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神の去った世界で  作者: ジョニー
第2章 天壤無窮
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23話 シオンの提案



「まだ持っていたのか。」


 ミストは呆れた様にアリスに言った。


「うん。」


「捨てろ。」


 ミストが言うとアリスは眉を寄せて首を振った。


「いや。御守にするの。」


「もう何の力も無い。ただの石ころだ。」


「ただの石ころなんかじゃ無いよ。この石は回復石って言う貴重な石だってニコル司祭様が教えてくれたわ。そんな大事な物を私なんかに使ってくれた。力なんて無くても良いの。ミストが私にくれた命の証そのものだもん。一生大事にするの。」


「・・・勝手にしろ。」


 ミストは不機嫌そうにアリスから視線を逸らす。


 アリスは少し寂しそうな表情を浮かべた。


「ミスト・・・私が死にそうだった時はあんなに優しかったのに・・・。」




 アリスの言葉をシオンは聞き咎めて尋ねた。


「アリスさん、お話中に済まない。死にそうだったと言うのは・・・?」


 尋ねられてアリスはシオンを見た。


「私、キュビリエって言う悪い貴族に矢で撃たれて死にかけたんです。そうしたらミストが来てくれてこの石を私に使ったあと直ぐ近くの礼拝所に預けてくれたんです。お陰で死なずに済みました。」


 シオンはミストを見た。


 マルティンが微笑みながらアリスに言う。


「・・・お嬢さん。その石、少し見せてくれんかね?」


「?・・・はい。」


 アリスが差し出した石を受け取るとマルティンは繁々と眺める。


「ほう・・・随分と質の良い回復魔法が封じられていた様だね。この石は君が作ったのかね?」


 マルティンがミストを見る。


「いや、俺じゃ無い。知り合いの回復師に頼んで作って貰った物だ。」


「ふむ、しかし1番難しい『土台となる魔石から不要な魔力を取り除き清石に変える作業』の部分は魔術師の仕事の筈だ。」


「・・・其れは俺がやった。」


 マルティンは頷くと


「お嬢さん、大切な物を有り難う。」


 と言って石をアリスに返した。


 マルティンはミストを見る。


「君は魔術院の教導師以上の魔法技術を持っている様だね。もし君が良ければ当魔術院で働いてみないか?」


 しかしミストは首を横に振った。


「生憎だが魔術院には碌な思い出が無い。申し出は有り難いが辞退させて貰うよ。」


 マルティンは苦笑した。


「そうか、残念だよ。まあもし気が変わったら何時でも尋ねてくれ。」


「ああ、気が変わったらな。」


 ミストは頷いた。




 話が一段落着いた処でシオンはミストとアリスを見て口を開いた。


「さて、それでは俺から2人に提案が1つあるんだが。」


「提案?」


 ミストが訝しげにシオンを見る。


 シオンは頷く。


「2人にはセルディナに同行して貰いたい。」


「え?」


「・・・何だと?」


 驚く2人にシオンは微笑んで見せた。


「アリスさんはいずれセルディナに向かうのだろう? 妹さんに会いに。」


「あ、はい。」


「なら道中の安全を確保する為にも俺達とセルディナに向かうのが得策の筈だ。俺達も明日にはセルディナに戻るしな。」


「・・・でも・・・。」


 アリスは不安げにシオンを見る。其の視線を受けてシオンは気が付いた。


「そうか。そう言えば俺が何者かを言ってなかったな。俺は今回の『大干渉使節団』の1人だ。セルディナ公国という看板を背負って此処に居る人間の1人だ。君に対して不埒なマネはしないと誓うよ。」


「ダイカンショウ・・・?」


 首を傾げるアリスと対照的にマルティンは驚愕の表情を向ける。


「大干渉・・・君がその1人なのか。確かに並外れた少年だとは思っていたが、まさか使節団の1人だったとは。」


「はい。」


 シオンが頷くとマルティンは暫く悩むかの様な表情を見せていたがやがて怖ず怖ずとシオンに尋ねてきた。


「どうだろう・・・この国は無くなるのだろうか? いや、敢くまで君の視点からの意見で結構なのだが何か解る事があれば教えて欲しい。」




 アリスが愕然とした表情で2人を凝視している。彼女からして見れば余りにも意外な話で言葉を失うのも無理は無い。


「え・・・無くなるって、どういう事?」


 思わず話に割って入るアリスをミストが制止した。


「黙っていろ。後で教えてやるから。」


 ミストもシオンの正体には驚いたが、それよりもマルティンの問いに対するシオンの答えが気になっていた。




 シオンは思案しながら口を開く。


「・・・俺も全てを知らされている訳では無いので決定的な事は何も言えませんが・・・。」


「構わんよ。」


「正直、現王朝の存続は厳しいと思います。イシュタル帝国を始めとする各国の代表達は現王朝を潰す事を大前提として来ていますから。ただ・・・国そのものを滅ぼす様な事はしないと思います。そんな事をしては百害は在っても利益は一つも在りませんし。」




