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神の去った世界で  作者: ジョニー
第3章 動乱のイシュタル
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31話 アシャの報告



 アシャと落ち合う廃屋に到着した2人は中に入った。


 廃屋の中は先週と同様の荒れようで、1週間前から誰も侵入して居ない事が解る。




 ミシェイルが古ぼけた椅子に腰掛けるとアイシャも其れに倣って隣の椅子に腰を下ろす。




「アイツ来るかな?」


 暇そうに上体を揺り動かしてたアイシャが思いついたようにミシェイルに話し掛けてくる。


「まあ・・・来るとは思うけどな。もし来なければアシャが言った様に直ぐにこの国を出る。」


 ミシェイルはそう答えながら荷物から干し肉を取り出して囓る。そうしながらアイシャにも干し肉を渡すとアイシャも受け取って囓ってみせる。


「アイツさ・・・。」


 アイシャが言う。


「うん?」


「アイツの名前、あたしの名前に似ていて嫌なんだよね。」


 アイシャのボヤきにミシェイルが吹き出した。


「アハハ。確かにな。『イ』が入ってるか入ってないかの差だけだもんな。」


 笑うミシェイルを見てアイシャは膨れっ面になる。


「もう!笑う事無いでしょ!」


「ゴメンゴメン。でも其れがアイツの名前なんだし言っても仕方無いよ。」


「其れは分かってるけど・・・。」


 アイシャが不満げに口を尖らせた時、『キィ』と入り口の扉が軋みながら開いた。




「!」


 ミシェイルが剣を握る。




 開いた扉の先には果たしてアシャが立っていた。


「待たせたか。」


 アシャが尋ねるとミシェイルは構えを解き首を振った。


「いや、其れほどでも無い。」


「そうか。」


 アシャは頷くと開いている椅子に向かい腰掛けた。




「何から話すかな・・・。」


 椅子に腰掛けて水筒の水を口に含んだアシャが呟く。




「何でも良い。気付いたこと全部を話してくれ。」


 ミシェイルが促すとアシャは頷いた。


「俺はお前達と別れた翌日に大神殿に向かった。そして先日手に掛けた主教の法着を身に着けて侵入した。」


 アイシャの眉間に皺が寄る。


「主教を殺したの?」


「ああ、少し前にな。」


 アシャは何でも無い事の様に肯定する。


「何故殺した?」


 ミシェイルが尋ねるとアシャは面倒そうに溜息を吐いた。


「その主教が人身売買をしていたからだ。教会に悩みを打ち明けに来た少年少女を欺して人買いに渡して謝礼金を受け取る。人買いは他国の買い手に掠った子供を売りつける。人助けを旨とする教会の主教がまさか悪事に荷担しているなんて誰も考えないから、奴を放って置けば被害は確実に増していく。だから殺した。」


「・・・。」


 2人は絶句する。




 アシャは言った。


「お前達は俺の故郷を見たんだろう?」


「!・・・見た。」


「アレが事実だ。どれ程の正義を掲げようとも組織がデカくなれば腐っていく。・・・いや、腐った人間達が入り込んでくる。だから自浄能力が必須になってくるんだが、少なくとも俺が聖堂騎士に居た頃の天央正教にそんな上等なモノは無かった。」


 建物の残骸と焼け焦げた死体を2人は思い出す。


「其れに比べればオディス教はそう言った腐った連中しか入って来ないから、正義を振り翳さない分だけ余程清々しい。」


 2人の眉間に皺が寄るのを見てアシャは表情を消した。


「話が逸れたな。」


 そして話を戻す。


「とにかく俺は主教の振りをして大神殿内に潜り込んだ。」


「ああ。」


 気を取り直したミシェイルが頷く。


「大神殿の内部は依然と変わらない様子だったよ。豪奢な造りに荘厳な雰囲気。本当に今にも神が降臨しそうな程に厳かで・・・吐き気を催す程だった。」


 アシャが吐き捨てる様に言う。


「・・・。」


 アシャの心境を知る2人にはアシャのその呪詛の様な言葉に何も言えない。




「その日は大神殿内部の造りを思い出す作業に専念して翌日から探りを入れ始めた。とは言え、其処はイシュタル大神殿だ。そうそう怪しいモノになど出会さない。詰まらない程に真面目くさった神官共と経典の読み合わせや議論を繰り返すだけだった。合間に雑談を持ちかけてみても大した話は得られない。」


「経典の読み合わせや議論・・・お前、そんな事が出来るんだな。」


 ミシェイルが少し感心したように言うとアシャは呆れた様に言った。


「当然だろう。世界中の神官共が何をしに何日も掛けてイシュタル大神殿に足を運んでいると思ってるんだ? 自分の信仰心を確認する為だぞ。だから同格の神官を相手に教義の内容を話し合い経典を読むんだ。潜入するからには其れくらいの事は出来なければ直ぐに偽者とバレてしまう。」


