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神の去った世界で  作者: ジョニー
第2章 天壤無窮
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24話 結論



 永遠に続く治世など在りはしない。




 例えばその『統治』を神が行えば悠久の治世もあり得るのだろうが、残念ながらこの世界の『統治』は不完全な人の手に拠って行われる。故に永劫に続く治世は有り得ず、だからこそ統治者達は自分の治世を少しでも長く存命させる事に腐心するのだ。




 況してや民や世界に対して不満しか与えない治世などが長く保つ筈も無く。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 大干渉使節団はゼイブロイとデイダックが広間から逃げ出さぬ様に騎士団に見張らせると、部屋を移し審議に入った。




「最早、多くを語る必要は無いと思う。」


 使節団長のリンデルがそう口を開く。


 その言葉に使節団の面々は大きく頷いて見せた。実に20を超える国々の代表者達、計71名の代表者達がゼイブロイに対して抱いた感想と評価は当然の如く一致していた。




「最後まで自分の不心得を認める事も無く、数ある証拠を以てしても自分の愚行を認めようとしない幼稚性は玉座に座る者として全く相応しくない。」


 オルトウィンが言葉を継ぐ。


「そしてその幼稚な男がカーネリアの民に与え続けた苦痛の規模と近隣諸国に与え続けた不利益を考えれば即座に玉座から引き摺り降ろすべきでしょうな。」


「仰る通りだ。」


 その言葉を皮切りに西側小国家群の代表者達が口々に発言する。




 幾つかの発言が出た後にリンデルが纏める。


「では、当代の王ゼイブロイには退位して貰う。そう結論付ける事に異論は無いか?」


「・・・。」


 反対意見は出ない。




 リンデルは頷き更に続ける。


「相解った。では『ゼイブロイ王には退位して貰い王朝を閉じる事』を大干渉使節団の結論とする。」


 各所から拍手が鳴る。




 此処までは当初の予定通りだ。


 王朝を廃する事。此れは各国が望んだ結論だ。だがその後の事、つまり「カーネリア王国をどの様に扱うか」に関しては恐らく議論が必要になるだろう。




「問題はその後の事だが・・・」


 リンデルは一同を見渡す。


「皆には様々な意見が在ると思う。其れを発言して欲しい。」




 忽ち各所から挙手が上がり自国の要望を口にする意見が続出する。




 「今回参加した国々でカーネリアを分割し所有するべき」と述べる者。


 其れでは要らぬ争乱を招くとして世界的平和の観点から否の意思を示す者。


 ならばと「土地は分けず、総合的に上がってくる経済的利益を分割しよう」と提案する者。


 「信頼の置けるセルディナに管理を願おう」とセルディナと交流の深い一部の西側小国家の代表者達が提案する場面も在った。




 最終的には


「カーネリアに新王朝を打ち立てて、統治自体は其の王朝に委ねる。」


 と言う意見が優勢になってくる。




 下手に弄ればカーネリアに住む民や兵士騎士達の反感を買い、歯止めの効かない泥沼の争いに転じるリスクを考慮しての事だが、一同はその意見で纏まりつつあった。




 オルトウィンはシオンに囁く。


「シオン殿。後はもういい。退室して構わないので用意された自室で休んでいてくだされ。」




 シオンは折角の厚意に甘えて言葉に従う。






「ふぅ・・・。」


 シオンは部屋を出ると溜息を吐いた。




 先程の喧々囂々とした雰囲気は、サリマ=テルマのリアノエル領にて幼い自分が領主に就いた頃の事を思い出す。


 勉強中だったあの頃は、未だ部下の口論を聴くのみで決定は疎か仲裁さえも出来ない未熟者だった。部下もシオンの事はほぼ眼中に無く、自分の務めを果たすことに精一杯で何の余裕も無かった。


