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神の去った世界で  作者: ジョニー
第1章 報仇雪恨
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12話 無慚



 陽も落ちて宵闇が空を染め始める頃。


 ミストが宿屋に戻ると、アリスの姿は無く部屋の中はもぬけの殻だった。




「・・・。」


 ミストは周囲を見渡し、机の上にバスケットが置いてある事に気が付いた。中には未だ少しだけ温かいクッキーが入っている。


 そしてアリスの荷物が少し減っている。短杖も無い。


「あの馬鹿娘・・・。」


 ミストは現状をある程度察した。




「・・・。」


 ミストはバスケットのクッキーを1つ摘まむと口に放った。


「・・・美味いじゃないか。」


 呟くと視線も険しく部屋を出た。






 現状で確実に情報を拾えるのは1ヶ所しか無い。




 ミストはシャテルの屋敷の門番に声を掛けた。


「やあどうも。」


「ああ、あんたか。」


 ミストが声を掛けると門番はミストを覚えていた。


「ご主人様の様子は如何です?」


「ああ、あんたから買った品が気に入ったらしくてな機嫌は良い。」


「其れは何より。いや、実は今日は高いモノを買って貰った御礼にサービスの品を持って来たんですよ。安物の魔道具なんですが、タダでお譲りしようと思いましてね。」


「ほう・・・ちょっと待ってな。」


 門番は奥に引っ込むと直ぐに戻って来てミストに言った。


「入りな。旦那様は入って通路奥の右の扉にいらっしゃる。」


「どうも。」


 ミストは笑顔を浮かべて中に入った。




 通路を歩くミストの双眸に凄まじい量の魔力が集中していく。


『高き者、平らかなる地に無謬の風を巻き起こせ。カラの炎よ、偽りの森を焼き尽くせ・・・。』


 ミストは指定された扉のノブを回した。


「なんだ、ノックくらい・・・。」


 開いた扉の奥で訝しげなシャテルがソファから立ち上がろうとする。




 ミストはそのシャテルの目を睨み付けながら呟いた。


『マインド=バーン!』


 途端にミストの双眸から魔力の嵐が吹き荒れシャテルの双眸に吸い込まれていく。


「!・・・!・・・!」


 シャテルは声にならない悲鳴を上げながら仰け反り、立ち上がり掛けていたソファにその身を押し込まれた。




「・・・。」


 シャテルは口を半開きにして虚空をポカンと見上げる。だらしなく開いた口からは涎が流れ始める。




 ミストはその向かいに座るとシャテルに話し掛けた。


「キュビリエ、マテュー、ジョセフの繋がりを話せ。」


 シャテルは其れを受けて言葉を紡ぎ始める。


「・・・ジョセフは掠う娘の選定・・・マテューは実験をする・・・キュビリエ様は計画の指導者・・・。」


「キュビリエはどんな男だ?」


「キュビリエ様は伯爵家・・・王家に長く仕える家。愚かで扱い易い男・・・少女趣味の変態・・・何人も殺している・・・。」


「・・・。」


 おかしい。そんな男が計画の主導を握れる筈が無い。誰か別の者が糸を引いているのか?


「キュビリエの上には誰がいる?」


「国王陛下・・・。」


「その間に立つ者は居ないのか?」


「・・・。」


 シャテルは答えない。


「知らないか・・・。」


 ミストは溜息を吐いて質問を変える。




「今までに何人掠った?そして掠われた娘達はどうなった?」


「10人ほど掠った・・・殆どが死んだ。生きているのは3人だけ。だが2人はもう保たない。」


 ミストの眉間に皺が寄る。


「何処でその実験をしている。」


「マテューの実験場・・・。」


「場所を言え。」


 その場所はアリスがゼランに捕らわれた場所だが、ミストが其れを知るはずも無い。彼はただ其の場所を記憶に留めた。




 ミストは1つ頷くと言った。


「お前に届いた指示書とお前が出した指示書の全てを此処に出せ。」


「・・・。」


 シャテルは立ち上がると金庫を開けて、中の大量の手紙をミストの前に置いた。今回の件に関係の在る物から全く無関係の悪事に関する物まで。よくも是れだけの悪事に手を染めたモノだ。




