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神の去った世界で  作者: ジョニー
第1章 報仇雪恨
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14話 報仇雪恨 2



「・・・。」


 ゼランはペンを置いた。


 改めて書き上げた内容を読む。


『・・・以上の事から計画は差し障る事無く遂行中。委細問題無し。』


 神興しの件についての仔細を纏めた上でそう締め括ってある。




「問題無しか・・・。」


 本当に偽りなく其の通りか?と訊かれれば答えは否だ。


 キュビリエが矢で撃ち抜いたと言っているあのアリスと言う少女の遺体が発見されていない。




 昨晩、逃げたアリスの跡を追ったゼランは地面に残された大量の血痕を見て『助からない』と判断した。


 大男なら未だしもあの小柄な娘がアレだけの出血をしていては即死は免れても其の命は半刻も保ちはしまい。長年、人の生き死にに関わってきたゼランならではの勘が間違い無くそう告げている。




 しかし朝方になっても昼を過ぎても夕刻を超えて今時分の深夜となっても、アリスらしき少女の遺体が見つかったと言う話は届いていない。


 もっとも、平民の子供が死んだからと言って大騒ぎになる様な国では無い。貧民街も在るこの国では平民以下の子供が道の往来で野垂れ死ぬのは日常茶飯事と言っても過言では無い為だ。


 いずれにせよ、仮にアリスがキュビリエに拠って殺された事が判明しても何の問題も無い。貴族が平民の子供の無礼を咎めて罰したと言う事で片は付く。


 問題なのはアリスの口から王も関わる2つの計画が語られる事だが、そうなったとて然程の痛痒を感じる事も無く事実は握り潰せよう。何しろ証拠が無いのだ。例え反王制派の人間に知られて騒がれようとも大した問題にはなるまい。




 つくづく貴族に甘い国だ。


 ゼランは冷笑を浮かべる。




 さて、ではこの手紙を真なる主へ送るとしよう。明日、船便に乗せれば1週間程で主の手元に届くだろう。




 手紙を筒に収め蝋で封をする。そしてランプの明かりを消そうとしたところで手を止めた。


「・・・。」


 通路に誰か居る。


 使用人の気配では無い。使用人ならばそもそもあの様に気配を押し隠したりはしない。




「其処の奴、何者だ。」


 ゼランは通路から感じる気配に声を掛けた。




「・・・。」


 返事は無い。


 ゼランはゆっくりと剣を引き抜き扉に近づいた。




 部屋の扉が僅かに開いた。


「・・・。」


 ゼランが見守る中、扉は徐々に開いていき、其処から長身の男が現れた。血色の悪そうな色合いの肌に痩せ型長身の男。陰鬱な表情からは殺意以外の何も読み取れない。


 ――恐らくは、この男がジョセフの言っていたエセ貴族なのだろう。




 ゼランは嗤った。


「娘の仇討ちか?」


 適当に放った言葉だったが男の琴線に触れた様だった。殺気が先程の比では無い程に膨れ上がり、男が音も無く部屋の中に滑り込んで来る。




「何だ、図星か。」


 ゼランは虚仮にした様に鼻で嗤った。




 だが嘲弄して見せてはいるが、其れほどゼランに余裕は無かった。


 目の前に立つこの男はかなりの腕の持ち主だ。屋敷の厳重な警備を掻い潜って此処まで来た潜入技術と、この隙の無い佇まいは、この男が歴戦の戦士である事を物語っている。




 ・・・アサッシン――暗殺者。ゼランの脳裏をこの恐るべき言葉が過ぎる。歴代の権力者を以てして誰もが恐れた存在。権力も軍隊も役に立たず、闇に乗じて、或いは人の心理の裏を掻いて標的に近づき命を奪う。そして静かに去って行く存在だ。




