32話 報告会議
ミシェイルとアイシャがセルディナの公都に足を踏み入れたのは、イシュタルへの依頼を受けてから実に1ヶ月近くが経過しようとしていた頃だった。
「只今、ミレイさん。」
ギルドに戻ったミシェイルが受け付けのミレイに声を掛けると、顔を上げたミレイの顔に驚きの表情が、次いで笑顔が浮かんだ。
「ミシェイル君! アイシャちゃん! お帰りなさい!」
「ただいま、ミレイさん。」
アイシャも嬉しそうに挨拶を返す。
「ウェストンさん、居るかな?」
ミシェイルが問うとミレイは奥を指差す。
「居るわよ。奥でカンナさん達と話をしてるわ。」
「あ、じゃあ後にした方が良いかな?」
アイシャが言うとミレイは首を振った。
「大丈夫よ。依頼の結果報告は最優先よ。特に貴方達の依頼は宰相閣下直々の依頼なんだから遠慮は要らないわ。」
「そっか。」
2人は頷くとウェストンの執務室に向かった。
執務室に入った2人をウェストンは両手を広げて迎え入れた。
「ミシェイル、アイシャ! 良く戻ったな。依頼はどうだ。上手く行ってるか?」
「はい。現地では色々な人の協力も得ることが出来て、ある程度纏まった報告が出来そうだったので戻って来ました。」
ミシェイルの返答にウェストンも一緒に居たカンナも驚きの表情を浮かべる。
「ほう・・・。」
カンナが唸った。
「ある程度纏まった・・・か。」
「はい。」
ミシェイルが頷くとウェストンは2人に腰を下ろすように勧めてから言った。
「よし、聞こう。」
ミシェイルとアイシャは代わる代わるにイシュタルでの事を話した。
そしてアシャの話に及んだ時、カンナが待ったを掛けた。
「待て、アシャだと?」
「はい、あのアシャです。」
カンナの問いにミシェイルが頷く。
「・・・。」
カンナは碧眼を薄らと光らせて2人をジッと見た。
「・・・ふむ。どうやら操られている訳では無さそうだな。」
3人のやり取りを交互に見ていたウェストンが尋ねた。
「カンナ殿、俺には何が何だか、と言った処なんだが。」
「ああ、済まない。」
カンナは苦笑いをしてウェストンを見た。
「アシャと言うのはオディス教の元幹部で主教だった青年なんだ。」
「なんだと!?」
「剣も奈落の法術もかなり使える危険な男だったのでな。今も2人がアシャに法術で操られて我々に不利になる報告をさせられそうになっているんじゃないか、と思ったんだが其の心配は要らなさそうだ。」
「そうか・・・。」
浮かし掛けた腰を再びソファに沈めながらウェストンは苦虫を噛み潰した様な表情で2人を見た。
「全く・・・危険に過ぎるぞ。其処までやれとは言わなかった筈だ。」
「済みません。」
「ごめんなさい。」
ミシェイルとアイシャは苦笑いしながら頭を下げる。
「まあまあ。」
珍しくカンナが仲裁に入る。
「話の流れから察するに向こうから近づいて来た様だし仕方無いと思うぞ。」
「まあ、確かにな。」
ウェストンが渋々といった感じで納得の表情を見せるとカンナは2人を見た。
「で、アシャに密偵を任せたんだな?」
「はい。」
「結果はもたらされたのか?」
ミシェイルとアイシャは一瞬目配せし合うとカンナに頷いて見せる。
「想像以上の事が。其れで『これは直ぐに報告するべきだ』と思って戻って来たんです。」
「よし解った。」
カンナが立ち上がった。
「場を設けよう。ブリヤン殿は勿論だが、シオン達や都合が合えばアスタルト殿下辺りにも出席して貰おう。」
「え・・・。」
想定外の大きな場に2人が絶句する。
「何が『え・・・』だ。依頼者の宰相殿に直接報告するのは当たり前だろう。其れに・・・あの辺りの御仁達には聴いて置いて貰った方が良いような気がする。」
「・・・解りました。」
ミシェイルは緊張した面持ちで頷いた。
「ミシェイル!アイシャ!」
シオンは2人を見ると嬉しそうに声を上げた。
「シオン!」
「ただいま、シオン!」
ミシェイルとアイシャもシオンに笑顔で挨拶を返す。
「大変な依頼だったみたいだが、無事で何よりだ。」
シオンの言葉に2人は「本当にそうだな」と頷いた。
命あっての物種とは良く言うがこうして親しい人間と再会すると特に其れを強く実感する。
「ルーシーとセシリーは?」
アイシャが尋ねるとシオンは首を振りながら答える。
「彼女達は魔術院に詰めてる。保護しなくてはならない姉妹が居て2人が中心になって魔術院で面倒を看ているんだ。今晩は妹の体調が優れなくて出席出来なかった。」
