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神の去った世界で  作者: ジョニー
第1章 報仇雪恨
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11話 凶兆



「ねえ。」


 学園に潜入しようと踵を返したミストにアリスは後ろから声を掛ける。


「なんだ?」


 ミストが振り返った。




「どうしてそんなに一生懸命になってくれるの?」


 尋ねるアリスをミストは暫く無言でみつめた。


 そして塀の向こうの学舎を見遣りながら面倒臭そうに答える。


「お前に手伝うと言ったからだ。」


「其れだけで・・・。」


「其れだけ、ではないさ。重要な事だ。大人って奴はな、子供との約束は余程の理由が無い限り守ろうとするモノなんだよ。俺みたいな『やさぐれ者』でもな。其れが大人って奴が持つ最低限の矜持だ。」


 子供扱いをされた、とはアリスは思わなかった。


 彼に比べたら自分は本当に子供だ。だから別の疑問を口にした。


「損をしても?」


「其れは理由にならない。何が損になるかは当人が決める事だからな。そして1度やると言ったならやり切るんだよ。」


「・・・。」


 誇りと言うモノを見せられた気がした。


 アリスは素直に頭を下げる。


「ありがとう。」


 その姿を見てミストは口を開き何かを言いかけたが、結局は何も言わずに学園に向かって再び歩き始めた。






「・・・。」


 学園に再び潜入していったミストを無言でアリスは見送ると、そのまま学園の学舎に視線を移した。




 シーラには会えなかった。考えたくは無かったけど、でもそんな予感はしていた。




 彼と行動を共にする様になって「事態は自分が考えていたよりも遙かに深刻なのだ」と理解した。そしてその深刻な事態に大切な妹が巻き込まれている事はもう疑い様が無い。




 ミストは思考も行動力も胆力も自分とは桁違いだ。そして今自分達姉妹が巻き込まれている事態は、そんな彼が本気で取り組まなくては解決も覚束無い程の難事なのだ。




 こんな事態を独力でどうにかしようとしていた1週間前の自分の浅はかさに身が震える。きっとミストが協力してくれなければ、とても此処まで辿り着けはしなかっただろう。




 今、自分が出来る事は何だろう。


 アリスは考える。悔しいが何も無い。


『夜食を作っておけ』


 ふと、昨日のミストの言葉を思い出した。


『・・・美味いな。』


 そして思いも掛けなかった褒め言葉も。


 まさか男性に料理を誉められると言う事にあれ程の嬉しさを感じるなんて。




 彼は無愛想だ。言う事も辛辣だし、本気で疎ましがっているのも判る。あんなに優しさを取り繕わない大人は初めてだ。それでも彼は損得を抜きにして彼女を助けてくれている。


 ミストは其れを大人の矜持だと言った。


 自分もいずれはあんな矜持が持てるようになるのだろうか。出来ればそうなりたい。




「・・・クッキーでも作ろうかな。」


 彼女はそう呟くと、宿に足を向ける。言えば、また厨房を貸してくれるだろう。






 焼き上がったクッキーを宿泊部屋に持って来たアリスは、1つ摘まんで囓った。


「また美味いって言ってくれるかな。」


 そう呟いてアリスは赤面する。




 もう陽も暮れ始めている。アリスは窓に腰掛けて外を眺めた。


 眼下の通りは夕飯の仕度や仕事帰りの人々で賑やかになってきている。




「あれ?」


 アリスはよく目を凝らした。




「・・・。」


 眼下の通りを歩く2人の男。間違い無い。ジョセフと昼間居た傭兵の護衛だ。


 もう我慢が効かない。アリスは手近な荷物を掴むと部屋を飛び出した。






 夕暮れの大通りをジョセフ達は急ぎ足で歩いていた。後ろから後を付けるアリスには全く気付いていない。


 ――・・・なんで馬車を使わないんだろう?


 アリスは疑問に思ったが兎に角見失う訳には行かない。ひょっとしたら、連中が向かう先にシーラが居るかも知れないのだ。


 懐に忍ばせた短杖を握り締めながらアリスは2人の後を追った。




 やがて2人はカーネリアの城下町の大正門を抜けて王都を出た。通りはそのまま進んで行けば大陸公路マーナ=ユールの起点へと続いていくが、2人は暫く歩いた後にその道を外れて緩い丘陵地帯に足を踏み入れていく。




 低い丘陵地の間を縫う様に続く細い山道を2人は後ろを振り返る事も無く只管に歩いて行く。


 ――まさか誘い込まれているのでは・・・?


