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神の去った世界で  作者: ジョニー
第3章 動乱のイシュタル
135/214

39話 守神



 

 纏わり付くような冷気がルネを包みエルフの娘はブルリと身体を震わせた。




「・・・。」


 薄らと切れ長の双眸が開かれルネは身体を起こした。周囲は既に薄明かりに包まれている。巨樹達の向こうの天空では既に陽が昇っているのだろう。




 巨樹の太い枝から身を翻すとルネは近くの葉っぱに口づけるとソコに溜まった朝露を口に含んだ。数度繰り返して喉を潤すとルネは身を翻して地面に着地する。


 ルネは再び精霊達を呼び出すと道案内をお願いして歩みを進め始めた。




 相も変わらず漂う濃い霧はまるで白い闇だ。


「あとどれ位かしら?」


 前方を漂う白い光に話し掛けると囁きが返ってくる。


『○△□×☆・・・・』


 其れを聞いてルネは溜息を吐いた。


「そう、まだ先なのね。」




 1時的にとは言え12神を辞めた彼女は既に翼を生やす力が無い。


 降臨した時の翼が最後の力だったのだから「降臨する場所をもっと慎重に選ぶべきだった」とルネは軽く悔やむ。




 午前中を歩き通して昼になった頃、視界に変化が訪れた。




 大樹が切り開かれ、幾つかの簡素な家が見えて来たのだ。家は全て大樹の太い枝等に跨がって作られており一目で知有種の集落だと解る。


 無言でルネは集落の様子を見ていたが、やがてゆっくりと集落に近づいた。




「・・・。」


 視線は感じる。


 恐らく各家々の中から覗いているのだろうが姿は見せてくれない。




 集落の中心地辺りまで来たがやはり住人からの反応は無さそうだ。


『・・・姿を見せてはくれなさそうね。』


 あわよくば何らかの情報でも仕入れられれば・・・と考えていたのだが、どうやら無理そうだ。




「ふぅ・・・。」


 軽く溜息を吐くとルネは集落を離れて目的地へ急ごうと歩く速度を速め出す。と、その時『ヒュンッ』と風切り音が響きルネは咄嗟に身を転がした。


 ルネが地面に突き刺さった矢を確認すると同時に殺気と気配がルネに襲い掛かった。


「!」


 視線を向ければ若いエルフが3人、細身の剣を振りかざしていた。




 ルネは身を退きながら神剣エストナを抜いて振り下ろされた剣を弾き返した。


「!?」


 驚愕するエルフのガラ空きになった胴にルネはエストナを突き込もうか瞬間悩んだが、思い直して強靱な足腰を捻らせて右脚で蹴りを叩き込む。


「ウグッ。」


 エルフは呻きながら後ろに転がった。




 左右からルネに襲い掛かろうとしていた2人のエルフが驚いて一瞬動きを止める。僅かな時間ではあったがルネにとっては充分な時間だった。


 瞬時に風を巻き起こすと其れに乗って右側のエルフに逆に襲い掛かった。


「!」


 エルフの引き攣った表情がルネに向けられた時にはエストナの柄が男の額を打ち抜き、続いて彼女の鍛え上げられた左脚の膝が腹にめり込み若いエルフは蹲った。


「こ・・・この女・・・!」


 残った最後の1人が焦りながら剣を構え直すのを横目に見ながら、ルネは更に風を加速させて男に正面から斬りかかる。


「グッ!」


 切り結んだ瞬間にルネはそのまま身体をぶつけてエルフを吹き飛ばした。


 地面に転がったエルフの鼻先にルネはエストナの剣先を突きつける。


 


