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に話 猫の独占欲はひたすら可愛い。可愛い。



 始業の鐘を聞きながら教室に跳び込み、遅刻だけは免れて授業を消化。

 放課後、バイト先で勤労に励むこと五時間。帰宅できたのは日もとっぷりと暮れた午後九時頃。


「……」


 灯の漏れる玄関横の窓に少し面食らう。いや、別段驚くべきことではない。今朝方の未知との遭遇をまさか忘れる筈がないのだから。

 何やら用心しながら扉を開く。古ぼけたアパートの、木製の古ぼけた扉の蝶番が、劣化と摩耗に対する整備不良を抗議するようにキィと聞き慣れた悲鳴を上げる。


「おかえりなのニャ!」

「……」


 そうして、聞き慣れない声と見慣れない誰かが……ナニかが己を出迎えた。

 今朝、行き会ったあの時と変わらぬ色彩。全身が柔らかな黒で覆われている。そして、変わらなかったのは本当にその一点だけであった。


「そんな喋り方だったっけ?」

「え? 人間の男はこういうのがいいんじゃないの?」

「まあ、うん。一概に否定はしない」


 それは二足で立っていた。足、そう脚である。

 丸みを帯びた足の四指。それぞれに鋭利な爪がやや覗く。視線が上り、(かかと)に行き着く。つまり爪先立ち。それは所謂、趾行性生物の立ち姿だ。通常は四足歩行の動物が高速で走る為に後ろ足をこのように使って地面を蹴る筈だが、二足直立する今は本当に単なる爪先立ちである。


「背、伸びてねぇか」

「頑張って伸ばした」

「頑張れば伸びんのか……」

「ぐにーんってね。だって陣左(じんざ)ってばおっきいんだもん。合わせるの苦労したぁ」


 膝から大腿へのラインは、どうも太くボリュームがある。二足歩行に適応して脚部の筋肉量が増したということか。同様の仮説を当て()めるなら腰、特にヒップもボリュームアップが為されている。

 その所為かウエストの細さ、(くび)れが際立って見えた。()()がスレンダーなのもあるが、直立した状態で、かつ差し向かいで目にするとそれはより一層だ。


「陣左?」

「うん。陣左衛門(じんざえもん)だから陣左! ……ダメ?」

「いや、構わねぇよ。ただまあ、ただでさえ古臭い名前をそう古風な略し方されると、なんかいよいよ爺むせぇなぁと」

「えぇ~? いいじゃん陣左衛門。男子(おのこ)っぽくて。聞くのも呼ぶのもあたしは……好き、だし。それを言ったら最近の親が子に付ける名前なんて個性通り越して異じょ――――」

「おぉっとそこまでだ。キラキラなだけだから。ちょっと煌びやかで言語センス眩しいだけだから。他人がとやかく言うこっちゃねぇよ。それに、斯く言う俺の名前は今の御時世じゃシワシワだしな」


 腹から胸に掛けてはとにかく、ふさふさというかふわふわだった。やや長めで殊に細く柔らかな毛並み。それが何やらブラウスの襞飾り(ジャボ)のようで、妙に上品に見える。

 ふと、毛並みのその極上の柔らかさが思い出させた。ああそういえば、コレは仔猫だったな、と。

 そして目の前の正体不明の存在を、それでも猫だと言い張れる理由がその顔容(かお)だった。

 アーモンド型の目。やや突き出ていて湿った鼻。丸みを帯びたマズル、そこから生えた長く真っ直ぐな髭。笑みを刻む口許には肉食獣の牙。

 顔全体の輪郭線は、正直言って獣とも人ともつかない。顎のラインは間違いなく獣のそれだが、鰓骨(えらぼね)などは細く締まってひどく人がましい。

 加えて、身体は隙間無く毛皮に被われているのだが、頭からは頭髪のように長い黒毛が伸びているのだ。これがまた、少女然というか、(うなじ)を隠す程度のショートカット……に見えなくもない。


「ふふ、そういえば、陣左は昔っからお爺っぽかったかも」

「若々しさはどっかに置き忘れて失くしたかもしんねぇが、これでもまだ十六だよ」


 鞄を部屋の端に放り、ワイシャツは脱いで洗濯籠へ放り込む。

 1Kの小じんまりとした我が住処。その寝室兼リビング兼食事間兼客間の一室、真ん中に据えた卓袱台の前にどっかり腰を下ろした。


「お前さんも座んなさいよ。あぁ座布団」

「え? じ、じゃあ遠慮なく……」


 客用の座布団なんて上等なものがこんな男の独り住まいに置いてある筈もないので、ただのクッションで我慢してくれ。

 等々、概ねそんなようなことを言おうとして、出来ず仕舞いになった。

 黒猫(?)は、言葉とは裏腹に遠慮がちな所作で、それでも大胆に、胡坐を掻いた己の両脚の間に腰を落ち着けた。


「……何故そこ」

「す、座れって言ったから……」

「そうか。それならしょうがねぇな」


 何処に座れと指図した訳でもないのだから、好きな所に座った。それだけのこと。

 己の無駄に大きな図体が災いしたか幸いしたか、小柄な黒い毛むくじゃらはすっぽりとそこに収まっている。

 顎の下を柔い猫っ毛が擽る。体重と体温がじわりと体の前面に行き渡る。


「昔、会ったことあんのか。俺とお前さんは」

「あるよ」


 軽やかに仔猫は言った。心なしか、声の調子を弾ませて。


「何度も会ってる。いろんな場所で」

「……すまんが、覚えがねぇな。猫の知り合いは何匹か居るかもしんねぇけど。お前さんみたいな変わり種とは初対面だ」

「あーうん、この格好で会うのは初めてかな。()()()()()()()()

「?」


 不意に、手を取られる。こちらの右手を両手、猫にしては長い指で、挟み込むように持ち上げられ。

 そのまま仔猫は、髭の生えたマズルを擦り付けてきた。ざらざらと、何度も何度も。それが臭い付け(マーキング)行為なのだと思い出した時、仔猫はぽつりと言った。


「やっ、と会えた。会いたかったよ……陣左」







主人公がなんやかんや化ケモノに出会います

なんやかんや紆余曲折あります

なんやかんや懐きます

もふります


今後も概ねそんな流れです



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