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反政府組織の内部を偵察する方法

「あっ、攻略対象者でした」


「だと思ったよ」


待てど暮らせど、幹部との顔合わせが実現しない。あれからだいぶ時間は経っているが、部屋の中から誰かが出て来る様子もなかった。

なかなか体力があると感心するべきか、それとも色事に耽り過ぎだと呆れるべきか。いや、英雄色を好むと言うし、普通なのだろう。どうでも良いので、そう納得しておく。


そういう意味では私はまだマシな方で、可哀想なのは真っ赤な顔で恥じらう少年である。私たちを連れてきた手前、幹部とのコンタクトを取ろうとしてくれているのだがそれがうまくいかない。

部屋の扉を叩いても返事がないので、問答無用で勝手に開けるのだが中から嬌声が響いて来て…真っ赤になってすぐに閉めるというのを繰り返していた。身長が私と同じくらいで、顔だちも幼いから可哀想この上ない。

私は呆れ顔だし、リトは平然としているから肩身も狭そうだ。

あくまで呆れているのは中の人々に対してで、少年に対して呆れているわけではないのだが、身体を縮こませる彼には悪いことをした。


真っ赤な顔で冷や汗をかく少年は、飽きて剣を磨きはじめるリトと経典を読みはじめる私に気を使って、泊まるための部屋を用意してくれる。さすがに、もう黙って帰せる時間が過ぎていたからだ。

一応、使い捨てで足がつかないだろうアジトだと思うが、さすがにこのまま開放してはくれないらしい。

それもそうか、相変わらず幹部は部屋に籠って今日中に出て来るかわからない。それなのに、私たちがどこかに情報を渡してしまったら…とでも考えているのだろう。


私たちも異論はない。どうせ、身に危険が降りかかって来たら逃げ出せるだけの能力はあるので、そこに関しては心配していないので悠々と過ごすことにした。

…やはり、ここの警備体制についてちょっと思うことはあるが、本当に他人事なのでこれ以上悩むのは止めておこう。


急に増えたに関わらず準備してくれた夕食に舌鼓を打った私たちは、少年と別れて各々の時間を過ごしていた。

そして、やっと思い出したのだ。あの勧誘者である少年が何者かを。


「…え。兄さんは気付いていたのですか」


前世の知識で、この世界が『堕華』の世界だと知って数年が経つ。どんどん不鮮明になる記憶からやっと思い出した私とは違い、リトの方は最初からわかっていたようだ。

おかしいな、知識を持っているのは私のはずなのにな?


「憶えてるさ。お前が口にしたほかの男の名前だぞ?脳裏に刻んでいずれ見付け次第、切り刻んでやろうと思ってたんだ」


脳裏に刻むのと切り刻むを掛けたらしいが、おもしろくない冗談だ。口は弧を描いているのに、目が笑ってないから余計にそう感じる。

リトの冗談のセンスはさておき、両手を差し出して来た彼の両手首を縄でくくりながら話を続ける。


「勧誘して来た方、野良魔術師ですね」


結び目が解けないか確認した私は、彼に伝えた。

そうなのだ。彼は野良魔術師と称される少年で、攻略対象者が年上ばかりの中、彼だけがヒロインと年が近いという設定である。その分、反政府組織に捕まった後は、監視役として付く少年と共に過ごす描写が多かったように思う。


彼も自分で結び目の強度を確認して、納得したらしくベッドに横になる。横たわる彼をまたいて壁側に寄った私は、その横に寝っ転がって自分の首に輪となった彼の腕を通してそのまま目を瞑った。

彼の腕の中、自分にとって落ち着く場所を探して納得する位置に頭を置いた頃を見計らって、リトは身体をもっと近付けて来る。

寝るからと軽装になったおかげで、近付いた身体の熱が私にも直に伝わって来て少し気恥ずかく感じた。こういうとき、筋肉は熱量が多いと思う。


自分より少し高い体温を感じていると、恐る恐ると言うようにそっと額に当たる少し震える唇を感じた。

壊れ物でもないのに、こうやって大切に触れる彼がおかしい。これ以上のことはし慣れている風なのに、私に合わせているつもりなのだろうか。


室内を照らす光もない中、うっすらと目元を赤く染める彼を至近距離から薄目を開けて確認した私は同じように額に触れるか触れないかくらいの淡い接触を返した。




「何をしている」


「…んん?」


頭の下から硬い筋肉がなくなるのを感じ、私の意識は浮上する。頭の上、ただの飾りとなっていた枕の下に、リトの手が入ってそこに隠しておいたナイフを引っ張り出した。

低く、淡々とした声が誰かに問い掛けたときには、彼はベッドの上でナイフを構えて身構えている。そして、そのときにやっと私は目を擦って呻き声を挙げるのだった。


「いえね?愛らしい人からあなたのことを聞いていたのですよ。大層、腕の立つ護衛がいたとね。しかも、主人の悋気に触れて幼い弟共々、ろくな説明もなしに解雇されて放逐されたとか。この辺一帯、元宰相閣下の命でどこも君たちを雇ってはくれないそうですよ。…本当に、貴族というのは身勝手極まりないですね」