 その時、嗄れた声がルネの耳に届いた。


「女の身でありながら男3人の奇襲をいとも簡単に弾き返すとは・・・強いな。お若いの。」


「!」


 ルネは声がした方向に振り返る。




 1つの家の陰から老人が現れる。


 彼もまたエルフの様だ。


 ボロの様な着物を纏った見窄らしい姿のエルフの老人は暫くルネを見ていたが再び声を掛けてきた。


「奇襲を仕掛けたことは謝罪しよう。命を奪おうと思えば全員の命を奪えた筈なのに生かしておいてくれるとは・・・こちらに非が在った様だ。どうか剣を収めてくれんか?」


「・・・。」


 ルネは黙ってエストナを鞘に収めた。




 其れを見て老エルフは警戒の表情は浮かべたまま、其れでも頭を下げる。


 そして尋ねた。


「お前さんは何者か? こんな森の奥まで来て四方や只の旅人とは言うまい。」


「・・・そうね。」


 ルネは頷いた。




 このメルライア大森林を旅する物好きは居ない。


 広大すぎるこの大森林地帯は、行けども行けども代わり映えのしない大樹の群ればかりで確実に自分の居る位置を見失う。入れば出て来られないと有名な迷いの森なのだ。


 この森で生活が出来る知有種は森の友人であるエルフか半精霊のノームくらいのものだ。




「確かに旅人では無いわ。」


 ルネが答えると老人は何とも言えない表情で尋ねる。


「では何しにこんな森の奥深くまで入って来た?」


「巡礼に。」


 ルネが答えると老人は意外そうな表情に変わった。


「巡礼・・・? 何の巡礼だ?」


「森の守神様への巡礼よ。」


「・・・守神様に・・・。」


 老人から警戒の色が薄まっていく。


 同時に周囲から此処の住人で在ろうエルフ達が次々に姿を現し始めた。




 彼等は「友好的な表情」とは言い難いが、警戒しているといった表情でも無かった。どちらかと言えば戸惑いに似た表情が浮かんでいる。


「・・・守神様・・・?」


 若いエルフ達は存在そのものを知らない様だった。


 しかし最初に話し掛けてきた老エルフを含めて数人の老いたエルフ達の表情は明らかに存在を知っている風だった。


「・・・まさかお前さんの様な若いエルフからその御名を聞こうとは・・・。」


「シャイ老。守神様と言うのは何でしょう?」


 若いエルフの1人が老エルフに尋ねる。


「守神様と言うのは・・・。」


 シャイ老と呼ばれた老エルフが若いエルフの質問に答える。


「・・・旧くよりこの森を護って来られた主様だと言われている。儂ら年寄りもそのお姿を拝した事は無いがな。」


「其れでは居るかどうかも解らないのではありませんか?」


「居られる事は間違い無いらしい。先人達からはそう聞いている。」


「・・・。」


 若いエルフ達の表情に困惑の表情が浮かぶ。


 人間の町に溶け込んだエルフ達はともかく、森を友として生きるエルフ達に偽りや不確かな発言は無い。故に言い伝えは本当なのだろう。しかし在った事がある者が1人も居ないのではやはり信憑性に欠ける。




 ルネは迷ったがある程度の情報を明かす事にした。このままでは話が進まず彼等が情報を持っているかどうかすら判断出来ない。




「守神様は居るわ。」


 ルネの言葉にエルフ達は視線を向ける。




「お若いの。何故断言できるのかな?」


「・・・以前に会った事が在るからよ。とは言えもう随分昔の記憶だから場所は覚えていないのだけどね。」


「・・・。」


 シャイ老はルネを見つめる。


「偽りを言っている様には見えぬが・・・お前さんは何者か?」


「詳しくは言えない。ただ森と風と精霊を友とする知の民の1人よ。」


「その物言いは・・・。」


 シャイ老の表情に驚きの色が浮かぶ。


「神話時代のエルフ達の心の文言ではないか。真なる神々に祝福を賜った者達が森のエルフ達に贈ったとされる言葉・・・。」


 老いたエルフは何かしら思う事が在るのかルネに対して物腰が少し柔らかくなった。


「・・・お若いの。名を聞かせて貰えんか?」


「ルネ。」


 シャイ老は頷いた。


「ルネ殿。どうやら貴女は我々には想像が及ばぬ秘密をお持ちの様だ。だが尋ねるのはよそう。」


「お心遣いに感謝するわ。」


 ルネが一礼するとシャイ老も一礼する。


「其れでルネ殿。敢えてこの集落を通過しようとしたからには何らかの意図が有っての事だと察するが用向きはどの様なモノかな?」


「私が目指す守神様の座する場所は、この集落の先に在ると思うのだけど・・・この地の先の情報について知っていることが有れば教えて欲しいと思ったの。」


「この先か・・・。」


 シャイ老は集落の先の闇を見遣った。


「・・・ルネ殿の欲しい情報かどうかは解らないが・・・。この奥・・・半日ほど進んだ先の崖に洞穴が在る。数年前に1度だけ其処から凄まじい力の波動を感じた事がある。まるで・・・燃え盛る炎の様な力だった。」




