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神の去った世界で  作者: ジョニー
第2章 天壤無窮
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20話 糾弾 2



 リンデルの怒号が鳴り響いた広間は暫くの間、静寂に包まれた。




 他の使節団員もだが、弾劾されたゼイブロイ自身も突如豹変したリンデルの態度に怒りを忘れて呆然としている。


 年齢で言えばゼイブロイはリンデルよりも一回り以上年長だったが、王族として積み重ねて来た研鑽の密度が違い過ぎた。王は皇子の放つ威厳に完全に呑まれていた。




「殿下。」


 リンデルの隣に座っていたオルトウィンが静かに口を開く。


「今回はカーネリア側の対応の全てが審査の対象で御座います。後に総合的に判断する以上、カーネリア王の1つ1つの言動に時間を掛ける意味は無いかと考えます。」


 リンデルは頷いた。


「オルトウィン殿の仰る通りだな。話を進めよう。」




 2人のやり取りにゼイブロイの後方に控えていたデイダックの表情が引き攣る。


 このまま進められては、カーネリア王国そのものが他国に切り売りされて世界から消えてしまう恐れさえ在る。


『陛下は其れを理解しているのか! 大国を潰した真の暗愚王として周辺諸国の歴史書に名を残すつもりか!』


 前方で椅子に腰掛けるゼイブロイにデイダックは怒りの視線を向ける。


 出来る事ならデイダックがゼイブロイに代わって応対し、せめて現王朝を廃して新たな王朝を立てる結末で使節団に納得して貰う方向に持っていきたかった。


 しかしカーネリア側で発言が許されているのはゼイブロイのみであり、今のデイダックは単に王の後ろに控えるだけの謂わば物言わぬ置物と変わらない存在だ。


 打てる策は無く、胃が痛む思いをしながら会議の進行を眺める事しか出来なかった。




 リンデルが言葉を続ける。


「ゼイブロイ王、聞いての通りだ。貴方の言動がこの国の命運を決める事を肝に銘じて貰おう。」


「・・・。」


 ゼイブロイは憎々しげにリンデルを睨み付けたが流石に先程までの軽口は形を顰めた。




「ではゼイブロイ王、改めて問おう。セルディナ攻略の為に飛空部隊の結成を試みたと言うのは事実なのだな?」


「・・・。」


 ゼイブロイは視線を逸らして口を堅く閉じたままだ。




『今度はダンマリか。』


 ゼイブロイの子供じみた態度にオルトウィンの隣に座っていたシオンも流石に呆れて軽く溜息を吐いた。




 リンデルがチラリとシオンを見た。


 そして視線を王に戻す。


「ゼイブロイ王よ。今の件に付いてだが、1つ付け加える事が在る。この件の真実を裏付ける調査をした人間がいるのだが、其れがこのシオンだ。」


 リンデルの言葉に合わせてオルトウィンがシオンに視線を送り立つように合図を送る。




 椅子から立ち上がったシオンをゼイブロイは一瞥し冷笑を浮かべる。


「ふん、そんな小僧の調査などに信用を置くのか。」


 その言葉を今度はリンデルが一笑に付する。


「その『小僧』が『竜王の御子』で在っても同じ事が言えるのか?」


「!?」


 ゼイブロイは勿論、デイダックや他の使節団達も驚愕の視線をシオンに向けた。




「りゅ・・・竜王の御子だと・・・。」


 ゼイブロイは呻いた。


 響めきが広間を満たしていく。




 デイダックはその場にへたり込みたくなるのを辛うじて堪えた。


 竜王の御子が竜王の巫女と共にセルディナに現れた事は知っていた。だがその噂話は何処か遠くの話、いやお伽噺を聞く様な感覚に似ていて現実味を持って彼の耳には届いていなかったのだ。


