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神の去った世界で  作者: ジョニー
第3章 動乱のイシュタル
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35話 公都の夜



 カンナを乗せた馬がシオンの家に止まる。




 ヨッコラッセと馬からずり落ちるとカンナは「イテテ」と尻を摩りながらシオンの家の扉を叩く。ガチャリと扉が開いてシオンが顔を出した。


「カンナか。」


「おお、シオン。ちょっとな伝えたい事が有ってな。」


「・・・何かマズい奴が居るって話か?」


「お前、何で・・・。」


 シオンに先回りされてカンナは驚くが直ぐに合点が行った。


「ああ、ルーシーが感付いたのか。」


「ああ・・・。」


 シオンは何やら不機嫌そうだった。


「どうした? 機嫌が悪そうだな。」


「せっかく久し振りに家に2人揃ったって言うのに、また何か厄介な事が起きそうな事に腹が立ってるんだよ。」


「はは・・・。まあ、本当に運が無いなお前は。」


「全くだ。」


 シオンはカンナを家に招き入れると扉を閉めた。




「カンナさん。」


 部屋に入るとルーシーが立ち上がった。


「おお。」


 カンナは手を上げて挨拶をする。


「悪いな、夜遅くに。」


「いえ、大丈夫ですよ。私もカンナさんにさっきの気配について訊きたい事が有ったので。」


 やっぱりルーシーも気付いていたか、とカンナは頷く。


「そうか、では早速ソレについて話すか。」




 3人がテーブルを囲むとルーシーが口を開く。


「カンナさん、気のせいでは無いと思うんですけどさっき凄く嫌な気配が公都に入り込んで来た様に感じたんですけど。」


「ああ、私も感じた。酷くドロリとした様な圧迫するような気配だった。アレは・・・良くない。」


「良くないと言うのは・・・邪教異変の時に戦った悪魔みたいな奴の事か?」


 シオンが尋ねるとカンナは少し漫然とした表情で頷く。


「そう・・・だな。確かにアノ時の感覚に似てはいるが・・・だが今回はアノ時よりも強力だ。邪教異変の時に戦った奴らは悪魔の中でも最下級とも言える様な存在だったが、今回の奴はアイツらよりも少しばかり強力そうだ。」


「・・・。」


 ルーシーが何か言いたげにカンナを見つめる。


 その視線に気付いたカンナが問うた。


「どうした、ルーシー。」


「私・・・『声』を聴いたような気がしたんです。」


「声、だと?」


 白銀の髪を揺らしてルーシーは頷いた。


「はい。『寄越せ・・・寄越せ・・・』と繰り返して・・・。そのうちに声は消えたんですけど。でも今思い返すと本当に聞こえていたのかどうかもあやふやなんですが。」


 少し自信無さげな表情に変わり目を伏せるルーシーだったがカンナは少しだけ首を振った。


「いや・・・多分、本当に感じ取っていたのだろう。」


「そうでしょうか? ・・・私の神性も落ちているし、あまり自信が無いです。」


「確かに神性自体はシオンを御子にした事で半分ほどに減少しているがな。言い方を変えれば今の状態が適正と言える。」


「適正って事は今のルーシーに問題は無いって事だな?」


 尋ねるシオンにカンナは頷く。


「以前のルーシーは御子を産み出す為に過剰な神性を持っている状態だった。自分本来の神性と御子の神性の2人分を持たされていたんだ。・・・テオッサでルーシーが異様に虐げられていたのはソレも原因だよ。」


「神性が原因・・・?」


 シオンの眉間に皺が寄る。


「そう。人は正体不明の強い神性に触れると不安感や不快感を感じるんだよ。何しろ神の力だからな。神性で無くとも強すぎる力に対して生き物は畏怖を感じるモノだろ? ・・・とは言ってもルーシーの場合は閉鎖的なあの村の住人の人柄が一番の問題だったがな。」


「・・・むう・・・。」


 ルーシーと神性の関係の話になると過敏に反応するシオンにカンナは苦笑いをする。


「まあ其処まで神性を敵視するな、シオン。神性が在ったればこそ邪教異変も退けられたし、全ての元凶だった天央12神も刷新させる事が出来たんだからな。」


「其れはそうだがな。」


 不承不承ながらシオンは首肯する。


「其れにルーシーの神性を半分引き受けたからこそお前はルーシーと強い絆を持つ事も出来ている。其れは良いことだろう?」


 シオンは溜息を吐いた。


「解ったよ。必要以上に神性を嫌うのは止すよ。確かにこの力に助けられている事は多いしな。竜王神とやらが役立つ力を遺した事は確かだ。」


「そう言う事だ。」


 カンナは微笑むとシオンからルーシーに視線を移した。


「さてルーシー。その『寄越せ』と言う言葉についてだが・・・何か閃くモノはあるか?」


「いえ。」


 ルーシーは首を振る。


「そうか・・・。」


 少し思案したカンナは再度ルーシーに問うた。


「例えば・・・お前は嘗てグースールの魔女の言葉を聞いているが、あの時と比べてどうだ?」


「・・・。」


 カンナの言葉を受けてルーシーは少しだけ考える素振りをした後に口を開いた。


「あの時の引き摺り込まれる様な感覚は在りませんでした。感じたのは・・・上手く言えないけど、壁の向こうから響いてくるような・・・何かそんな口籠もった様な声が聞こえてくる・・・そんな感じでした。」