「なるほど・・・確かに俺達では足手纏いになりそうだ。」


 ミシェイルが頷く。


「とにかくそうしているウチに1つだけ気になる話を聞けた。その日、何人かの大主教達が集って近日行われる祭礼についての打ち合わせがある、との事だった。」


 ミシェイルが首を傾げる。


「祭礼・・・?」


「祭礼と言うのは、神や先達の魂に対して鎮魂や慰霊の意味を込めた宗派の儀式の様なモノだ。」


「その打ち合わせを大主教達がやるのか。」


「・・・。」


 アシャはその問いへの回答に少しだけ間を開けた。


「・・・普通はそう言った事を大主教はやらない。例えるなら国の将軍や騎士団長が新人の兵士に剣の稽古を付けるようなモノで非常に違和感がある事だ。だが何事にも例外がある。今の例え話で言うなら王族の少年には将軍や騎士団長が直接剣の稽古を付けるだろう。同様に今回の祭礼も例外となる。」


「つまり?」


「今回の祭礼の対象は天央12神で祭礼を司るのは法皇だという事だ。」


 ミシェイルとアイシャは頷いた。


 納得のいく話だ。


「其れでお前はその打ち合わせに潜り込んだのか?」


「其れは無理だ。主教以下は数多く居るので誤魔化せるが、大主教クラスは少数で全員の顔が知られている。流石に潜り込めない。だから天井裏から盗み聞く事にした。」


 そう言ってアシャは水筒の水を口に含んだ。


「で、結果だが。」


 アシャは再び話を続ける。


「祭礼の打ち合わせ自体は直ぐに終わった。その後、連中は『別の打ち合わせ』に入った。」


「別の打ち合わせ・・・?」


「法皇暗殺だ。」


「・・・!」


 強ばる2人の表情にアシャは嗤った。


「驚くような事じゃない。連中からしたらお堅い現法王に居座られるよりも自分達の好きにさせてくれそうな人間に法皇になって貰った方が今後何かとやり易いのだからな。」


 アイシャが首を振った。


「そんな・・・神様の教えに基づいて人を救う立場の人間が・・・。」




 でも・・・とアイシャは其処まで呟いて思い直した。


 その神たる天央12神の主神は自身の栄光と私欲を満たす事しか考えない『最低の奴』だった。だったら可笑しくは無いのか、と。




「其れで・・・具体的には?」


 ミシェイルが先を促しアシャは話を続けた。




「計画の中心人物の名前については打ち合わせでは出て来なかったが判っている。連中の派閥のトップであるリカルド大主教だ。開明派と呼ばれるヘンリーク大主教と常に話合いをしている男でヘンリークを昔から毛嫌いしている奴だ。実行日時は来月、祭礼の儀当日だ。暗殺方法に付いては今1つハッキリしなかった。」


「ハッキリしなかった?」


「祭礼の儀に使われる『天央の剣』と呼ばれる古い祭器に何かの仕掛けを施す様だが・・・その辺りは既に話合いが済んでいた様で細かな話は出なかった。」


「そうか・・・。」


 ミシェイルは頷いた。




「で、コレがリカルドが計画の中心人物だと判る証拠だ。リカルドの部屋から失敬した。」


 アシャが懐から1枚の紙片を取り出す。




 2人が覗き込むとリカルド大主教宛に書かれた手紙だった。差出人名はパブロスと書かれている。手紙には『計画は予定通りに行う。事が成った暁には法皇となって貰い供に真の栄華を掴もうではないか。』と言った内容が丁寧な言葉で認められていた。


