これで全員・・・かな?
誰か来る···だって?おいおい、どうすればいいんだ。
葉書市場さんは囁くように言う。
「構えて」
(いや武器も無いのにどうすればいいんですか···)
俺は何だか絶望的な気分になってしまう。
葉書市場さんが手で合図をする、どうやら何かがいたらしい。
廊下の突き当りに白い布切れが見えた、どうやらそいつがこちらの様子を伺っているらしい。
「何者ですか?」
葉書市場さんは強い口調で言った。
布切れが静かにひらひらと動く。
「何者···あなた方はマスターでは無いのか?」
突き当りで隠れているやつが言った。
「マスター?」
葉書市場さんと俺が同時に言った。
「ああ···どうやら同じ境遇の人達みたいだね」
同じ境遇···つまり少なくとも俺らに危害を加えはしない。
(少し希望が出てきた···)
俺は単純に嬉しくなった。
「どうやら敵ではないらしい、皆出て来るんだ」
男がそう言うとその影からぞろぞろと人が出てきた。
出てきたのは三人だった。
一人は男、この三十代辺りのガタイのいい男がさっきから喋ってるやつだ。
後ろには女が二人、片方は三十代くらいの強そうな女。もう一人は陰キャっぽくて十代後半、多分女子高生くらいだと思われる。
皆、俺らと同じ格好だった。
「同じ境遇ということは···つまり訳も判らずこの地下迷宮に連れて行かれた人ですか?」
葉書市場さんが聞いた。
男が答える。
「そうだ、俺はちなみに就寝中だった」
「私もそうです」
葉書市場さんが言った。
「ということはつまり俺らは仲間ということか」
そう言って男は少しひそめていた眉を少し緩める。
「そうなりますね」
葉書市場さんも少し安心したようだ。
「ところで君等名前は?」
男は俺ら二人を見て言った。
「私は芳賀貴一と言います。葉書市場と呼んでください」
葉書市場···彼の安定の自己紹介だ。
男が俺を見る。あ、次は俺か。
「えーっと僕は月雪と言います」
そして男が名前を名乗る。
「二人ともよろしく、俺の名前は佐山だ」
葉書市場さんが言う。
「後ろのお二人は?」
髪を一つにまとめた三十代の女が“私?”と口を動かす。
「あ、私は白井と言います。服飾の会社に勤めています」
別にインタビューじゃないんだからそこまでは要らない。
「君は?」
と女子高生らしき娘に聞く葉書市場さん。
君は?と言われ茶髪のセミロングの女子高生が俯いた。そして口をモゴモゴ動かして名前を名乗る。
「え、私は···双葉と言います。双葉は名字です···」
「そうなんだ、よろしくね」
葉書市場さんが優しくそう言った。
「自己紹介は終わったな、じゃあ話を進める。質問するけど、男衆二人の部屋には何か指令のようなものが書かれた紙はあったか?」
佐山は葉書市場さんを見て言った。
「いいえ、何もありません」
「そうか、俺らの部屋にはこんな紙が落ちていた」
佐山はそう言って右手に持ってる紙を拡げた。
葉書市場さんが言う。
「何ですか、それ?」
佐山は眉を細めてその拡げた紙を見つめながら言う。
「俺らが何故集められたのか、そして何をすればいいのかということが書かれている紙だ。俺らの部屋の床に置いてあった」
佐山は俺と葉書市場さんにも見えるように紙を拡げる。内容はこういう感じだった。
『誠に勝手ながら君達を集めさせてもらった。集めた目的は主にこの地下迷宮の制圧である。ここには結構な数の魔物衆が棲み着いているため、そいつらを完全に皆殺しにしてほしいのだ。ちなみにこの地下迷宮は地下三十階ほどあるらしい。
元の世界のことは安心してくれ、勝手に拐ったが特に騒ぎは起こしていない、勿論だが制圧任務終了後にはすぐ元に戻す。君らの健闘を祈る。
追伸、ここで死んだら元の世界でも死んだこととなる、重ねて言うが気をつけることだ』
「ずいぶん強引なことをするね···」
葉書市場さんは項垂れている。
「まあな、だが今は項垂れてもしょうがない」
佐山はそう言って右の拳を強く握った。
「やり遂げなくては元の世界には戻れませんからね」
俺も固く拳を握る。
「待ってください、本当にやるのですか?」
そう言ったのは三十路女の白井だ。
「逃げるという選択肢があると思うか?」
佐山は強い口調で言った。
「無いけど···でも相手は魔物です。到底戦って私達が生きていられるとは思えない」
白井は悲しそうな顔をして言う。
佐山はまっすぐ白井の顔を見て言う。
「もし···俺らに何の可能性も無かったらここに連れてこられると思うか?」
「確かに···」
白井の顔が少し明るくなった。
佐山は皆に諭す。
「何の可能性も無いってことは無い、俺らにはちゃんと勝機がある。だから皆怯むんじゃないぞ···いいな」
皆が無言で頷いた。
「よし!皆、決心はついたか?」
佐山は一人一人をしっかりと見据えてそう言った。
皆はそれに呼応するように答える。
「じゃあ、行くぜ」
佐山はそう言って静かに彼らの先頭を歩き始めた。