「口籠もった、か・・・。」


 ルーシーの答えにカンナは何か思い当たらないか記憶を手繰るが、やがて首を振った。


「解らんな。ルーシーの記憶が新しいウチに少し調べてみるか・・・。シオンよ、悪いがルーシーを私の家に少し連れて行くぞ。」


 シオンは溜息を吐く。


「ああ、そんな気はしていたよ。ただ、深夜まで掛かる様な作業はさせるなよ。」


「解ってる。ルーシーも悪いが・・・。」


「はい、大丈夫です。」


 ルーシーが頷きながらチラリとシオンに残念そうな微笑みを向けている。了承してはいるが明らかにシオンと過ごす夜に後ろ髪を引かれている様だ。




 やれやれ、野暮なことをしてしまったな。


 カンナはそっと溜息を吐いた。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 公都の一角。大通りから外れた裏道の1つを歩く5~6人の集団が在った。


 深夜という時間帯にもかかわらず20歳前後の男達は周辺の迷惑も顧みずに大声を上げて笑い合いながら歩いている。酷く酔っているのか足下はヨロヨロと覚束無い。




 睡眠を妨げられた周辺の住民が建ち並ぶ住居の窓の奥から迷惑そうにチンピラ達を見ている。




 チンピラ達は柄が悪そうな風貌に似つかわしく乱暴な内容の話を大声で話していた。


「・・・だからよ、その女を路地裏に引っ張り込んで頂いちまったってワケよ。」


「何一人で良い思いしてやがるんだ。」


「最高だったぜ。泣き叫ぶ女をヤるのはよ。」


「クソが。何処かに女は転がってねえのか。」


 自慢話に不満げな表情を見せる男の1人が周囲を見渡す。


 と、そのアルコールで赤く濁った目が窓の奥の視線を捕らえた。


「何見てやがる!」


 男は怒鳴ると足下の石を拾って窓に投げつけた。




 石は窓ガラスを突き破り派手な音を鳴リ響く。同時に悲鳴が上がり建物の中が騒がしくなる。




「ギャハハ!」


 チンピラ達が笑い出し目に凶悪な光が宿る。


「おいおい、勝手に覗かれるなんて傷付いたなぁ。」


「そうだな。謝罪して貰って金か女を頂いて行こうか。」


 そう言うと石を投げ込んだ家に近づいていく。




 他の住居から覗く視線が気遣わしげにチンピラ達を追う。このまま放って置けばチンピラ達が近づいている家は無事では済まない。しかもあの家には年頃の娘が居た筈だ。


 何人かの住民の男達が武器になりそうな物を握る。何か起きるようなら突っ込む事も覚悟している表情だ。




 変化は唐突に起きた。




 ジワリとチンピラ達の眼前の石畳が黒く滲んだ。影のようにも見える其れからは強烈な悪意が溢れておりユラユラと蠢いている。




「なんだよコレ。」


 チンピラの1人が蠢く影に気が付いて歩み寄る。


「影・・・か?」


 男が呟いた途端、影が急速に盛り上がったかと思うと弾けた。


「!?」


 驚いて叫ぼうとした男の口の中に影が飛び込む。


「グッ・・・ウゴッ・・・!」


 呻く男に構わず大量の影がドボドボと入り込んでいく。


「グ・・・ア・・・。」


 男の身体が見る見る内に膨らんでいく。


「お、おい! どうした!?」


 他のチンピラ達が駈け寄ろうとした瞬間に『パーンッ』と破裂音を響かせながら男が弾け飛んだ。肉片と血の雨が降り注ぐ中、影が集結してチンピラ達の前に巨体を現す。




「ヒ・・・。」


 チンピラ達は信じ難い光景に酔いも醒め、歯をガチガチと震わせながら竦み上がった。


「う・・・うわぁぁぁ!」


 そして1人が叫んだ瞬間、チンピラ達が一斉に逃げ始める。




 其れに反応して影が動き出しチンピラ達に背後から飛び掛かる。男達は必死になって逃げようとするが、酔いが完全には醒めきっていないせいもあって逃げ足は覚束無い。




 チンピラ達は次々と影に捕獲されて行き、凄惨な殺戮が繰り広げられていく。




 周辺の住人達は自分達に被害が及ばない事を祈りながら、息を潜めて影が去るのを待った。






 翌日、現場に集まった調査隊の騎士や兵士達は言葉を失った。




 襲われたのが近辺で悪名の高いチンピラ達と聞いていなければ、元が何だったのか解らない程にバラバラになった肉片と大量の血糊が広範囲に散乱している。そして周辺には強烈な血の臭いが充満していた。