 だがそんな者達も人間である。感情を昂ぶらせれば腕は鈍る。長年の経験からゼランはその事を知っていた。




 ゼランは言葉を続ける。


「しかし我が主の趣味も解らんモノだ。あんな未熟な娘の何が良いのか。まあ、だが好みだと言うのだから餌代わりに放り込んではみたが、まさか逃がすとはな。まあ、上手く矢を撃ち込んだ様で死んでくれて結構な事だ。是れで国家の安寧も守られると言うもの。」




 男は・・・ミストは無言で剣を引き抜いた。


 ミストの予定には無かったが・・・恐らくはこの男も一連の件に関わる中心人物の1人だ。そして先に殺した2人とは桁違いに危険な臭いを漂わせている。


 何よりアリスをこの屋敷に連れ込んだ張本人の様だ。ならば始末する。




 ミストの殺気に応じてゼランも剣を抜く。




「・・・。」


 視線だけを激しくぶつけ合いながら両者は殺気の応酬を繰り広げる。


 ランプの炎が一瞬激しく揺れ動き、部屋全体の様々な影が揺らめいた。




 其れを合図に両者が激しく剣をぶつけ合う。剣が交差した際に飛び散る火花と閃光が2人の剣の威力を物語る。両者は互いに立ち位置を入れ替えると睨み合った。


「・・・。」


 然程広くは無い部屋の中で躙りながら相手の隙を見出そうとするが、共にそんなレベルは超えている腕の持ち主である。ならば狙うは偶然がもたらす切っ掛けか、自らを囮として隙を誘うしか無い。




 どちらが動くのか。




 ミストは相手の心理を読む。


 先方にしてみれば焦る必要は無い。そしてあと半刻もしたら空も白ずんで来る頃合いだ。他の家人に気付かれれば不利になるのは此方だ。動くのならば此方から仕掛けるしか無い。そして其れは当然に先方も読んでいよう。




「・・・。」


 音も無くミストは動いた。鋭い突きがゼランの鳩尾目掛けて繰り出される。最も躱し難い身体の中心部分だが。




『ギィインッ!』


 ゼランはその攻撃を剣を振り上げる事で撥ね除ける。そしてそのままゼランはガラ空きになったミストの胴に返しの突きを加える。


「!」


 ミストは咄嗟に身を捻り突きを躱すが、刃がミストの胴を切り裂いた。


「チッ。」


 ミストは撥ね除けられた剣を握り直すとそのままゼランに向けて振り下ろす。


 血が迸り、ゼランの頬が裂けた。




 が、其れがどうしたとばかりにゼランは薄笑いを浮かべて剣を鋭く薙ぐ。ミストは其れを剣で受けて先程とは逆にゼランの剣を撥ね除ける。強烈な斬撃がゼランの首筋を狙うが、ゼランは其れを身を引いて避けながらミストを蹴り出す。




 再び両者は間合いを離れて睨み合った。




「フフフ・・・。」


 ゼランは笑った。


「中々やるじゃないか。暗殺者などにしておくには惜しい腕だな。」


「・・・。」


 ミストは答えない。




 ゼランは楽しんでいた。久しぶりに命のやり取りをしている実感を手にして興奮していた。


「いいぞ。もっと楽しませろ。切り裂かれる肉、迸る大量の鮮血、砕ける骨。そのどれもが俺を昂ぶらせる。そして最後に絶望した相手の命を奪うとき、得も言われぬ快感が俺を満たしてくれる。」


 其の恍惚とした表情にミストは顔を顰めて吐き捨てた。


「・・・狂人が。」


「暗殺などをしている時点でお前とて同族だろうが。」


 ゼランが双眸に凶暴な狂気の光を宿して斬りかかってくる。




 更に鋭さを増した斬撃をミストは辛うじて弾き返し、剣を突き出す。


 どれ程剣を打ち合ったのか。


 ――・・・おかしい・・・。


 ミストは違和感を感じていた。




 是れほどに激しく斬り合っていると言うのに屋敷の家人が騒ぐ気配が見られない。


「・・・何故、誰も起きてこない?」




 ミストの問いにゼランは嗤った。


「屋敷の誰もが騒がない事を気にしているのか?なら要らない心配だな。仮に起きている者が居たとしても誰も来たりはしない。この屋敷では人の生き死になど日常茶飯事だからな。」