 ・・・苦い思い出だ。




 シオンは首を1つ振ると閑散とした広い通路を歩いて行く。




 オルトウィンは「自室で休憩を」と言ってくれたが、直ぐに宛がわれた部屋に向かう気にはなれなかった。


 通路を外れて張り出されたバルコニーで冬の陽差しを浴びてみる。


「・・・。」


 少し肌寒い風がソヨリと吹き、名も知らぬ小鳥達の囀りがシオンの耳を擽る。




 先程までの人々の泥沼のような喧噪が嘘の様だ。




 恐らくは新王朝の設立で落ち着くだろう。誰しもが「其れが一番無難だ」と考える筈だ。皆が意見を出したのは、一応自分の国の意向を伝える為のモノだったのだろう。




 国政に於いては素人の自分でさえその位の事は察しが付く。


 最早、事態は決した、そう見ても良いだろう。




「うーん・・・。」


 そう考えてシオンが軽く伸びをした時だった。




「御子殿。」


 後ろから話し掛けられてシオンは振り返った。




 先程から誰かが近づいて来ているのは察していたが、自分に話し掛けてくるとは思わなかった。




「ヘンリーク殿。」


 話し合いから抜け出して来たのかイシュタル大神殿の大主教ヘンリークが笑顔を向けて立っていた。


「話し合いは宜しいのですか?」


 シオンの質問にヘンリークは笑った。


「ほほほ。良いのですよ。もともと我ら天央正教はこの大干渉に対して意見を出す気は無いのですよ。もっと言えば如何なる結論にも異論を挟む気は無い。」


「ほう・・・。」


 シオンの中で警戒心が高まる。


「では何故参加されたのですか? 私は法皇猊下もこの件を注視されていらっしゃるから貴方が派遣されたモノだとばかり思っていました。」


「ほほ・・・。何も全員が同じ意思の下に集った訳では在りませんからな。」


 変わらぬ笑顔で言葉を紡ぐヘンリークにシオンも笑顔を絶やさずに問い続ける。


「なるほど。では貴方は・・・いや天央正教はどの様な意思を以て此処にいらしたのですか?




 ヘンリークは笑顔のままシオンを指差した。


「貴男ですよ、竜王の御子殿。」


「・・・俺?」


 ヘンリークは頷く。


「そう、邪教徒を滅ぼしセルディナ公国に平和をもたらした救国の英雄たる貴男に、我らの敬愛するイェルハルド法皇猊下も強く興味を持たれているのです。」


「・・・其れは光栄な事ですが・・・。」


 シオンは若干戸惑う。


 他国の人間からこれ程に強く興味を惹かれているとは思っていなかった。




「ほほほ、戸惑われて居りますな。無論、我らも只の英雄殿で在れば興味を持つ事は在りません。だが貴男は違う。」


「違う?」


「そう。貴男は竜王の御子だ。古の・・・真なる神々の力の残滓を竜王の巫女様から受け継いだ者。そして『神性』をその体内に宿す者。謂わば最も神に近い存在だ。」




 神に近い存在は言い過ぎだ。


 自分は精神的には普通の人間と何も変わらない。


 過剰な評価を受けてシオンは少し笑顔を引き攣らせる。




「神に近いは言い過ぎです。私は普通の人間だ。」


 シオンの言葉にヘンリークは大げさに驚いた表情をして見せる。


「普通の人間などと、とんでもない話です。貴男は我ら天央正教が欲して止まない『神の証』を持っている唯一の人間です。」


 途轍もない熱量を含んだ双眸がシオンを捉える。


「・・・。」


 シオンは無言でヘンリークの本音を待つ。


「・・・故に我らは貴男を我がイシュタル大神殿にお招きしたいのです。」




 そういう事か。




 シオンはそっと溜息を吐いてはっきりと返した。


「申し訳無いが私はその招待を受ける気は在りません。」


「ほう・・・。」


 ヘンリークに理解し難いといった表情が浮かぶ。


「其れは何故でしょうかな?」


「何故も何も、私は天央正教と関係が無い。其れに私はセルディナ公国が気に入っています。彼らと離れる気など無い。」


 シオンの答えにヘンリークは笑った。


「離れる等と・・・可笑しな事を仰る。我らはただ貴男を客人としてお迎えしたいと言っているだけなのだが。」


「・・・。」


 シオンは薄く笑いながら無言で彼を見つめる。




 そんな事が在る筈が無い。


 なんだかんだと理由を付け、地位を与えて囲い込もうとするのは目に見えている。




 説得はムリと察したのかヘンリークは頷いた。


「良いでしょう。ですが貴男は何れ必ず神殿にいらっしゃるでしょう。」


「どう言う意味でしょう?」


 シオンの視線にヘンリークは笑って返した。


「運命と言う物は抗い難い存在だと言う事ですよ。何時の日かの御来殿をお待ち致して居りますよ。」


「・・・。」


 ヘンリークはそう言い残し返答に詰まるシオンに背を向けた。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 自室で傷の手当てをしながら身体を休めていたシオンの所にリンデルとオルトウィンが尋ねて来た。2人を迎え入れシオンは紅茶を差し出すと尋ねた。


「話は終わったのですか?」


 2人は頷く。


「一旦の目処が立った。」


 リンデルが紅茶を口に運びながら答える。


「ゼイブロイ王には玉座を降りて貰います。その後のカーネリアには新王朝を立てて貰い彼らに任せるという方向で落ち着きました。まあ、もちろん数年の間は各国にお目付が付くことになりますが。」


 オルトウィンが言葉を継ぐとリンデルが付け加えた。


「先ずは書類上の手続きを済ませて国内外への通達をする。恐らく2~3ヶ月は掛かるだろうから、その間のカーネリアの統治は各国の代表とカーネリア宰相のデイダックを交えた合議制と言う形を取ることになるだろう。」


