ヒロインの攻略速度の確認をする方法
「夜分遅くに失礼していますよ」
「あ、はい」
ごく普通に言われて返事をしたが、よく考えたら非常識だ。
時間は正確にはわからないがすでに真っ暗であるし、就寝済である。そんなときに訪問するなど、非常識にも程がある。
そして、すでに入室済み。
憮然とした顔でにこやかな相手を見返すが、相手はどこ吹く風。全然堪えた様子もない。そしてリトはと言えば、苦虫を噛み潰したような顔になっている。
先程までいろいろあっち行ったりこっち行ったり会話の主導権を握るか、それともうやむやにしようかと頑張ってくれていたようだけど、聞いているこっちは頭がこんがらかりそうだった。
寝ぼけてたけど、きちんと聞いていたよ。
起き上がった私がねぎらう意味で彼の背中に触れると、リトの身体はびくりと跳ねた。イヤだったのだろうか。
「イヤというわけじゃなくてだな。さっきのあの話をきい…」
「?」
聞いてはいたが、そんなにしどろもどろになる話題などあっただろうか?考えてみるが、特に気に掛かる点はなかったように思う。
「きちんと聞いていましたって。だから、そんな顔しないで下さいよ」
胡乱な目をしたリトは、溜息を吐いて私から顔を逸らした。何か言いたいことがあるのなら、言ってほしい。しかし、彼の注意は目の前の非常識な人に向けられていて、私に何か言うことはなかった。
「フフ、仲がよろしいようで」
どこをどう見れば仲良く見えるのかはわからないが、とにかく気持ちを切り替えよう。
目の前にいるのは、ひどく美しい人だった。男性だとは思うのだが、ほっそりした身体付きと中性的な顔立ちのせいで性別と年齢が不詳である。何というか、こんな反政府組織などという危険な集団の中にいるのが不思議な、強いて言うなら『掃き溜めに鶴』といった風情だ。
…そうだ、彼は攻略対象者である副リーダー。そして、あの魔術師の少年が何とか会せようとして撃沈させていた反政府組織の幹部であり、つまりは先程まで部屋に籠っていた人物の一人……。
私の足は一歩下がった。
「おやおや…嫌われてしまいましたか?」
「いえ、嫌うほど知りませんし、知りたいとは思いませんので大丈夫ですよ」
「……………」
「…ぶはっ」
副リーダーの顔は笑みを張り付けたまま凍り付き、リトは噴き出した。
ぼんやり二人の様子を観察していた私は、そこでやっと自分の反応が間違ったことに気が付く。
そうだ、彼からヒロインのことを聞き出せばいいのか!攻略の度合いで、彼女に対する攻略者の態度や言動、評価が変わって来るから良い目安になる。
しかし、ヒロインのことを聞く前段階である今、しゃべる機会を失ってしまえばどうしようもない。どこに自分に対して興味がない人に積極的に話し掛ける人がいる。気前良く、知りたいことを話してくれる人がいるのだ。いるとしたら相当、心臓が強いと思う。
自分の行動にがっかりと肩を落とせば、身体を少しこちらに向けたリトが機嫌良さそうに頭を撫でてくれる。慰めてくれているのだろうが、何でそんなうれしそうな様子なのだろう…。よく、わからなかった。
「それで、ここの副リーダーである方がこんな時間に何の用でしょうか」
「おや、私のことは御存知で?」
「えぇ、まあ……」
さすがに前世の知識だとは言わない。言わないが、どう言えば良いのか。彼に対する噂は確かにあるのだが、『掃き溜めに鶴』ではなく、『山賊の中に姫』…では、機嫌が悪くなるだろう。彼は女性扱いされることを殊更に嫌うという設定があったはずだ。第一、自分の同志を『山賊』扱いされれば気分も悪くなるに決まっている。
なので、私は適当に言葉を濁した。
「ほう?私を知りたくないと言いつつ何者かを御存知と?ずいぶんと矛盾していますね」
あれが流し目というものか。副リーダーの目付きを見て、感心しながらそれをする理由を考える。
…もしや、『ツンデレ』とでも思われているのか。
「ただの重要な情報として、反政府組織の構成に興味があっただけで、あなた自身に対する興味は本当にありません。…だから、何故笑うのですか」
普段から言葉数が多くない。そんな私なりに一生懸命説明したが途中、遮る勢いでリトが笑う。
「ハハハッ!自信満々に思わせぶりな態度取っといて、フラれてやんの!まぁ、こいつは俺のだから当たり前だけどなぁ」
いろいろ言いたいことはあるけども、概ね間違ったことは言われていない。なので、私は笑顔を張り付けたまま硬直する副リーダーをのんびり眺める。
『堕華』で『お色気担当』とされていた副リーダーだからこそ、自分の魅力に相当自信があったのだろう。だからこそ、復活するまでだいぶ時間が掛ったのはまあ、想定内だから気にしないでおく。
それにしても、これからどうしたら良いのだろうか。
せっかく、こうして攻略対象者と知り合ったのだというのに、自分のせいでヒロインの攻略速度がわからないままだ。
どうにかして、知りたいものだが…。
「セト、セト。…フフ、可愛い顔。眠いなら、このまま俺に凭れていいよ」
「ん…ん」
「眠いのを我慢してる顔も、とろんとした目も、幼い仕草も、いつもよりずっと素直な態度も、全部可愛い。あぁ…俺の」
リトが何かを呟いているが、私にはそこまで聞き取る余裕はなかった。
安心出来る、絶対的な守護者の肩に凭れた私の意識は遠のく。
また明日、起きたら聞きますのですみませんが寝ます。副リーダーも、硬直が解けたらさっさと帰れ。立場ってものがある人が、女にかまけたり新人予定のところに夜分ジャマしに来るなんて本当にどうかしてる。
忙しいのだから、取れるときに休息するのも務めだ。
まったく、誰か彼に言ってくれないのだろうか。反政府組織もそういった教育が不十分で困る。
「……そんなことを私に言うのは二人目ですよ」
「フン。セトの言う通りだな。きちんと教育されていないから、自分のことに精一杯で周りのことなんて見えないんだ。政府に警戒される程度に大きな組織になって来ているんだから、もう少しどうにかしとけ」
「ここに今日来たばかりの人にそこまで言われるとは、思いもよりませんでしたよ。何者です?」
「言うと思うか?」
「敵対する者でしたら容赦はしません。ですが、だからと言って政府側の人間とも思えない。そもそも、ニーズヘグ家は本をただせば王家の血筋。しかし、だからと言って王家と近しいわけでも」
「だから、俺はニーズヘグ家とは関係ない。俺は、俺の意思の元で仕える主を決め、そしてその思いに添うために動いている。ただ、それだけだ」
「それは、我々と敵対することもありえるということですか?」
「ハハッ。素直に言うと思うか?そして、あんたがそれを信じるとは到底、思えない」
「それもそうですね。ただ、これだけは信じられます」
「何だ」
「あなたが誰だろうと、誰を主と仰ごうと、どこに属そうと。あなたがこの子を裏切ることはないってことだけは、確かでしょう」
「…………そんなこと、ないさ」