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神の去った世界で  作者: ジョニー
第1章 報仇雪恨
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13話 報仇雪恨 1



 少女の身体からミストは静かに矢を引き抜くと矢をへし折った。そして傷口に強く手を当てる。


「もう少し早く・・・いや。」


 ミストは呟きかけた言葉を呑み込むと、動かなくなったアリスを抱え上げて闇夜にその身を溶かした。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




『ゴツンッ』


 扉に何か固い物がぶつかった様な派手な音が鳴り、その小さな礼拝所の司祭は驚いた。


「何方かな?」


 読書をしていた司祭は片眼鏡を付けて立ち上がると、入り口に近づきそっと扉を開ける。


「!」


 司祭は目を見開いた。


 足下には、スミレ色の髪を持ったまだ幼い姿の少女が腹部を血に染めて横たわっていた。その少女の傍らには大きめの石に金貨5枚が括り付けられて転がっている。先程の音はコレが扉にぶつかった音の様だ。


 司祭は動かない少女を見下ろすと首を振った。


「なんと惨い・・・。」


 心優しい司祭は胸元で印を切り少女の為に祈ると、その身を抱え上げて礼拝所の中に消えて行った。






「・・・じゃあな。」


 遠くの物陰からその様子を見守っていたミストはそう呟くと踵を返した。




 ・・・仇は討つ。差し出されたのが銅貨3枚とは言えアリスが文字通りに命を賭した願いだ。引き受けた以上、其れを違える気は無い。


 だが、その前にアリスの本当の願いであったシーラの生死をはっきりとさせる。




 ミストはシャテルから訊きだしたマテューの研究所を最初の目的地に定める。そして峻烈な雷光を視線に秘めて、再び宵闇にその身を紛れ込ませた。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 ゼランがアリスと言う小娘を連れて行った翌日の晩、マテューは再び研究室に戻って来ていた。




 扉を開けるとマテューは地下研究室の中に入った。中には様々な器具が置かれ、棚のケースには薬品や毒草、小動物などが入れられていた。強烈な薬品の臭気と大小様々な魔法陣が部屋の異様さを引き立てている。




 そんな部屋の中、隅の台座に縛り付けられた少女が2人。


 どちらの少女も右腕に傷を付けられており異様な光を放つ石が埋め込まれている。スミレ色の髪をした少女は朦朧とした視線をマテューに向け、もう1人の金色の髪の少女は動きもしない。




 マテューは動かない金髪の少女を見遣り、手を翳したりした後に呟いた。


「ちっ。死にやがった。」




「・・・」


 スミレ色の髪をした少女は・・・シーラは目を閉じて涙を流した。


 ――・・・アイラ・・・。


 数刻前まで朧気な意識の中で励まし合った彼女もとうとう逝ってしまった。もう1人居た子はこの変な石を埋め込まれて直ぐに悶え苦しみ出して名前を訊く間も無く亡くなってしまった。


