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神の去った世界で  作者: ジョニー
第3章 動乱のイシュタル
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30話 花売り娘



 蜂蜜酒を口にしながらカーネリアの町並みを見下ろしているミストの下へノリアが姿を現した。




 ミストがノリアに視線を向けるとノリアは静かに微笑んだ。


「また来てくれましたね。」


「・・・。」


 相も変わらず彼女の無気力とも思えるような穏やかな声はミストを落ち着かせる。


「・・・今までの衣装とは違うな。ソレに髪型も違う。」


「はい・・・。」


 ノリアは恥じらうように、でもミストに披露する様に薄青のキャミソールドレスの裾を指で摘まんで少しだけ広げた。彼女は薄い金髪をサイドで緩く纏め上げており余った髪がサラリと揺れる。


「どうでしょうか?」


 尋ねるノリアからミストは視線を外す。


「昔の賢者が女をこんな風に表現した事がある。『女性は季節毎の景色に似ている』ってな。」


「・・・。」


「少し刻が経つだけで次々に変化と驚きを与えてくれる・・・らしい。」


 ノリアはクスリと笑った。


「私はどうでしょう?」


「・・・良く似合っている。」


「ありがとう御座います・・・。」


 ノリアは頬を染めながらミストの横に座り蜂蜜酒の入った酒器を手に持った。ミストが空になったグラスを差し出すと蜂蜜酒を注ぐ。


 ミストはそんな彼女を眺めながら口を開いた。


「・・・その髪型はカーネリアの貴族令嬢が良くする奴だな。」


 ピクリとノリアの手が止まった。が、直ぐに微笑んだ。


「ふふふ。花売りの娘には似合いませんか?」


「いや、良く似合っている。寧ろその崩し方は慣れているくらいだ。」


「・・・。」


 ノリアは酒器を置くと黙って左腕を摩った。




 そのクセだ。


 ミストは確信する。




「魔石は辛かったか?」


「!?」


 ノリアの顔が跳ね上がった。その表情は驚きに満ちている。


「なんで・・・其れを・・・。」




「前に話しただろう。この国で大損させられたと。ソイツを少しでも補填しようとここ一週間ほど小銭稼ぎをしていてな。役立つ話もそうでない話も数多く聞いた。」


 ミストはグラスを呷る。




「現王ゼイブロイの暴走の最初の被害者であるライラック伯爵家、その一人娘の名前がノリア。」


「・・・。」


「ライラック伯爵は公明正大な人物で人々の信望も厚かったとか。そしてその一人娘は稀に見る高い魔力の持ち主で将来はカーネリア魔術院への入院も確かだと評判だったそうだな。」


 ノリアは目を伏せた。


「一度目は気が付かなかった。だが2回目にお前を抱いたときに左腕の傷に気が付いた。ソレは『中に埋まっていた何か』を無理矢理取り出した跡だ。」


「・・・。」


「例えば『魔石』とかな。」


「・・・。」


 ノリアが左腕を隠す。


「玉座に就いたばかりの王には何かと苦言を呈する伯爵が気に入らなかったのだろうな。併せて『飛空部隊』の結成計画が当初から在ったあの王には一人娘の入手も頭に在った筈だ。だから人々には深く説明もされないままに伯爵は強引に反逆の汚名を着せられ処刑された。一人娘はその時から姿を消したとこの話を俺にした奴は言っていたな。」


 ミストは話し終えるとノリアを見た。




 特に彼女が話さないなら其れでも構わない。


 結局は他人事で、しかも終わった話だ。


 ただ気紛れで興味を持っただけに過ぎない話なのだ。




 少しの時間を置いてノリアは静かに話し出した。


「父は最後までゼイブロイの立太子に反対していました。その恨みを買ってか、ゼイブロイが玉座に就いた後、些細な言い掛かりを付けられて伯爵領を召し上げられました。其れだけで無く私を召し出せと言って来たのです。父は国を捨てる決心をしましたが、王に予測されており反逆罪でその場で斬り殺されました。其れが8年前の事です。私は捕らえられ何処ぞの地下に監禁されました。」


 ミストは黙って蜂蜜酒を注ぎ足す。


「拷問の様な魔法特訓が日々続き、沢山の魔術を習得させられました。そして私同様に掠われてきた少年少女達が特訓に耐えられずに次々と命を落としていく中で、悪夢のような実験が行われました。其れが『魔石封入』です。」


 そう言ってノリアは怖ず怖ずと左腕の化粧を摩って落とすとミストに差し出して見せた。




 化粧が落ちて依りはっきりと見えるようになった傷跡は乱雑で痛々しく、ミストはその傷跡に眉を顰めた。


「自分で抉ったのか?」


 そう問うとノリアはコクリと頷く。


「魔石を腕に埋め込まれて・・・私以外の全員が苦しみながら命を落としていきました。私も『何れはああなるのか』と怖れ、そうなる前にと覚悟を決めて逃げ出しました。幾つもの幸運が重なって奇跡的に地下施設から逃げ切る事が出来た私は魔石をナイフで抉り出しそのまま気絶しました。」