 充分だ。


「有り難う。」


 微笑んで礼を言う。


「其処で間違い無い。其処が私の目指している場所だわ。」


 ルネはそう言って先へ進もうとするとシャイ老が呼び止めた。


「待ちなされ、ルネ殿。」


 老いたエルフは1度住居に戻ると暫くしてから戻って来た。


「此れを持っていきなされ。」


 差し出された手には数本の投擲用ナイフと携帯用の食料、其れに紋章の刻まれたペンダントが有った。


「食べ物と武器は嬉しいわ、有り難う。・・・このペンダントは?」


「そのペンダントに刻まれた紋章はこの森に住むエルフ族からの信頼の証。持っていくが良い。」


 その言葉を聞いてルネは少し戸惑った。


「信頼の証・・・そんな価値ある物を頂けるほどの何かを私は貴方達に示してはいないけど・・・。」


「確かにな。だが貴女には何か感じるモノがある。・・・そうだな先を見れば今渡しておくのもアリと言う事だ。持って行きなさい。」


「そう・・・では有り難く。」


 ルネは額に押し戴くとペンダントを懐に仕舞った。


「貴女の旅に森と精霊の導きが在らん事を。」


 シャイ老の祈りにルネも返礼を交わして集落を後にした。




 集落を出ると途端に周囲の気温が下がった様に感じた。白い吐息も白い霧もどんどん濃くなっていく。逆に森の暗闇は木々の密度が増していくに相俟って更に暗くなっていく。




 静寂と冷気に包まれた森をルネは歩き続け、再び陽が中天に差し掛かったであろう頃に漸くシャイ老が話していた崖の前に出た。


 巨大な岩の壁を見上げるが天辺は雲に隠れて見えない程に高く聳えている。


「・・・。」


 ルネは洞穴を眼で探すが見当たらない。




 風の精霊を呼び出すとルネは崖に沿って歩き始める。


 ややもせずに精霊達が崖の少し高い位置で戯れ始めた。やがて魔法に依って隠されていた力が解かれてその場所に大きな穴が現れる。


 ルネは精霊に風を起こして貰いソレに乗ってフワリと舞い上がった。苦も無く洞穴に着地するとルネは中の様子を探るために洞穴の奥に風の精霊を飛ばした。


「・・・ダメか。」


 大気が揺らがない洞穴の奥では風の精霊の力が届かない。




 ルネは神剣を引き抜くと奥に向かって歩き始めた。


 通常ならこう言った人の入らない洞穴には様々な生物が棲むモノだが命の気配は感じない。苔生した岩肌と洞穴特有の湿った空気以外に変化のない空間をルネは何者にも邪魔されずに進んで行った。


 暫く進むと鼻を突く様な異臭が漂い始める。




 やがて前方から明かりが漏れてくる。


 明かりの向こうは目を疑うほどの巨大な空間だった。遙か上空の高い天井には大きな穴が開いており其処から明かりが差込んでいる。




 そしてその空間の中央に蹲る巨体は。


 大きな乱喰い歯。長く太い首。今は閉じられている巨大な翼。そして漆黒の巨体は頑強な鱗に覆われている。




 其処には漆黒のドラゴンが座していた。




 その双眸は閉じられて眠りについているのが解る。


 ルネは息を1つ呑むとドラゴンに声を掛けた。


「・・・お久しぶりです。守神『ノーデンシュード』様。」




 その途端、ドラゴンの寝息が止まった。ゆっくりとその双眸が開かれ紅い瞳がギョロリと動きルネの姿を捉えた。


 ドラゴンの思念がルネに飛んでくる。


「私の名は『ヤートルード』。『ノーデンシュード』は我が母の名前だ。」


「母・・・。」


 ルネは呟いた。




 言われて見れば、幼い頃にクリソストに連れられて来た時に会ったドラゴンは色味が若干だが赤味を帯びていた気がする。




 ルネは非礼を詫びた。


「申し訳ありませんヤートルード様。失礼致しました。」




 ドラゴンはルネを見下ろしながら尋ねる。


「・・・小さきエルフの娘よ。何故に我が母の名前を知るのか? 我が母は500年も前にこの地にて魂を手放した。人としては長寿のエルフとは言えその名を知るはずも無いのだが。」


