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神の去った世界で  作者: ジョニー
第2章 天壤無窮
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21話 神話時代のモンスター



「「怪物だと・・・?」」


 ざわめく使節団に片手を上げて黙らせるとリンデルが騎士に尋ねる。


「私は今回の『大干渉』の使節団長でイシュタル帝国の第3皇子リンデルである。カーネリア騎士よ、怪物とはどの様な怪物だ?」


 イシュタル帝国の名を聞いて表情を改めた騎士が一礼し答える。


「はっ。形は不定形で、敢えて申し上げるならば巨大な水の塊の様な形状で御座います。」


「被害は甚大と言っていた様だが?」


「はっ。現れた怪物は其の液状の身体で周囲に居た魔術院の人間を次々と取り込んでその大きさを増していったそうでして、我々が到着した際には小さな小屋ほどの大きさになって居りました。その時点で既に10人前後の人々が犠牲になったと聴いております。私は直ぐさま報告する為に此処に参上した次第ですが、現在はどれ程の大きさになって居り、何人が犠牲になったか見当がつきません。」


「・・・。」


 流石にリンデルも即座に指示が出せなかった。


 相手は異形の化物だ。下手に指示を出せば犠牲者を増やすばかりだ。




「閣下、俺が行きましょう。」


 惑うリンデルの後ろで若い声が聞こえ、リンデルは声の主を振り返った。


 見ればシオンがオルトウィンに許可を求めていた。


「殿下。」


 オルトウィンがリンデルに許可を求める意味で敬称を呼ぶ。


 リンデルは頷いた。


「済まぬ。本来の役目とはズレてしまう上に危険な任務だが、頼むシオン君。いや、竜王の御子殿。」


「お任せ下さい。」


 黒髪の少年は微笑むとスッと目を閉じた。




 此処に居合わす者達は大主教も含めて誰1人『神性』を感じ取る事は出来ない。其れでもシオンの身体から何か圧倒的な力が溢れ出した事に気が付いた。


 シオンの全身が光輝き、そしてその輝きが終息すると其処には銀髪紅眼の少年が立っていた。


「お・・・おお・・・。」


 全員が響めく。




 シオンは広間のバルコニー側に立つ騎士に声を掛けた。


「窓を開けて下さい。」


「は、はっ。」


 騎士が2人動き、バルコニーに通じるガラス扉が開かれる。




 真冬の寒気が風となって広間に吹き込んでくると、シオンは背中に光の翼を生やしフワリと宙に舞った。


 そしてリンデルに言う。


「殿下はどうぞ使節団としてのお役目を全うして下さい。」


「こ・・・心得た。」


「では。」


 シオンはそう言うと開いたバルコニーから魔術院を目指して飛び出して行く。




「・・・。」


 オルトウィンとセルディナ騎士達を除く全員が、言葉も無く少年が飛び出して行ったバルコニーを見つめていた。


「・・・竜王の御子・・・。本物で在ったか・・・。」


 リンデルが呟く。




 ――・・・出来る事なら、その神をも退ける力を持つと噂の竜王の御子の戦い振りを見てみたかったものだがな。


 そう考えた処でハッと我に返りリンデルは報告してきた騎士に言った。


「カーネリア騎士よ。其方も疲れていようが、直ぐに現場に戻り竜王の御子殿と協力して怪物を制圧する様に現場の騎士達に伝えよ。」


「は・・・はっ!」


 カーネリア騎士は一礼すると騎士を振り返りもしないゼイブロイにも騎士礼を施して扉を閉めた。




 徐々に広間に平常心が取り戻されてきた。そして同時に計画の杜撰さに使節団の面々は呆れていた。




 魔術院で暴れている怪物は、恐らくは先程の話に出ていた『スライム』で在ろう。何処かに隠しているのは判っていたが、まさか魔術院などと言う王都の中枢機関に隠しているとは。