「・・・。」


「次に気が付いた時には私は修道院で手当てを受けていました。暫くは其処でお世話になっていましたが、国が私を追っているかも知れない・・・そんな私が此処に居ては迷惑になると思い、その修道院も出て行きました。そして色々と食い扶持を稼ぎながら逃避行を続けていましたが、私の迂闊さから人買いの手に落ちる羽目になり、一年前にこの花売りの店に売られました。」


「・・・波瀾万丈だな。」


 失言だと解りつつもミストはそう言うしか無かった。そしてゼイブロイの飛空部隊結成の企みは、恐らく其処で1回断念されたのだろう。




 だがそんな事よりもミストが驚嘆したのはノリアの生命力だった。


 普通は魔石が体内に埋め込まれた時点で相当な不具合を感じて命を落とすだろう。仮に適応が高く即時に命を落とさずとも動くことすらままならない筈だ。ミストが助けた時のシーラの様に。


 だがノリアはその状態でも自らの足で逃げ切ったと言う。


 


 ミストは一考する。


 生き延びられた可能性は幾つかある。


 1つはノリアが男性をも遙かに凌ぐ並外れた体力の持ち主であった場合だ。この場合は単純に体力が尽きる前に追っ手から逃げ切り魔石を摘出する事も可能だろう。


 2つ目の可能性はノリアが魔石の毒に対して強い抵抗力を持っていた・・・つまり非常に高い魔力を持っていて魔石毒の侵入を拒み同時に中和をしていた場合だ。これなら並みの少女の体力でもかなり長い時間生き長らえるだろう。


 3つ目の可能性は単に非常に運が良かっただけと言う可能性。




 ミストは恐らく2つ目の理由だろうと当たりを付ける。2回彼女を抱いた感じからして、女性にしては力は強いがノリアに人並み外れた体力がある様には感じなかった。




 ノリアは静かに苦笑する。


「ええ、本当に。折角カーネリアを逃げ出したのにまた売られて戻って来るなんて確かに『波瀾万丈』ですね。でも其れで良かったと今では思います。」


「何故だ?」


「・・・憎いゼイブロイの終焉をこの目で見届けられるから。」


「そうか・・・。」




 ミストには1つ解らない事が在った。




 そもそも今回の件は最初に此処に来たときにミストがノリアに要求した小話が発端となった。お伽噺は現実の話がモデルになっている、とミストが考え動いたからこそ事態は動いたのだ。では何故ノリアはあのお伽話をミストに聞かせたのか。まさかミストの正体に気が付いていた訳ではあるまい。




「何故お前は俺にあのお伽噺をして聞かせたんだ?」


「?」


 ノリアは首を傾げた。


「何故・・・と言われましても・・・私は来るお客さんに話をせがまれた時には、皆にあの話をしていましたから。いつか誰かがこの話の真実に気が付いてくれないか、と期待を込めて。」


「・・・ふ。」


 思わず口の端が上がる。


 なるほど、別に自分の正体に気が付いて、と言う訳では無かったのか。少女の直向きな執念に単純に自分が乗っかってまんまと彼女の願うがままに動いただけだったのだ。




「ははは。」


 ミストは久しぶりに声を上げて笑った。


「どうしたのですか?」


 突然笑いだしたミストに驚いてノリアが尋ねてくる。




「いや、別に。」


 ミストは笑いを収めるとノリアを見た。


「お前、この店を・・・カーネリアを出たいとは思わんか?」


「え・・・?」


 ノリアは小首を傾げた。


「何かに追われるでも無く貴族令嬢でも無く、単なる1人の『ノリア』として世界を見てみたくは無いか?」


 ミストの言葉にノリアの双眸が揺れる。


「もしお前が望むなら俺がお前をこの店から引き抜いてやる。」


 ミストがそう言うとノリアは苦笑して首を横に振った。


「私をこの店から出すのに幾ら掛かるかご存知ですか? 金貨100枚は下りませんよ?」


「・・・。」


 ミストは黙って懐を探ると隠し財布から白金貨4枚を取り出して見せた。


「コレだけ有れば文句も言われまい。」


「!」


 この静かな少女が初めて動揺した姿をミストに見せた。


「で・・・でも・・・。」


 一瞬だけ希望の光を宿らせたノリアの双眸は、直ぐに光を失い彼女は俯いた。


「・・・行く当てが在りません。」


「なら暫くは俺に付いて来い。お前1人くらい面倒見てやる。」




 ノリアの頬に紅が差す。


「なんで・・・そんな大金を使ってまで・・・。」


「お前が気に入ったからだ。男が花売り娘を店から引き抜く理由としては至極真っ当な理由だと思うんだがな。」




 彼女の双眸から涙が溢れ、床にポタリと落ちた。




「来るか?」


「・・・。」


 ノリアはコクリと頷いた。






 店の主の驚き様は思い返しても笑えるモノだった。ノリアが引き抜かれる事態など本当に想定外だったのだろう。暫くは呆気に取られた表情でミストを眺めていたがミストがカウンターに投げた白金貨4枚を見てからの動きは素早かった。