 ミストはペンを取ると無地の白紙に文字を連ねていく。其れなり文量を書き上げると彼は其れを封筒に入れて蝋で封をする。


 そしてシャテルが金庫から出した手紙を全て鞄に詰めると命じた。


「立て。」


 ミストはシャテルに鞄を持たせると先頭を歩かせて屋敷を出る。




「旦那様、どちらへ?」


 門番がシャテルに尋ねるとシャテルはミストが指示した通り


「1週間ほど留守にする。その間は誰も中に入れるな。」


 と答えた。


「解りました。」


 ――悪事に絡む事も多いシャテルならばこういった急な外出も多い筈だ、と言うミストの狙い通り、門番は疑いもせずに頭を下げる。


 その門番の前をミストはシャテルに付いて行く形で通り過ぎた。




 屋敷から離れた所でミストは手持ち無沙汰そうな馬車を呼び止めてシャテルを押し込んだ。御者に手紙を渡すと


「火急の用件だ。今からセルディナ魔術院まであの方をお届けしてくれ。魔術院に着いたらセシリーと言う娘に其の手紙を渡してその場で読ませてくれ。」


 そう言ってミストは御者に金貨5枚を手渡す。


「!・・・わ・・・解りました!」


 金額の多さに御者は驚きながらも嬉々として頷く。




 走り去る馬車を眺めながらミストはシャテルの幸薄い未来に思いを馳せる。




 シャテルの自我が元に戻る事は無いだろう。ミストがシャテルに使った魔法は現代魔術では無く『精霊魔法』と呼ばれるケイオスマジックの1つだ。


 火の精霊の力を借りて相手の自我を焼き尽くす魔法。是れを喰らえば相手は如何なる質問にも素直に答え始める。ただ、魔力を込めすぎると相手の精神を破壊してしまうと言う欠点が在るため、使い手は加減をしながら使うモノだが、ミストは全力でシャテルにこの魔法を使った。


 断頭台に上がるにせよ、セルディナのカーネリアに対する交渉カードにされるにせよ、あの男が天寿を全うする事は在るまい。知った事では無いが。




 ――・・・さて、次の行き先だが・・・。


 アリスが何を切っ掛けにして宿を出て行ったのかが解らない事もあって、ミストは次の行動を決め倦ねていた。


 マテューの実験場か、キュビリエの屋敷か、ジョセフの処か。それとも別の場所なのだろうか?


 時間に余裕が在る訳では無い。暫く思案した後、ミストは歩き始めた。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




