10話 ギルドへの報告
翌日――
シオンは、朝早くにギルドマスターの執務室を訪れた。
「おお、久し振りだな。シオン。アカデミーはどうだ?」
入室したシオンに、ウェストンは挨拶して椅子を勧めた。
「それなりに楽しんでいます。」
「・・・の様だな。珍しく1週間ほどクエストボードを覗いてないみたいじゃないか。ミレイがぼやいていたぞ。」
シオンはマズいなという様な素振りで頭を掻く。
「後で顔を出しますよ。」
「そうしとけ。」
ウェストンは紅茶を勧め、自分も口に運びながら要件を尋ねた。
「で、今日はどうした?」
「アカデミーで気になった点を幾つか報告しておこうと思って。」
シオンは答えると、この一週間で気になった事を報告した。
武術科の生徒が魔法についての知識について皆無である事。
武術科と魔術科において回復師の有用性がほとんど伝わっていない事。
そのため現状では回復師コースを専攻している生徒が1人しかいない事。
魔術科で最初に学ぶ魔法が補助魔法ではなく攻撃魔法である事。そもそも武術科と魔術科が顔を合わせる機会がほとんど無い事。
このままでは何年続けてもアカデミーの低迷は避けられないであろう事。
「これらの事から、1つの懸念が浮かんできます。」
ウェストンは黙って聞いていたが、シオンの言葉を引き継いだ。
「指導者側に高ランク冒険者の経験が無い者が多いか、或いは皆無か・・・。」
「そう。」
シオンが頷くとウェストンは背もたれに身体を預ける。
「まさか回復師希望者が1人しか居ないとはな。せめて5人くらい居てくれればギルドとしても高ランクに売り込めるんだけどな・・・」
『これでは、来年のアカデミー卒業者もあまり期待は出来ないか。』
ウェストンは、アカデミーから来年ギルドに新規加入を希望してくるであろう職業についての希望は捨てた。残るは質だ。
「で、実際のところ、お前の見立てはどうなんだ?期待出来そうか?」
「・・・何人かはいます。」
シオンは昨日の6人を思い返しながら答えた。
「ほう・・・お前が言うなら楽しみだ。・・・で、肝心の回復師はどうなんだ。」
「Fランクなら、今すぐにでも通用します。魔術師にも同様に通用する生徒がいます。」
「って事は、高ランクも放っとかないだろうな。」
「ええ。」
シオンは頷いた。
「因みに武術科にも、もう少し経験を積めば通用しそうな生徒がいます。特に弓術の子は速射をマスターしつつあります。」
「ほう・・・。お前の得意技じゃないか。」
「ええ。」
報告が終了し沈黙が降りると、ウェストンは確認の意味で尋ねてくる。
「・・・で、これをわざわざ俺に言って来たって事は・・・。」
シオンは頷いて見せる。
「ええ。ウェストンさんからレーンハイムさんに伝えて貰おうと思って。」
「お前から言えば良いじゃないか。」
「俺は、今アカデミーの生徒です。レーンハイムさんの立場を慮ればウェストンさんから言って貰った方がいいでしょ?」
ウェストンはジロリと見遣り、シオンはスッと視線を逸らす。
「面倒臭いだけだろ。」
「・・・それもあります。」
「分かったよ、確かにお前の言う通りだ。俺から伝えておこう。」
ウェストンは軽く溜息を吐いたが、ふと興味を持ったのかウェストンは呟いた。
「1度、アカデミーの生徒を見てみたいもんだな。」
「それなら会ってみますか?昨日の合同演習で後衛を張った3人が、今日ギルドに来ますよ。もうそろそろじゃないかな?」
「ほう、じゃあ後で顔を出すよ。」
ウェストンは楽しそうな表情でそう答えた。
執務室を出たシオンは受付カウンターに足を運んだ。
ミレイが座っているのが見える。ウェストンの話からすると、またジト目で見られるかも知れない。シオンは努めて笑顔でミレイに話し掛ける。
「おはよう、ミレイさん。」
「・・・。」
顔を上げたミレイはシオンの顔を確認する。途端に笑顔になった。
「あれ!?シオンくん!久し振りだね。」
意外にもミレイは機嫌が良さそうだった。
「うん・・・久しぶり・・・」
シオンは内心では首を傾げながら言葉を返す。
「どうしたの?怪訝な顔して。」
「いや、ウェストンさんがミレイさんがぼやいてるって言ってたから。」
シオンがそう言うと、ミレイは腑に落ちたような表情をしたがすぐに文句を呟く。
「ああ、あの事ね・・・。ったくあの人はシオンくんに何言ってんのかしら。」
「何かあったの?」
「ん?うん、まあね。それよりもアカデミーはどう?楽しんでいるんでしょ?」
ミレイはアカデミーの話を聞きたがったのでシオンは聞かれるがままに答えていく。