「そうなの・・・。」
少し残念そうにアイシャは呟いた。
シオンは微笑んだ。
「明日、魔術院に行けば会えるよ。」
「うん、そうだね。」
アイシャは頷く。
「其れよりも・・・。」
シオンの表情が少し厳しくなる。
「イシュタルでアシャに会って協力させたって言うのは本当なのか?」
その問いにミシェイルは頷く。
「ああ本当だ。」
シオンは溜息を吐く。
「全く・・・無茶をする・・・。」
アイシャが慌てて言った。
「で、でもね。アシャ自身を信じた訳では無くて、アシャのイシュタル大神殿の大主教達に対する憎しみは信じても良いかなって思ったのよ。だから・・・。」
シオンは頷く。
「ああ、カンナからもその辺りの事情は聞いているから別に怒ってるわけじゃないさ。ただ其れにしても、と思ってさ。」
その言葉にミシェイルが苦笑いする。
「其れはまあ、俺もそう思うよ。」
その一言で3人は笑い出す。
其処へブリヤンが近づいて来た。
「ミシェイル君、アイシャ嬢。今回は私の無理な要望に応えてくれて感謝するよ。」
「ブリヤンさん。」
2人が挨拶を返すとブリヤンは頷く。
「今回の君達の報告は、セルディナが今後のイシュタル帝国への対応を考えるに当たっての一助となる筈だ。」
「・・・。」
「とは言っても何も緊張する事は無い。王族の方々も出席されるがマナー等は最低限の事を守ってくれれば普段の話し口調で全く構わない。公式の場では無いし、彼等も充分にその辺りは承知されている。君達が見た事、聞いた事を気楽に報告して欲しい。」
「わ、解りました。」
ミシェイルとアイシャは緊張した面持ちで頷く。
やがて会議室に姿を現したのはレオナルド公王だった。
「!!」
姿を見せるのはアスタルト公太子だと思っていた2人の表情が凍り付く。まさか公王が姿を見せるとは思っていなかった。
全員が着席するとブリヤンが口を開く。
「では、今回のイシュタル大神殿調査の依頼について、実際に依頼に携わったミシェイル=ウラヌス、アイシャ=ロゼーヌより報告して貰う。2名の者は陛下にご報告を。因みに君達がイシュタル帝国にて、とある人物と遭遇している処までは私も陛下もカンナ殿から聞いている。その後の話から頼む。」
「は、はい。」
ミシェイルとアイシャが硬い面持ちで返事をするとレオナルドが微笑んだ。
「ミシェイル君、アイシャ嬢。何も緊張する事は無い。君達が見た事、聞いた事、感じた事を素直に話してくれたら其れで良い。其処から何をどうするべきかを考えるのは我々の役目だ。落ち着いて話してくれ給え。」
「・・・はい。」
2人は軽く深呼吸すると口を開いた。
「ブリヤン閣下が仰った通り、俺達はイシュタル帝国でアシャと言う人物に出会いました。アシャは俺達に代わってイシュタル大神殿の調査をすると提案してきたのでその話に乗る事にしました。」
「うむ。」
「そして俺達はアシャが神殿に潜入している間に、アシャがオディス教徒に走る原因となった彼の故郷の惨状を見に行きました。」
「ちょっと良いかな?」
ブリヤンが口を挟む。
「そのアシャと言う人物がオディス教徒に走る原因となった、と言うのはどう言う事かな?」
「閣下。其れについては私から。」
シオンが手を挙げるとブリヤンが頷いた。
「うむ、ではシオン君。」
「は。アシャからその話を直接聞いたのは私とルーシーとカンナで、グースールの聖女との戦いに赴いた地底城での事になります。彼は元々はイシュタル大神殿のテンプルナイトだったそうです。」
「何と・・・そんな男が邪教徒になったと言うのか。」
「はい。彼は元々は正義感の強い男だったらしく自嘲気味では在りましたがテンプルナイトになれた自身に対しての誇らしい気持ちが在った事を話しています。しかし実際に仕事に就けば神殿内部の腐敗、特に一部の大主教達の横暴が余りにも目に付き、其れに対して怒りを感じていた様です。」
「・・・ほう・・・。」
レオナルドが呟く。
「そして彼は大主教達の横暴の証拠を集め法皇猊下に直接提出する準備を進めていた様ですが・・・その事が大主教達の耳に漏れてしまい、捕らえられた彼は様々な責め苦を受けた挙げ句に故郷を滅ぼすと脅されて屈服したそうです。」
「・・・。」
レオナルドとブリヤン、其れにウェストンの表情は厳しい。
「結果、彼はテンプルナイトを解任されて故郷に戻ります。そして彼が見たのは『神の威光に逆らう不届き者に対する見せしめ』として焼き尽くされた村の惨状でした。・・・彼は怒りに狂い邪教に走ったと言っています。」
