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ヒロインのアプローチから逃げる方法

「ぶーぶー。洗濯婦は洗脳してるんで、いくらでもシーツをどろんどろんに汚しても良いんですよ?お二人で!」


「おかげさまで、毎晩汚してますよ。冷や汗で!」


唇を尖らせるメイドにそう返していると、冷や汗の原因が平然と微妙なことを言い出した。


「誰が見てるかわからないとこで羞恥に震えるセトを見るのも一興だけど、俺はやっぱり二人っきりで愉しみたいんだよねー」


もちろん、ムシした。


「それで、なんの用ですか」


「お探しの仔猫が見付かりました」


何故、こんなところで白杖のところの配下がいると思えばそういうことだったのかと納得する。

お互いに顔見知りだと気づかれないように過ごしているため、頃合を見て報告してくれたのだろう。今日、私は拠点に顔を出す予定だったが、今この場で聞けてよかった。

ここのところ、心配していたことが一応は片付きそうで、私はほっと息を吐いてメイド扮した白杖の配下に礼を言った。


「あぁ、ありがとう」


同室であり、ここのところずっと心配している私を見ていた彼もまたうれしそうだ。

にこやかに笑いながら、彼は口を開く。


「仔猫ちゃんが見付かって良かったね」


「………」


『仔猫』が何を暗示しているかわかっててそう言う彼を見上げた。

軽薄な口調がよく似合う。


「…ねぇ、なんでそんな顔で俺を見るの?」


窓から見た、先程までのメイドたちとのやり取りが頭に浮かんだ。

甘やかで整った顔立ちは、ここの主人に比べて親しみやすいのだろう。軽口を叩き、親切で笑顔を絶やさないこの青年は、女性にはより優しい。

褒め言葉がさらっと出るところといい、スキンシップ過多なところといい、しかもやたらと慣れている様子が彼を不誠実に見せた。チャラチャラしている。


「……はっ!?もしかして、嫉妬!?セトったら嫉妬してるの!?仔猫ちゃんに!?か、かわいいっ!!」


私は彼の女性に対する不誠実に見える態度に、一言物申したい気持ちでいるだけだ。嫉妬ではない。

しかし、彼は感極まった顔で私に抱きついて来た!!


「や、やめてください!迷惑ですよ!!」


「かわい~可愛過ぎるぅ~!大丈夫、俺が心の底から愛してるのはセトだけだから!!心配しないで~」


「あはは、噂に違わない溺愛っぷり!!シーア様とひっそりと応援し隊☆会合用冊子に書かなくてはー」


「なっ!?何ですかその不穏な会合は!?」

「あっ、大丈夫!シーアさんっとこの会合は穏便派だから」


「おんびん…?」


「過激派だとね…ふふふ」


とろんとした蜜色の瞳を向けられて、私は彼の腕の中で限界まで離れた。不穏過ぎる!!


「本当に可愛いなぁ…俺の腕の中にいるクセに、拒もうとしてるの?出来るとでも思ってるんだねーふふふ」


熱を帯びた甘い蜜色の瞳が、再び金色を帯びている。狂気を含んだその金色は、見ているこちらが不安になる程に美しくて-………。


「リトー!!」


若い女性の声に、私ははっと我に帰った。

気付いたら、先程まで一緒にいた連絡役のメイドも姿を消している。さすがだ。


関心していると、声の主がぱたぱたと慌しい足音と共に姿を現した。結っていない黒髪を揺らし、ぴょっこりと顔を覗かせたのはまだ成人を迎えていない少女である。

可愛らしい小花が刺繍されたワンピースをまとった彼女は、視界にお探しの青年を捉えて満面の笑みを浮かべた。


「やっと見付けた!もう~わたしの護衛なんだから、呼んだらすぐ来てよー」


冗談めかした口調で青年に文句を言う少女。ぷるんとした唇を尖らせ、不満そうな表情を見せている。

自分の魅力をわかっているのだろう、そんな仕草も可愛らしく私の目に映った。


「ハロルド様がお仕事忙しいって!だから、お忍びで街に…って、どうしたの?」


光の加減で緑にも見える黒髪といい、クリーム色の肌といい、その彫りの薄い顔立ちといい、異国情緒を漂わせる神秘的な愛らしい少女。この屋敷の主人であるハロルドの客人であり、実質は正妻と同様の扱いを受けている異世界からやって来た少女は、皆が傅く中で唯一不遜とも取れる態度の彼…リトが腕の中に囲う存在に気が付いて覗き込もうとする。