「でも意外だったわ。シオンくんもあまり乗り気では無さそうだったから2~3日に1回は顔を出すかと思ってたのに、まさか一週間も顔出さないなんて。」
ミレイはアカデミーの話にひとまず満足したのか感想を漏らした。
「まあ、問題が燻り出すでもなく次々と出て来るもんだから、ついね。でも、さすがにそろそろクエストボードを見ておこうと思って来たんだ。」
「そっか。なら丁度良かったわ。あのねシオンくん・・・。」
ミレイは、そこまで言ってギルドの大扉に視線を向けた。
「あら、かわいいお客さんね。」
シオンもミレイの視線に誘われて振り返る。
そこには大扉に半身を隠しながら、おっかなびっくりといった感じでギルドの中をキョロキョロと見回しているルーシーの姿があった。さらに後ろにはセシリーとアイシャの姿が見え隠れしている。
「アカデミーの知り合いだよ。ギルドで待ち合わせていたんだ。」
「え?」
ミレイに告げると、シオンは3人の下に歩み寄った。
「ルーシー。」
声を掛けるとルーシーはホッとしたように微笑んでシオンに歩み寄った。
そんな彼女の後を追ってセシリーとアイシャも慌てて追ってきた。その様子が動物の子供が親の後を追うようで愛らしを感じてシオンは思わず微笑む。
「シオン、おはようございます。」
「お・・・おはよう。」
「あの、おはよう・・・」
「おはよう。」
3人の挨拶にシオンも挨拶を返す。
「ちょっと、シオンくん。この娘達って・・・。」
いつの間にか後ろに立っていたミレイが声を掛けてくる。
「連れて行ける依頼があれば連れて行こうかと思って、待ち合わせをしていたんだ。」
「こんにちわ。」
3人娘の挨拶にミレイはニッコリ微笑んだ。
「こんにちわ。ようこそ冒険者ギルドへ。私は受付係のミレイ。よろしくね。」
『・・・ようこそ冒険者ギルドへ・・・』
憧れのフレーズに3人は感動したように双眸を潤ませた。
「よ・・・よろしくお願いします!」
「うーん、でも、そっか・・・。どうしようかな。って言っても仕方無いか。」
3人の自己紹介が済むとミレイは独りごちた。
「どうしたの?ミレイさん。」
シオンが尋ねるとミレイは言い辛そうに口を開く。
「実はね、シオンくんが顔を出したら回そうと思っていた依頼があるのよ。」
「ランクは?」
「当然、Cよ。」
「え!?」
ルーシーとセシリーは息を呑んだ。アイシャが勢い込んで尋ねる。
「え、シオンってCランクの冒険者だったの!?」
「うん。」
「うんって・・・。高ランク冒険者だったんだ。」
3人は言葉も無くキラキラと眼を輝かせてシオンを見つめた。
「で、ミレイさん。大まかな内容は?」
「うん、とある貴族様の護衛依頼なんだけど。ちょっと相手が厄介な感じでね、低ランクには回せないのよ。」
「魔物?」
「・・・だったら、まだ可愛げがあるわ。」
「そっか・・・。」
シオンは天井を見上げて思案する。
「俺が前に受けた依頼の関連案件かな・・・。」
「その通り。」
シオンは溜息を吐いた。
「分かった。そっちが優先だ。」
そうミレイに告げると、シオンは3人を見た。
「3人とも済まない。約束を守れそうに無い。この依頼は断れないし連れても行けない。アカデミーを休ませてまで来て貰ったのに申し訳ない。」
シオンが頭を下げると、ルーシーが慌てて言った。
「シ・・・シオンさん、頭上げて下さい!無理を言ったのは私です!私こそごめんなさい。」
アイシャとセシリーがそれに続く。
「そうだよ、シオンが謝らないでよ!」
「私達こそ迷惑を掛けたわ!」
シオンはホッとしたように
「ありがとう。」
と礼を述べた。
「それに、冒険者ギルドの雰囲気に触れる事ができて嬉しかったわ。」
「うん。」
「・・・じゃあ帰ろっか。」
3人が大扉に踵を返そうとすると、野太い声が5人に掛かった。
「おいおい、将来の若き冒険者達をこれだけで帰しちゃダメだろ。」
ウェストンが人好きのする笑顔で立っていた。
「冒険者ギルドへようこそ、お嬢さん方。ギルドマスターのウェストンだ。俺がギルドを案内してやるよ。」
「ウェストンさん。」
「お前はさっさとミレイから依頼内容の詳細を聞いてこい。」
「分かった。ルーシー、アイシャ、セシリー、ウェストンさんに何でも聞くといい。可愛い娘にはとことん甘い人だから機密事項以外は何でも答えてくれるよ。」
シオンは悪戯っぽい笑顔で3人に伝えた。
3人はビックリしたような表情でシオンを見たが、みるみる顔が赤くなっていく。
「シオンくん・・・。」
ミレイが呆れたような声で、今のやり取りの意味を理解していないシオンの横顔を眺めた。