 「ミストの気が変わらないウチに」と慌てて契約書類を交わし、ノリアを着飾らせて当面必要になるであろう必需品を持たせてくれたのだ。




 店を出るとミストは言った。


「中々に話の解る店主じゃないか。もっとゴネられるかと思っていたんだが。」


 ノリアがクスリと笑った。


「引き抜きなんて殆ど無い話ですから驚いたんだと思います。」


「なるほど。」


 隣で歩くノリアを見下ろして尋ねた。


「ゼイブロイの終焉、とやらは見なくて良いのか?」


 ノリアはミストを見上げる。


「良いんです。こうなったら、もうあの男の顛末などに興味は在りません。」


「そうか。まあ、いずれにせよゼイブロイは『国民の前で公開斬首』は免れないだろうな。そして残りの王族は幽閉か追放だろう。」


「そうですか。」


 ノリアは静かに頷く。




「それとな。」


「はい?」


「是れからは敬語を使う必要は無い。供に行動する者に敬語を使われる事ほど鬱陶しいモノも無いからな。」


「・・・。」


 ノリアは少しだけ驚いた様な表情を見せたがやがて嬉しそうに微笑んで頷いた。


「うん。」




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




「あの、カンナさん。」


 アリスは魔術院の通路にてトコトコと歩くカンナの姿を見つけて呼び止めた。


「ん? アリスか。どうした?」


「ミストを見ませんでしたか?」


 アリスの問い掛けにカンナは首を傾げて溜息を吐いた。


「王城で賞金を貰ってる筈だが・・・戻って来ないな。まあ、あの男の性格からして多分このまま戻って来ないだろう。」


「!」


 顔を引き攣らせるアリスを見てカンナは苦笑する。


「お前の趣味も良く解らんが、あんな面倒臭い男の何処が良いんだか。・・・まあ良いさ。多分だが行先はイシュタルじゃないか?」


「え、イシュタル・・・?」


「ああ。以前に文献を漁っている時に雑談で話した事がある。生まれはイシュタルの貧民街だとな。一旦帰るのも悪くない、とか何とか言ってたな。」


「・・・。」


 アリスは黙ってカンナを見つめた。


「追うのか?」


 尋ねるカンナにアリスはゆっくりと首を横に振った。


「追わんのか。」


 今度は首を縦に振る。




 自分は置いて行かれた。多分、其れが彼の答えだ。此処で追いかけて奇跡的に再会出来ても恐らく彼は喜ばないだろう。


 其れに年齢の差もある。自分は18で彼は恐らく30台だ。経験を取って見ても知識や思考を取って見ても、文字通り大人と子供ほどの差がある。




 アリスは寂しげに微笑んだ。


「追いかけても・・・彼に迷惑を掛けるだけですから。」


 その大人びた微笑みを見てカンナは「おや?」と思う。




 立ち去るアリスの後ろ姿を見送りながらカンナは微笑んだ。


「少し大人になったかな?」


 だが・・・とカンナは思う。


 相手を想って身を退くだけが大人になる事では無いぞ、と。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 アシャと落ち合う日になった。




 結局、ミシェイルとアイシャはゼロス達に情報連絡をした日から、大した進展を見る事は出来なかった。


 今日のアシャからの報告如何に依っては1度セルディナに戻る事も視野に入れた方が良いだろう、とミシェイルは考えている。




 とは言え、今日彼が確実に来るとは限らない。罠で在る可能性とて低いとは言え無い訳では無い。




「アイシャ、準備は良いか?」


「うん。」


 アイシャは頷いた。




 ここ数日、アイシャの様子がおかしい。


 正確にはゼロス達と飲んだ後から。何がどう、と言う訳では無いのだが、時折ミシェイルを凄い情熱を込めて見つめていたりする。


 が、ミシェイルと視線が合うと顔を真っ赤にして慌てて逸らしてしまう。




「・・・。」


 ミシェイルとしては何かチャンスが訪れている気がするのだが、どう切り出して良いのか解らない。


 そのうち、アイシャの様子も落ち着いてきたのだが・・・。ミシェイルとしては何か自分がとんでもないチャンスを失ったのではないかと落ち着かない気分だった。




 非常に、何か非常に大事な機会を逃した様なモヤモヤをミシェイルは胸の奥に感じながらアイシャの返事に頷くと言った。




「よし、じゃあ行こう。」







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