37話 調査
イシュタル城で現在判明している事件情報を確認すると2人は城を後にした。
リンデル皇子に対して「解決に向けて全力を尽くす」とは言ったモノの、何から手を付けて行けば良いモノか。
見せて貰った事件の概要記録では、最初に起きた事件から現在までに6回ほど同様な事件が起きている。起きた場所はパッと見た感じでは完全にランダムだ。リンデルの話でも規則性の様なモノは見出せなかった様だ。
シオンはルーシーに意見を求めた。
「ルーシーは何か気になる事は在ったかい?」
尋ねられてルーシーは首を傾げて事件が起きた場所が記された地図を眺める。
「・・・さっき思ったんだけど・・・。」
「うん。」
「事件が起きた場所の近くに教会が在るの。」
ルーシーの指摘にシオンも地図に視線を落とす。
「・・・確かに在るね。此処から近いのはラウンドエルノ大聖堂か・・・。よし行ってみよう。」
「でも関係あるかどうか解らないよ?」
「大丈夫。関係があるかどうかを探りに行くんだから問題無い。」
シオンはそう言うとルーシーの手を引いて歩き始めた。
ラウンドエルノ大聖堂は帝都の中心地に建つ教会に相応しく、巨大且つ豪奢な造りの聖堂となっていた。
守門に用向きを伝えると2人は中に通されて奥の部屋に通される。コートを脱ぐと2人は室内を見渡した。
室内は聖堂の外観に劣らぬ程の豪奢な装いとなっており、金細工の灯具や瀟洒な家具、高級そうな絨毯や大理石の床がこの大聖堂の力の大きさを表している。
部屋の奥には天央12神と思われる翼を生やした4体の戦士が異形の怪物を討伐した様子の絵画が飾られていた。
「ようこそお出で下さいましたな。私がこの大聖堂を預かるギレルモ=アルカンタル大主教です。竜王の巫女殿に御子殿と出会えるとは重畳の極み。歓迎致しますぞ。」
入室しながら豊かなバリトンで話し始めたのは、上質のウールで作られたローブに身を包む男性だった。濃紺に染められたウールがキャンドルライトに照らされてキラキラと輝いて見える。丸みを帯びた体型は豊かな生活を送っている事の証左か。
「初めまして、大主教殿。」
シオンが挨拶をするとルーシーも其れに続いた。
「初めまして、大主教様。」
ギレルモ大主教はシオンに頷いて答えた後、セイクリッドローブに身を包んだルーシーを眺める。その顔に好色そうな表情が浮かんだのをシオンは見逃さなかった。
さり気なくルーシーを背後に隠しながらシオンは大主教に話し始める。
「今日はイシュタル帝国より依頼を受けてとある事件の調査でお伺いしました。」
「あ、ああ、そうでしたか。」
ギレルモはハッとなった様に視線を泳がせると取りなすように2人に席を勧める。
「其れで調査とは、どのような・・・?」
尋ねる大主教にシオンは用向きを話し始める。
「ほう・・・最近噂になってる事件ですな。」
ギレルモの表情に警戒の色が加わる。
「はい、その事件のどれもが教会施設の近辺で起きているのです。」
「ほう・・・。」
大主教の眼が窄まる。
「大主教殿に於いては何か思い当たるような事は在りませんか?」
シオンが尋ねるとギレルモはカップの紅茶を口に含んでから答える。
「特に在りませんな。」
「そうですか。」
ルーシーが急に口を開いたのでシオンが彼女を見ると、其の双眸が僅かに紅く光っていた。
恐らくは真偽を確認しているのだろう。
シオンはルーシーの意図を理解すると、出来るだけ多くの情報を引き出そうとギレルモ大主教に話し掛ける。
「では大主教殿はこの事件について何か情報を聞かれたりしてはおりませんでしょうか?」
「うーむ・・・。まあ、殺された者達が随分と悪さをしていた連中だと言う事は耳に挟みましたかな。全く嘆かわしい。信心が足らなかったが故の天罰でしょう。」
「悪さとは・・・どういう?」