 カーネリアは大国で在る。これを「国ごと滅ぼす」等と言う愚行を行えば、各国の兵士に一体どれ程の被害が出ることか。そして罪無きカーネリアの民が何万人命を落とす事か。


 大干渉使節団は各国の威光にも関わってくる程の重い使命を携えた一団だ。其処に愚者は居ない。シオンとしても恐らく『カーネリア王国殲滅』とはなるまいと考えている。




「しかし・・・。」


 シオンはそれでも残る懸念を口にする。


「実際にカーネリアがどうなるかと問われれば『判らない』としか言いようが在りません。取り敢えず考えられる事は3つ。1つは新王朝を打ち立てて国家運営陣を一新し、カーネリア新王国を打ち立てる事。2つ目は最もカーネリア王国に近く陸続きにもなっているセルディナ公国がカーネリアの領土全体を接収してセルディナ王国となる事。3つ目は今回大干渉に参加したイシュタル帝国、セルディナ公国、大陸西側の小国家群で王国を分割してそれぞれの領地とする事。」


「ふむ・・・。」


 マルティンは頷いた。


 シオンは更に続ける。


「ただ、3つ目の案は相当可能性は低いと考えられます。領土を分割支配する事は余りにもリスクが大きい。新たな災いの火種を作り出す様なモノです。それに民へのダメージが大きすぎる。」


「なるほど。いや良く解った。有り難う。儂も騎士団に協力し実態の究明に全力を尽くすよ。」


 マルティンの謝辞にシオンは頷く。




「それで・・・。」


 ミストはシオンに尋ねる。


「あんたは1つ目と2つ目、どちらの案になると思っているんだ?」


「・・・。」


 シオンはミストの計るような視線を見返した。


「・・・俺は1つ目の案になると思ってます。」


「ほう・・・。何故だ?」


「セルディナが接収する案は最初こそ大変でしょうが、落ち着いてしまえばより巨大な大国を誕生させてしまいイシュタル帝国の様な超大国から見れば歓迎出来ない事態と言えるでしょう。世界のバランスを鑑みても得策とは言い難い。其れに1つ目の案ならばカーネリア国民の生活へのダメージは最も少ない。」


「ふむ・・・。」


 ミストは自分と同じ予想をするシオンの考えにつまらなそうな表情で黙った。




『面白く無いな。小賢しいガキは嫌いだ。』


 とどちらが子供か解らなくなるような感想を抱く。




 が、やがて再びシオンに話し掛けた。


「それで、俺もセルディナに誘う理由はなんだ? 俺が行くメリットは無いだろう。アリスだけ連れて行けば良い。」


「ミスト・・・。」


 アリスが寂しそうな表情をミストに向ける。




 シオンは微笑んだ。


「貴方はこのカーネリアで損をしたと言っている。だが、貴方がこのカーネリアで取った行動はセルディナにとって・・・いや、周辺諸国にとっても大きな助け船になった。ならば相応の報酬を受け取る権利が在る。」


「おいおい、冗談だろう?」


 シオンの言葉をミストは一笑に付した。


「俺如きの行動が周辺諸国を救ったとでも言う気か?」


「そうだ。」


 ミストの表情にも臆する事なくシオンは真正面からミストを見据えて頷いて見せる。




「・・・」


 真正面から悪びれもせずミストの痛い所を突いた少年に対して、舌打ちしたくなる気分をどうにか鎮めてミストはシオンを見返した。


「俺の仕事の報酬は高いぞ。」


 シオンは笑う。


「まあ俺が払うわけでは無いしな。払うのはセルディナのお偉方さ。だからこそ偽りなく話せば相応の報酬は貰えるさ。もちろん金額を吹っ掛けたって応じる相手では無いけどね。其れに此処まで言ったからには俺も口添えさせて貰うよ。」




「チッ。」


 今度こそミストは舌打ちをした。




「・・・納得してくれた様だね。じゃあ俺は一度王宮に戻るよ。2人は王宮近くの宿で待っていてくれ。明日には一部の使節団は帰るだろうから其れに合わせて来て欲しい。」


 シオンはそう言うと近くの騎士に馬を借りたいと願い出た。


「飛ばないのか?」


 ミストが尋ねるとシオンは苦笑いをした。


「あの力は無限じゃ無い。もう余り残っていないんだ。また溜めなくちゃ。」


 そう言うとシオンは馬に跨がり王宮に向けて駆けていった。




 其れを見送るミストにアリスが物問いたげな視線を送っている。


 ミストは溜息を吐くと言った。


「先ずは宿を探してからだ。話はその後だ。」


 そしてマルティンを見遣ると


「ではな。院長。」


 と手を上げて歩き始める。


「さ、さようなら。院長様。」


 アリスが慌てて頭を下げるとミストを追いかける。




 その背中にマルティンは声を掛けた。


「頑張りなさい。君達に多くの幸が訪れん事を。」




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 大干渉の話し合いが行われている広間にシオンが戻ると、其処は正に断罪の間となっていた。