『お姉ちゃん、クッキーちょうだい。』


 小さい手を差し出すシーラがニコニコと笑顔を向けている。


 アリスは微笑んだ。


 自分の皿からクッキーを掴むとシーラの手にいくつかのクッキーを落とす。


『ありがとう。』




 小さい頃に修道院で暮らしていた時は、おやつの時間にシーラが良くアリスのおやつ欲しがった。


 ――・・・懐かしいな・・・。




『お姉ちゃん、お菓子の作り方を教えて。』


 大きくなったシーラが修道院の厨房に立つアリスに教えを乞うてくる。


『どうして?』


『いつもお姉ちゃんが作ってるから、今度は私がお姉ちゃんに作ってあげたいの。』




 シーラの笑顔と優しさはアリスをいつも温かい気持ちにさせてくれた。


 ――・・・優しい子だな・・・。




『お姉ちゃん、私、カーネリアの学園に行くわ。』


 15歳になったシーラの宣言にアリスが尋ねる。


『なんで? お姉ちゃんと一緒にセルディナのアカデミーに行かないの?』


『ごめんなさい、お姉ちゃん。でも、私達みたいな孤児でも意欲があれば学問に従事出来る様になった是れからの時代は「知恵」が大事になると思うの。だから・・・。』


 申し訳無さそうなシーラの表情を見ながらアリスは微笑んだ。


 いつの間にか自分よりも大きくなった妹の頭を撫でる。


『解ったわ、貴女の人生よ。思う通りに頑張りなさいな。』


『お姉ちゃん、有り難う。』




 ――・・・会いたいな・・・。






 意識が急速に引き上げられる感覚と共に、アリスは目を開いた。


 床が上下に激しく揺れている。


「・・・。」


 やがてアリスは、自分が何者かに抱えられている事に気付く。


「・・・!」


 自分が非常に危険な立場に居ることを察してアリスは身動ぎ、自分を抱えている人間を見た。其れはゼランと呼ばれていた、アリスを気絶させた男だった。




「何だ、もう目が覚めたのか。思ったよりもタフな娘だな。」


 ゼランは抱えるアリスをチラリと見ただけでそう言った。


「離して!」


 アリスが手足を振り回して暴れるとゼランは余っている右腕でアリスの肩の辺りを殴り付けた。


「グッ・・・!」


 アリスが呻いて動きを止めるとゼランが底冷えする様な声で言った。


「大人しくしていろ。もう直ぐ我が主に引き合わせてやる。




 やがてゼランはこの長大な通路の突き当たりに在る扉の前に来ると声を掛けた。


「閣下。ゼラン、只今戻りました。」


「・・・入れ。」


 中から男の声が返ってくる。




 扉の中は豪奢な部屋だった。紫檀と大理石で整えられたシックな色合いを基調とした部屋で、男が1人、椅子に腰掛けて此方を見ていた。




 アリスの視界が突然激しく揺れ動き、一瞬の無重力を味わった後に激しい衝撃を全身で受けた。


「グフッ!」


 放り出されて床に激突したアリスは苦痛に呻く。




「儂への土産と言うのは其の娘か。」


「はい、閣下。」


 ゼランが頷くと男は椅子から立ち上がった。




 細く伸ばした端正な口髭を撫でながら近づいて来る男のその表情に嗜虐的に嗤いが閃いてアリスは思わず後退った。


「ほほ・・・。良い表情だ・・・。」


 逃げようとするアリスに無造作に手を伸ばして彼女の腕を掴む。




 自分の下に手繰り寄せると、男はアリスに顔を近づけ彼女の匂いを嗅ぐ。


「!?」


 余りの悍ましさと、カーネリアの中年貴族が好んで身に付ける特有の香油の匂いにアリスは顔を歪めて男を突き離した。




「お気に入られた様で。」


「うむ。お前はもう下がれ。」


「は。」


 ゼランは一礼するとアリスを見た。


「此方はキュビリエ伯爵閣下で在らせられる。国王陛下の信も篤い高貴な御方だ。精一杯お相手を務める様にな。」


 ゼランの言葉にキュビリエは護衛の男を見上げた。


「ほう・・・。」




 この様な時に、明かす必要の無い相手にわざわざ身分を明かす。・・・つまりはそう言う事で在る。




「惜しいな。長きに楽しめるかと思ったのだが・・・。」


「生憎と事情を知られて居りますれば。」


「解った。」


「あとその娘、簡単な魔術が使えまする。杖は取り上げて居りますがご注意を。」


「解った、もう良いから下がれ。」


「は。」




 得物を前にした肉食獣の様な視線の主にゼランは一礼して今度こそ退室した。扉を閉めてアリスが逃げられない様に外から鍵を掛ける。


『いやっ!』


 アリスの悲鳴が聞こえてくる。




 主ながらあの性癖だけは理解出来ない。少女趣味と言えば良いのか。10~15歳くらい迄の少女にしか性的興奮を覚えない。しかも大抵は嬲り殺してしまう。所謂、一種の変態だ。


 あの性癖を満足させる為に一体今までに何人の娘をシャテルに掠わせた事か。また事後処理の為にどれ程の大金を関係者に掴ませた事か。


 碌でもない男で在るのは間違い無いが、カーネリアの歴代王家に長く仕えてきたキュビリエ家の家名は何かと多方面に使えるのだ。




 さて、あの娘の始末はあの無能の主に任せて、自分は計画を進める算段を立て直すとするか。ゼランは真の主の命令を遂行する事に思考を委ねていく。






 ゼランが扉を閉めるのと同時にキュビリエがアリスに覆い被さって来た。


「いやっ!」


 アリスは咄嗟に身を翻してキュビリエを避ける。そして扉に駆け寄りノブを回す。が、ノブはピクリとも動かなかった。


「ほほほ。無駄だぞ。ゼランが外から鍵を掛けているからな。」


「!」


 そんな、それじゃ逃げ道が無いって事・・・?