『あれが・・・竜王の御子・・・。』


 長身の凜々しい少年ではあるがそれ以上の何かを感じる訳でも無い。一見して何処にでも居そうな黒髪の少年に見えるが、あれが神の力を有する者とはとても信じ難い。




「ほほう、貴方様が竜王の御子様でいらっしゃいましたか。」


 別の方向から声が上がる。


 シオンが其方に目を向けると僧服に身を包んだ初老の男が立ち上がった。


「お初にお目に掛かります、御子様。私はイシュタル大神殿より派遣され、第121代イシュタル法皇イェルハルド猊下にお仕えする大主教のヘンリークと申します。以降、お見知りおきの程を。」


 ヘンリークはそう言って丁重に頭を下げる。


「竜王の巫女様と共に御子様も御顕現遊ばされたと言う噂はイシュタル大神殿にも届いておりました。法皇猊下も是非に一度、御両方にはお目に掛かりたいと仰られて居りました。」


 そう言ってヘンリークは和やかな笑顔をシオンに向ける。




 リンデルが顔を顰めた。


「大主教殿、今は控えられよ。」


「これはこれは殿下、申し訳御座いません。何しろ拙僧は世俗とは離れた世界に生きて居りますれば、世の常識に疎い部分も在ります故にお許し下され。では御子様、後ほどまたゆっくりと。」


 ヘンリークはリンデルに一礼して着席する。




『なら、何故此処に居る。』


 とは口にせずリンデルはただ頷いて見せるだけに留める。




 若干白けた場を取り繕うかの様にオルトウィンがリンデルに話し掛ける。


「殿下、大干渉を起こした主国たるセルディナからも申し上げて宜しいでしょうか?」


「うむ。」


 リンデルが頷く。


「恐れ入ります。」


 オルトウィンは一礼して立ち上がった。


「ゼイブロイ王、お久しゅう御座います。」


 敢えて『陛下』の敬称を省いてオルトウィンはゼイブロイに話し掛ける。其れに対してゼイブロイはオルトウィンを鋭く睨みつけるが咎める言葉は出て来なかった。


「今回、カーネリア王国に対して大干渉を起こしたセルディナ公国の外交大臣オルトウィンで御座います。」


「・・・。」


 無言のゼイブロイにオルトウィンは構うこと無く話を進める。


「大干渉の起こりとなった事の発端はご理解頂けたと思います。世界的に禁じられている他国への武力侵攻を企んでいたとされる数々の証拠が存在する以上、世界平和の観点から此れを見過ごす事は出来ないとの判断が各国で優勢となり今回の大干渉と相成りました。」


「・・・。」


 無言を貫き通そうとするゼイブロイの諦めの悪さに、オルトウィンも流石に溜息を吐きたくなってくる。


「国際的な事情は斯くの如しですが、他に人道的に見過ごせない理由も御座います。」


 オルトウィンの言葉にゼイブロイはジロリと睨み付ける。


「人道的だと・・・?」


「はい。」


 オルトウィンは頷いた。


 そして後ろの騎士から紙片を数枚受け取ると改めてゼイブロイを見る。


「この数枚の手紙は貴国のシャテル子爵がセルディナに持ち込んだ数々の資料の1部です。1枚はカーネリアの平民が通う学園の副学園長よりシャテル子爵に向けて1年前に送られた物。内容は『キュビリエ伯爵からの依頼に拠り飛空部隊用の生徒を選んだので掠って欲しい』と言うモノで、この後には6名の少年少女の名前が記載されています。・・・この子等は既に全員が駆け落ち等の理由で行方不明扱いとなり捜索が打ち切られて居りますな。」


「「「まさか・・・。」」」


 周囲から響めきが起こる。


「他の手紙も数ヶ月に1回のペースで送られていた物で、全て同じ様な内容になっています。最新の手紙は1ヶ月半ほど前の物で3名の少女の名前が記載されています。同じように全員が行方知れずだ。」


 オルトウィンの視線が厳しくなる。


「更に・・・この頃、我が国でも数人の少年少女が謎の失踪を遂げている事が判明した。徹底的に捜査をした処、失踪した少年少女の内の3人が居なくなる前日に『カーネリアで仕事が見つかった』と知人に報告していたらしい。」