油断していたのか、それとも一瞬だから気付かれないとでも思っていたのだろうか。少しの間、彼女の顔が歪められたのを私は見てしまった。


「…あっ。せ、せとくん?」


腕の中に囲われているのが私だとばっちりと目が合ったことで気付いた少女は、頬を赤らめてそっと視線を逸らした。それはそうだろう。先程の痴態を見た相手だから、気まずくもなるだろう。…普通であれば。

彼女の様子に片方の眉だけ器用に上げたリトは、背けていた身体を少女に向けてやっと私を解放してくれた。

ひとまず、一息吐いておく。


「も、もう。やだなぁ、セト君ったら!お兄さんにそんなにべったり甘えてるなんて!男の子だったら、きちんと一人でも平気じゃなきゃダメだよ!!」


一息吐いた途端、独自の解釈を押し付けられて今度はため息を吐きたくなった。どう見たらそうなるのだろうか。

私にはまったく検討がつかないが、どうやら私は兄にべったりな甘えた弟だと思われているようだ。自分より背も体格も良い男に半ば圧し掛かるようにされているのにも、関わらずに。


「しょうがないな~まず、このカナハお姉ちゃんがお手伝いしてあげ」

「お嬢様」


私の甘えた根性でも叩き直す手伝いでもしてくれるつもりらしい少女だったが、ワンピースの袖をまくる途中で言葉を遮られる。

淡々と、感情の発露がない口調は先程まで甘い視線をくれていた彼だった。


「お嬢様だなんて。わたしの名前は」

「いえ、恐れ多いです」


名前呼びをばっさり断った。少女の頬が引き攣る。


「それに、俺が弟に甘えているんですので、このままでいいのです」


『勝手なこと言ってんじゃねーぞ、この小娘が』


あれ、幻聴かな?感情が伺えないはずの淡々とした声なのに、私の耳にはそんな言葉が聞こえた気がする。


温厚で女性全般に優しく、人気者である彼だが、この屋敷の主の客人である少女には一定の距離感を保ったいる。まあ、どこの世界に使用人が主人の恋人に人懐っこい態度で接するか。

嫉妬で命も取られかねない世界で、彼の態度はある意味正解だ。しかし少々、無愛想が過ぎるような気がしないでもない。

いくらこの職を辞するとはいえ、あまりにも態度が悪い。今までの少女に対する主の態度からして、彼女にこの態度のことを告げ口されたら、たかが護衛である自分がどうなるかわからないはずないのに。


普段から卒のないはずの彼の不自然な態度を不審がる私が口を挟む間もなく、さっくりと少女のおねだりを回避してしまった。

しかもご丁寧に、私の今日の予定である『母を亡くして気落ちしている父に顔を見せに行く』ということも伝えてくれる。でも、仕事が終わったリトも合流して、一晩泊まって来るってそんなの初耳だ。

勝手な予定を増やしたリトは、その後に雇い主にそう言いに行くそうだ。本来、主の護衛が仕事であるからそれは当たり前のことだが、もしかすると先程の少女の発言を主に報告しにいくつもりなのだろう。

少女の動きを主が封じてくれるのであれば、私たちも安心して動けるというものだ。さすがリト、頭が良い。


「せっかくの休みです。可愛い弟を送ってやりたいので、ここで失礼します」


『せっかくの休み』は私だけなのだが、たぶん今のは嫌味なのだろうな。私が朝っぱらから呼び出されたのを不満に思っているらしいリトのセリフに吹き出さないようにしながら、彼に習って少女に深々と礼をした。

住み込みの使用人でも、休日は保障してほしいものだ。


深くお辞儀する私と、慇懃無礼な態度でいささか大げさに頭を下げたリトは『もういいだろう』と言わんばかりに歩き出す。本当に、いつもの態度と違うけど、どうしたのだろうか?あとでこっそりと聞いてみよう。

そう思いながら彼を追おうと踵を返した私の耳に、少女の呟きが聞こえてきた。


「お、おかしいな。ユーグ様って、最初は来るもの拒ばまずなチャラ男でしょ?なのになんで、弟愛に…?原作と違うの?それとも、わたしみたいな転生者でも暗躍してるの?」


その言葉に反応する私の肩に手を置いて、リトはそのまま歩くのを止まずに進んだ。私もそれに習う。

彼女はそんな私たちの反応に気付かず、そのまま上の空で言葉を吐き出し続けた。


「落ちないバグのユーグ様だって、わたしに掛かればすぐに恋に落ちるのよ?だって私はヒロインだもん。でも、リトって名前とあの態度と髪色って…別人なのかなぁ」


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