「暴力、若い娘への暴行、タカり、詐欺など様々ですな。」
「ほう。」
なぜそういった者達を導こうとはしないのか・・・とはシオンは言わなかった。
「酷いですね。」
「全くですな。」
首を振って溜息を吐く大主教にシオンは中身の浅さを感じる。
「では大主教殿は特にこの件に付いてはご存知無いと言うことで宜しいですか?」
「残念ながら。」
「解りました。」
シオンはそう言うとルーシーを見て立ち上がった。
「お、おや、もう帰られるのですかな?」
ギレルモ大主教は慌てて立ち上がる。
「ええ、余り大主教のお時間を割いて頂くのも申し訳無いので。」
「いやいや、折角お近づきになれたのですし。せめて夕食でも御一緒に。」
「お心遣いだけ頂いておきましょう。」
シオンは断りを入れる。
彼の狙いは判る。
竜王の巫女と御子の2人と個人的に懇意にしたと言う箔を付けて個人的な権威を強化したいのだろう。ただそんな事に此方が付き合う理由は無い。
「で、では、巫女様。」
大主教がルーシーを呼び止める。
「何でしょう・・・。」
シオンに続いて部屋を出ようとしてたルーシーが振り返る。
ギレルモの表情に粘っこい笑みが浮かぶ。
「我が願いをお聞き届け頂きたい。是非、竜王の巫女様の祝福を我が大聖堂に頂きたい。」
「え・・・?」
ルーシーは怪訝そうな表情になる。
「でも、大主教様の信仰する神は天央12神なのでは? 私は別の神様の巫女なんですが。」
「構いません。天央12神も竜王神も同じ光の神なのですから同じ属性の神からの祝福は例え違う神と言えど光栄というモノです。」
「・・・。」
「其れに貴女も天央正教の大主教と懇意に出来るチャンスなのですよ。此処は私の願いを聴いておくべきでは無いですかね?」
ギラギラと欲深い光を湛えながらギレルモはルーシーに手を伸ばす。
「・・・!」
ルーシーが一瞬後退る。
その大主教の腕をシオンがミシリと音が立つ程の強さで掴み捻り上げた。
「ウォオオ!?」
大主教が苦痛と驚愕の入り交じった悲鳴を上げた。
「な・・・何を!?」
焦りの混じった視線で大主教がシオンを睨み付けるとシオンはそれ以上の鋭い視線でギレルモを睨み据えた。
「お前こそルーシーに何をするつもりだ。」
「わ・・・私は大主教だぞ!」
「俺は竜王の御子だ。天央12神よりも遙か上位に位置する真なる神の使いにして巫女を護る者だ。たかだか大主教如きが真なる神の巫女に無礼を働いて許されるとでも思っているのか。」
「・・・くっ!」
此れまで地位を利用して自分の思うがままに振る舞ってきたギレルモにとって「たかだか大主教如き」と言う言葉は衝撃だった。
だがよく考えれば確かに自分の行動は拙かったと思い至る。其れにこれ以上御子を怒らせたら腕をへし折られ兼ねない。
「わ・・・判った。私が間違っていた。もう良いだろう、離してくれ。」
「・・・。」
シオンはやがて無言で大主教の腕を離した。
少し青ざめて立ち尽くすルーシーにシオンは微笑むと
「出よう、ルーシー。」
と促して大聖堂を後にした。
「ルーシー、大丈夫か?」
シオンが心配げに尋ねるとルーシーは微笑んで頷く。
「うん、平気。シオンが護ってくれたから。」
「そうか。」
シオンも少し嬉しそうに笑い返す。その後に言い辛そうに口にした。
「その・・・セイクリッドローブな。」
「?・・・うん。」
「とても綺麗だしルーシーには良く似合ってるんだが・・・ああ言う好色な男には少し眼の毒になるかもな。」
「・・・あ。」
シオンの言いたい事を理解してルーシーは顔を赤らめる。
セイクリッドローブは極薄のシルクで作られている為、ルーシーの身体のラインが判りやすい。
「着替えた方が良いかな?」
ルーシーが訊くとシオンは慌てた様に首を振った。
「い、いや。その必要は無い。室内でも着ていられる様な上着を買おう。其れを着ていれば問題無いさ。」
