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神の去った世界で  作者: ジョニー
第3章 動乱のイシュタル
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33話 這いずるモノ



 ・・・ズルリ・・・ズルリ・・・。




 深淵の闇の中で何か巨大なモノが這いずり回る音が響く。




 ソレは巨体であった。


 深淵の中に於いてさえ更にその黒を深めたかの様な漆黒に覆われ、その巨体はヌラヌラと濡れている様に思える。


 部位が有るのかどうかさえ判明し難い不定の形状なれど、時折見せる太い四肢の様なモノが奈落の地を踏みしめて大地を鳴らしている。ただ頭部の様なモノは確認出来ず、その正体が何者なのかは『そのモノ』を知っている者以外には判別出来ないだろう。




 鼻を突き破る程の禍々しい悪臭が充満しており、その悪臭が巨体より発せられているのは明らかだ。その巨体はまるで何かを探し求めるかの様に、ただ只管に這いずり回り動き続けている。




 更に周囲に目を遣れば、光は無く夥しい量の圧倒的な闇が周囲を蹂躙する空間には幾つもの人属の彫像が乱雑に立っていた。人種は人間、エルフ、ドワーフなど多岐に渡り性別も男女を問うていなかった。格好も様々で剣などの近接武器を持つ者、弓や杖などの長距離戦用の武器を持つ者、鎧を身に着ける者やローブを身に纏う者など多種多様であった。




 が何よりも特徴的なのはその表情。


 顔を引き攣らせた者、泣いている者、呆然としている者。その表情は様々なれど、皆一様にして絶望に包まれている。


 そしてその彫像の1つ1つは驚く程に精巧に造られていた。まるで元は生きていた人属達をそのまま石像に変えてしまったかの様に。


 或いは、本当に人が石像に変えられてしまったのかも知れない。だがその真相を語ってくれる者は此処には存在しない。




 そんな彫像達の側に立つ者が居る。其の者は干からびたその手が彫像達の1つ、美しいエルフの彫像の引き攣った顔の部分を撫で回しながら低く低く響く声で呟く。


「そろそろか。」


 今は魂無きエルフの彫像の頭部を握り潰すと、声の主は蠢くモノの側まで歩み寄った。




「垂れよ。奈落の欠片より垂れ給う。」


 声の主が呟くと、求めに応じるかの様に這いずり回るモノの巨体から凄まじい数の粘り気のある塊が滝の様に流れ落ちていく。


 大小の塊達はモゾモゾと蠢き様々な形に変容していく。




 声の主が其の中でも一際色の濃い1つを指差す。


「汝の名は『カリ=ラー』だ。応えよ。」


 その声に応じて塊の形が急速に変化して行き1つの姿を形取った。


『!"#$%&'()!!!!』


 言葉になっていない不気味な唸り声が響き、塊はズブズブと闇の中に呑み込まれて消えて行く。




 その他の塊達も次第に闇の中に溶けて行った。




 声の主が満足げに頷くと巨体に視線を移す。


 双眸から放たれる夥しい量の赤い眼光が更に赤味を増す。


「永かった・・・。だが、遂に完全なる世界が始まるのだ。」




 巨体はそんな声など関係無いが如く、変わらずに這いずり回り続ける。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




