19話 糾弾 1
新年明けまして、おめでとう御座います。
今年も頑張って投稿していきますので応援のほど宜しくお願いします。
ビアヌティアンが座すレイアート遺跡の入り口には守護神を護る為に配備された騎士団と魔術師団の混合部隊300名が陣を敷いていた。
「カンナさん。」
焚火の前に腰を下ろし、つまらなそうに小枝を放り込んでいるカンナにセシリーが話し掛けた。
「ん?」
カンナが顔を上げるとセシリーはカンナの横に腰掛けた。
「私、良く判ってないんですけど、私達は何故此処に居るんです? ビアヌティアン様をお護りする為だと言うのはお父様から聴いているんですけど、誰からお護りするんですか?」
「なんだ。お父上から聞いていないのか?」
カンナは意外そうな表情で尋ね返した。
「はい・・・。お父様はカンナさんに訊け、と。」
「ああ・・・。」
カンナは頷き『暇だ』と言って軍馬に餌を与えに行ったルーシーに視線を投げた。
「・・・そうだな。セシリーとルーシーは知って置いても良いだろうな・・・。」
そう呟くとカンナはルーシーを呼んだ。
「おーい、ルーシー!」
銀髪の少女が此方を向き走ってきた。
「なんですか、カンナさん。」
笑顔でカンナに尋ねるルーシーを見てセシリーは微笑ましく思う。
以前にオディス教からルーシーを救いに行く際にカンナが彼女の為に涙を流した事を、セシリーは最近ルーシーに伝えた。
単純に雑談の中で他意も無く話した事だったのだが、ルーシーはカンナの優しさに酷く感銘を受けたらしく、それ以来ルーシーのカンナに対する信頼は絶大なモノになっていた。
カンナは手短にこれから話す内容の概要をルーシーに説明した。
コクリと頷きルーシーが了承するとカンナは2人を見て話し出した。
「いいか? この話は今はまだ誰にも話すなよ?」
「は、はい。」
2人が頷く。
「でも、何故話してはいけないのですか?」
セシリーがやや緊張した面持ちで尋ねるとカンナは言った。
「其れは国の上層部・・・具体的には陛下と宰相殿、ソレに外交大臣のオルトウィン殿を含めた数人の間でしか話されていない事で、証拠も何も無い敢くまでも想像の話でしか無いからさ。」
「そうなんですか。」
「うん。」
カンナは焚火に小枝を追加すると話し始める。
「実はな、イシュタル大神殿の・・・いや法皇の周辺が騒がしいんだ。」
「法皇猊下の・・・ですか?」
小首を傾げるルーシーにカンナは頷いた。
「うん。ほらイシュタル大神殿は天央12神を神体と崇める天央正教の総本山だろ? 人々が最も耳にする神の名前だし世界で最も布教されている宗教だ。」
「はい。」
「そして其処に、意思の疎通が誰とでも図れるビアヌティアン殿と言う守護神が現れた。会いに行けば話を訊いて貰える上に元は人間だ。天央12神とは親近感が違う。そんな存在を知れば、当然人の興味は彼に集中する。」
「そうですね。」
ルーシーが頷く。
「その結果、セルディナにビアヌティアン殿の神殿が完成したら是非にも参拝したいと言う声が大きくなっているんだ。殊にカーネリア大陸に於いてはその動きが顕著だ。」
「・・・つまり、天央正教を揺るがす存在になる事を危惧している・・・と?」
セシリーの言葉にカンナは首を振る。
「いや、そう言う事にはならんだろ。セルディナの人間は殆どがビアヌティアン殿を信仰し始めているが、世界中で信仰されている天央正教とは信者達の数が違い過ぎる。」
「そうですよね。天央正教は熱心な信者だけでも数十万人は居るって言われているし。」
「だが、そうだとしてもビアヌティアン殿の存在は異質だ。曲がりなりにも神の眷属と言葉を交わし合い助言を貰えると言う事態は今までに例の無い事態だ。もしかしたら勢力図が一気に変わる恐れもある。」
「そう言う事ですか。」
「ああ。そして今回の使節団にイシュタル大神殿の法皇勅使が加わった事が、今の私達のこの行動を決定づけさせた最大の理由だ。」
「そう言われればおかしいですね。」
「え? どうして?」
セシリーの同意にルーシーが首を傾げた。
カンナが微笑む。
「考えてご覧、ルーシー。 通常は政治情勢に不干渉の立場を貫くイシュタル大神殿が、何故今回に限り大干渉と言う巨大な政治行動に参加したのか。」
「・・・。」
ルーシーはじっとカンナを見つめて考える。今のカンナの話。そして普段は政治情勢に不干渉の立場を貫くイシュタル大神殿が何故か大干渉には参加してきた。
・・・違う。