 ジョセフは兎も角、あの傭兵にはアリスの尾行はとっくに気付かれていて、わざと誘い込まれているとしたら・・・。


 嫌な考えが頭を過ぎるが、コレはひょっとしたらシーラに会える千載一遇のチャンスかも知れないのだ。例え多少の危険があろうとも今は進むしか無い。




 問題は2人が何処まで行こうとしているのかだ。2人を見掛けて取る物も取り合わせずに軽装の状態で尾行を始めてしまった。連中が数日掛ける行程を組んで移動しているのであればとても付いては行けない。


 が、よくよく考えて見ればその可能性はかなり低い。ジョセフもかなりの軽装である上に、身なりから察するに恐らくはソコソコの贅沢をしてきたで在ろうあの副学園長が数日を移動する行程に馬車を使わないのは考え難い。




 果たして2人は林の中に姿を現した建物の中に入っていった。




 アリスはコッソリと繁みから其の然して大きくも無い建物を窺う。見張りの様な者は立っていない。少女はコッソリと建物に近づくと周囲を回ってみた。入り口は2人が入って行った扉だけの様だ。




 恐らく施錠されているだろう。アリスは扉に近づくとその扉を駄目で元々の気持ちでそっと取っ手を回してみる。


 すると取っ手は何の抵抗も無くクルリと回りアリスに扉の奥の光景を披露して見せた。


「・・・。」


 信じられない思いでアリスは扉の奥の暗闇を見つめる。




 罠なのか、閉め忘れたのかは判断が付かない。だが、進める以上、奥に進まないと言う選択肢は彼女には無かった。自分にとっては掛け替えの無いたった1人の肉親に会えるかも知れないのだ。


「シーラ・・・。」


 呟くとアリスは通路に身を滑り込ませた。




 通路に明かりは無く、足下の状態を確認する事すら覚束無い程の暗がりだった。沈んだ陽が其れに追い打ちを掛けて居り視界は暗闇に包まれていた。


 物音を立てぬように苦心しながらアリスはソロソロと歩を進めていく。




 と、通路の奥まった先から明かりが漏れているのに気が付く。更には低い話し声が。


「・・・。」


 アリスは逸る気持ちを抑えてゆっくりと扉に近づくとその扉に耳を当てた。




『・・・イシュタルに出した偵察からの報告はまだ来ないのですか?』


 甲高い悲鳴のような声はジョセフのモノだろう。


 其れに対応するのは冷たい声だった。あの傭兵の物だろうか?


『あと2~3日で戻ってくる筈だ。少し待て。』


『そうは仰いますが、あのメレスと言う貴族が偽物だった場合、最悪は反王制派の間者と言う可能性もあるのですぞ!』


『解っている。バレれば君とシャテル子爵の立場が危うくなる事もな。』


『キュビリエ閣下の御身とて無事では済まされませんよ!』


『・・・』


 ジョセフの怒鳴り声が鳴り止んだあと、しばしの静寂が訪れる。


 そして底冷えのする声が聞こえて来た。


『・・・我が主は無関係だよ。』


『なっ・・・!?』


『事が露見した場合、我が主は無関係だと言っている。』


『私とシャテル閣下を切り捨てると!?』


『だからそうせずとも済む様に色々と取り計らっているのだろう?・・・それとも我が主が信用できないとでも言うつもりか?』


『!』


 声の主の発言に殺気が籠もった事を感じ取りジョセフは言葉に詰まる。


『し・・・信じて宜しいのですか?』


『無論だ。』


 ジョセフが大人しくなった処で声の主が再び話し始めた。


『さて、待たせたなマテュー君。報告書だけでは中々に子細を掴めなくてね。』


『はい。』


 また別の若い男性の声が聞こえてくる。


『先ず捕獲した6体の実験体のうち、半数には魔石を埋め込みました。結果は1人が数刻と保たずに死亡。残りの2人は未だ生存していますが数日も保たないと思います。』




「!」


 アリスの身が強ばった。


 ――・・・何?なんの話をしているの?今『死亡』って言わなかった?


 身体が震えてくる。


 ――まさか・・・シーラも・・・!?


 今すぐこの扉を蹴破って中に居る連中に問い詰めたくなる衝動を必死に抑えてアリスは話を聞き続ける。




『ふむ。まあ未だ半分残っているのだろう? 其れで結果を出せば良い。君も解っているだろうが、陛下が事を急がれていらっしゃると私も主から伺っている。そろそろ結果を出して貰わんとな。』


『は、はい。』


『それと君が発案した神興しの件だが。』


『!・・・はい。』


 マテューと呼ばれた男の返事に少し自信が過ぎる。


『太古の・・・神話時代の魔物を復活させて使役する、と言うモノだったか。』


『はい、左様に御座います。』


『その取っ掛かりとして神話時代に於いて最も危険度が低いとされていたスライムと言う化物を復活させているのだったな。』


『はい。』


『・・・1度、君の地下実験室でソレを見たが・・・アレが本当に一番危険度が低いのか?・・・斬撃も刺突も殴打も魔術ですら受け付けず、大量の炎か凍結以外では行動を止められないそうだな。そして肉だろうが植物だろうが大地と鉱石類以外の殆どを溶かして吸収してしまうとか。途轍もなく危険な怪物に見えるがな。ソレこそオーガすら生温く見える程に。』


『し、しかし、数少ない文献から推察する分にはそうであるとしか・・・』


 マテューの声が揺らぐ。


『ふむ・・・。・・・まあ良い。もしあの化物を本当に次々と生産し、全てを自在に使役できるので在れば、ソレこそ強大な戦力と言える。飛空部隊などと言う夢虚ろな与太話より遙かにな。』