 オルトウィンはゼイブロイに問うた。


「此の件については当時もカーネリア王国宛にセルディナ公国から正式に捜索の依頼を出しましたが、貴国は『カーネリアで調査するからセルディナの介入は不要。』と返答され、未だにその調査結果の回答を貰って居りません。一体どうなっているのでしょうな。」


「余は知らんな。報告は受けていない。」


「左様で御座いますか。」


 オルトウィンは静かに受け容れた。しかし、その双眸には凄まじい怒りの炎が燃え上がっている。




「!」


 デイダックは思い出した。


 確かに1~2年前にその様な要請文がセルディナから届き、ゼイブロイに対応を尋ねた事が在った。


 あの時ゼイブロイは


『下らん。捨てておけ。』


 と冷笑しながら吐き捨てていた。


 デイダックから見れば、ゼイブロイの『セルディナ嫌い』の感情から来る『いつもの』反応だと何の違和感も感じる事無く適当に処理をしたのだが・・・まさか本当にセルディナ公国からも掠ったのか?


 デイダックは心底青ざめていた。最早どうにもならないのでは無いかと。オルトウィンのあの視線は明らかに事態を察してしまっている。そして恐らくはリンデルも。




「・・・。」


 デイダックは破滅の足音を聞いたような気がした。




 オルトウィンの話は続く。


「そして更に驚愕の事実が御座います。この過去に掠われた少年少女達は、とある化物に喰われた可能性があります。」


「其れはどう言う事かな?」


 リンデルが尋ねる。


 当然彼は事情を知っているのだが周囲の者に話を聞かせる為に助け船を出したのだ。


「はい、この掠われた子供達は王都郊外の秘密の実験室とやらに連れて行かれ惨い実験の仕打ちを受けておりました。殆どの子供らが生き残る事は叶わずに命を落とした。僅か数年の出来事なれど、その数は算えられるだけでも凡そ32名。」


「惨い・・・。」


「そしてその命を失った子供達の亡骸は別の計画で造られた化物の餌となって跡形も無く喰われたと聞いております。」


「何を馬鹿な事を・・・。」


 ゼイブロイは笑い飛ばそうとしたがオルトウィンの次の言葉で凍り付く事となった。


「我々はこの一連の流れを、苛酷な実験から救出されて生き延びた1人の少女から教えて貰い知る事が出来ました。」


「!?・・・なんだと!?」




 生き残りは居ない筈だ。




 度々ゼイブロイはキュビリエ伯爵から計画の進行状況の報告を受けていた。そのキュビリエの報告では毎回『全員が死亡して失敗。死体は処理済み。計画は引続き継続。』だった筈だ。生き残りなど居る筈がない。




 其処まで考えてふと思い至った。




 そう言えば最新の結果報告を受けていない。いや正確には報告を受ける前に、キュビリエが何者かに殺害されていて結果を知る事が出来なかった。




 計画の達成にしか興味が無かったゼイブロイはキュビリエに計画進行の一切を任せていた為、キュビリエが誰を使い誰を巻き込んでいたのかを正確には把握して居ない。


 もっと言えば極秘裏に進めている計画だったと言う事もあり事情を知る者が存在せず、事件の調査は忖度の無い法に定められた通りに進められている最中で、ゼイブロイとしては裏で何が起きているのかを全く把握出来ていない状態だったのだ。


 そしてゼイブロイにとって最悪なのは、伯爵位と言う上級貴族が殺害された事もあって騎士団が捜査に入っており、事件への捜査力が通常よりも跳ね上がってしまっている事だった。




 ゼイブロイにとっては余り上手くない事態だった。だが其れでも事件の裏事情が露見しそうになった場合には王権を持って強硬に揉み消すつもりでいた為、それ程には焦っていなかったのだが・・・まるで狙い澄ましたかの様な『大干渉』がゼイブロイの思惑を大きく外す結果となっていた。




 しかしまさか生き残りが居たとは。


 いや、本当に居るのか?