「・・・どう言う意味だ?」


 ミストの眉間に皺が寄る。




 ゼランが挑発的に嗤って見せる。


「我が主アルド=キュビリエは貧民や平民の幼い娘を連れ込んでは嬲り殺す。俺は未熟な不良冒険者を金で釣って招き入れては遊び殺す。屋敷の連中が考えてるのは翌日の死体処理が面倒臭いと言うくらいのモノさ。」


「・・・良い趣味だな。」


「フフフ、違いない。」


 ゼランの双眸に更に凶悪な光が宿る。


「さあ、決着を・・・」


 ゼランはそう言おうとして自分の身体が動かなくなっている事に初めて気が付いた。


「!?・・・何だ!?」


 ミストが無感動な双眸をゼランに投げる。


「何度、睨み合ったと思っている?・・・俺はその度に貴様に『精神捕縛』の魔術を掛けていた。なかなか効果を現さなかったが、漸く効いてきたか。」


「き・・・貴様・・・!」


 愕然とするゼランにミストは近づくと言った。


「先に逝って地獄の悪魔共に伝えて置いてくれ。俺もそう遠くない未来に其処へ逝くと。」




 そう言うとミストは剣を一閃させた。




 ゼランの首が宙を舞った。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




「おのれ・・。」


 アルド=キュビリエは顔を顰めた。




 昨晩、アリスに強かに蹴られた股間がまだ痛む。しかも嬲る事も出来なかったキュビリエは行き場の無くなった悍ましい欲求を持て余していた。一刻も早く欲を満たしたい。


 ゼランに代わりの娘を掠ってくるように命じては居るが凡そ2日は掛かると言う。


 アリスに破壊された窓ガラスを睨み付けてみたが苛立ちは募るばかりだ。




 栄えあるキュビリエ家当主たる自分が是れほどの我慢を強いられるなど、本来在ってはならぬ事だ。全ては己の思うがままに世界は回って然るべきなのにそうはならない処が腹立たしい。


 旧家の貴族にて王家の重用も篤かった大貴族の当主は、他人に傅かれ我儘を存分に振り翳して、其れを正義と信じ込み生きてきた。僅かな我慢も強いられる事無く生きてきたが故の、その奇形なまでに膨れ上がった異常な自尊心は、旧態依然の体制がもたらすカーネリア貴族特有の悪習の権化とも言えるモノだ。




 そして同じく大国の主としての責務を一切果たす事なく、欲望の赴くままに周囲の重臣を振り回してきた同類の存在を脳裏に浮かべる。


 カーネリア王国の21代国王ゼイブロイ。






 アルドは先日の王との会見を思い出した。




 王は片膝を着くアルドに命じた。


『あと一月で計画の成果を出せ。然もなくば其方の家名が次の年明けを迎える事は無いと知れ。』




「クソッ!」


 語気も荒くアルドはワインの入ったグラスを床に投げつけた。






 自分の在位中にセルディナを手中に収め、西の小国家群をも平らげて『カーネリア帝国』を築き上げる。そして自分が初代帝王となる。――誰もが呆気に取られる様な夢物語を語り続ける国王に呆れて次々と貴族達が裏で離反する中、アルドは好機到来とばかりにゼイブロイに取り入った。




 事の前後も考える事無く取り入り国王を持ち上げ続けた結果、遂に好機が訪れる。


『戦力強化の為に飛空部隊を結成せよ。』


 100年以上も前にカーネリアで一度は実現仕掛けたが、何故か頓挫してしまった計画――。


 其れをゼイブロイは何処からか持ち出しアルドに命じた。


『事を為した暁には侯爵に陞爵してやろう。』


『必ずや!』


 遂に運が向いてきたと心騒いだモノだったが・・・。






「何故こうなった。」


 全て己の浅はかさが招いた事だとは微塵も思っていないアルドは、怒りの視線を誰も居ない周囲にばら捲く。




 自分の手足となって動くべき者達が不甲斐無いせいで、高貴なる自分が王からの咎めを受けている。アルドにとっては許し難き事であり、事が為された暁にはゼラン以外の全員を腹いせに叩き殺すつもりでいた。