『は、はい。』


『我が主も神興しの件には一定の評価を認めている。最悪、どちらかの計画は成功させよ。飛空部隊が失敗しても此方が成功すれば君の未来は輝かしいモノになると心得て置くが良い。』


『は、はい! 有り難う御座います!』


 マテューの声が喜色に満ちる。




『ソレとだが・・・。』


 場を仕切る冷たい声の主が言葉を続ける。


『・・・此処は些か無防備に過ぎるな。鼠が騒がしい。』


『は?』


『鼠・・・ですか?』


 マテューとジョセフの訝しげな声が上がる。


『そう、鼠だ。』




 途端に扉が開いた。


「!?」


 アリスは驚いて身を引く。


 突然、部屋のランプに晒されて暗闇に順応していたアリスの目が眩む。その光の中、逆光となってアリスの前に立ちはだかる大きな黒い人影が彼女を見下ろしていた。


「子鼠、いつから此処に居た?」


 冷たい声がアリスに降り注がれる。




 男は無言でアリスの首根っこを掴むと部屋の中に放り込んだ。


「グッ・・・!」


 アリスは苦痛に顔を歪めながら男達を見上げた。




「な・・・お前は、シーラの姉だと騒いでた小娘じゃないか!」


 ジョセフから驚愕の声が漏れる。


「な!?じゃあコイツがアリスとかいう!? ・・・い、いや、ゼラン様!話を聴かれたのなら殺しましょう!」


 マテューが叫ぶ。




 ――殺す?・・・私を・・・?


 ひょっとしたらシーラを手に掛けたかも知れないこの男が、私も殺すと言ったのか?


 アリスの胸に、敵に見つかったと言う恐怖が吹き飛ぶほどの凄まじい怒りの炎が灯った。こんな軟弱そうで性根の腐った様な男が!




 アリスは懐から短杖を取り出した。


「許さない。」


 短杖がマテューに向けられた。


『蒼の月と深き真名。古の二つ名に於いて力を示せ・・・』


「ヒッ・・・!」


 短杖の先端に集中していくアリスの魔力を見てマテューが悲鳴を上げる。


『ソーサリーボルト!』


 アリスの詠唱が終わると同時に青白い光弾がマテューに向かって突き進んだ。


「ぎゃあー!」


 光弾はマテューの肩に激突し、血が飛散する。マテューは後ろに吹き飛んで床に転がった。


「痛い!・・・痛いーーー!」


 ゴロゴロとのたうち回るマテューを一瞥するとアリスはジョセフを睨み付けた。


「ま・・・待て!落ち着け!お前の妹は死んでない!生きてる!」


 ジョセフは必死に言い募る。


 が、アリスは欠片も信じる気にはなれなかった。


「じゃあ、なんで昼間の時点で合わせてくれなかったの!?」


「そ・・・それは・・・。」


 ジョセフの目が泳ぐ。




 その目を見てアリスは理解してしまった。シーラはもう私と会える状態では無いのだと。


 スミレ色の双眸から涙が零れた。


「お前は許さない。殺すわ。」




 体格差から考えれば、幾ら初老に入った年齢とは言えジョセフがアリスにどうこうされる様な事は無いはずだった。が、ジョセフは完全にアリスの気勢に呑まれていた。何より只の小娘と軽んじていた少女が使って見せた魔術でマテューが血塗れにされた事実に恐怖していた。




「ゼ・・・ゼラン様!助けて下さい!早くコイツを殺して下さい!」


 ジョセフが叫ぶのと同時に、アリスはテーブルの上に置いてあった封切り用のナイフを持つとジョセフに突進した。




「ヒッ!」


 ジョセフの息を呑む声が上がる。




 が、アリスのナイフはジョセフの心臓に届かなかった。横から入り込んだゼランがアリスの手首を掴み捻り上げ蹴り倒したのだ。


「うぁっ!」


 痛みにアリスが呻く。




 ゼランはアリスを見下ろす。


「まあ、殺すのは容易いが・・・。」


 ゼランは屈み込みアリスの顎をクイっと上げて顔を覗き込む。


「ふむ、この幼い容姿・・・我が主の好みに合いそうだな。」


 悍ましい程に冷たい笑みをゼランは浮かべた。


「・・・お前の始末は我が主に任せるとしよう。可愛がって貰え。」


「!」


 アリスの表情に深刻な怯えの色が広がる。




 ゼランは2人に振り向くと言った。


「この娘は私が主の下に連れて行く。お前達は引続き警戒を怠らぬよう行動せよ。」


「は・・・はい。」


「それと、ジョセフ。このアリスと言う娘が生きている以上、その何とかと言うイシュタルの貴族はやはり偽物だな。反王制派の間者で在ったとて問題は無い。用心棒を与えるから次に見掛けたら問答無用で殺せ。」


「は、はい。」


「ではな。」


 ゼランはそう言うとアリスに振り向き彼女の細い首を締め上げ、同時に鳩尾に強烈な一撃を加えた。


「グッ!」


 自分で漏らした呻き声を聴く間もなくアリスはアッサリと意識を闇の沼底に落としていった。









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