其れは敢くまでも表面上の話で、本当の目的は『このセルディナ公国に来る事』だとしたら。
やがてルーシーは答えた。
「・・・ビアヌティアン様の様子を探るため・・・?」
カンナが頷いた。
「そうだ。そして機会が在れば掠うため。・・・もし私が天央正教の幹部で、この状態を危機と捉えるなら其処まで考える。」
「・・・。」
2人は黙ってカンナを見つめた。
やがてルーシーが言った。
「・・・大変・・・なんじゃないかしら・・・?」
「大変だな。」
カンナが頷く。
「え・・・凄く大変なんじゃ・・・!?」
セシリーが慌てた様に繰り返すと
「うん。凄く大変だ。」
と、もう一度カンナが頷いた。
「!」
2人は顔を見合わせワタワタと立ち上がってオロオロと歩き始める。其れを見てカンナは苦笑した。
「落ち着け、2人とも。全部、予測の話で確証は無いんだ。」
「で、でもビアヌティアン様の側でお護りした方が良いんじゃ・・・?」
「大丈夫だ。そもそもあの御仁がそんな簡単に拐かされるモノか。もし仮に本当に掠いに来たとしても手痛い反撃を喰らって撤退するのがオチだ。彼はこの地の守護神で何百年もの間、邪教と単身で渡り合って来た御仁だぞ。」
「・・・そっか。」
2人はストンと腰を下ろす。
「だが国としては放って置くわけにもいかない。だから密かに守護神殿をお護りしようと言う決断になったのさ。」
「・・・そうでしたか。」
「な? 他言無用の意味が判ったろ? なんの確証も無い事で動いてるんだよ。でも必要な事だと思うから私達は此処に居るんだ。」
「判りました。」
カンナは遠くの空を見た。その方向にはカーネリア王国が在る。
「全てはこの大干渉が終わるまでの話さ。」
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シオン達使節団が導かれた広間では『大干渉』に拠るゼイブロイへの糾弾が始まっていた。
「・・・では、貴国が密かに進めていた『飛空部隊結成計画』は何の為に行われていたのですか?」
リンデルの穏やかな視線がゼイブロイに向けられる。
「其れは・・・。」
ゼイブロイは余裕の表情で口を開いた。
当初は怖じけていたゼイブロイだったが、話し合いが始まれば穏やかに質疑が進められていく現状に普段の不貞不貞しさが顔を覗かせ始めていた。。
「カーネリア王国の戦力を増強し防衛力を高める為だ。」
「ほう。」
リンデルの双眸が細まった。
「此方が把握している情報とは差異が在るようですが?」
リンデルは控えの側近が手渡す資料を受け取るとゼイブロイに突きつける。
「この手紙は貴方が配下のキュビリエ伯爵なる者に向けて送られた手紙です。ご丁寧に王家の紋入りでね。全文を読むのは長すぎるため割愛するが要約するとこうなります。『セルディナ攻略は今年の末には開始する。其れまでには飛空部隊の結成を間に合わせよ。』と。」
ゼイブロイは視線を逸らす。
「何かの間違いだな。余はその様な手紙など書いた覚えは無い。」
「王家の紋が押されているのに?」
「知らんな。」
「しかし、ではこの王紋を何と考えますか?」
「くどい。知らんと言っているだろう。大方、何者かが持ち出して悪用したのだろう。」
ゼイブロイはリンデルを見もせずに答える。
敢くまでもシラを切るゼイブロイの態度を見て使節団の面々は眉間に皺を寄せた。ゼイブロイのこの開き直った態度にこれまで何度煮え湯を飲まされた事か。一国の王を相手に強く追求する事も出来ずに有耶無耶にされた案件が幾つ在った事か。
それらが彼らの脳裏に甦って来て広間に険悪な雰囲気が漂った。
また有耶無耶にする気か、と。
「ははは。」
リンデルが嗤った。
「?」
全員がリンデルに注目する。
「なるほど、知らんか。」
リンデルの口調が変わった。
手にした資料を雑に投げ捨てる。
そして視線に迫力を乗せてゼイブロイを見据えた。
「つまりこの国は王以外の者が王家の紋を利用出来てしまう程に管理体制が杜撰であり、この国の上に巣くう者達はそんな事実にも気付けない程の無能の集まりだと言う事だな?」
「何!?」
ゼイブロイが怒気を漲らせる。
そのゼイブロイに向かってリンデルが打って変わった鋭い視線を向けた。
「幼児のようにシラを切るのも大概にして貰おうか、ゼイブロイ王!今の貴方は王たる資質が在るかどうかの審判を世界中の識者達から受けている身なのだぞ!此れまでの様な対応で片が付くと思うなよ!」
「・・・!」
痛烈な言葉を浴びせられてゼイブロイは言葉を失い、唇を戦慄かせた。