「この私の栄達の為に協力させてやっているのに、この不甲斐なさとは・・・。」


 悲劇の主人公宜しくアルドは嘆いてみせる。


「こんな体たらくでは栄えあるカーネリア貴族の威厳を世界に知らしめる事も叶わぬ。」


『威厳か・・・笑わせる。』


「!?」


 突然聞こえた聞き慣れぬ声にアルドは驚いて扉を振り返った。




 いつの間に侵入してきたのか、扉には長身の男が扉に背を預けて佇んでいた。


「だ・・・誰だ、貴様!」


 驚愕と恐怖で裏返った声がアルドの寝室に響き渡る。




 アルドの小芝居を見ていたミストはもたれ掛かっていた扉から背を離し、アルドに向かって歩を進める。


「だ・・・誰だと訊いて・・・!」


 アルドは最後まで言い切れなかった。ミストの手から放たれた投げナイフがアルドの肩口に突き刺さったからだ。


「!!・・・・!」


 蹲るアルドにミストは声を掛ける。


「声が上がらないだろ? 痛すぎると悲鳴なんて上げられないんだよ。」


「な・・・何なのだ、貴様は。」


 双眸に恐怖の色を滲ませてアルドはミストを見上げる。




 ミストの双眸に深刻な怒りが宿った。


「アリスはもっと痛かっただろうよ。」


 其の声は低く氷雪を纏わせてアルドの耳に届く。




「お・・・お前、あの娘の関係者か?」


「・・・。」


 アルドの問いには答えず、ミストは静かに壁に掛かっていた槍を手に取って見せた。




「ま・・・待て、私は悪くない。」


 アルドは手をミストに翳し、制止を試みる。


「悪いのは部下だ。ゼランがあの娘を私の下に持って来たんだ。彼奴が娘を持って来なければこんな悲劇は起こらなかった。」


 まるで他人事の言い訳だった。




「・・・『持って来た』?」


「あ、いや、連れてきた、だ。」


 取り敢えずミストが聞き咎めるとアルドは慌てて言い直す。


 つまりは『持って来た』がこの男の本質なのだ。人間を人間と思わず、物としか見ていない。ならば自分が物として軽く扱われても構うまい。




 ミストは眼前の人間の形をした『物』に言った。


「だが、その悲劇を起こしたのは貴様だ。矢で撃ったのは貴様だ。例え部下が連れて来ようと貴様がアリスを人として扱えば良かっただけの話だ。だが、そうせずに貴様はアリスを陵辱して殺した。」


「ま・・・待て!辱めてはいない!」


「同じ事だ。」


 アルドの中で何かが切れた。


「煩い!大体、たかが平民娘一人を殺したくらいで何を咎められる筋合いが在るのか!?私はキュビリエ伯爵家当主だぞ!大貴族だ!命の価値が違うだろうが!」


「遺言は其れだけか?」


 ミストの底冷えした声にアルドはハッとなった。


「いや・・・違う。待て・・・。」




 ミストの声に込められた殺意が強烈に増加した。


「なら、死ね。」




 アルドが恐怖に引き攣った表情で泣きながら扉に向かって走り出す。


 ――何故、何故この私が!大貴族たるこの私が!たかが平民の娘の命を奪った程度で・・・!


 アルドには100年経っても答えが出ないだろう疑問を無意味に考えながら扉に手を伸ばす。




 ミストは其の背中に向かって手にした槍を渾身の力を込めて投げつけた。


『ズドンッ』


 槍はアルドの心臓を貫いて壁に突き刺さった。




「・・・。」


 壁に縫い付けられたアルドの死体を無感動に眺めるとミストは扉を開けて部屋を出る。そしてスミレ色の髪をした小柄な少女を思い浮かべて尋ねた。




 此れで良いか? アリス・・・。







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