「此処がイシュタル・・・。」


 船から降り立ったノリアはポツリと呟いた。


「イシュタルは初めてなのか?」


 先を歩いていたミストが振り返って尋ねるとノリアは苦笑した。


「ええ。私が逃げ回ってた頃は主に西側のマルセル小国家群に居たから。実はカーネリアを出たのは生まれて初めてなの。」


「マルセルか・・・。確かにあの混沌とした国々は身を隠すには打って付けかもな。危険も多いが。」


「マルセル小国家群に行った事が有るの?」


 ノリアが尋ねるとミストは頷く。


「チビの頃から逃避行の様な一人旅を続けていれば大抵の場所には行っているさ。言って置くが逃避行の長さに関しちゃ、お前よりも俺の方がずっと先輩だからな。」


「・・・ぷ。」


 ミストの言い方にノリアは呆気に取られた様にポカンとしていたが、やがて吹き出した。


「何が可笑しい。」


「だって・・・逃避行の先輩だなんて・・・何の自慢にもならないのに。」


「・・・ふん。」


 ノリアの肩を震わす姿を眺めたミストは不機嫌そうに鼻を鳴らすと先を歩き出す。


 元花売りの少女は無愛想な男の広い背中に親愛の視線を送ると笑顔を浮かべたまま彼の後を追う。






 港を出た2人は町の中が少し騒がしい事に気が付いた。




 超大国なのだから元々騒がしい国では有るのだが、何か緊迫感が伴った騒がしさが2人の興味を惹いた。


「・・・何かあったのかしら?」


 ノリアが駆け抜けていく男達を見ながら首を傾げる。


 ミストはジッとその場に佇んでいたがやがて口を開いた。


「・・・殺人事件が起きたようだ。」


「え?」


 ミストの口から飛び出した不穏な言葉にノリアの眉間に皺が寄る。


「殺人事件・・・?」


「ああ。」


「何でそんな事が解るの?」


「今、此処らでの会話を聴いてみた。総合すると何処ぞの貴族が殺された様だ。」


 事も無げに言うミストにノリアは少し驚いた表情を見せた。


「・・・そんな事が出来るの? あ、魔術?」


「違う。耳が良いんでな。そこら辺での会話を全部聴いて頭の中で整理しただけだ。」


「・・・凄い能力ね。」


 普通に近くに居る者達の会話から状況を察する事は誰でも出来るだろう。


 だがこの喧噪の中で必要と思われる会話だけを聞き取って情報を整理するなんて事が簡単に出来る筈も無い。しかも何が起きているのか解らない状態でだ。


「このくらい出来なくちゃ、とても今まで生きては来られなかったからな。」


「そう・・・。」




 一体、どれ程の地獄をミストは見てきたのだろうか。


 自分も大概だが彼の遍歴は自分以上の様な気がする。




 ミストの背中を見つめるノリアの耳に今度ははっきりと男達の声が聞こえてきた。


「まただ! また死体の上に百合の銀細工が置かれてたそうだ!」




 百合の銀細工・・・?


 妙なことをする者も居るのだな、とノリアは首を傾げる。




「百合か・・・。」


 ミストが呟く。


 ノリアがミストに向かって視線を上げた。


「百合には色んな意味合いが込められていると聞くけど・・・。」


「ほう?」


 興味深げにミストはノリアを見下ろした。


「どう言う意味があるんだ?」


「例えば・・・白百合には『純潔』とか『威厳』『偉大』など。そして黒百合には『恨み』や『復讐』などの全く別の意味が在ったりするわ。」


「色に依って意味合いが変わるのか。」


 ミストの理解にノリアは頷く。




「さっき・・・『また』と言っていたな。・・・面白そうだ。」


 ミストはニヤリと口の端を上げるとノリアを振り返った。


「取り敢えず今日の宿を決めるぞ。その後、俺は出掛ける。」


「私も行きます。」


「あぁ?」


 ミストは面喰らった様に訊き返したが考え直す様に彼女の顔を眺めた。


「・・・お前、魔術が使えるんだったか?」


「はい。」


「・・・まぁ良いか。だが勝手な事はするなよ。」


「うん。」


 ノリアが頷くとミストは宿を探し始めた。




 2人が入った宿はこの周辺では大きな宿だった。


 銀貨4枚を支払って2部屋を借りると荷物を置いた2人は腹拵えをすることにした。




「何か食べたい物でもあるか?」


「いえ、特には。」


 首を振るノリアにミストはメニューに目を通した後、係りの者を呼んで幾つかの料理を注文する。




 やがて目の前に並んだ料理の数々をノリアはじっと見つめる。


 大型のエビを蒸し焼きにしてクリームソースを掛けたポワレをメインに、大きな巻き貝の直火焼きや白身魚のムニエルなど昼食にしては豪華な皿が並ぶ。


「食べないのか?」


 エビの切り身を口に頬張りながらミストが尋ねると


「頂きます。」


 ノリアはそう言ってナイフとフォークを器用に操って白身魚を切り分け口に運ぶ。


「・・・美味しい。」


 驚いた表情でノリアが感想を漏らす。


「そりゃそうだろう。此処は港が近いからな。海産物はどれも新鮮で美味いさ。しかも輸送費も乗らないから他の地域で注文するよりも安い。」


「そっか。そう言う事か。」


 妙に納得するノリアにミストは訝しげな視線を送る。


 その視線に気付いたのかノリアは苦笑いをした。


「伯爵家に居た頃には良くこんな料理を口にしていたんだけど・・・実は私、海の食べ物って余り美味しくなくて苦手だったの。でも、そう言う理由だったのね。獲れてから時間の経ったモノを食べてたから美味しく感じなかったのか。」




 実際、傷みやすい海産物の輸送は内陸に向かえば向かうほど鮮度を保つのが難しくなる。


 カーネリア港からカーネリアの王都まではキャラバンで3日程の道程だが、夏場などはその移動の時間で大量に用意した氷も溶けてしまうので、下手を打つと王都に辿り着いた頃には物資の一部が腐ってしまっていた、なんて事は往々にしてあるらしい。


 冬場はそうでも無いが、逆にエビや貝などは捕れ難く身の柔らかい魚も姿を隠してしまう。


 従って王侯貴族でも王都に居る限りは、新鮮且つ美味な海産物を口にする事はほぼ不可能だったりするのだ。


 


