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神の去った世界で  作者: ジョニー
第1章 報仇雪恨
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10話 夜食



 地下室の中は予想通りの研究施設だった。広くは無いが狭くも無い。小規模の魔道具研究程度であれば充分な広さを確保出来ている。




 その部屋の中央、扉から真正面の位置には見上げるほどの大きなガラスケースが置いてあった。そして其のケースの中では何とも名状し難い物体が蠢いている。




 一言で言えば水色のゼリーの塊。ブヨブヨした其の物体は、時折、体表が破けてドロリとした液体が溢れ出している。


 部屋に足を踏み入れた途端、突き刺さる様な強烈な臭いが鼻を襲いミストは顔を顰めた。


 部屋に侵入するまで全く臭いを感じなかったという事は、魔術に依る結界か何かかは知らないが、何らかの方法でこの強烈な臭いが外部に漏れるのを防いでいる様だ。




「何なんだコレは・・・。」


 ミストはもう1度呟く。




 まるで神話に出てくるスライムの様だ。肉だろうが鉄だろうが何でも溶かして喰らい尽くす化け物。物理的な衝撃はまるで意に介さず、その動きを止めるには火で焼くなり凍らせるなりしなければ為らないとか。




 ・・・まさかそんなモノを造り出そうとでもしているのか?




 全く想定外のモノを発見してしまいミストは少し戸惑った。が、やる事は変わらない。この物体が襲って来ないので在れば探索を続ける迄だ。




 デスクの上に乱雑に置かれた書類をミストは念入りに読み込んでいく。魔術院からの方針通達書、他の教導員との情報共有、連絡書類。特に目を引くモノは無い。




 ふとデスクの下に石葛篭が置かれて居るのに気が付きミストは長身を屈めた。


 重い蓋をずらすと中には何枚かの手紙が入っていた。




「・・・。」


 手に取り視線を走らせていく。




「コレだ。」


 ミストは呟いた。




 1通目はキュビリエからの手紙だった。


『先の報告は読ませて貰った。魔石の使い方が判ったのなら早急に進めるように。暮れ暮れも魔術院長には知られるな。それと古代図書館とやらには今後も利用価値が在りそうだ。事を上手く進めた場合は其方の宮廷魔術師団入りも推挙する故、今後も役に立て。』


 要約するならそんな内容だった。どうやら指示を出している側の者にも禁忌の業が知られて仕舞っている様だ。




 2通目も差出人は同じだった。但し内容は違う件についてだった。


『神興しの報告を読んだ。与える肉が無くなったのなら飛空部隊で使えなかった者達を与えれば良い。いずれにせよ生きては帰せぬ連中だ。骨も残さず溶かして喰らってくれるのならば始末も楽で良い。』


「・・・。」


 ミストは顔を上げてガラスケースの中身を見た。


 ブヨブヨと動くスライムの様な物体。・・・神起こしの件とはコレの事か?




 他の手紙も是れらに類する内容のモノだった。




 ミストは情報を整理する。




 先ず、魔術を使える体重の軽い者を掠い『空飛ぶローブ』を着せて飛空部隊を結成する。これは王命と考えて良いだろう。


 その為に古代図書館で得た禁忌の業『魔石を体内に埋めて強い魔力を引き出す』方法を使う。しかしこの業は施術された者の肉体に絶大な負担を強いる為、殆どの者が中毒死に近い状態で命を落とすだろう。


 そして命を落とした者はこのスライムに食わせて処理をする。生き延びた者はそのまま飛空部隊のメンバーにする。




 ・・・と言った処だろうか?




 正直、このスライムの様な化け物を何で造っているのかは判らない。だが、まともな発想ではあるまい。


 ミストは溜息を吐いた。ミストは少年時代に人間の本性を嫌と言うほど見せつけられてきた。あの忌まわしい過去が・・・悍ましい生き物達が今も夢に出て来てはミストを脅かす。




 ――この連中もアイツらと同じだ。


 自分の欲望を叶える為ならどんな犠牲も厭わない。「俺だけ」「私だけ」が幸せになれればソレで良い。




 ミストは最初に読んだ2通を懐に入れると、その他の手紙を元に戻した。




 関わっているのは王を除いて最低4人。だが間違い無く秘密裏の事だろうから関わる人数も其れほど多くは無いと思える。増えても2~3人と言った処か。




 計画を主導するキュビリエ伯爵。拐かし役のシャテル子爵。実験の実行員である教導員のマテュー。そして恐らくは拐かす生徒を選定した学園の副学園長ジョセフ。まだ何人かは居るかも知れないが、此処まで判れば充分だ。