「・・・私は先日まで天央12神でした。生まれは神話時代になります。」


「!」


 ドラゴンの身体が身動いだ。




「天央12神・・・。長く生きてきたが初めて見るな。ではお前は真なる神々に見出されて天に上がったのか。」


「はい。ですが様々な失態を重ねて初代の天央12神は皆、その座を退きました。私もその1人です。」


「・・・なるほど、確かに母は神話時代に生を受けている。お前が神話時代の生まれであるなら出会っていてもおかしくはないか。」


 ドラゴンは得心がいった様に僅かに双眸を閉じる。




「其れで我が眠りを妨げたエルフの娘よ。如何なる用で此処に訪れたか?」


 ヤートルードの問いにルネは頭を下げた。


「竜の眠りは神聖な眠り。其れを妨げた非礼は謝罪致します。此処に訪れた理由は教えを乞うため。」


「教えと・・・?」


「はい。」


 ルネは頷く。


「ヤートルード様は『最奥のアートス』と言う魔神の名前をご存知でいらっしゃるでしょうか?」




 ルネには確信に近い推測が在った。


 『最奥のアートス』は活動している。或いは何時でも活動を開始出来る様な状態に在る、と。そうでなければ反対属性の主神で在ったゼニティウスの接触になど応じる筈が無い。




「最奥のアートス・・・!」


 そしてヤートルードの反応はルネの予測を超えて激しい怒りが滲んだモノだった。


「その名を知っているのか。・・・奴は我が母ノーデンシュードを殺した許し難き魔神。」


「!・・・ノーデンシュード様を・・・!」


 ルネの表情が歪む。


「あの心優しき守神様を・・・。」


 ヤートルードはそんなルネを眺めてから語りかけた。


「其方は我が母と言葉を交わしたことがあるのだな。」


「はい。我が師に連れられた時にお言葉を頂きました。『絆を大切にしなさい』と言うお言葉を優しい眼差しと供に。そのお言葉は確かに私の行動の指針の1つでした。」


「そうか・・・。羨ましい事だ。」


 ヤートルードの言葉にルネは首を傾げた。


「羨ましいとは・・・?」


「私は母の言葉を知らぬ。母がアートスと戦ったのは私が幼かった頃故に、その頃の私には母の言葉を理解する事が出来なかった。」


「そうでしたか・・・。」


 ルネはなんと言葉を返して良いのか解らなかった。


「だが母は私が成長した時の事を思ってか言葉を遺していてくれた。」


「!・・・其れは何よりです。」


 エルフの娘が嬉しそうに微笑むとヤートルードの雰囲気が柔らかくなった。


「・・・余談であったな。アートスについてだったな。母がアートスについても言葉を遺してくれていた。」




 ヤートルードは双眸を閉じる。


「アートスは神話時代のラグナロックに於いて負の神側の先兵として参加するために産み出された2級神だ。謂わば正真正銘の真なる神の1柱だ。」


「!?」


 ルネは驚愕した。


「2級神!? しかし真なる神々は全て星の海から去ったのでは・・・?」


「まあ聞け。」


 ヤートルードはルネを制して話続ける。


「確かにアートスは2級神として誕生したが、実際には力が足りておらず参加出来なかった様だ。」


「真なる神としては弱い存在だったと?」


「そうなるな。そして『最奥』と呼ばれるが如くアートスの力は『隠伏』。その力は生みの親である1級神の感覚からすら隠れ通せる程のモノだ。更に言えばアートスはラグナロックに参加していない。そのせいかは解らないが星の海から立ち去る事無く未だこの世界に留まっている様だ。」




「真なる神が・・・未だ居る・・・。」


 ルネの表情は青ざめていた。


 幾ら真なる神々の中では弱かった存在だとは言っても、其れは敢くまでも強者が犇めく神話時代での話だ。


 今の時代に於いては飛び抜けて別格の存在の筈だ。そんな存在が負の神としてこの世界に残っているなど・・・。




 そして更に言うならば、竜王の系譜では無い亜竜種とは言え強大な存在だったノーデンシュードを斃してしまう様な魔神なのだ。


 まさか其処まで強大な存在だったとは。


 可能ならば贖罪の意味も込めてルネの力だけで滅ぼすくらいの事は考えて、アートスの事を尋ねたのだが間違い無く其れは不可能だ。いやそれどころか、もし戦いになってしまえば恐らくは天央12神でも歯は立つまい。




 『その時』が来た時どう対応したら良いのか。ルネには判断が付かなかった。




「ヤートルード様。・・・もしアートスが動き出してしまったらどう対処したら良いでしょうか?」


「・・・『巫女』を知って居るか。」


「巫女とは竜王の巫女様の事でしょうか?」


「そうだ。」


 ヤートルードの首肯にルネは頷いた。


「存じております。」


「連れて参れ。」


「竜王の御子様も連れて来て宜しいですか?」


「御子も産まれているのか。無論構わぬ。」


「承知致しました。」




 ヤートルードの狙いは解らない。だが自分にやれる事が有ると言うのなら其れをやろう。


 元女神であったエルフの娘はそう決意しながらヤートルードを見上げた。







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