「マルセル小国家群にも港のある国が在っただろう。食べなかったのか?」


「高くて手が出なかったわ。」


「なるほど。じゃあ腹一杯食べておけ。」


「うん。」


 ノリアは楽しそうに頷くと見掛けに依らず旺盛な食欲を見せた。


「・・・。」


 ミストは暫くその様子を見ていたがやがてボソリと呟いた。


「意外に良く食べるんだな。」


「・・・。」


 ノリアの手と口がピタリと止まった。


「良いから食え。」


 ミストが促すと止まったノリアの手と口が再び動き出した。


 その日の昼食はノリアの食欲に引き摺られてか、ミストにしてはかなり本腰を入れた昼食になった。




『ゲフッ・・・』


 静かにゲップを吐いたミストはさり気なく腹を摩りながらケロッとした表情で隣に立つノリアを横目に見た。


『食い過ぎたな・・・』


 口には出さないが、一回り近くも年齢の離れた娘に食欲で負けた事に悔しさを感じる自分を我ながら大人気無いなと感じてしまいミストは溜息を吐く。




「さて、腹ごなしに散歩がてらさっきの事件の話を聴いて回るか。」


 ミストがそう提案するとノリアは嬉しそうにミストを見上げて頷いた。


「散歩がてらって良いわね。」




 楽しそうにそう言っていたノリアだが、夕刻頃に宿に戻った時の彼女の顔は憂鬱そうな色合いに包まれていた。




「付いて行くのでは無かったわ。」


 ポソリとノリアは呟く。




 『散歩』という言葉につい浮かれてしまったが、よくよく考えて見れば凄惨な殺人事件の話を聴いて回るのが目的だったのだ。楽しくなる筈が無かった。


 しかも興奮醒めやらぬ町の人々はミストが尋ねれば『待ってました』とばかりに噂の猟奇的な連続殺人事件の話を事細かく話して来るのだ。描写が生々しくてミストの後ろで聴いていたノリアは途中で具合が悪くなるほどだった。


 挙げ句の果てにミストは実際の殺人現場まで足を運んでいた。


 流石にノリアは其処まで付いて行く気にはなれず、少し離れた所で休憩も兼ねてミストの帰りを待っていたのだが。




「まあ、しかし面白い話だったな。」


「そうかしら。」


 ノリアは若干不機嫌そうにそう返す。


 花売りの店に居た時には見せなかった表情にミストは口の端を少し上げた。人形のように静かに佇み全てを諦めたかのように微笑む彼女も良かったが、今のノリアも悪くない。




「1つ仮説を立ててみた。」


 ミストがノリアに言う。


「・・・。」


 口では不満を漏らしながらも興味は在るらしい。


 ノリアは無言でミストに注目する。


「殺された連中は貴族、商人、金を持ってる訳でも無い平民や貧民。身分や財力などは関係無く9人の人間がやられている様だ。此の9人に共通点を見出すのは今の段階では難しい。」


「ええ。」


「そして全てに共通するのは死体の上に『銀細工の百合の花が置かれている』という点だ。」


「そうね。」


「此処に俺は違和感を感じている。」


「違和感・・・?」


 ノリアは首を傾げた。


「言い方を変えればクドさを感じるんだよ。何故、わざわざそんな事をする必要が在る?」


 ミストに問われてノリアは困惑する。


「何故と言われても・・・。」


「何かを主張したいのなら、もっと解り易くする筈だ。『天罰』だの『復讐』だの言葉にした方が周りには伝わりやすい。『銀細工の百合の花を置く』では何の事だか解らない。」


「・・・特に意味は無いんじゃないかしら。楽しんでるだけの狂人の仕業、とか。或いは誰か『一部の人』には解る暗号みたいなモノとか。」


 ノリアがそう言うとミストは頷いた。


「確かにその可能性は大いに在る。特に『暗号』の線は面白い。だが俺はもう1つの可能性に金の臭いを感じる。」


「・・・ソレは?」


「目眩ましだ。」


「メクラマシ・・・?」


 ノリアは意味が解らずに訊き返す。


「目眩ましって、何の?」


「今回の様に9つの死体の上に『銀細工の百合の花が置かれていた』場合、皆は何を考えるか。当然『銀細工の百合の花』にどんな意味が在るのか。この9人と百合の花の関係は何か。そんな事を考えるだろう。」


「そうね。」


「だが、ソレは全てフェイクで何の意味も無いとしたら?」


「・・・。」


「実は犯人の本当の狙いは別に在って、皆の注意を『銀細工の百合の花』に向けさせて置いて、犯人は本当の目的をその間に果たすのが目的だとしたら?」


「・・・良くそんな事を考えつくものね。」


 ノリアは苦笑する。


「まあな。だから、もし其の『本当の目的』とやらを暴けたら金になるとは思わないか?」


「・・・。」


 流石にノリアは今度こそ呆れた。




 ノリアのそんな視線に構うこと無くミストは懐を弄り、コトリと小さい銀細工をテーブルの上に置いた。ソレは百合の花を象ったモノだった。


 ノリアの双眸が驚愕に大きく見開かれた。


「持って来たの!?」


「ああ。現場から失敬して来た。」


 ミストは飄々とした風体で頷く。


「・・・。」


 ノリアは絶句するしか無かった。



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