「ありがとう。」
ルーシーの言葉にシオンは頭を掻いた。
「其れで・・・。」
表情を引き締めるとシオンは改めてルーシーを見た。
「大主教はどうだった? 嘘は吐いていたか?」
「何も知らないと言うのは嘘だった。あの人は何かを知っている。其れが何かまでは解らないけど。あと、殺された人達の情報は本当。」
「そうか・・・あと、祝福の件は本当なのか?」
「・・・。」
ルーシーは黙って頭を横に振る。
「あれは・・・嘘。その・・・アレは・・・私を・・・。」
口籠もるルーシーをシオンは手で制した。
「よし解った。それ以上は言わなくて良いよ。」
「うん・・・。」
「・・・あの野郎・・・次会ったら殴り飛ばしてやる。」
シオンがボソリと呟くとルーシーが苦笑しながら首を振った。シオンはその表情を見て溜息を吐くと頷いた。
「・・・そうだな。まあアイツはどうでも良いか。・・・じゃあ、今日は時間も時間だしあと1件だけ教会を回ってみよう。」
「うん。」
ルーシーは楽しげに頷いた。
シオンは頷くと地図を開く。
「此処から近いのは・・・セーラムウッド教会か。」
シオンは呟くと地図を仕舞った。
「じゃあ、店に寄った後でセーラムウッド教会に行き、その後は宿に戻ろう。」
「はい。」
機嫌の良さそうなルーシーの様子にシオンの頬も思わず緩む。
セーラムウッド教会は帝都の中心から少しだけ外れた場所に在った。周囲を小規模の静かな林に囲まれたエリアに建つ小ぢんまりとした教会は心を休ませるには中々良い雰囲気を醸し出している。
「これは竜王の巫女様に御子様。お会いできて光栄です。」
呼び掛けに応じて出て来たのは年老いた司祭だった。
「当教会で司祭を務めておりますロドルフォと申します。」
「初めまして、司祭様。」
シオンとルーシーは挨拶をすると来訪の赴きをロドルフォ司祭に話す。
「ああ・・・このところ起きている事件の事ですね。魔物の仕業では無いかと言われている・・・。」
ロドルフォ司祭は得心したように頷くと思案し始めた。
「亡くなった者達は・・・。」
ロドルフォ司祭の顔が少しだけ渋面に彩られる。
「亡くなった者達をこの様に言いたくは無いのですが、近隣では余り評判の良くない者達でしてね。いつか改心してくれればと願い声を掛け続けていた者達だったのですが・・・。」
「そうですか・・・。」
頷くルーシーの双眸がラウンドエルノ教会で見せた様に僅かに紅く輝いている。
シオンは先程と同じようにロドルフォ司祭に質問を続けた。
「司祭にお尋ねしたいのですが・・・。」
「はい、何でしょう?」
「何れの殺害現場も帝都内にある教会の近くで行われているのです。」
司祭の顔に驚きの表情が浮かぶ。
「其れは本当ですか?」
「ええ。」
「・・・そうですか・・・。」
ロドルフォの表情に影が落ちた。
「何か思い当たる事は在るでしょうか?」
「・・・。」
司祭は黙って俯いている。
「司祭様。」
シオンが促すと年老いた司祭は顔を上げてシオンとルーシーを見た。その双眸には強い決意の光が宿っていた。
「此れは私も単純に耳にしたと言うだけの話になるのですが・・・。」
「もちろん其れで結構です。」
「・・・イシュタル大神殿内では、随分前から1つの派閥が大きな力を持っています。」
「はい。存じています。」
シオンは頷いた。
ミシェイルとアイシャが持ち帰った話に確かそんな内容の報告が在った。
「リカルド大主教の派閥ですね。確か開明派と呼ばれるヘンリーク大主教とは犬猿の仲だとか。」
ロドルフォ司祭の瞳が大きく見開かれる。
「そんな事までご存知でしたか。・・・いや、其処までご存知なら話も早い。其のリカルド大主教達がとある計画を立てている、と聞いた事が在るのです。」
法王暗殺計画か・・・?
