11話 受付嬢から回された依頼
ミレイはシオンに依頼の内容を話し始める。
「以前、シオンくんにイシュタル帝国の大神殿まで行って手紙を預かってきて貰ったでしょ?」
「ああ、経費が別途払いの報酬が金貨8枚。なかなか良い依頼だったな。」
「そうそう。あ、その時だっけ?レッドホーンって奴の角を持ってきたのは。」
「そうだよ。」
あれは良い臨時収入だった。
「その時の手紙の中身、シオンくんは知ってる?」
「いや。」
「あれはね、とある教団の情報について書かれたものだったの。」
シオンは何か強烈な嫌悪を感じて眉間に皺を寄せる。
「・・・オディス教って名前を聞いたことある?」
ミレイは珍しく緊張した面持ちになっていた。
「新興の教団か何か?」
「違うわ。邪教よ。古の・・・混沌期から伝わると言われている正真正銘の邪教。」
「・・・。」
足下から何かに引っ張り込まれるような妙な不安感に囚われる。
「場所を変えましょうか。」
そう言うとミレイは、ルーシー達にギルドを案内しているウェストンから応接室の使用許可を取り、シオンを招き入れた。
「その教団は秘教中の秘教と言われていてね、何を信仰しているかも不明なの。ただ、過去に教団の幹部らしき者が討伐された事は何回かあったらしいんだけど沢山の犠牲を出した末の事らしいわ。」
ソファーに座ったミレイは話を再開し始める。
「じゃあ、あの手紙の内容は教団幹部が現れたって内容?」
「そうでは無いんだけどね・・・。」
ミレイは、紅茶を口に含んだ。
「・・・オディス教については本当に未知の部分が多いの。ただ、闇と蛇が教団に関係が深いと教団を知る僅かな識者達は認識している。と言うのも討伐された幹部は皆、狂ったように激しく抵抗したそうだけど、その時に使用された術が何れも闇の力と蛇を象るような物だったそうよ。」
「ケイオスマジック・・・」
「良く知ってるわね。そうよ、今使われている魔術と源流が全く違う混沌期の魔法。それは人成らざる者達が生み出したとされる・・・魔法というか呪いに近い物かしらね。」
ミレイはもともと優秀な魔術師であるが、彼女が持つ知識量は武辺に寄るシオンとは比較にならない。
「神話時代が終わって新時代が訪れたあとの世界は混沌期、創世記、安定期と大きく3つの時代に分けて話される事が多いけど、何れの時代でも数多くの戦争が起こった。・・・ただ、その中で幾つか不自然な戦争が起こってるのよ。」
「不自然?」
「相手の国を根絶する戦争よ。」
絶句するシオンにミレイは質問してくる。
「シオンくんはさ、戦争ってどうして起こると思う?」
「・・・相手が自分の欲しい物を持っていて、それを奪いたい時。例えば食料とか文化とか領土とか経済価値の高い物かな。」
シオンの回答にミレイは頷く。
「そうね、他にも色々あるけどね。でも戦争って相手が降参したら勝敗が決するから、そこからはお互いに疲弊した状態を回復させながら勝利国が甘い汁を吸うという流れよね。」
「うん。」
「勝利国にも旨みは全く無いんだから、余程の特殊な理由でも無い限り相手国を根絶するなんてあり得ないのよ。混沌期については『人成らざる者達の時代』と言われているから今の話は当て嵌まらないとしても、創世記以降でも根絶戦争なんてものが実際に起こっている。」
「・・・。」
「それと、この不自然な戦争が起こった時に、いつも逆三角形を基調とした『紋章』が関係箇所の何処かで見つかっている。」
「その紋章が教団の物だと?」
「そう言われているわ。」
「そうか・・・そういう事か・・・。」
シオンの瞳に昏い炎が宿ったように思える。が、それは一瞬で消えた。
ミレイは一旦、言葉を切る。
「・・・で、ここからなんだけどね。今回、イシュタル大神殿の関係筋からその闇と蛇に纏わる物語の一部と『紋章』が発見されたの。物語と言っても皆が想像するような物では無いわ。一種の聖書みたいな物で神体の教えや願い、教祖の生い立ちなどが書かれた物よ。」
ミレイの顔色が心なしか青冷めている様に見える。
「つまり邪教の聖書って事。それにどれだけおぞましい事が書かれているか・・・シオンくん想像できる?」
「ミレイさんは見た事があるの?」
「全然違う教団の物だけどね。昔、魔術学院の研究員だった時に興味本位で覗いてしまった事があったわ。・・・心底、後悔したわ。正気じゃ無かった。あれが原因で私は魔術そのものが嫌になって辞めてしまった。」
シオンは掛ける言葉も見つからずミレイを見守る事しか出来ない。
「・・・ごめんなさい。話が逸れたわ。シオンくんが持ち帰ってくれた手紙はその物語の写しをセルディナに出してもいいという、大神殿の許可証と受け渡しの場所が示された手紙だったの。」