「?」


 シオンは首を傾げた。


「カーネリアの宰相も交えるのですか?」


 オルトウィンは頷いた。


「彼は今回の大干渉には無関係です。それに元々其れ以前も彼の政治手腕は優れたモノだった。情に薄い側面は有るものの策を練る能力は高い。ゼイブロイ王の横暴な意思が働いても無辜の民が無駄に命を落とすことが無いように彼が策を練ったからこそカーネリアは酷い事態に陥らずに済んでいました。」


「其の実績を評価した。」


 リンデルが言う。


「そうですか。」


 シオンは頷いた。




「まあ・・・。」


 オルトウィンが呟いた。


「・・・実際、ゼイブロイ王の一番の被害者はデイダック殿だったと思うよ。彼は王の尻拭いに奔走していた男だったしな。」




 国は違えど治世に関わり続けた同じ立場に居る者同士、オルトウィンの言葉にはデイダックに対する同情の念が込められていた。




「宰相殿はどうなるのです?」


 シオンが尋ねるとリンデルが答える。


「彼には一度宰相を降りて貰う。ケジメは必要だからな。その後は彼の自由意思に任せる。改めてこの国の統治に関わりたいという事で在れば大干渉使節団の名に於いて新たに任命をするし、その他の道を選ぶなら承認するつもりだ。」




 シオンは他人事ながら少し安堵した。


 そんなシオンにオルトウィンが微笑みながら言う。


「そういう訳でシオン殿、貴男は明日にでもセルディナに帰って頂いて大丈夫です。」


「解りました。」


 シオンは頷く。






 翌日、二の鐘が鳴る頃、シオンはカーネリア城を後にした。


『願わくばシオン殿の戦い振りをこの目に観ておきたかったよ。・・・名残惜しいが、この先の御子殿の御身に幸在らん事を。』


 片手を胸に当てて笑顔で別れの挨拶をするリンデルだった。




 アスタルトと比べても遜色ないほどに様々な面で洗練された皇子だった。


『また会って話をしてみたい。』


 そう思いながらシオンは貰った小型の馬車を操って城門から出た。




 その先ではミストとアリスが彼を待っていた。


「やあ、待たせたかな?」


 シオンが言うとアリスが首を振った。


「いえ、そんな事は在りませ・・・。」


「何、大した事は無い。一の鐘が鳴り終わる頃に此処に来た程度の時間だからな。」


 アリスの言葉に被せてミストが言う。


「・・・。」


 情け無さそうな顔をミストに向けるアリスの表情に噴き出しそうになるのを堪えながら、シオンは言った。


「済まない。そんな朝早くから待っていてくれたとは知らなかった。詫びと言っては何だけど馬車に乗って寛いで欲しい。セルディナまでは俺が馭者をするから。」


「・・・そうか、では言葉に甘えよう。」


「あ、有り難う御座います。」


 ミストが馬車に乗り込むのを見て、アリスが慌ててシオンに頭を下げてミストの後に続いた。




 王都を抜けて大陸公路マーナ・ユールに入る。




 晴れた冬の陽差しは夜の凍えるような厳しい寒さとは打って変わって思わず眠気を誘われるほどのポカポカとした陽気に満ち溢れている。




 シオンがのんびりと馬車を操っていると幌の中からミストが声を掛けてきた。


「お前、本当は何が目的なんだ?」


「目的?」


 シオンが訊き返す。


「そうだ。アリスを連れて行くのは解るが俺を連れて行く理由が『正当な報酬を受け取らせるため』と言うのは納得しかねる。」


「・・・。」


 シオンは思案する。


「・・・報酬を受け取らせるって言うのは嘘じゃ無い。だがもう1つ理由が在るには在る。」


「其れは何だ?」


 ミストの声が少し低くなる。


「カンナに・・・貴男が古代図書館で出会ったノームの少女にもう一度会って貰いたいと思っているんだ。」


「・・・何でだ?」


 少し意外な返答が返って来てミストは虚を突かれたが、重ねてそう尋ねる。


「何で・・・と言う事も無いんだが、どんな話になるのか少し興味が在るんだ。」


「・・・ふん。」


 理解はし切れなかったがミストは取り敢えずは納得する事にした。




「あ、あの。」


 アリスがシオンに話し掛ける。


「ん?」


「セルディナにはどのくらいで着くんでしょうか?」




 シオンは少し考えて答えた。


「明後日くらいには着くと思うよ。」




 セルディナはまだ先だ。







4/20

誤字の指摘を頂きました。ありがとう御座います。

早速適用させて頂きます。大変助かります。

なんであんなミスが起きたのか解りませんが読み返していた時は全く気付きませんでした。

読んで頂けている事を嬉しく思います。

今後とも宜しくお願い致します。

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