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キャンセルされた。

ただ朦朧と教室に戻る私。

 

 キャンセルされた!確かにキャンセルされた。

 今私は屋上の真ん中に横たわっている。

 きっちりと揃えて手摺りの向こう側に置かれているピンク色のラバーの上履きが何が起きた後であるのかを強烈に私に突きつけてくる。

 そしてその行いはキャンセルされた。


 一旦最期に向かって突き進んだ後の思考は無防備なままに成り行きに任せたあの落下を思い返す程に沸々と恐怖が心を侵食してじっとりと手の平に汗が出て体が肩から震え出す。

 震えはどんどん増して自分の身体ではない別の生き物のように制御出来ない。

 震えが止まらない。

 震えが止まらない。

 怖い!怖さが後から追ってくる。

 怖かった!衝動的な行いが絶対に後戻り出来ない一本道であった事を、さも何度もやり直せるようなゲーム感覚で衝動に走った愚かさで悔やんでも悔やみきれない思いが広がる。

 なんて早計で愚かな行い。

 そんな後先考えない軽率な行動を実行した。

 後先考えない衝動に走った自分自身に恐怖する。

 内面からくる震え、死というものを垣間見た故の震え。

 唇が精神的な寒さで紫に変色しているだろう事を感じる。


 紫の唇で教室に戻る。

 教室は朝のホームルームの最中だった。

 〈ガラガラ〉と扉を開けて教室に〈ふらっ〉と入る。


「何処に居た!」 担任の言葉が飛んでくる。

 昔は仲間だったクラスメート達の悪意のある視線が刺さる。

 紫の唇のまま「気分が悪くてトイレに居ました」と答える。

 体の内からの未だ収まらない衝撃でこの教室で飛んでくる悪意がまるで藁の矢のようにダメージ無く

 〈パラパラ、パラパラ〉と体に当たって足下に落ちて積み上がる。


 〈チリーン〉澄み渡る鈴の音が唐突に頭に割り込む。

「かって侍と呼ばれ、自らもそう名乗る輩あり。

 彼等は常に為すべきことのみを考え行動する。

 余計なことなど眼中に入れない清廉潔白の徒。

 彼等は死を前提に見据えて生の限りを燃焼させた。

 それは日本人の在り方。」と、耳の奥に響く声は“ちるな”さんの声だった…。


 霧が晴れるように心が繰り返し言葉する。

 日本人、日本人、そうこんな私でも日本人の血は流れている。

 そう思うと心の底の小さな燈明に炎が灯った。

 死への恐ろしさを心に刻んだ今の私はこれまでの観念とは180度方向転換した。


 “侍”!唐突だけど、日本人を想うと侍は出てくる。


 そう、私、“栗原博美” は生きる方向を転換した。

 心の内の灯火はまだ小さいけれども私を取り巻く理不尽に抗う勇気をくれそうに思える。

 国内外の世の中の人は、日本人と侍を同一視するけど、もう日本人ですら無くなっている人も多いこの日本で “侍” を捜すのは更に難しいと思う。

 私は死線を垣間見てせいの貴重さを痛感した、“侍”の境地の門の前に立ったと思う。

 朧げに思う “侍” とは、本当に生きるを見つめて生涯を全うすることに気づいて行動する人の総称なんだろう。


 心が見えない。

 教室、友達、先生、据え物のようにただそこにあるだけの物体。

 私が触れたい心はここには、もう 存在しない。


死線を越えた先に見出した灯明。しかし、他力で助かった命。なんと愚かで衝動的な暴挙。自分の行った自分に対する無礼を強く反省する “博美” だった。

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