 ――そして多分、私も・・・。


 シーラの脳裏に『死』の1文字が浮かぶ。




 マテューがシーラの顔を覗き込んできた。


「元々の潜在魔力が多い奴の方が生き残れる様だな。と言っても、もうコイツも駄目か。まあ精々生き延びてくれ。俺の栄達の為にもな。」


 マテューはそう言って下卑た嗤いを浮かべながらシーラを触ると、踵を返して部屋を出て行った。




 ――お姉ちゃん・・・会いたいよ・・・。


 シーラは涙を流しながら其の意識を混濁の闇に落としていく。






 地下室から出て来たマテューは椅子に座り、肩の傷の手当てを始めた。


「クソッ。あのガキ。魔術で攻撃してくるなど、ふざけた真似をしやがって。」


 悪態が周囲に低く流れる。


「ククク・・・。だがキュビリエ様の手に掛かっては命も在るまい。ざまぁ見ろ。」


 今度は低い嗤い声が響き渡る。




『コンコン』


「!?」


 突如響いたノック音にマテューは仰天して立ち上がった。


「だ・・・誰だ!?」


 誰何の声を荒々しく上げると扉の向こうから男の声が上がる。


『ああ・・・良かった。先程から声を掛けていたんですが返事が無かったモノでどうしようかと途方に暮れて居りました。』


「・・・何の用でしょう?」


『旅の者なのですが道に迷ってしまい、一晩の宿を借りられたらと思って立ち寄らせて貰いました。勿論、謝礼金はお支払いします。金貨1枚で如何でしょう?』


「・・・。」


 マテューは警戒しながら扉を開ける。




 其処には長身の男が困った様な作り笑いを浮かべて立っていた。


「勝手に入ってきて貰っちゃ困りますね。」


 マテューは通路に誰も居ない事を確認すると悪態を吐いた。


「申し訳無い。何しろ寒かったモノで。」


「チッ。」


 マテューは男に聞こえない様に軽く舌打ちをして言った。


「宿代は?」


「ああ、ハイハイ。」


 男は笑顔で懐から金貨を1枚取り出すとマテューに渡す。


「いいでしょう。好きな部屋を使ってどうぞ。」


「有り難う御座います。助かりました。」


「・・・。」


 マテューが無言で扉を閉めようとすると男が言った。


「すみませんが、少しだけ暖を取らせて貰えませんか?」


「ああ!?」


 マテューは思わず声を荒げかけてから言い直した。


「隣の部屋には暖炉が付いてるから其処で暖を取って下さい。」


 そう提案するが


「金貨をもう1枚お支払いしますから。」


 と男が交渉してくる。


「・・・。」


 マテューは心の中で舌打つが、金貨欲しさに了承した。


「少しなら。」


「はい。」


 男は笑顔で答えるとテーブルを挟んでマテューが座る反対側の椅子に腰を下ろす。




「ふー・・・。」


 男は暖炉の火に当たり息を吐く。




 マテューは肩の傷の手当てを再開しながら寛ぐ男を観察し始めた。


 見る限りでは男は金を持っている様だ。薄汚れてはいるが着ている服も上等なモノだ。マテューの脳内で邪悪な打算が始まる。


 旅人であれば旅の途中で命を落としたとしても不思議は無い。此処は王都の直ぐ傍では在るが王都の外で在る事に変わりは無い。


 で在れば賊に襲われたようにでも偽装して殺した後、金目の物を奪って外に捨てても問題無いだろう。それどころか死体を研究材料かスライムの餌にでもして仕舞えば一挙両得だ。