「暴走したらどうなるか」


 とは考えなかったのか。




「話を再開しようか。ゼイブロイ王。」


 激しい怒気を双眸に湛えたリンデルが低い声で再開を宣言する。




 その迫力に全員がゴクリと喉を鳴らした。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 上空で一度停止したシオンは魔術院の方角を確認した。カーネリア王都に入国した際、離れた位置に見えた魔術院の尖塔を探す。やがて遠くに見える目標物を発見すると飛行を開始した。


 その時、遙か下の王城正門から一騎の騎馬が掛けていくのが見えた。恐らくは先程の報告に来た騎士か。




 水の塊の様な怪物。邪教異変で何度か戦ったあの名も無き悪魔達の様なモノだろうか?




 冬空を裂いて魔術院に到着したシオンは上から惨状を見下ろした。


「あれか。」


 シオンは呟く。


 報告通りの不定形の化物が獲物を探す様にウネウネと動きながらズルリズルリと移動している。


 化物が這い出て来たであろう魔術院の一角は盛大に破壊されており、至る所にまるで脱ぎ散らかしたかの様に魔術院の院生達が着るローブが散乱していた。




 恐らくは・・・喰われた者達の遺品なのだろう。




 周囲に人は居らず、確認出来る人々はかなり離れた位置から遠巻きに化物を見ていた。其れを騎士達が解散して逃げる様に誘導している。


 ――何にせよ状況を訊かないとな。


 シオンはそう考えて一角に着地をした。




「!?」


 突然空から降ってきたシオンに騎士を含め周囲の人々が驚愕の視線を送る。


「な・・・何者だ!?」


 騎士が叫んだ。


 当然の反応である。




「と・・・飛んできたわ・・・。」


「飛んできたぞ!?」


 周囲の恐らくは魔術院の院生と思われる人々がざわめき出す。


「お・・・落ち着いて。早く此処から逃げるんだ!」


 騎士が恨めしげな視線をシオンに送りながらも、慌てて人々を追い散らそうと声を上げる。




 シオンは「失敗したな」と少し頭を掻いたが、そのまま騎士に声を掛ける。


「驚かせて済まない。俺はシオン=リオネイル。使節団の1人でカーネリアに来ていたんだが異変が起きたと聞いて救援に来た。」


「し・・・使節団・・・。」


 騎士の表情に複雑な感情が浮かんだ。


「例の大干渉って奴か。」


「そうだ。」


 シオンの返答に今度はハッキリと騎士の表情が歪んだ。


「なぜ大干渉の使節団がカーネリアの窮地を救いに来るんだ。君達は我々カーネリアの破滅を願っているんだろう!?」


「違う。誰1人そんな事は望んでいない。」


「しかし!・・・」


 騎士が反論仕掛けた時、先程の王宮に報告に来た騎士が到着した。




「御子殿!」


 騎士はシオンを見つけると馬で駆けてくる。


「騎士殿。」


 シオンは事情を知る者が登場して少しホッとした。


 騎士は一礼を取ると名乗りを上げた。


「カーネリア第3騎士団の騎士長アンデル=メイスンです。この度の御協力、感謝致します。」


「シオン=リオネイルです。礼など不要。先ずは民達への被害を食い止めましょう。あの化物を殲滅する。」


「は。」


 アンデルが長靴を鳴らして応える。




 シオンは不満を述べた騎士を振り返った。


「貴方にも言い分は在るでしょう。しかしあの化物を食い止める事が今の貴方達にとって最優先の使命の筈だ。先ずは協力して化物を倒しましょう。」


「・・・承知しました。」


 色々と思う処は在りそうだが騎士は了承した。




 シオンは頷く。


「ではアンデル騎士長殿。此れだけ周囲に人が居ると戦い難い。皆を騎士達で追い散らして欲しい。」


「了解しました。しかしシオン殿は?」


 騎士の問いにシオンはスライムを見遣る。


「俺は奴の注意を引く。」


 只の少年で在れば拒否する申し出だが、アンデルはシオンが並外れた存在で在る事を知っている。


「畏まりました。」


