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神の去った世界で  作者: ジョニー
第3章 動乱のイシュタル
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38話 エルフの娘



 セーラムウッド教会を出た2人は夜空を見上げた。


「すっかり暗くなってしまったな。」


 シオンが呟くとルーシーが「ハァ-」と息を吐いた。白い息が宙に広がり霞んで消える。


「イシュタルはセルディナほどは寒く無いんだね。」


「そうだね。帝都イシュタルはセルディナの公都よりも南に位置しているから寒さも其処まで厳しくないかな。ただ、夏はセルディナより暑いし期間も長いよ。」


「そうなんだ。・・・暑いのは苦手。」


「そっか。」


 シオンが笑う。


「実は俺も得意じゃ無い。何しろ雪国生まれだからね。」


「あ、そうか。サリマ=テルマ・・・だっけ?」


「そう。」


「セルディナに似てるのよね。」


「よく覚えてるね。」


「へへへ」


 頬を掻きながら笑うルーシーにシオンは愛しげに微笑んだ。が、やがて表情を改めた。




「ところでルーシー。さっきのロドルフォ司祭の話だけど・・・。」


「うん。」


 ルーシーも表情を改めた。


「嘘は言ってたかい?」


 ルーシーは首を振った。


「ううん、司祭様は1つも嘘を言ってなかった。信じて良いと思うよ。」


「そうか・・・やっぱり法王暗殺計画は本当に在りそうだな。」


「うん、そうだね・・・。出来れば司祭様の願い通りに計画を止めたいけど・・・。」


 ルーシーが呟くと


「・・・よし。」


 シオンは頷いた。


「殺人事件についての情報は無かったけど重要な情報は手に入った。暗殺計画については俺もこのままにして置くのは拙いと思う。・・・明日はイシュタル大神殿に直接乗り込んで見るか。」


 その提案にルーシーが驚いた表情を見せた。


「え・・・乗り込むの?」


「ああ。」


「悪魔調査はどうするの?」


「・・・正直に言えば今は手が出せない状態だと思っている。ただルーシーが気付いた通り教会の近くで殺人が起きているのなら地図を見る限り、あと起きていないのはイシュタル大神殿近辺だけだ。」


 ルーシーが「あ・・・」と声を上げた。


「・・・本当だ。」


 こうして2人は明日の方針を決めると宿に戻るためにセーラムウッド教会の閑散とした林の中を歩き始めた。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 イシュタル大陸の北部には大陸を構成する大島の1つ、メルライア島が存在する。




 メルライア島は「深淵の雨林」と呼ばれる程に深く広大な大森林地帯が広がる島で、イシュタル大陸の各地方の中でも人の居住地域が最も少ない地域だ。


 古くは3000年以上も前から存在し続ける森の巨樹達は、豊富な雨量と豊かな土壌に育まれて力強く天に向かって伸びている。逆に根子は所構わず大きく畝りながらしっかりと大地を掴んでおり巨木を幾千年にも渡って支え続けて来た力を感じる。




 絶えず降り注ぐ細い雨と濃い霧と巨木達に囲まれた河と湖で成るのがメルライアで在る。




 そんなメルライアの上空に小さく輝く光点が現れた。


 光点は暫く漂っていたが、やがてゆっくりと下降していく。




 光点はフワリフワリと大地に辿り着くとその光が弱まっていった。その中から漆黒の髪を後ろで1つ編みに纏めた女性が現れる。白い生地の薄服に身を包んだ女性はゆっくりと閉じていた双眸を開く。




 女性は周囲を見渡すと少しだけ口の端を上げた。


「此処は・・・変わらないわね・・・。」


 ルネはそう呟くと大きく息を吸った。寒冷にして澄んだ空気がルネの肺一杯に満たされていき頭が冴えていく。


 


 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 天の回廊にて主神レシスの下、新たに生まれ変わった天央12神は活動を開始した。


 


 レシスは未だ『刻の袋小路』の中で眠り続ける3人の従神達を呼び寄せると方針を語った。


『・・・先代の12神が犯した過ちは私達の手で償う必要があると思うのです。地上で12神を信じて祈る人々の為にも・・・私は彼等が幸せに生きていく為の礎に為りたいと思っています。』


『レシス様・・・。』


 召喚されて来たばかりの従神達はレシスの言葉に心を震わせる。


『御身の願われる儘に。』


 従神達が頭を下げる姿にクリオリングとルネは胸を撫で下ろしたものだ。




 序で、レシス達は回廊の最下層に降りて12神の過去の記録を調べた。


 結果判った事。




 ゼニティウスは世界中の複数箇所に神像ゴーレムに変わる彼の命令に従う神像を設置していた様だった。主神候補に選ばれる以前は魔道具関連の研究に勤しんでいたゼニティウスにとっては神像制作も容易い作業だったのかも知れない。


