今は夏。 後2日で夏休みだったんだ。
人の心に真意を希望を求めた少女が飛んだ。
今は夏、あと二日で夏休みだった。
中学二年生の私にはまだまだ楽しみな季節だけど、「もういい、もういいんだ」。
家に帰れば、優しい家族、楽しいアニメ、そして飼い犬のタンちゃん、私が存在したい為の楽しみ癒しは沢山ある。
でも中学入学以来のいじめの教室、悪辣ないじめの友達、そして今朝、幼馴染のあの子がいじめに加わったのを感じた瞬間、〈つ〜〉っと涙が一筋頬を伝ったんだ。
私は中学に入ってジャスティスと隠語で呼ばれていた。
小学校の校区は戸隠という地域性もあって武道が盛んだった。
剣道をずっと習い県大会では優勝した。
そんな背景もあって中学入学と同時に他所の小学校校区の連中にジャスティスという隠語を勝手に付けられた。
人は先入観で人を決め付けにかかる。
掃除をサボる男子を注意する程度の何でもない事柄もジャスティス登場と囃し立てられ、ある種の目に見えない膜で私は隔離された。
内心では人の見てくれで人を決め付けその意見に同調する輩や人の見てないところで己の使命を全うしない輩は軽蔑はしていたけど。
その目線は剣道が強いからではなく産まれながらの性格なのかもしれない。
その気持ちが滲み出ていたのかも知れないね。
中学の剣道でも私は強かった。
毎日朝稽古する神社の境内では竹刀が軽過ぎて実践の妙味からかけ離れていると思い祖父が厳重に蔵に隠していた抜き身の日本刀をこっそり使わせて貰っていた。
結果、凄みを伴って俊敏性を得て中学レベルを遥かに凌駕する神速の剣速を身に付けていた。
何故に強さを追求するのか、それは大事な人を守りたいから…。
守りたい人のためには自分が真っ先に駆け、蹂躙する悪事に剣先を突きつけるために。
理不尽だと思う事に意見していたのは、その理不尽な世が改善されれば強いては皆んながそれぞれで己を全うし手をたづさえて守り合う世の中になるのではないかと子供ながらに考えていたから。
でも世は事勿れで無責任で今の行いが、未来の強いては自分等やその家族、大事な人等の安寧な笑顔を失う事に繋がる事を想像すら取りやめて自己中心的なその場限りの行動や後付けの文句を撒き散らす世の中。
でも希望はあった。
仲間、友達、そう幼馴染たち。
日々撒き散らされる毒に侵される事なく、友達となった契りを大事にお互いの安寧を大事に毅然とした行動を伴って理解し合う幼馴染たち。
契りの友の目線は、同じ教室の悪辣な視線・会話の中でも揺るぎ無く私に安堵を齎した。
そんな中に都会育ちの転校生がやって来た。
見てくれ第一、スマフォの意見第一、人の行いには打算があるを必然と考える卑しい心に侵された利己主義者だった。
田舎者の他の小学校校区の友達等は海外の見てくれ歌手の話題に釣られて、スマフォのグループや露骨な仲間以外の排他主義に数日で染まって行った。
私は群れる事は元々得意でないので更に毒の空気には一番遠くに居た。
ある日、スマフォのグループに入れと例の輩に誘われた。
どうも私を加入させるのは、かの輩のグループの格上げ飾りの様なつもりらしかった。
私は断った。
「お互いは心の内で心服し合い、大事な時は会話すればイイ」と私は断った。
人を物みたいに利用する事を当たり前にしている輩はその瞬間、内心で豹変した。
露骨な仲間外し、肯定すべき日々の行いさえも私の言葉には耳を傾けることさえなくなった。
その前の日まで仲良く会話してた相手にこの豹変は驚愕した。
人はここまで残忍になれるのか。
でも孤立無援でも幼馴染らの笑みを讃えたアイコンタクトは心を強くできた。