 アンデルは頷き、騎士達に指示を飛ばし始める。




 シオンはスライムを見ると神剣残月を引き抜いた。


 一跳びでスライムまで跳躍するとその身体を切り裂く。体液が飛び散り強烈な鼻を突く臭いが溢れ出した。飛沫がシオンの腕に着いた瞬間、焼ける様な痛みを感じる。


「!」


 危険を感じてシオンは跳び退いた。




 飛沫の着いた部分を見れば、革製の手袋が溶けており皮膚も焼けている。残月を見るが刀身に異常は見られない。散乱したローブからも予測するに、どうやらスライムは鉱石や植物の類いは吸収しないらしい。




 そしてスライムを見るがシオンの斬撃など無かったかの様に蠢き続けている。


 少しは効いているのか。或いは全く効いていないのか。まるで判断が付かない。




 更に斬りかかる。まるで水面に剣を叩き付けている様で手応えを感じない。


『ズルリ』


 その時スライムがシオン目掛けて動いた。


「!」


 まるで呑み込もうとするかの如くのし掛かってきたスライムからシオンは咄嗟に飛び退いて避ける。スライムは更にシオン目掛けて巨体を持ち上げた。


「チッ!」


 シオンは舌打ちしながら更に跳び退る。




 と地面に激突したスライムの身体の一部が弾けてシオンに付着した。


「しまった!」


 強烈な痛みがシオンの剣を持つ右腕を襲う。神剣が右手から離れて地面に落ちた。


「グッ・・・」


 シオンは痛みを堪えて右腕に神性を集中させる。




 シオンの腕がスライムの肉片に拠って焦げる臭いと、その肉片を焦がす神性の臭気が周囲に広がる。その間にもスライム自体が襲い掛かりシオンは転がってその攻撃を避けた。再び肉片が飛び散りシオンの身体に付着するとその皮膚を焼いてくる。




「・・・。」


 シオンは背中から光の翼を生やすと宙に舞い上がった。


 意思が全く感じられず、只管に捕食に動こうとするコイツは危険な存在だ。そしてそんな相手に効果の有無も確認出来ないのに、このまま接近して斬り続けるのは危険が大きすぎる。




 魔法で消し飛ばすしかない。


 まだ余り神性に慣れていないシオンとしては、せめて魔法を使う時だけはカンナかルーシーに傍らに居て貰いたかったがそうも言っていられない。自分の判断で選定しなくては。


 クリムゾンブレイクは周囲への被害が大きすぎる。下手をしたら魔術院ごと周囲の人々を吹き飛ばし兼ねない。だがドラゴンマジックの様な大魔法を使わずともこの光の翼は神性の塊だ。コイツを直接叩き込めば弱らせる事が出来るかも知れない。




 シオンは翼の一部を引きちぎると弓矢をイメージする。同時に神性の光が変形を始めた。シオンはイメージを保ちながら神性の塊を突き出した左手に集め、右手で其れを引っ張る。


「!」


 焼かれた右腕が突っ張り痛みを感じるがそのまま光を引き絞ると、今や光の大弓と化した神性が足下のスライムを狙う。




 右腕の痛みは強いがあれだけ大きな的を外すものでも無い。シオンは真下目掛けて神性を解き放った。


『ゴウッ』


 と唸りを上げた矢は、まるで光の柱が打ち立てられたかと錯覚を覚える程の太さでスライムに突き進み撃ち込まれた。光の矢がスライムの身体を穿つ瞬間をシオンは確認したときブルブルと身体を震わせたスライムが光に呑み込まれていった。




「・・・。」


 光が収まった時、スライムはまだ其処に居た。




「馬鹿な・・・。」


 シオンは呻く。神性は確かに矢と化してスライムの身体を貫いていた。只の矢では無い。神性を消滅の力に変えて撃ち込んだのだ。其れに堪えきったと言うのか。




 スライムが動き始める。しかし其の動きは先程よりも鈍くなっていた。


 効いては居るのか。




 その時スライムが『跳んだ』。小屋ほどもある巨体がシオン目掛けて恐るべき速度で飛び上がった。


「グッ!」


 余りにも予想外の攻撃方法に躱しきれなかったシオンは、スライムの体当たりをまともに受けて仕舞う。


 ――しまった!吸収されてしまう!