 近寄ってくるキュビリエから逃れながら、アリスは何とかこの部屋を出られないかを考える。




 窓から見える風景から推察するに此処は1階だ。あの大きな窓を叩き割ることが出来たらひょっとしたら其処から逃げられるかも知れない。でもどうやって、あの頑丈そうな窓を割れば良いのか。


 アリスは逃げ惑いながら部屋を見渡す。




 小物は駄目。何か大きなモノが良い。


「ほら、もう諦めろ。」


「!!」


 間近にキュビリエの醜悪な顔が近づいていたのに気が付き、アリスは思わず仰け反ってバランスを崩し引っ繰り返った。




 倒れた先に視界に入った物。其れはキュビリエが座っていた椅子だった。大きくて重そうだ。


 ――私の力で投げられるかしら・・・。




 しかし迷っている場合では無い。




 アリスが其方に這い寄ろうとした瞬間に、両脚を捕まれた。


「!?」


 振り返ると、舌舐めずりしたキュビリエがアリスを引き摺る。


「離して!!」


 両脚をバタバタと動かして藻掻くがキュビリエは愉悦に浸った様な表情でアリスの藻掻く様を眺めている。


「ほほほ・・・良い眺めだ。」


「!」


 その言葉が何を示しているのかを悟って、アリスは慌てて両脚を閉じる。恥ずかしさと屈辱で目が眩みそうだ。


 ――こんな奴に!


 怒りで涙が零れそうになるのを堪えながらアリスはキュビリエを睨み付ける。




「その顔も良いな。お前の様に気の強い娘も、最後には絶望して諦めて顔から表情が抜け落ちていくんだ。儂はその様を眺めるのが好きでな・・・もう・・・何人も殺してしまったよ。」


 愉悦に塗れた焦点の合わないキュビリエの視線を見てアリスは身の毛が弥立った。


 だがアリスは恐怖にも勝って確認してい事が出来た。


「シーラは!?シーラはどうなったの!?」


「シーラ・・・?」


 キュビリエは少しだけ思い返す様な仕草をして嗜虐的な表情を浮かべた。


「そうか、お前が例の最近騒いでいたという娘か。シーラはお前の妹だったな。その娘なら死んでいると聴いているぞ。」


「・・・そんな・・・。」


 愕然となったアリスを見てキュビリエは嗤う。


「悲しむ事は無い。儂が直ぐに妹の下に送ってやる。」




 アリスは何とか逃げ出そうと再び藻掻き出した。最早、下着を見られようが関係無い。この狂人から逃げることが先決だ。そして後で必ず復讐する。


 そう決意した瞬間、アリスの小柄な身体がフワッと宙に浮いた。彼女の視界が激しく揺れ動いて次の瞬間には大きなベッドの上に放り投げられていた。




 その上からキュビリエが覆い被さる。


「嫌だ!離して!!」


 アリスは絶叫に近い悲鳴を上げるが、キュビリエは凄まじい力でアリスを抑え付けてその服を剥ぎ取った。生地の破れる音と共に上半身が露わになる。隠す間も無くキュビリエに好きにされる。スカートの中にゴツゴツとした手が入り込んでくる。




 ――いやだ・・・いやだ・・・いやだ・・・


 アリスは涙を流しながら自分の身体に吸い付くキュビリエを睨み付け思い切り足を振り動かした。




『グシャッ』


 と何かがひしゃげる様な音がしてキュビリエが


「ぎゃーーー!!!」


 と凄まじい絶叫を上げた。


 そして股間を押さえて悶絶する。




 アリスは剥ぎ取られた服を身に纏うとベッドを飛び降りて椅子を掴んだ。普段なら持ち上げる事すら困難だっただろう、其の椅子を少女は難なく持ち上げると窓に叩き付けた。




「ガシャーン!!」


 派手な音と共に窓は破砕し、冬の夜風が入り込んでくる。




 アリスは躊躇する事無く窓枠を掴むと、そのまま庭先に飛び降りた。




 寒い。キュビリエに服を破られたせいで胸から腹にかけての部分が冬の外気に晒される。アリスは庭を見回しながら外に出られそうな場所を探した。グズグズしていたらキュビリエが復活してしまう。ゼランとか言う奴も騒ぎに気づいて居るだろう。


 ふと、1本の大樹の枝が塀の向こうに飛び出ているのにアリスは気付いた。彼女は駆け寄ると大樹にしがみついて登り始める。


 ――早く!早く!