 ゼイブロイには本当に生き残りが居るのかどうかの真偽を量る術がない。オルトウィンの捏造かも知れない。だが、もし真実だとしてもこの計画の全容をわざわざ其の『生き残り』とやらに話す馬鹿など居ない筈だ。その生き残りとて大した事は知るまい。


 願望にも近い決めつけをしてゼイブロイは自分を落ち着かせる。だが願望は敢くまで願望でしかなく、オルトウィンはかなり深い事情まで知っていた。




「その少女を含めて子供達に実験を施していたカーネリア魔術院のマテューと言う教導師が、暇つぶしに苦しんでいる少女に話したそうです。」




 今までに多数の死者が出ていて自分もいい加減ウンザリしている事。


 この実験が成功したらキュビリエを通して計画の首謀者であるゼイブロイに承認して貰い宮廷魔術師になれる事。


 そして「死体は自分が造った『スライム』に喰わせて処理している」事。




 オルトウィンの口から次々と明かされる、関わらなければ知りようも無い事実にゼイブロイは絶句していた。そして秘密事項を軽々しく話す馬鹿が居た事に激怒していた。




「問題なのは、そのマテューという男が造ったと言っている『スライム』という名の化物が何処に居るのかと言う事です。残念ながらそのマテューという男は既に何者かに殺害された為に取り調べる事が叶わず、また少女も場所までは聞かなかったそうなので。」


 オルトウィンはそう言ってゼイブロイを見る。




「ゼイブロイ王。貴方ならご存知の筈だ。その化物が何処に居るのかを。」


「余は知らん。」


 ゼイブロイは嘯いた。




 本当はキュビリエから飛空部隊結成に次ぐ計画『神興し計画』を提案された際に、既に化物を魔術院の地下室にて生成したとの報告を受けていた。確かその化物の名前が『スライム』だった筈だ。何でも溶かして喰らう化物故に、死体を全部その化物に与えて処理しているとも聞いていた。


 しかし報告を受けたのはその1回きり。余り関心を持てなかったゼイブロイは、それ以降はその計画の報告は受けていなかった。だからゼイブロイは『忘れた』事にしたのだ。




 オルトウィンは言葉を続ける。


「ゼイブロイ王。この計画の首謀者たる貴方が知らない筈は無い。化物の居場所が王都外であり民衆に被害が出ないのならば良し。慎重に討伐隊を編成して差し向ける事で事態は収められる。だがカーネリアの民衆に被害が及ぶ場所であるのならば早急に対処する必要があるのです。」


 ゼイブロイは嗤った。


「我が国の民の心配までしてくれるとはセルディナの外交大臣は随分と優しい事だな。」


 まるで他人事の王の言葉にオルトウィンの眉が跳ね上がる。


「ゼイブロイ王!」


 ゼイブロイも鋭くオルトウィンを睨め付けた。


「黙れ! 余は知らんと言っている! 不敬も大概にしろ!」




 ・・・何度も暗に勧告された筈だ。


『お前は既に王では無い。』


『国の命運はお前次第で決まる。』


 と。


 更には竜王の御子も調査に携わっている事や、逃れようのない証拠の数々に加えて生き証人も存在している事も明らかにされているのだ。




 其れでも尚この子供が駄々を捏ねるような態度をとり続ける王の後ろ姿を見て、デイダックは全てを諦めた。


 ――この国は世界から消える。


 そして糸が切れた操り人形の如くデイダックは肩を落としてその場にへたり込んだ。




 急な報せはその時に来た。




 扉が激しく叩かれ、許可も無くその扉が開くと騎士が1人息を荒げて立っていた。


「会議中に申し訳在りません。緊急の事態故にご無礼仕ります!」


「何事か!」


 リンデルが怒号を飛ばす。




 騎士は一礼し声を張り上げて報告した。




「はっ、報告致します! 只今、カーネリア魔術院の内部より正体不明の怪物が出現し、人々を襲っております! 被害は甚大! 大至急、対応のご指示を願います!」




「!!」


 広間の全員が立ち上がった。









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