「おや、怪我をしているのですか?」


 男が尋ねてくる。


「ええ、まあ。」


 マテューは笑顔で答える。




 マテューは殺す算段を立てると実行に移す事にした。


「そうだ。ワインは飲まれますか?」


 マテューは男に尋ねる。


 男の表情が輝いた。


「おお、ワインは好物です。ここ数週間はご無沙汰ですが。」


「なら丁度良い。以前に開けたワインが在るのでどうぞ飲んでいって下さい。」


「有り難い。」


 男の返答にマテューはほくそ笑みながら立ち上がって、以前に使用した毒入りのワインとグラスを2つ取り出す。




 グラスを男に渡してマテューは席に戻る。


「さあ、どうぞ。」


「いや、どうも。」


 男はゴソゴソと動くと左手でグラスを差し出す。




 マテューは冷酷な嗤いを浮かべながら男のグラスにワインを注ぐ。




『ズンッ』


「・・・あ・・・?」


 突如、熱さを腹部に感じてマテューは自分の腹を見た。




 テーブルの下を通って薄い銀色の刃が自分の腹に深々と突き刺さっている。刃の出所を察してマテューは正面に座る男を驚愕の視線で見た。


 僅かな時間を置いて熱さが強烈な痛みに変わる。


「あ・・・が・・・。」


 痛みで言葉にならない呻きをが漏れた。




 ワインがマテューの手から離れ、テーブルの上に落ちる。




 男の右腕が力強く動き、その動きに連動して突き刺さった薄刃はその向きを変え、マテューの腹を切り裂いていく。


「・・・ちょ・・・待て・・・。」


 堪らずに若き魔術師は制止の声を上げるが、笑顔を浮かべたまま男は一切の情けも感じさせずにマテューの腹を切り裂いた後、更に深く突き刺した。




「お・・・ごっ・・・!」


 断末の呻きを漏らしてマテューは血反吐を吐き床に崩れ落ちた。




 ミストは薄刃の剣を確認し付着した血液を振り払うと、コートに隠していた鞘に剣を収める。


 そして倒れ伏して動かなくなったマテューを覗き込むと空々しく声を掛けた。


「おいおい、どうした?こんな真冬の最中にそんな所で寝たら風邪引くぜ。・・・気を付けな。」




 返ってくる筈も無い返事など待たずにミストは、部屋の奥、恐らくは研究室に続くで在ろう入り口の扉を開けて階段を降りていく。




 地下研究室の扉を開けた。換気も碌にされない地下の研究室独特の咽せる様な臭いにミストは顔を顰めるが中に踏み込んで行く。


 部屋の隅に縛り付けられた少女が2人居る。




 ミストは無言で2人を覗き込んだ。2人とも顔に生気は無くピクリとも動かない。1人の少女の髪の色はアリスと同じスミレ色だった。


 ミストは軽く溜息を吐いて首を振ると、屈んで口元に手を翳し呼吸の有無を確認する。




「!」


 ミストの表情が動いた。




 息をしている。


 ミストは素早く少女の全身に視線を走らせると右腕に埋め込まれた魔石に眼を止めた。徐ろに短剣を取り出すと少女の腕を切り裂く。


『コロン』


 と乾いた音を立てて血液の付着した魔石が床に転がる。


 直ぐさま懐から数種類の薬草を取り出すとミストは其れらを握り締めて搾り汁を傷口に掛けていく。


「・・・う・・・。」


 痛みで気が付いたのか少女が呻きながら眼を開けた。


 虚ろな視線がミストを捉える。


「誰・・・?」


 ミストは腕に包帯を巻きながら逆に質問する。


「お前はシーラか?」


「・・・。」


 少女は力無く頷く。


「お前の救出を依頼された者だ。此処から出してやる。悪い奴はもう居ないから安心しろ。」


 ミストは答えた。


「お姉ちゃんが依頼してくれたの・・・?」


「ああそうだ。」


 シーラは眼を閉じると涙を流し始める。


「コレを口に含め。噛んだり呑み込んだりするなよ。出て来た汁だけを飲んでおけ。」


 そう言ってミストは薬草を練り固めた飴をシーラの口に含ませる。




 ミストはもう1人の金髪の少女も診るがやがて首を振った。此方は死んでいる。ミストは黙って立ち上がると少女達を縛る革の拘束帯を切り裂いた。




 シーラを起こすとミストは少女を背負った。


「アイラは・・・あのまま・・・?」


 シーラの弱々しい問い掛けにミストは答えた。


「後で必ず弔う。心配しなくて良い。」


「・・・。」


 シーラの啜り泣く声を背中に聞きながらミストは地下研究所を後にした。




 階上に上がるとミストはシーラにマテューの死体を見せない様にして部屋を出る。そして別の部屋に入るとミストはシーラを下ろして藁とシーツを整えた簡易ベッドを作り上げて其処に彼女を寝かせる。暖炉に火を入れると眼を瞑るシーラに振り返り


「・・・朝には迎えに来る。少しの間、此処で休んでおけ。」


と声を掛けた。


 そして枕元に水筒を置くと


「喉が渇いたら水を飲め。いいな?」


と言い聞かせる。


「・・・。」


 シーラは眼を閉じたまま素直に頷く。




 ミストはシーラが眠りに就いたの確認すると、スッとその場を離れた。


 ――良かったな、アリス。妹は助かったぞ。


 研究所を離れたミストは森の中を馬に乗って疾走する。次の標的を目指して。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 夜も更け始めた学園の執務室をウロウロと歩き回りながらジョセフは落ち着かなかった。




 昨晩、マテューの研究所ではゼランの言葉に納得した態度を見せてはみたが、実際には全く安心しては居ない。キュビリエ伯爵は・・・いやゼランは、事が露見したらマテューはともかく自分とシャテルは容赦なく切り捨てるだろう。


 そして今、正に事が露見してしまうかも知れないのだ。あのイシュタルの貴族を詐称する男が仮に反王制派の手の者だった場合の事を考えると気が気では無い。


「クソッ・・・何でこの私がこんな思いをしなければならんのだ!」


 全てが忌々しい。


 ジョセフは荒々しく執務室の椅子を蹴り付けた。




 最初は単なる金欲しさだった。ゼランから話を持ちかけられて魔力を持つ体格の幼い少年少女を選定していた。ジョセフがやったのは其れだけだ。其れだけで副学園長としての報酬を上回る謝礼金が入ってくる。


 後はジョセフが選定した少年少女達をシャテルが掠い、マテューに届けられて何やらの研究素体に使われているらしい。掠われた者達は全員が命を落としている様だったが、自分が手を染めた訳では無いから自分に責任は無い。そう言い聞かせながらジョセフは臨時収入に眼を眩ませて協力し続けた。


 その挙げ句がこの様である。




「何か策を打たなくては破滅してしまう。」


 ジョセフは呟くと執務室を出ようと扉を開けた。




 そして其処に立つ長身の男を見て仰天する。


「ヒッ・・・・!!」


 仰け反って引っくり返るとそのまま後退る。




「あ、お・・・お前は!」


 ジョセフはミストの顔を見て声を上げる。


「この詐欺師め!お前がイシュタルの貴族などでは無い事はもうバレているぞ!」


 勝ち誇ったように叫ぶジョセフには答えず、ミストは無言で部屋に入り鍵を掛けた。




「!」


 ジョセフは気付いた。今の自分の台詞がこの危機を回避する為に何の効果も無い事に。そしてミストの視線が極めて危険な光を宿している事に。




「ま・・・待て。」


 ジョセフは態度を一転させて手を翳し、ミストを制する。


「目的は何だ?金か?金なら払う。」




「・・・。」


 ミストは無言で薄刃を引き抜いた。




「い・・・幾らで頼まれた!?い・・・いや、判った!倍額払うから見逃してくれ!」


 懇願するジョセフの胸にミストは剣を突き立てる。


「ガッ・・・!」


 ジョセフは呻く。


「い・・・幾らで・・・・!」


 敢くまで金額を尋ねるジョセフにミストは答える。


「1枚だよ。」


「い・・・1枚だと!?・・・たった金貨1枚で・・・・!」


「阿呆。」


 ミストは呆れて呟いた。


「テメェの命をどれだけ高く見積もってるんだ。銅貨1枚に決まっているだろう。」


「ど・・・銅貨だとぉー!?」


 信じられないと言った顔のジョセフなどに構わずミストは剣を更に深く突き刺し心臓を貫いた。




 絶命したジョセフには眼もくれず、ミストは学園を出た。




 残るはあと1人。







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