1.少年が急ぐ理由
──東京都、新宿駅。
当初の予定より十分遅れて駅に電車が滑り込む。その頃揺れる車内では、肩まで伸ばした白髪とまるで翡翠のような瞳が印象的な少年が一人、頻りに腕時計と徐行する窓の外の景色に視線を往き来させていた。
「これでは間に合いそうにありませんね…」
電車から降りると、敬語を巧みに操る少年──改め、桐生陽向は階段を二段とばしで上りながら考える。
──約束の二時まであと五分。目的の場所は駅からそこそこの距離があるため、走らなければ間に合わないだろう。電車の遅れは想定外だった。
改札を出ると陽向は待ち合わせ場所を目指し、走った。
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全力で走ったのが幸をなして、何とか時間内に待ち合わせ場所である喫茶店がある通りにたどり着いた。あとは何歩か先の銀行を曲がるだけである。陽向は次の一歩を踏み出そうとし──それを銀行から慌てて出てきた男性二人組によって阻まれた。突然目の前に飛び出した男を陽向は到底避けれるはずも無く──
「あっ、すいませ…」
そんな陽向の謝罪に耳も貸さず、男はひょいと陽向を肩に担いで再び走り始めた。
「子供なんて拐っちまってどうするんですか」
「うるせぇ。保険だ、保険。」
男二人のこんなやり取りがあったあと、一泊遅れて弾ける様にサイレンが鳴り響く。ショックで一時停止した脳が再び始動する。誘拐、保険、サイレン──
詰まり、この男二人組は──
「銀行に強盗が入ったってよ」
「強盗犯が逃げたぞ!」
所々で聞こえる声が陽向の仮説の正しい事を証明していった。