シオンは予測を立てる。
「その計画とは?」
「・・・法皇猊下を・・・弑し奉らんとしていると。」
「そうですか・・・。」
シオンはゆっくりと頷いた。
「ひょっとして其れもご存知でしたか?」
「ええ。」
「何と・・・竜王の御子様は何でも見抜かれていらっしゃるのですな・・・。」
司祭は驚嘆したように呟く。
「そういう訳では在りません。我々は我々で調査を進めているというだけの話です。・・・其れよりも司祭様、その件について幾つかお訊きしたいことが在るのですが。」
「何なりと。」
「まず、リカルド大主教とヘンリーク大主教は何が原因で対立しているのでしょうか?」
「信仰の在り方についてですね。元々、天央正教は天央12神に対して全てを捧げて信仰し、他教の存在を認めないと言う排他的な考えを持っているのです。」
「・・・其れは意外でした。我々が知る天央正教はもっと自由な宗教のイメージなのですが。」
シオンが言うとロドルフォ司祭は苦しそうな表情で頷いた。
「ええ、一般的に皆が知る姿はそうなのです。ですが正教側に入るとそう言った本来の姿を教えられる事になる。ヘンリーク大主教はそんな排他的な考えを捨て去り、もっと自由な信仰を正教内部にも浸透させるべきだ、と主張されているのです。対してリカルド大主教は排他的な方針が在ったからこそ天央正教は変質もせずに此処までの大きな宗教になったのだ、と対抗されています。」
「なるほど。・・・では法皇猊下はどの様にお考えになられていらっしゃるのでしょうか?」
ロドルフォ司祭は首を振った。
「猊下は其れについて何も仰られません。・・・ですが、先程の法皇猊下を弑し奉らんと計画しているのがリカルド大主教の派閥だと言う噂を私は耳にしています。」
「つまり・・・。」
「或いは法皇猊下はヘンリーク大主教のお考えに賛同なさっているのかも知れません。」
「ふむ・・・。」
シオンは頷いた。
「では司祭様。法皇猊下を弑逆するその具体的な方法を聞かれた事は・・・?」
「祭礼の儀に使われる『天央の剣』と呼ばれる祭器に呪いを施す、と聴きました。其の呪いは・・・『この世為らざる者達の手に依って織りなされる強固な呪いを使う』と。」
「・・・。」
「要は悪魔召喚を行うと言う事です。」
カンナの予測と繋がった。
シオンとルーシーは頷く。
「有り難う御座います、司祭様。」
シオンが礼を述べるとロドルフォ司祭は首を振った。
「礼を言われる様な事では在りません。私も今の正教内部がどうにか1つに纏まれば良いと思って居るのですから。」
その言葉にシオンは1つ頷く。
「・・・最後に1つ宜しいですか?」
「何でしょう?」
「何故、貴方は其処まで詳しい情報をお持ちなのですか?」
シオンの質問に老いた司祭は力無く笑った。
「其れは・・・私がリカルド大主教の派閥に属しているからですよ。」
やはりそうだったか。しかも彼は恐らく暗殺計画の一端を任されているのだろう。
そうでなければ是れほどに詳しい内容を知るはずも無い。
「よく話して下さいました、司祭様。」
ロドルフォ司祭は項垂れる。
「私もヘンリーク大主教の考えは余りに開明的過ぎて付いていけなかった。だからリカルド大主教に与した。・・・しかし、法皇猊下を弑逆するなど・・・恐れ多い・・・。誰かに何とか止めて貰いたかった・・・。」
2人は苦悩を吐露する老いた司祭を声も無く見つめるしか無かった。