「何が起きたらこんな事になるんだ・・・。」


 調査隊の長たる騎士が顔を青ざめさせながら呟く。


「隊長、周辺の住人で様子を見ていた者を連れて参りました。」


 兵士の1人が騎士に報告する。




 騎士が兵士の後ろに視線を移すと男が1人震えながら立っている。


「君が見ていたのか?」


 騎士が尋ねると男が頷く。


「は、はい。」


「見た事を全部話してくれ。」


「は、はい。」


 男は青い顔色のままに話し始める。


「昨晩遅くにこの辺では有名なチンピラ達が騒ぎながら歩いていたんです。それで暫くしたらチンピラ達の前に何か影みたいなモノが急に出て来て・・・影は男の1人に飛び掛かると、男の口か何処かに入り込んだんです。」


 男はブルリと身体を震わせる。


「お・・・俺は人の身体があんな風になるのを初めて見ました・・・。」


「大丈夫か?」


 騎士が尋ねると男は気を取り直した様に頷く。


「影はどんどん男の中に入り込んで・・・男の身体がどんどん膨らんでいって・・・パーンって弾けたんです・・・。」


「弾けた?」


 騎士は要領を得ずに訊き返す。


「はい、ボロの革袋にムリヤリ水を詰め込むと弾けてしまう様に・・・。」


「男が弾け飛んだと言う訳か・・・。」


「は、はい。」


 頷く男から騎士は視線を外し、再び殺戮現場の惨状を眺めやる。




 怯える男を見てこれ以上自発的な話を聴くのは難しいと判断した騎士は話を誘導する。


「では影はその要領で男達を皆殺しにして行ったと言う訳か。」


「はい。」


 男が何度も頷く。




 男を帰すと騎士は周辺の騎士達と話し合う。


「先程の証言が真実だとして・・・疑問は2つ在る。」


「はい。」


「その影とは何者なのか? 人では無い事は確かだが・・・。」


「そもそも本当に生き物なのでしょうか?」


 部下の騎士が疑問を呈する。


「魔法や呪いの類いと言いたいのか?」


「はい。邪教異変の時の様な『奈落の法術』の1つだったりはしないでしょうか?」


「可能性は有るな。その辺りは有識者に訊くほか有るまい。・・・それと2つ目の疑問は何故、彼等が狙われたのか、と言う点だ。追いかけてまで殺している辺り、明らかに彼等を狙って殺している。」


 部下の騎士は頷く。


「そうですね。今の時点では何とも言えませんが・・・。」


 調査隊長の騎士は溜息を吐いた。


「我々だけでは答えは出せそうに無いな。とにかく現状で出来る事は、入念に調査をして解決の糸口となるものを出来るだけ多く持ち帰る事だな。」


「はっ。」


 騎士達は隊長の決定に従い、兵士達を連れて現場の検証と聴き込み調査を再び始めて行く。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 朝。


 眠たげなルーシーを家に帰した後、カンナは王宮書庫室に出向いた。


 ルーシーの聴いた声について調べていると扉がノックされて意見を求められた。




 昨晩、夜遅くに数人のチンピラが謎の『影』に襲われて死亡したという。現場の不可解な状況から人間業とは思えずカンナの意見が求められた。


「爆発四散か・・・中々に凄惨だな。」


 カンナは呟きながら訪れた騎士隊からの使者を見た。


「先ず、お訊ねの殺人犯についてだが・・・調べてみないと何とも言えんが、『悪魔』と呼ばれる負の思念体である可能性が在る。昨晩、私と竜王の巫女がソレの公都侵入を感じ取っている。あと『奈落の法術』の1つかどうかと言う事だが、ソレは判らん。ケイオスマジックは体系化されていないからどんな法術が在るのかを全て把握するのは不可能だ。」


「そうですか・・・それにしても悪魔とは・・・。」


 使者は呆然と呟く。


「ソレは魔物とは違うのでしょうか?」


「違う。悪魔は魔物よりももっと純粋な悪意に満ちた存在で全ての生命の天敵と言っても良い。」


「・・・。」


 使者は絶句する。


「あとは・・・何故そのチンピラを狙って殺したのか、と言う事だが。その影の正体が悪魔なら、多分だが理由など無いぞ。自分が出現した場所に偶々自分と同じ負の臭いが強い・・・つまり悪党の魂を感じたから襲い掛かっただけだろう。」


「被害者が悪事を繰り返した人間だったから襲われた、と?」


「多分な。」


 カンナが頷くと使者は頭を下げた。


「貴重なご意見有り難う御座います。早速騎士団で精査致します。」


「ああ、構わんよ。あと魔術院の意見も訊いた方が良いな。」


「畏まりました。その様に。」


 使者が退出するとカンナは両手で頬杖を着いた。




「こりゃ、シオンとルーシーに出張って貰う必要が出て来そうだな・・・。」


 また2人に野暮なことを言わなくてはならないのか、とカンナは溜息を吐いた。








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