 必死になってアリスは大樹を登り、枝に手を掛けた。枝を伝い道の上に出る。




「ガキが・・・。」


 その時脂汗を流したキュビリエが、部屋の中から弓を構えてアリスに矢を放った。




『ズンッ』


「!!」


 鈍い衝撃と共にアリスは横腹に熱さを感じた。そして激痛が全身を貫く。


「あ・・・。」


 アリスは小さく声を上げると枝から落下して、地面に激突した。




 目の前が昏い。


 死ぬわけに行かない。


 全身が痛い。


 シーラの仇を討たなきゃ。




 思考が混濁する中でアリスは立ち上がると、腹部に刺さった矢もそのままにヨロヨロと歩き出す。流れる血の量が尋常では無い。早く・・・ミストに会いたい・・・。






「閣下。如何為さいましたか?」


 ゼランが騒ぎを聞きつけてキュビリエの部屋に入る。


 荒れた部屋の中ではゼランの主が血走った目で弓を持って立っていた。


「逃げられた。まあ、矢を打ち込んでやったがな。」


「なんと・・・。」


 嗜虐的な嗤いを浮かべるキュビリエを見てゼランは主の無能さに呆れていた。


 ――娘1人、押さえる事も出来んのか。


「畏まりました。確認して参ります。」


 ゼランは家人に幾つかの指示を出すと、屋敷の表通りに出た。




 其処には大量の血痕が残っており、点々と闇に向かって伸びている。


 ――・・・この出血では長くは持たんな。後を追って止めを刺しても良いが・・・。


 ゼランは面倒臭さを感じた。


 元々、小娘1人を殺したくらいで揺らぐ様な家では無い。あの小娘から事実が露見しなければ良いのだ。そしてこの出血量ではあの娘の命は半刻と持つまい。




 ゼランは踵を返すと屋敷に戻った。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 ――・・・痛い・・・寒い・・・。


 昏い視界の中、アリスは懸命に歩き続けていた。何処に向かっているかなど解るわけも無い。ただ只管に闇雲に歩き続けていた。




 胃から込み上げてきたモノをアリスは吐き出した。真っ赤な血を見てアリスは涙を流す。


「死ぬのかな・・・私・・・。嫌だな・・・死にたくないな・・・。」


 息が苦しい。




 もう・・・歩けない。




 倒れ掛かったアリスの小さな身体を誰かが支えた。


「・・・?」


 アリスが顔を上げると其処には頼りにしていたひねくれ者の顔が在った。


「アリス・・・。」


 ミストが彼女の名前を呼ぶとアリスは力無く笑った。


「始めて・・・名前・・・呼んでくれた・・・。」




 ミストの顔に悲哀の表情が浮かぶ。


「何故、外に出た。」


「ごめん・・・なさい・・・。」


 アリスの目から涙が零れる。




「クッキー・・・美味かったぞ。」


 ミストが言うとアリスは微笑んだ。


「嬉しいな・・・。」




 アリスは服のポケットから貨幣を取り出すとミストに差し出した。


「お願い・・・シーラの仇を討って・・・キュビリエと・・・マテューと・・・ジョセフを・・・これで・・・。」


 最早、自分が何を差し出しているのかも少女は解っていないのだろう。




「解った。」


 ミストが頷くとアリスは微笑んだ。


 そして虚空を見ながら言った。


「シーラ・・・ごめんね・・・助けてあげられなくて・・・ごめんね・・・。」




 そしてアリスの手からは3枚の銅貨が零れ落ち、少女の全身から力が抜けていった。







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