 そして其の詳細は・・・。




 ゼニティウスは忠誠と信仰に執着する男だった。


 そんな男が造った神像に与えられた役目は、天央12神を崇めない者達を攻撃して滅ぼす事。そして場合に拠っては自らが其の神像を討伐して信仰を集める狙いも在ったらしい。




『・・・。』


 この記録を見たときは全員が無言になっていた。


 従神の1人ディクトールが呟いた。


『場合に拠っては我々がこの計画に加担していたと言うのか・・・。』


 その声には「冗談では無い」という思いが込められている。




『壊しましょう。』


 レシスが宣言し全員が頷いた。




 その後、クリオリングを中心として3人の従神達が世界中の神像を討伐して回った。


 神像は強力な存在ではあったが動き始めたばかりの神像など、クリオリングの圧倒的な剛剣と従神達の放つ雷の前には枯れ木を討ち倒すが如く崩れ去っていった。




 レシスとルネはその間にルネの師クリソストが遺した、天央神としての心得を標した水晶球を確認していた。


『ルネ様の師匠であるクリソスト様は素晴らしい方だったのですね。』


 微笑むレシスにルネは頭を下げる。


『有り難う御座います、レシス様。レシス様にそう言って頂けてクリソスト師も喜んでおられましょう。』


 レシスは頷くと少し表情を改めた。


『・・・以前に仰ったいましたね。クリオリング様達が神像の討伐を終えたら「下天」すると。』


『はい。』


『では・・・。』


『・・・クリオリング様の強さは本当に素晴らしいです。流石はゼニティウスを倒した勇者で御座います。まさかこんな短期間で神像を破壊し尽くすとは。』


『・・・。』


『これで私も亡き師の願いに寄り添えそうです。』


 レシスは寂しげに笑った。




『解りました。どうぞご武運を。』




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 冬の寒冷な空気と濃く深い霧に囲まれてルネは少しだけ身震いをした。


「神性を殆ど失った身にこの格好は寒かったかしらね。」


 エルフは人間と比べて寒さや暑さに強い。だが其れ故に服装で寒暖に対応するといった意識は薄い。


 身に着けていた黄金の鎧は置いて来たモノの、それ以外は天央神の時の服装のままで下天してしまった事を少し悔いながらルネは剥き出しの両腕を摩った。




 だが、そんな事よりも更に深刻に彼女が気になった事が在る。其れは精霊との共感性が著しく低下している事だった。


 長く森を離れていたせいで彼女自身の森への順応力が低下しているのが原因かも知れない。


 天央12神だった時は強い神性に依って精霊を使役出来ていたが、神性が弱まってしまった今は彼女自身の持つ共感性に拠って精霊の力を借りる必要が在る。




「とにかく、先ずは順応性を高めないと。」


 ルネは気を取り直した様にそう呟くと小高い丘に視線を向けた。




 巨大な針葉樹達が聳える間をルネは無言で歩き続ける。




 肌寒くはあるが剥き出しの両腕と腿に纏わり付く濃い霧の感覚は天央神になる前の、無邪気だったあの頃を思い出して心地良い。




 薄暗い森林と霧の白の中で、後ろに束ねた1つ編みの漆黒の髪が揺れる。


 神性の大方は失おうとも、森の中で育ち自然の中で鍛えられた彼女本来の強靱な足腰は衰えておらず、ルネは速度を落とす事もなく丘の頂を目指して苦も無く登って行く。




 半刻も丘を登るとルネは丘の頂付近に到着した。




 この辺りは樹林が途切れており、視界がかなり開ける。


 とは言うモノの目に映るのは広大な大森林の姿と深い霧、そして偶に霧の中に見える湖程度だ。




「此処で良いかな。」


 ルネは呟く




 此処は『力』が溢れている。


 大森林を構成する生命の地脈が流れている場所なのだろう。




 ルネは徐ろに身に着けているモノを外し始めた。


 アクセサリーを外し、半透明の羽衣が付いた肩当てを外して上下の衣服も脱ぐ。ブーツも下着も全て外すと一糸纏わぬ姿になったルネは全身に寒冷な空気を感じながら森の『流れ』を感じていく。