 ミストは全てを元に戻すと、魔術院を立ち去った。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




「おかえり。」


 アリスの声が宿に戻ったミストを出迎えた。




「・・・寝てなかったのか。」


「うん。」


 少女が起きていた事に少々驚いたミストが尋ねると、目の下に隈を作ったアリスは頷いた。


 そしてテーブルの上の布を取り払うとミストに言った。


「これ夜食。」




 焼いたパンにミルク、スクランブルエッグ、焼いたベーコンと少し萎びたサラダが置いてある。意外な程にまともな夜食が出て来て、ミストは一瞬言葉を失った。


「・・・随分とまともな食事が出て来たな。」


「何よソレ。」


 アリスは気恥ずかしそうに、でも少しだけ嬉しそうに笑った。




「口に合うかどうかは判らないけど。」


「・・・。」


 ミストはベーコンを一口囓る。冷えてる割には悪くない。程良い塩気と南国由来のスパイスが良く効いている。


「・・・美味いな。」


「良かった。」


 アリスが微笑んだ。その無邪気な笑顔は初めて見る。




「お前はもう寝ろ。午後から学園に行くぞ。」


「!」


 微笑んでいたアリスの表情が緊張に包まれる。


「俺も仮眠を摂る。三の鐘が鳴ったら出発だ。」


「判った。・・・じゃあ寝るわ。」


 アリスが頷く。




 行動の予定が立った事で安心したのか、アリスはその場でソファに横になると直ぐに寝息を立て始めた。


 ミストは無言でアリスの作った夜食を食べ終えると眠っているアリスに近付いた。そして無造作に抱き抱えると寝室に入る。




 ベッドに寝かせて布団を被せる。


 モニョモニョと口を動かすアリスの寝顔を見ながら、ミストは手を伸ばすと少女のスミレ色の髪を静かに撫でた。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




「おい、起きろ。置いて行くぞ。」


 ミストの声にアリスは飛び起きた。


「あ・・・ふ・・・しゃ・・・三の鐘鳴ったの?」


 噛み捲りながらアリスが寝ぼけ眼で尋ねるとミストは外套を纏いながら頷いた。


「ああ、とっくにな。」


「ま・・・待ってよ。」


 アリスは慌ててベッドから下りて荷物を纏め始める。




 その時、鐘が3回鳴った。




「・・・。」


 アリスはミストを見て頬を膨らませた。


「嘘つき。」


「お陰で目が覚めただろう。」


 ミストは飄々と言葉を返した。






 宿を出て学園に向かう道すがらミストはアリスに言った。


「今度は複数人出てくる可能性も在る。その時は流石の俺でも瞬時に複数人に幻惑魔術は掛けられん。ソレにお前のその髪色は特徴があり過ぎる。・・・お前はコレを被っとけ。」