「このパブロスと言うのは?」


「リカルドを中心とした派閥の1人だ。立場的には同じ大主教だが、言ってみればリカルド子飼いの手下だ。」




「・・・。」


 ミシェイルは立ち上がった。


 アイシャも其れに続く。


「行くのか?」


 余り興味も無さそうな声でアシャが尋ねた。


「ああ。1度セルディナに戻る。ギルドに報告しなくちゃならない。」


 ミシェイルはそう答えて・・・少し思案する素振りを見せた。




「なんだ?」


 ミシェイルの態度にアシャは怪訝そうな表情を見せる。


「1つ訊きたい。」


「何をだ。」


「お前の故郷を訪ねた時に俺とアイシャは正体不明の連中に襲われた。・・・オディス教は大主教が斃された事でどうなったんだ?」


「・・・ああ・・・。」


 アシャはミシェイルの尋ねたい事を理解した様だった。


「その『襲った奴』と言うのはオディス教徒と似た格好をしていたんだな?」


「ああ。」


 ミシェイルが頷く。


「そして斃した後、奴らの1人が今際の際に呟いたんだ。『王に奈落の祝福あれ』ってな。」


「王に奈落の祝福あれ・・・そう言ったんだな?」


「ああ。」


 肯定するミシェイルにアシャは表情を険しくする。




 やがてアシャは口を開いた。


「・・・ザルサング大主教が斃された事でカーネリアのオディス教は著しく勢力を落としただろうな。『カーネリアのオディス教』はな。」


「では・・・。」


 ゼロス達の予想は正しかった様だ、とミシェイルは思った。


 アシャは話を続ける。


「オディス教は邪教中の邪教だ。世界の滅亡を願う愚者なら万人を受け容れる。そしてそんな愚者達は世界中の何処にでも居る。更に言えばそんな奴らを指導するオディスの大主教クラスは何人も居るらしい。」


「らしい?」


「俺も会ったことは無いから確かな事は知らんと言う事だ。そして大主教ごとに崇める神の存在は変わる。」


 アシャの話を咀嚼しながらミシェイルは尋ねる。


「そうなのか? 崇める神は1体だけじゃ無いのか?」


 アシャは首を振る。


「オディス教に限って言えば違うな。お前達は勘違いをしている様だがオディス教は邪神を崇める教団では無い。オディス教の教義は『破壊と滅亡』の1点に集約される。崇める神々もオディス教から見たら『破壊と滅亡』を成す為の手段に過ぎない。だから崇める神々も大主教ごとに異なる。」


「・・・。」


「そして『王に奈落の祝福あれ』と言う言葉から考えれば、恐らくソイツ等の崇める邪神の名前は『最奥のアートス』だろうな。」


「最奥のアートス・・・。」


 聞き覚えの在る名前だった。


「それってクリソスト様って人が言っていた邪神か何かの名前じゃない。」


 アイシャが呟くとアシャは嗤った。


「そうだな、確かに邪神だ。だが・・・。」


 嗤いを収めるとアシャは真剣な表情で2人を見た。


「俺の知る知識もザルサング大主教から聞いた話からのモノでしか無いが、最奥のアートスって奴はオディス教が祀る邪神群の中でも桁外れの力を持つらしい。アートスを信仰する勢力も最大だとか。そして指導する大主教の姿を見た者も居ないらしい。当時、アートス勢力の主教を務めていたザルサングですら会った事は無いと言っていた。」


「・・・。」


「ザルサングはそう言った状況に不満を持っていた様でな。そんな折りに偶々『グースールの魔女』の存在を知った。力では到底アートスに及ばぬまでもその底知れない憎悪と怒りは邪神たるに相応しいと判断した様だ。それでアートスの一派から外れて新しい勢力をカーネリアに立ち上げた。」


「其れが俺達が邪教異変で戦った連中なのか。」


「そう言う事だ。」


 2人は少し青ざめた表情で互いを見遣った。




「問題は・・・。」


 アシャの表情が厳しくなる。


「アートス勢力の連中が俺の故郷で何をしていたかだ。」


 その双眸には激しい怒りの炎が浮かんでいる。


「下らん事を画策しているなら容赦はしない。」




 アシャの表情を見てミシェイルが言った。


「無茶はするなよ。1人で突っかかっても良い事なんて無いぞ。」


 その言葉にアシャは苛立ちの混ざった厳しい視線を投げてきた。


「お前達に心配される謂われは無い! さっさとセルディナに戻るなら戻れ!」


「そうするよ。」


 ミシェイルは心配げなアイシャを促して扉を出ようとした。


 そして足を止めるとアシャを振り返った。


「協力を感謝するよ。あんたが居なければ得られなかった情報だ。」


「・・・。」


 アシャはミシェイルから視線を外し「もう行け」とばかりに手で合図を送った。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




「ゼロスさん、俺達は1度セルディナに戻ります。」


 『置き去りの止まり木』亭で挨拶をするミシェイルとアイシャにゼロス達は頷いた。


「そうか。何にせよ無事に依頼を果たせそうで何よりだ。」


「はい、有り難う御座います。」


「紐付きの件はもう少し時間が掛かりそうだとウェストンには伝えて置いてくれ。」


「解りました。」


 ミシェイルは頷き、そして囁いた。


「ゼロスさん達も気を付けて下さい。」


「例の邪教の件だな。了解だ。まあ、俺達が関わる事も無いだろうが覚えて置くよ。」






 『置き去りの止まり木』亭を出る。日は未だ高い。


 今日中にはセルディナ行きの船を捕まえられるだろう。




「帰ろうか、アイシャ。」


「うん、帰ろう。」


 ミシェイルの声にアイシャは笑顔で応える。




 国外を股に掛けた依頼を終えた2人はセルディナを目指して漸く帰路に就いた。






 

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