 背筋が凍る思いをしたが、シオンが全身に纏っていた神性の衣が吸収を防ぎ両者を弾いた。




 強い衝撃を受けて落下したシオンは地面に激突する寸前に体勢を取り戻し、フワリと翼をはためかせて着地した。離れた場所にスライムの巨体が轟音と共に落下する。




 身体能力と言って良いのか判らないが、少なくとも見た目から連想される様な鈍重さは無いようだ。まさかあれ程の跳躍を見せるとは。


 攻撃のスケールで言えばグースールの『魔女』や天央12神の方が強さを感じた。彼らに比べればスライムの攻撃は本能に任せたような単調な攻撃ばかりだ。だが、どれを取っても喰らって良いと思えるモノが無い。1つ1つが侮れない。




「・・・」


 シオンが先が見えない戦いに閉塞感を感じた時、突然スライムが飛来した炎の帯に包まれた。


「!?」


 シオンが炎の飛んできた方向を見ると老人が1人、スライムに向けて手を翳していた。


「ご老体!」


 シオンの声に老人がシオンを見る。


「儂はカーネリア魔術院の院長でマルティン=ガルシアだ。少年よ、君は?」


「シオン=リオネイルと申します!今のは魔法ですか?}


「そうだ。だが・・・。」


 老人は厳しい目で炎に包まれるスライムを見遣る。




 炎が弾け飛びスライムがブルリと震えた。


 ――・・・ダメか!


 シオンは化物の強靱さに驚愕していた。




 今のは以前にルーシーやセシリーに見せて貰った事のある精霊魔法の筈だ。カンナ曰く現存する魔法の中では『最強の部類』の魔法の筈だ。其れにさえ耐えてしまうとは。




 どうしたものか。




 その時、背後から大声で呼ぶ声が聞こえた。


「おーい、其処の若いの!」


「?」


 振り返ると全身黒尽くめの陰鬱そうな表情をした男がシオンを見ていた。




「早く逃げろ!」


 シオンが叫ぶのにも構わず男は――ミストはシオンに叫んだ。


「爺さんにもう一回精霊魔法を撃って貰え!其の魔法をさっきのお前さんの力で後押ししてやるんだ。言ってる意味は解るか!?」


「!・・・。」


 シオンはハッとなった。




 以前にカンナに神性の使い方について学んでいる時に確かに教わった。


 神性は魔法の・・・良く覚えていないが、何かの力を強めてくれると。天央12神のルネの雷魔法に苦戦したのは其の特性のせいだったのだと。




 シオンはマルティンを見ると叫んだ。


「マルティン殿!もう一度、精霊魔法を使って下さい!」


 シオンの声にマルティンは頷き、その身にオレンジ色の精霊達を纏わせると手を翳した。




 炎が一閃、スライムに向かって突き進む。


 シオンは其の炎に自分の神性を絡ませる。時間にして刹那の事だったが、マルティンの放った炎の帯はシオンの神性を吸って明らかに勢いを増しスライムを再度包み込んだ。




 変化は一目瞭然だった。


 スライムの巨体は激しく暴れ回り魔術院の壁を更に破壊したが、やがて動きを止めると凶悪な臭いを残して溶けていった。




「・・・。」


 シオンもマルティンもミストも、そして騎士達や遠巻きにしていた魔術院生達も、暫くは黙って様子を窺った。




 が、やがて


「ハァー・・・。」


 と息を吐いて緊張を解いた。




 戦闘は終了した。







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