 そう言ってミストはアリスに金髪の塊を手渡す。


 ギョッとなってアリスは受け取ろうとした手を引っ込めた。


「な・・・何コレ!?」


「カツラだ。変装には打って付けだ。」


「・・・。」


 怖ず怖ずと受け取ったアリスはその塊を眺める。長い金髪の皮の様なモノでソレは確かに帽子のように被れそうだ。




「似合うじゃないか。」


 金髪ロングの少女に早変わりしたアリスを見てミストは笑った。


「・・・フン。」


 顔を赤らめながらアリスは不機嫌そうな表情でソッポを向く。


「それとシーラの特徴を教えろ。髪色、肌の色、体格、傷やホクロなど何でもだ。」


 ミストの要求にアリスは答える。


「髪の色と肌色はあたしと同じ。身長は私よりも頭1つ分くらい大きいわ。あと、首下に小さなホクロがある。」


 そう言ってアリスは自分の首下の右側を指差した。


「わかった。」


 ミストは頷いた。






「こ・・・これは閣下、お待たせ致しました。」


 ミストの予想は外れ、ジョセフは1人で応接室に姿を現した。


「約束通りの1週間目だ。シーラには会わせて貰えるのかな?」


「は・・・はい、此方で御座います。」


 ジョセフが頷くとミスト達が入って来た扉とは別の扉が開いて、傭兵らしき男が少女を抱き抱えて入って来た。


 そしてソファに寝かせるとジョセフの横に立つ。




「・・・生きているのか?」


 ミストがジョセフをジロリと見るとジョセフは首を竦めた。


「そ・・・ソレが、私どもが発見した時には既に亡くなって居りまして・・・。」


「ほう・・・。どんな状況だったのかね?」


「は、はい。」


 ジョセフは汗を拭いながら話し始める。


「我々は閣下の要請を受けましてあの日以降つぶさに国中を探索致しました。そして一昨日に漸く城壁の外の森に倒れていた彼女を発見したのです。」


 嘘八百八十万を並べ立てるジョセフの話を聴き終えるとミストは諒解したと頷いて見せた。


「状況は判った。・・・確認しても良いかね?」


「は、はい。勿論で御座います。」


 少し安堵した表情の副学院長を尻目にミストは横たわる少女の亡骸に近寄る。




 髪色も肌の色もアリスの言った通りの色だ。更に少女の首下を確認する。其処にホクロは見当たらない。別人だ。


 肌の色は兎も角、よくもこの髪の色の少女を見つけたモノだ。




 ミストは確認を続けた。


 右腕に大きな傷跡がある。


「腕に怪我をしている様だが?」


「は・・・はい。」


 ジョセフが答える。


「恐らくは暴漢にでも襲われたのでしょう。可哀想な事です。」


「なるほど。」


 ミストは頷いた。




 この傷跡からは異常な量の魔力が感じられる。恐らくは魔石を此処に埋め込まれたのだろう。そして堪えられずに命を落としてしまった。


 恐らくマテューの手に因って実験は既に行われてしまっている。


 そして連中の手元にシーラが居る可能性は低い。もし手元にいるのなら連れて来ている筈だ。何しろ偽りの死体まで用意したくらいなのだから、手元に彼女がいれば生きていようが死んでいようが連れて来ただろう。




「ふむ、良く判った。」


 ミストは立ち上がると元のソファに戻り腰を下ろした。そして笑顔を向ける。


「どうやら本物の様だ。髪色も肌の色もアリスと同じだ。君達が私を謀る様な人間で無くて良かった。これで私の貴族の面子も守れると言うモノだ。」


「勿論で御座います、閣下。」


 ジョセフは心底安堵した様な表情で言った。


「これで私も用事は済んだ。暫く滞在した後にイシュタルへ帰るとしよう。其処で相談なのだが、死んでしまった者は仕方無いとしてその処理は正直面倒だ。君達に埋葬等の事後処理を頼んでも良いかね?礼金は後で支払うよ。」


「は、はい。畏まりました、閣下。」


 ジョセフは安堵仕切った表情で了承する。




「さて、では帰るか。」


 ミストはアリスを振り返る。


「・・・。」


 アリスは青い顔をして思い詰めた様に動かない少女の亡骸を見つめていた。


「おい。」


 ミストの声にアリスはビクリと震えてミストを見上げる。


「帰るぞ。」


「・・・。」


 アリスは黙って頭を下げた。




 訝しげな表情のジョセフにミストは言った。


「済まないね。死体を見るのは初めてで動転している様だ。」


「ああ、それは致し方御座いませんな。女性には刺激が強すぎるのでしょう。」


 いけしゃあしゃあと、とはこの事だろう。


 ミストは内心で呆れながらジョセフに頷いて見せた。






 学園を出た処でミストは『クエスト』の魔術で後方を確認する。此方の様子を伺う者は居ない。ただ念のためミストは宿に向けて歩を進めていく。




 黙って後ろから付いてきていたアリスが言った。


「ねぇ・・・もしかしたらシーラもあの子の様に・・・。」


 ミストは予想通りの不安を告白されて軽く溜息を吐いた。


「大丈夫だ。」


「本当?」


 アリスはミストの返事に縋るような視線を投げてくる。


「ああ。だから取り敢えずお前は一度宿に戻れ。」


「貴方はどうするの?」


「俺は直ぐに学園に戻る。」


「!!・・・あたしも一緒に・・・。・・・いえ、わかったわ。」


 同行を希望し掛けたアリスは直ぐに首を振ってミストに従う旨を伝えた。




「・・・。」


 ミストはアリスを眺めた。


 酷い顔だ。不安に押し潰されて絶望し掛けている顔だ。


 コレは参る。どうにも苦手だ。子供のこんな表情は流石に見るに堪えない。




 ミストはアリスの頭にポンと手を置いた。


「・・・何がどう在れ、この件については真相を暴くまで付き合ってやる。」


 アリスがミストを見上げる。


「だからそんな顔をするな。」


「・・・うん、ありがとう。」


 アリスは微笑んだ。




「真っ直ぐ帰るんだぞ。」


「うん。」


 ミストは頷くと再び学園に足を向ける。




 参った。どうもいつもの自分と比べると調子が狂っている様だ。僅かとは言え情に絆されるとはな。









作品とは関係の無い事で恐縮ですが、本日10/7、作曲家のすぎやまこういちさんがお亡くなりになりました。

ドラゴンクエストは私の大好きな作品で、氏の音楽ほど私の耳を彩り楽しませてくれた物は在りませんでした。

急なニュースに信じ難い気持ちもありますが謹んで哀悼の意を表したいと思います。

すぎやまこういち先生のお名前は生涯忘れる事は在りません。

本当にお疲れ様でした。そして有り難う御座います。


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