 怒りの表情でゼイブロイを指差し謝罪を要求する者、涙を流しながらゼイブロイを睨み付ける者、冷淡な表情でゼイブロイを見遣る者など、長きに渡り暴虐な王に煮え湯を飲まされ続けて来た大陸西側小国家群の代表者達は激昂しており広間は収拾が着かない状態にまで陥っていた。




 リンデルも代表者達を特に止めるでも無く白い目で怒りに震えるゼイブロイを眺め続けている。が、広間に入ってきたシオンを見ると表情が変わった。




「シオン殿。」


 敬愛の表情を浮かべて帝国第3皇子は英雄の名を呼んだ。


「首尾は如何だったか?」




 シオンは一礼して報告する。


「は。魔術院に現れた化物は魔術院長など現地の人々の協力も得て倒す事が出来ました。」


「「「「おお・・・」」」」


 シオンの返答に広間が響めく。


 リンデルが頬を上気させて頷いた。


「見事だ。英雄殿。竜王の御子の名に恥じぬ働きよ。」


「有り難う御座います。」


 リンデルの賞賛にシオンは一礼する。




 少壮の皇子は長身の少年を眩しげに眺めて小さく呟く。


「惜しいな。彼が我が国に来てくれれば・・・。」


 そして軽く頭を振り質問を続ける。


「それで被害は如何ほどだったかな?」


 シオンの眉間に少し皺が寄った。


「・・・騎士殿の報告通り、10人以上が犠牲になったと思われます。化物は触れるだけで肉を溶かす能力を持っており、恐らくは一瞬で喰われたのではないかと。証拠になると思えるローブが10着以上も現地に転がっておりました。・・・私も攻撃を受けた結果、こうなりました。」


 シオンはそう言ってボロボロになった革製の手袋と焼けた腕の傷跡を見せる。




 その傷跡を見て再び広間が響めいた。


「本当に良く無事に戻ってくれた。」


 リンデルの言葉にシオンは頭を下げる。


「有り難う御座います、殿下。あと魔術院長のマルティン様も騎士団に協力して実態の究明に全力を尽くすと仰られて居りました。」


「うむ。それで、其の化物とやらは例の『スライム』で間違い無いと思うか?」


 リンデルの問いにシオンは頷いた。


「恐らくは。先程申し上げた化物の特性を鑑みても『スライム』で間違い無いと考えます。」


「・・・解った。ご苦労だったな、シオン君。」


「は。」


 リンデルの労いにシオンは一礼を以て応えるとオルトウィンの隣の席に戻った。




「ご苦労様。」


 オルトウィンが少し誇らしげな笑顔で迎えた。


「有り難う御座います。」


 シオンは笑顔で答える。


「しかし其の傷跡は消えるのかね?」


 オルトウィンがシオンの腕の傷跡に視線を送りながら気遣わしげに尋ねた。


「恐らくは。セルディナには優秀な回復士が居ますから。・・・まあ、仮に直らなくても一向に構いませんが。」


「ふふふ。剛毅な英雄殿だ。優秀な回復士とは君の想い人の事かな?」


「!・・・さて、どうでしょうか。」


 シオンは一瞬表情を変えたが直ぐに素知らぬ顔で恍けた。




「其れよりも・・・。」


 とシオンは話題を変える。


「今、どうなっているのでしょうか?」


 シオンの質問にオルトウィンが呆れた表情に変わった。


「見ての通りさ。各国の代表者達が糾弾をほぼ終えてゼイブロイ王が癇癪を起こして怒鳴り立て、更に使節団が激昂していた最中さ。後は使節団で話し合い、カーネリアをどうするかを決定する。」


「そうですか・・・。」




 結局はそうなるのか。


 シオンは溜息を吐いた。




「さてゼイブロイ王。何か言うことが在れば聴いておこうか。」


 リンデルにゼイブロイは憎々しげな表情を向ける。其れは魔物も斯くやと言いたくなるほどの昏さに満ちた表情だった。


「余は・・・余はこのカーネリア王国の王だぞ。その余を・・・貴様等は本当に弾劾する気か!?」


「・・・言いたい事は其れだけか。」


 氷雪を声に孕ませるリンデルに堪らずデイダックが叫んだ。


「お・・・お待ちを・・・! 殿下!」


 しかしその声は帝国皇子の怒声によって中断させられた。


「控えい!其方に発言の許可を与えたつもりは無い!」


「!」


 王族として圧倒的な格の違いを見せつけたリンデルの怒声に、デイダックは身を震わせ・・・そしてガックリと両膝を着いて項垂れた。




 全てはこれで終わった・・・と。









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