 素足から流れ込んで来る大地からの『力』がルネの身体を駆け巡り始める。序で僅かな大気の揺らぎが勢いを増していき冷たく柔らかい風がルネを包み込んでいく。


『○☆□△・・・』


 言葉にならない囁きがルネの耳元で囁かれる。


「・・・。」


 ルネが無言で頷いた。と、途端にルネの身体が淡い光を放ち始める。光はルネを中心に渦を巻く様に回転し始め、やがて染み込んでいく。




 ルネはゆっくりと切れ長の美しい双眸を開けた。アイスブルーの瞳が潤んでいる。


 両の手をゆっくりと天に向けるとルネの身体から魔力が溢れ出し白い光の礫がフワフワと周囲に揺蕩い始める。


「・・・久し振りだね、風の精霊達。」


 エルフの娘は嬉しげに微笑んでそう呟く。




 12神の時も風の精霊を使役してはいたが『会話』は出来なかった。今、彼女は精霊を友人として時に一緒に遊んでいた嘗てのあの頃に戻れた事に喜びを感じていた。




『○☆□△・・・』


 精霊達が囁きながらルネの周りを飛び交い始める。


「ねえ、貴方達。森の主様はご健在かしら?」


 ルネが尋ねると風の精霊達は暫く戯けるようにルネの眼前を飛んでいたが、やがてフワフワと案内する様に森の奥に入り込んでいく。




 畝る巨樹達に光を遮られて広がる薄闇と白い霧の中をルネは精霊達に導かれて歩いて行く。いつの間にか細い銀色の雨は降り止んでおり森林特有の静寂が辺りを満たしていた。




『ザクッ・・・ザクッ・・・』


 ルネのブーツが踏みしめる枯れ葉の音だけが辺りに響く。




 一日中歩き通したルネは日が暮れたのを知ると、枯れ葉と小枝を集めて火を起こした。精霊魔法を使って小さな紫電を起こすと湿気ている枯れ葉にも直ぐに火が着き忽ち小枝に燃え広がっていく。




 パチパチと小さく火の粉が爆ぜながら燃え上がる焚火を前にルネは倒れていた丸太の上に腰掛けると腰に佩いていた細身の剣を胸に抱いて眼を瞑った。流石に一日中歩き続けては精霊の加護を受けながらとはいえ疲れは限界に達していた。




 喉が渇いたな・・・起きたら朝露を飲もう・・・。


 ルネはそんな事を考えながら眠りに落ちていく。




「・・・。」


 微かな気配がする。




「ウー・・・ウー・・・。」


 右側の木陰から低く唸る声が聞こえてくる。


 続けて大地を走る複数の足音。足音はルネに近づき強い殺気が撒き散らされる。




 何者かが間近に立ち何かを振り上げる気配を察した瞬間、ルネは胸に抱えていた剣を鞘走らせて細身の神剣エストナを振り抜いた。


「ガッ・・・!?」


 鮮血が吹き出し斧を振り上げた格好のままに首を切り裂かれたゴブリンが驚愕の表情でルネを見ていた。が、やがてゴブリンは眼の焦点を失うと糸が切れた操り人形の様に崩れ落ちて絶命する。




「ギャーッ!!」


 周囲に居たゴブリンが怒りと驚きの叫び声を上げてルネに飛び掛かってきた。




 ルネは素早く視線を走らせる。敵の数は8体。通常であれば絶望的な戦力差だ。だが、クリソストによって剣と魔法の厳しい鍛錬を受け続けていたエルフの少女にとってはゴブリンの8体程度などモノの数では無かった。




 1体目の小剣による突きを身を捻ってと躱すとすれ違い様の背後に一撃を加える。ほぼ同時に突っ込んできた2体目と3体目を舞うようにヒラリヒラリと躱すと2体目の首を跳ね飛ばし、3体目の足に自分の足を引っ掛けて転ばす。藻掻くゴブリンを見下ろすとルネは其の後頭部目掛けて脚を上げ踏み潰した。硬いブーツの底の部分がゴブリンの頭部を砕く。


『グシャリ』


 と嫌な音を立ててゴブリンが動かなくなるのを見ると、残りのゴブリンが驚いた様に動きを止める。その隙を突いてルネは一瞬で風の精霊を呼び出すと願った。


「舞って!」


 その願いに応じて風の精霊達がルネの周囲を激しく周り始める。


 巻き起こった風はどんどん勢いを増していき、ルネの黒髪を、羽衣を、衣服を巻き上げんばかりに強まった。


 ゴブリン達が風に飛ばされまいと身動きを封じられる中、焚火の炎が「フッ」と消えた。辺りに再び暗闇が訪れる。




 同時にエルフの娘はスッと動いた。




 エルフ特有の感性が慌てふためくゴブリン達の位置を正確に把握し、ルネは巻き起こした風に乗って次々とゴブリンの首筋を切り裂いて回った。




 最後の1体は他のゴブリンに比べれば勘は良かったのかも知れない。殺気を感じて振り返ったゴブリンが振り返る。その眼に最期に映ったモノは黒髪を棚引かせながら剣を振り抜こうとする冷酷かつ美しい娘の姿だった。




 全てのゴブリンを屠ったルネは血濡れたエストナを一振りすると血は吹き飛び、元の美しい刀身を現す。


「ふぅ・・・。」


 ルネは大きく息を吐くと周囲を見渡した。




 焚火は跡形も無く吹き飛んでしまっている。もう1度火を起こす気はルネには無かった。其れに今の戦闘で身体も火照っている。




「・・・。」


 ルネは風の力を借りると軽やかに巨樹の幹を駆け上がり太い枝の上に立つとゆっくりと横になった。


「明日には着くかしらね。」


 ルネは小さく呟くと再び眼を閉じた。




 朝も近い。









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