「・・・。」
暫くレオナルド達は声を発しなかった。が、やがてウェストンがポツリと呟く。
「其れが本当なら・・・何て奴らだ。」
続けてブリヤンが言った。
「数年前にイシュタル大神殿が、近隣の町や村に襲撃を目論んでいた邪教徒の村を神の名の下に討伐したと言う話は聴いたことが在った。・・・まさか今の話の事なのか。」
レオナルドが頷いた。
「恐らくそうなのだろうな。当時、紐付きの報告でも焼き討ちされた村は至って普通の村だった筈だ、との報告が上がっていた。儂も妙だな、と思ってはいた。」
「・・・。」
大人3人の深刻な表情にミシェイルとアイシャが戸惑った様に黙り込むとカンナが微笑んで言った。
「で、お前達はその村を見に行ったんだな?」
「え?・・・あ、はい。」
アイシャが頷く。
「其れで・・・どうだった?」
「・・・酷かったです。」
アイシャの表情は暗い。
「建物も殆どが焼け落ちていて・・・沢山の人の・・・骨が・・・大人のモノから小さいモノまで埋葬もされずに放置されてました・・・。」
ミシェイルが後を引き継ぐ。
「村の入り口には『神の教えに逆らい怒りを買った者達の哀れな行く末』と書かれた立て札が在って、最後に『この迷える魂達に神の慈悲の在らん事を』との言葉で締め括られていました。」
「ふざけているのか・・・。」
シオンが吐き捨てる様に言った。
「神の慈悲を願うなら何故放って置くんだ。埋葬ぐらいはするだろう。」
「要は明らかな見せしめだな。」
カンナが不快そうに答える。
アイシャが報告を続ける。
「それでその後にあたし達は其の村で邪教徒らしき者達に襲われました。」
「何!?」
全員が一様に驚いてアイシャを見る。
「大丈夫です。大した怪我を負うことも無く撃退出来ましたから。・・・ただ気になる事が1つ。」
「其れは・・・?」
「ミシェイルに斃された男が最期に呟いたんです。『王に奈落の祝福あれ』って。」
「・・・王?」
カンナは首を捻る。
「うーん・・・解らんな。過去の伝導者達の記憶を覗いた中でも邪教徒が『王』と呼ぶ様な存在は居なかったが・・・。」
「ミシェイル達も解らないのか?」
「いや、アシャから『コイツじゃ無いか』と言う予想は聞いた。もう少し後で話そうと思う。」
シオンは頷く。
「そうか・・・。其れで、その後は?」
シオンに促されてミシェイルが報告を続ける。
「其れでその後はアシャとの合流に臨みました。そして彼が持ち帰った情報ですが・・・。」
ミシェイルは目の前に置かれた紅茶を一杯口に含むと話し続ける。
「近日中に法王主催の祭礼と言う儀式が執り行われるそうです。」
「うむ、知っている。」
レオナルドが頷いた。
「確か天央12神を祀る儀式で来月執り行われる筈だ。」
「来月・・・そっか、未だ時間は在るんだね・・・。」
アイシャがホッとしたように呟く。
が、逆に一同は其のアイシャの反応が気になる様に彼女を見た。
「其れはどう言う意味かね?」
ブリヤンがアイシャに尋ねるとミシェイルが代わって答えた。
「その日に一部の大主教達がとある計画を立てているそうなんです。」
「とある計画・・・?」
「はい、法皇暗殺です。」
「・・・!!」
ミシェイルの報告に場に緊張が走る。
「お、おい・・・。」
狼狽えるようにウェストンがミシェイルとアイシャを見る。
「其れは本当なんだろうな。後から『間違いでした』では済まないんだぞ。」
そう言われてミシェイルとアイシャも困った様な表情になる。
「多分・・・アシャが俺達に嘘を教えてなければ、本当です。」
「多分って・・・・。」
3人のやり取りを聞いてレオナルドが笑った。
「ウェストン君。可愛い若手冒険者を案じる気持ちは解るが心配には及ばんよ。もし仮にこの情報が間違っていたとしても別に構わんのだ。其れなら其れで使い途は在る。」
「そ、そうですか。」
ウェストンは恐縮したように頷く。
ブリヤンは何か思案しているカンナを見た。
「カンナ殿はどう思う?」
意見を求められてカンナは碧眼をブリヤンに向けた。
「・・・法皇暗殺か・・・。とんでも無い話に聞こえるが別段珍しい話でも無いな。法皇は信仰一筋の御仁と聞く。そして周りの大主教達が噂に違わぬ無軌道の者達ならば、お堅い現法王に居座られるよりも自分達の好きにさせてくれそうな人間に法皇になって貰った方が何かとやり易いだろうからな。」
