攻略対象上司のセクハラを止めさせる方法
せくはら上司vs主人公。そしてちょっと色っぽい展開があるよ!
さて、セクシャルハラスメントを止めさせるにはどうしたらいいだろうか。
残念ながら私の前世と思われしものはあくまで知識でしかなく、名のある一人の人間として生きて来た実感が皆無だ。それとも、客観的にしか見れない残像は前世の私が体験したものではなく、乙女ゲームと呼ばれる自動で動く恋愛遊戯盤と同じようにただ知っているものなのかもしれない。
とはいえ、この世界にセクハラ上司を訴える組織があるはずもなく。ただひたすら、定期的に呼び出されては主とその恋人・カナハとの情事未遂を見せ付けられる日々だ。
…最近思うのだが、主はたぶん申告通りに私を男だと思って、嫉妬のあまりあんな行動を取っているのだろう。
子どもだからと言い張り、カナハという少女が私という男を構うことが許せないのだ。ストイックでドライな若き宰相が聞いて呆れる。
そしてカナハといえば、それを理解していてわざと煽っていることが見え見えだ。本当であれば、『落とせないバグ』候補のリトに狙いを定めたいのだろうが、けんもほろろにフラれているので、その弟に狙いを定めた模様。いい迷惑だ。
主に訴えたところで信じてもらえるとは思えないし、カナハに言ったところで止めてはくれないだろう。むしろ、下手に頼ればリトへの繋ぎに使われかねない。それはごめんこうむる。
なので私は、別の方法で止めさせることにした。
「いやぁ、せとくんみないでぇ」
ハイハイ、見てませんよ。
主の命令には逆らえないので顔はそちらに向けつつ、目を出来る限り細めてぼんやりするように調節する。ここのところ歩くのも慣れて来たので、度の強い伊達眼鏡は普段から着用しているからこういった出掛け先でも大活躍だ。
リトには目が悪くなる心配をされているのだが、精神面が汚染されるのと視力の低下どちらがマシか質問してみたら、ものすごい悩まれてしまった。夢見も悪かったようなので、反省している。
視界に入らないだけでも精神汚染は少ないが、やはり耳から入る音ばかりはどうしようもない。耳栓をしようかと考えたこともあるが、それだと主の命令が聞こえないからすぐに却下せざるを得なかったのだ。仕方なく、粘着質な水音が絶えず聞こえてくるのが地味に効くが、私はひたすら耐える。
計画では、あと少しで仲裁が入るはずだ…!
「旦那様、お客様がいらっしゃいました」
力強いノックの音の後、リトが来客を知らせる。本来であればそれは家令の仕事であるのだが、今は急遽立ち寄った宿の中なのでそれも仕方がないことだ。
屋敷を取り仕切る家令であれば、急にやって来た客人を待たせて時間稼ぎをしつつ主に知らせることが出来ただろうに、リトはそんなこと仕事外とばかりに気にしていない。
急遽立ち寄ったはずに場所に、何故彼らが客として訪れることが出来るのかを推測してくれる優秀な使用人がいない哀れな宰相は、不機嫌さを丸出しにしながら扉の向こうのリトに怒鳴り付ける。
「今、取り込んでいる!それくらい察しろ!!」
たぶん、腕の中で翻弄されていたはずの少女がリトの声を聞いて色めきだったのに気が付いたからだろう。かなり不機嫌そうだ。
可哀想に、リトと私という面倒な兄弟を雇ったせいでこんなことになってしまうだなんて、宰相様もわからなかったのだろう。でもまあ、楽しい思いをたくさん出来たのだから良しとしてほしい。
扉の向こうのリトも同じ思いなのだろう。先程よりもやや軽くなった口調で、もう一声主に掛ける。
それが『愉しい思いをしたんだから、ここいらで止めとけ』という、最終通告だということは私だけが理解した。
「では、弟に茶を淹れさせますので、すこーしだけドアを開けてセトを出して頂けませんか?日に中ったお嬢様の負担にならない程度でいいので」
扉のすぐ傍に立っているのは、リトだけのようだ。この宿に入った表向きの理由を信じて、訪問者たちは扉から少し離れたところに立っているのだろう。
だが、取り次ぎを大人しく座って待っていられる性格でもない。きっと主の返事次第で、踏み込んで来るだろうと、私は予想する。
そして、その予感は主の返答で現実となった。
「お前の弟が不遜にも、私のモノに懸想をするから躾けているとこだ!カナが私の下で乱れるところを見て、現実を思い知らせてや」