「だから雇ってやるなんて甘言で、俺たちを呼び寄せたのか。お優しいと称した方が良いか?それとも、女一人に振り回されるマヌケと揶揄してやろうか?」


「フフ。誰も女性だとは言っていませんのに、想像力が豊かですね?単純に戦力を強化しようとしているのですよ。貴族に悪印象を持つ、同志をね。たまたま、条件に合った人のことを聞いたから引き入れようと勧誘しただけで、他意はありません。ですが、あなたの方はどうでしょうね。何を根拠に、可愛い人を女性だと思ったのでしょうか?」


「男に可愛いとは言わないだろ。ただ、適当に言っただけだ」


「そうですかねぇ?護衛だった頃の話や今のその状況を見て、あなたが否定的なのに驚かされますよ。普通、兄弟でそのように密着して過ごしますか?慈しみながらも、まるで湧き上がる衝動に対する代償行為をひっそりと行うクセに?あなたはひな鳥を護る親鳥というより、番を護るケモノのようですよ。腕に囲い込んで、自分以外を見せないようにしているその様子では、相手に目が眩んでいるようにしか思えませんね」


「勝手に言ってろ」


「否定はしない、と?フフ、おもしろい人だ。弱点をわざわざさらけ出して、何を探ろうとしているのです?あなたはずいぶんと女性に対して甘く、緩くて気安い態度を取っていたそうですが、それはわざと懐に入りやすくするための演技ではありませんか?ある人物が言っているように、その人物に対する恋愛感情のあまり、いろいろ嗅ぎまわっているなどという、甘ったるくて頭がおかしい行動を取っているようには見えませんよ」


「俺はずいぶん昔から甘ったるくて頭がおかしい行動ばかり取ってたがな。今回だってそうだが、でもお前にそんなこといったヤツが相手じゃないな」


「そうでしょうね。あの女はまだ、この世界にいませんでしたし。ニーズヘグ家の火吹き竜が後任を置いて表舞台から消えたのはずいぶんと前です。一時期、ずいぶんと荒れていて、もしや掌の珠を身勝手にも自らの手で壊してしまったのかと思いました。噂が流れない時点で相手の身分は想像出来て、ひどく落胆したものです。所詮は貴族なのだと」


「俺が悪名高いニーズヘグの火吹き竜?笑わせる。もっとおもしろい冗談じゃないと、俺は笑えない。大体、勝手に期待して勝手に落胆されてもその火吹き竜も反応に困るだろうよ。所詮、ケモノは自分のことしか考えてないんだからな」


「ケモノはケモノで考えがあるように思えますよ。そう、例えば掌の珠が係わっている、とか」

「だから、俺は違うと言ってるだろう?髪色だって、こんな普通の色だ。大体、なんであんたは火吹き竜に執着する?」


「髪なら脱色して、染めれば良いでしょう。いくら特徴的な髪色でも、隠しようはあります。執着、ですか。そうですね、ただ敵に回ればおそろしいのです。人間社会に関わらず、辺境で珠を可愛がっているだけならば別に構わなかったんですがね。でも、出奔したのであれば話は別です。まだ成人したてとはいえ、たった一人でも当時、あの戦力ですよ?今ならどうなっていることでしょうか。仲間に引き入れるのであれば良いのですが、もし敵対するのであれば」


「敵対するのであれば…?殺すとでも?」


「本人を?フフ、まさか!それよりも」

「……っ!まさかお前!!」


「はれ?ぼたん、はずしたっけかぁ?」


寝起きで口がうまく動かない。

緩慢な動きで緩んだサラシを胸に巻き直し、いつの間にか外していたらしいシャツのボタンを留める。やはり、筋肉の熱が暑さの原因だと思う。


「ん…。むしにさされたの、かな?こんなとこ、あかくなってる。でも、かゆくな」

「セト、お前状況を見ろよ!?」


突然大きくなったリトの声に驚いて、おかげで目が完全に冷めた。そして指摘された通り、今の状況下での自分の状態を理解して蒼褪めた。

ここは自室ではなく、はじめて訪れた反政府組織のアジトだ。どんなことが起こるかわからないにも関わらず、平然と眠った挙句に寝ぼけている現状。リトが一緒にいなければ、寝込みを襲われて殺されてもおかしくはないだろう。物騒な想像だが、あり得ない話でもないことを考え、蒼褪めたままきちんと警戒していたリトに視線を向けた。


彼は枕の下に隠していた大振りのナイフを侵入者に向けているのだが…おや、両手が自由になっている。きっと、ナイフで切り落としたのだと思い納得し掛けたのだが、彼の足元に落ちている縄に切られた跡がない。縄は二人それぞれで結び目の強さを確認しているから、寝ている最中に外れたとは考えられないのだが…。

しかし、現に彼の両手は自由になっているのを確認していると、リトが私から視線を逸らした。いかにも後ろ暗いことがあると言わんばかりの態度だが、最初に縄で両手をしばるように要求して来たのは彼の方だ。曰く、私の身の安全のためらしいのだが、こうした状況下に置かれた今、縄はむしろ不要な気がする。どうせ、こうして自力で縄抜けが出来るのだから。

そもそも、護衛が両手を縛っている時点で身の安全性が皆無だと私は思う。


ニーズヘグ家の教育だか、聖騎士の教育だかは知らないが、何てことを教えているんだか。頭が痛くなる私だった。

悪役は縄抜けが得意。

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