「・・・そうだな。」
レオナルドが頷く。
「其れで・・・具体的にどういった手段を執るのかは解っているのか?」
シオンがミシェイルとアイシャに尋ねるとミシェイルは首を振った。
「いや、はっきりした方法はアシャも探れなかったらしい。ただ解っているのは祭礼の儀に使われる『天央の剣』と呼ばれる古い祭器に何かの仕掛けを施すつもりの様だ。」
「祭器に仕掛けを・・・毒針を仕込む、とかかな?」
シオンが腕を組んで呟く。
「其れと・・・。」
アイシャが話を継ぐ。
「計画の中心人物は連中の派閥のトップであるリカルド大主教だろう、とアシャは言っていました。開明派と呼ばれるヘンリークと言う名の大主教と常に話合いをしている男でヘンリークを昔から毛嫌いしている奴だそうです。」
「ヘンリーク・・・。」
大干渉の件で知り合った、一癖も二癖も在りそうな大主教の名を聞いてシオンは眉間に皺を寄せる。
「それで、コレがリカルドが計画の中心人物だと判る証拠です。アシャがリカルドの部屋から持ち出しました。」
そう言ってミシェイルは懐から1枚の紙片を取り出す。
侍従がミシェイルから受け取りレオナルドに渡した。一通り手紙に目を通すとレオナルドはブリヤンに其れを渡した。
其れは例のリカルド大主教宛に書かれた手紙だ。パブロスと言う大主教に因って書かれた手紙には『計画は予定通りに行う。事が成った暁には法皇となって貰い供に真の栄華を掴もうではないか。』と言った内容が綴られている。
「このパブロスと言うのは?」
ブリヤンがカンナに手紙を渡しながらミシェイルに尋ねる。
「リカルドを中心とした派閥の1人で立場的には同じ大主教だそうですが、言ってみればリカルド子飼いの手下だと言う事です。」
「ふむ・・・。」
ブリヤンが頷く。
「最後に・・・。」
ミシェイルは言った。
「オディス教は未だ壊滅した訳では在りません。」
全員の視線がミシェイルに集中する。
『恐らくはそうで在ろうな』と誰もが思っていた事では在るが、そうはっきりと言い切られると理由を知りたくなる。
「先程の報告でも言った『王に奈落の祝福あれ』って言葉ですが・・・アシャが言うにはオディス教が崇拝する別の邪神の事だろう、との事でした。」
「別の邪神・・・。」
「オディス教は密かに活動しているから知られていないだけで、元々世界中に広まって居るのだとか。そしてそれぞれの地域毎に指導者と崇拝する偶像が居るそうです。」
「なるほどな・・・。」
カンナが独り言ちる。
「前回、シオンが斃したザルサングと言う名のオディスの大主教はカーネリア地域の指導者でした。そしてグースールの聖女様もこの地のオディス教徒達に崇拝されていただけだった。」
「つまり勢力を弱めたのは『カーネリアのオディス教だけ』と言う事か。」
「はい。」
カンナの言葉にミシェイルは頷く。
「では・・・。」
シオンが口にする。その表情は珍しく強ばっていた。
「ザルサングの様なオディスの大主教クラスは世界中に何人も居ると言う事か・・・?」
「そうだ。」
「何て事だ。」
シオンが参ったとでも言う様に仰け反って背もたれに身を預ける。
「そして先程シオンに訊かれた『王に奈落の祝福あれ』と言う言葉から考えられる邪神の名前なんだがな。」
「・・・ああ。」
「アシャが言うには恐らくソイツは『最奥のアートス』だろう、と言う事だ。」
「何だと。」
「何と・・・。」
シオンとカンナが同時に呻いた。
「そしてアシャが言っていたんだが、彼の知る限り、最奥のアートスって奴はオディス教が祀る邪神群の中でも桁外れの力を持つらしい。アートスを信仰する勢力も最大だとか。そして何よりも謎なのは、その最大勢力を指導する大主教の姿を見た者が誰も居ないと言う事らしい。当時、アートス勢力の主教を務めていたザルサングですら会った事は無いそうだ。」
「・・・。」
「ザルサングはそう言った状況に不満を持っていた様でな。そんな折りに偶々『グースールの魔女』の存在を知った。力では到底アートスに及ばぬまでもその底知れない憎悪と怒りは邪神たるに相応しいと判断した。其れでアートスの一派から外れて新しい勢力をカーネリアに立ち上げた。」
「其れが俺達が邪教異変で戦った連中なのか。」
「そう言う事だ。」
「・・・。」
重苦しい雰囲気が会議の間を包み込む。
「報告は以上です。」
何はともあれ、とミシェイルとアイシャが頭を下げて結果報告は終了した。