「そしてそれを受け取りに行くのが貴族で、俺はその護衛につけば良いんだね?」
「うん。」
「日時は?」
「それが、こちら側が指定して良いらしいのよ。」
シオンは違和感を覚えるが、構わずに質問を続けた。
「因みにその貴族の名前は?」
「ブリヤン=フォン=アインズロード伯爵。」
「アインズロード・・・。」
シオンは驚いた。
「今日来ている子達の1人がその姓の持ち主よね。」
「そうか、貴族だったのか。」
昨日のセシリーの言動を思い出し納得する。いや、出来ない部分も多々あったが。
「アインズロード家は代々、優秀な魔術師を輩出する事で有名でね。ケイオスマジックの解明と研究に力を入れているの。」
『セシリーはこの事を知っているのかな・・・』
シオンは背もたれに寄り掛かりながら、ふと思った。
「こいつがクエストボードだ。」
4枚並んでいる大きな掲示板の前でウェストンはルーシー達に説明する。
「各ランク毎に分かれて依頼が掲示されている。自分のランクに合ったボードの中で気に入った依頼があったら、受付係に持って行って受注する流れだ。今、君達の前にあるボードがFランクのボードだ。新人がお世話になるボードだな。」
「・・・。」
「因みにAランクとBランクはギルドで管理して適任者に依頼を掛ける。」
3人は興味津々の体でボードを覗き込む。
探索依頼、調査依頼、護衛依頼、討伐依頼などの見出しの下に様々な詳細が書き込まれている。
「討伐依頼ってそんなに無いんですね。」
アイシャの感想にウェストンは頷いた。
「そうだな。まあ、ソレがたくさん出るのも治安が悪い証みたいなものだからマズいだろ。」
「そっか。」
3人は無言でCランクのボードに移動する。
「オーガ討伐・・・本当にこんな依頼があるのね。」
Fランクとのレベルの違いにセシリーは呆然と呟く。
「シオンさんはこういうクエストを受けているんですか?」
ルーシーが質問する。
「そうだな。今回ミレイが依頼を持ち掛けなかったら、あいつはこの依頼を引っ剥がしただろうな。・・・いや、お嬢ちゃん達と受けるつもりだったんならこれは受けないか。」
「やっぱり、凄い人だったんだね。」
アイシャが呟く。
「同じ年齢なのに・・・。」
3人の様子に、ウェストンは頭を掻いた。
「・・・まあ、あいつを基準には考えるなよ。ギルド登録をして1年でDランクまで駆け上がった奴だ。翌年にCまで上がって、その後はピタリと昇級審査を受けなくなって今に至るんだけどな。」
「シオンさんは、いつから冒険者だったんですか?」
「ん?3年前だから13歳くらいかな。あの時は驚いたぞ。こんな小さい子供が、死と隣り合わせの冒険者稼業なんてやれる訳が無いって止めたんだがな。その場で自分の実力を見せて俺達を納得させちまった。」
「最初から強かったんですね。」
セシリーが納得したように頷くとウェストンは苦笑した。
「まあ、確かに強かったがな。しかし冒険者ってのは強ければ上手くいくってわけじゃない。最初はコツが掴めずに失敗続きでな、そこの食堂で悔し涙を流すあいつを何回も見たさ。」
「悔し涙・・・」
「ま、でもコツを掴んじまったら後は早かった。あいつは頭も良かったしな。」
・・・13歳。『自分はその頃何をして居ただろう』とアイシャは思う。
自分とは住む世界が違っていた、その開きを痛烈に突きつけられた思いがした。
3人がウェストンの後に続いて案内を受けていると、応接室からシオンとミレイが出て来た。
「おう、話は終わったのか。」
ウェストンが2人に声を掛けるとシオンがやって来た。
「ええ。明日、依頼主に会ってきます。」
「頼むぜ。」
シオンは頷くと3人を見た。が、何だか先ほどと雰囲気が変わっている様な気がして首を傾げた。
「どうした?」
「う・・・ううん、何でも無い。」
『ん?これは・・・』
3人の様子にミレイはピンとくる。
『意識しちゃったかな?』
――まあ、仕方無いか。
ミレイは、そう思う。
16歳にしてはシオンは出来すぎだ。これに張り合えるとしたら研鑽を積んできた王侯貴族の王子・令息くらいのものだ。
「・・・そうか。まあいいや。俺は話しが終わった。君達も、もし予定が無いなら昼食でもどうだ?」
シオンが提案すると3人は頷き後に続く。
ウェストンが声を掛けた。
「おいシオン。お前、Bランクの昇級審査を受けろ。そして、さっさとAランクも受けちまえ。ギルドマスターとしての依頼だ。」
シオンは眼を瞑った。
『・・・ついに来ちゃったか。』
ギルドマスターから言われてしまえば腹を括るしか無い。
「解りました。」
その言葉に反応して、後ろからミレイの嬉しそうな声が聞こえた。
「ミレイさん。明日の朝、審査の説明を聞きに行きます。」
「お待ちしてるわー!」
ご機嫌のギルド受付嬢がご機嫌で返事をした。