「現実を思い知らされるのはお前だろう?ハロルド」
扉を壊す勢いで開けたのはリトとは違う護衛だ。貴族らしく髪を伸ばして一つにくくっている真面目そうな護衛は、眉を吊り上げて主を睨みつつ無言のまま後ろに下がる。
そして護衛と入れ違いに部屋に入って来たのは、先程の主の言葉を遮った人物であり、この国の第一王子である方であった。
自分の自尊心を満たし、愛しい人の関心とそして私への罰を与えるのに夢中だった主は、礼儀も弁えない闖入者に怒鳴ろうとした状態で第一王子の登場に凍り付いた。さすがに返事もなしに入室した無作法を咎めることぐらい、従兄弟の関係であれば出来ただろうが、今の状態では出来るはずもない。
蒼褪める主とは対照的に、その腕の中で恥じらいの表情を見せつつ肌蹴た部分を見せ付ける少女とは雲泥の差である。
ちなみに、リトは護衛と第一王子が入室したタイミングで私に歩み寄り、すかさず保護してくれているので少女の魅力的な肢体は見ていなかった。
「俺たちはジャマだから、お暇しような。了承も取ってあるし」
「そうですか…」
了承は雇い主である主からもらうものだと思うが、その主の更に主である第一王子辺りが指示を出したんだろうから良いのだろう。たぶん。
お言葉に甘えて、抱き寄せて来る腕に逆らわずに身を預ける。
逞しい腕の中は安定していて、ひどく安心出来る場所だ。居心地の良い所に頭を乗せて、私は安堵の息を吐いた。
第一王子の目にこの惨状が入ったのだから、セクハラが続くことはまずないだろう。何せ、客人こと第一王子とその護衛である貴族子息は少女に好意を抱いているのだ。そんな相手にいやらしいことをしている男の元に置いておける程、二人の執着心は弱くはないのだ。
「ハロルド、ボクが頼んだのはカナの後ろ盾になってマナーや貴族家のことを教えることだけだよ。房事を教えろとは一言も言っていないはずだけど、これはどういうことかな?」
「こ、これは。私たちは愛し合っていて」
「待って!わたし、ハロルドに襲われて……っ。言うことを聞かないと、シュナ様とアルフ様に言うって!!」
「な、なにを言っているんだカナ!君が最初に」
まるで本当の罪人かのように敬称抜きで主の名を呼んだ彼女は、肌蹴た胸元を手で隠して自身を拘束していた腕から逃れた少女を護衛が抱き留めた。そのときに少女の手が外れて胸が一瞬だけ露出し、それを目にしてしまった彼は顔を赤らめて狼狽えている。
そして、それを微妙に見逃いした挙句、自分ではなく幼馴染の護衛が愛しい人を抱き留めたことにいら立ったらしい第一王子は、自身の従兄にそれをぶつけることにしたようだ。おかげで、当事者の片割れである少女へのお咎めはなしとなってしまった。
…まあ、こんなものか。あわよくば、あの少女も拘束されるか監視が付けば良いと思ったが、それは望み過ぎだろう。
ある程度、結果を見守った私たちはそのまま静かに退場することにする。
私をそのまま抱き上げたリトは、何の感慨もない様子でさっさと修羅場を後にした。…ずいぶんと冷静だが、まさか修羅場慣れしているのだろうか?それはちょっとイヤだ。
「これでセクハラから解放されます。ところで兄さん、足は着かないでしょうね?」
「安心しろよ、セト。善良で信仰心の篤い使用人が、悩みに悩んで教会の懺悔室で語ったたんだ。お優しい司祭様が匿名で王子たちに苦情でも入れてくれたんだろうよ」
まさかこんなに早く行動を起こすとは思わなかったが、何やら嗅ぎまわっている者が第一王子子飼いの者だと気付いて、それとなく情報になりそうなものを出しておいてよかった。
そして、ここまで第一王子たちの関心を引いてくれてありがとう、カナハ嬢。
そこだけは感謝しておこう。
「では、心置きなく仕事が出来ますね」
「…セト、本来の仕事を忘れんなよ?」
「あ…、あはは」
使用人歴が長いため、こちらが本職のつもりになってうっかりしてた。そうだった、本来の目的はすでに達成しているのだから、もう良いのだ。
でもまあ、急に辞めたら怪しいだろうとリトと相談して、少ししたら辞めようと決まったのだけど。自宅謹慎が決まった元宰相にクビにされ、その必要は皆無だった。
…この世界ももう少し、福利厚生がしっかりしてほしいんだけどどうにかならないものか。