厳しく己を律する処から始める教えに対し、オディス教と言う其の邪教は『目標達成の為ならば何をしても構わない』と言う混沌の極みとも言える様な存在。・・・敢えて言うなら善人に悪人の思考を読み取れ、と言っている様なモノで流石に難しい。」


「そうか・・・。」


 リンデルは少し残念そうに了承した。




 リカルドは険しい視線でヘンリークに視線を投げると口を開いた。


「しかしヘンリーク殿。貴男なら多少なりとも理解が出来るのではないか?」


「どう言う意味ですかな?」


 返すヘンリークにリカルドは口の端を上げた。


「普段から貴男は天央正教の閉鎖的性質について苦言を呈しておられるではないか。オディス教とやらは極端とは言え貴男が理想とする『開かれた教え』の行き着く先はこのオディス教の様になるのではないか?」


「リカルド殿。物事には限度と言うモノがある。開かれた、と言うのは敢くまでも万人が受け容れやすい体制に変革すると言う意味だ。誰が滅びの道など目指すものか。」


「だが、物事とは個人の思惑に従って動いていくような生易しいモノでは無い。規律厳しくせねば必ず当初の思惑など超えて暴走を始める。特に宗教は人々に癒やしを与え、信仰を集める存在。暴走すれば歯止めは効かなくなるのは目に見えているのだ。天央正教は此れまで通りで良いのだ。」




「待たれよ、御二方。」


 リンデルが片手を上げて2人の舌戦を止めた。


「論争はまた別の機会にやって頂けると有り難いのだが。」


「これは失礼致しました。」


 若干、渋面を作って見せる第3皇子の表情にヘンリークは頭を下げる。リカルドは不満げな顔を隠しもせずに顔を背けた。




「では、改めまして・・・。」


 ヘンリークは表情を整えて話を戻す。


「確かに我々も邪教徒の考えを読む事は難しい。だが、逆に考えれば我々が望まぬ事を想像したら連中の要求に近い発想が生まれるやも知れませんな。」


「ほう・・・。」


 リンデルは興味深そうに身を乗り出した。


「例えば?」


「そう、例えば・・・我々が最も望まぬ事は人々が神の救いを必要としなくなる事でしょうか。」


「そんな事が起こり得るのだろうか?」


 リンデルは首を傾げる。




 民衆から宗教を切り離すのは如何なる強権を使っても不可能だろう。寧ろ強引に宗教を取り上げようとしたら民衆にどれ程の不満が鬱積される事か想像も着かない。


 其れほどに宗教とは人々の救済を求める心に寄り添った存在だ。




「確かに民衆が『救いを求めない』と言うのは考えられない。だからこそ其れを無理矢理国が取り上げる。皇帝陛下のお命と言う唯一無二のモノを引き換えに求めてくるとしたら、そのくらい突拍子も無い要求をしてくると言う可能性が在るのではないでしょうか?」


「・・・出来る筈も無い。」


 暫しの沈黙の後リンデルは苦々しく声を絞り出す。




 もし本当に其れをやってしまえば暴動は必至だ。必ず帝国の根幹を崩してしまう事だろう。だが皇帝を暗殺させる訳には断じていかない。




 ヘンリークは苦笑した。


「まあ、今のは単なる想像です。何かの事実を参考に推察した訳では無い。ただ、そう言った最悪の要求も考えられると言うことです。」


 黙って聞いていたシオンが口を開いた。


「もし本当にそんな要求が為された場合、ヘンリーク大主教はどうされれば良いと思われますか?」


「そうですね・・・。」


 ヘンリークは思案してみせる。


「・・・一端はお受けなさるが宜しいかと。」


「何を仰るか。」


 リンデルが驚いて声を上げる。


 ヘンリークはそのリンデルを両手で制する。


「まあ、お聞きなさい。受けはするが即座には行えない旨を相手に伝えるのです。期間は・・・そうですね、半年も設ければ時間を稼げたと言えましょう。我々はその間も変わらず人々に救いを説きます。殿下達には於かれては、先ず皇帝陛下の寝室にどうやって連中が辿り着いたのかを調べ対抗策を水面下で練るのです。」


「うむ・・・。」


「この帝国は皇帝陛下と法皇猊下の御二方の下に纏まっている状態が現状です。どちらの方にも斃れて頂くわけにはいかない。」


「解った。陛下に言上してみよう。」


 第3皇子は何とか頷いて見せる。




 ヘンリークは破顔した。


「良かった。これで我々も来た甲斐が在ったと言うもの。」


 そんな横顔をリカルドが苦々しげに見遣る。




「何はともあれ御二方。本日は御協力賜り感謝します。」


 リンデルが礼を述べ、シオンが頭を下げた。




 急な会談はこうして終わりを告げた。





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