乙女ゲームから悪役を救う方法
『聖域に咲く華は闇に堕ちるか』
事故で異世界に召還された少女が、たくさんの見目麗しい男性たちに競うようにアプローチされる恋愛遊戯…いわゆる乙女ゲームのひとつのタイトルがそれだ。
わけもわからずうろたえる主人公を優しく受け入れて、徐々にこの世界に馴染ませようと心を砕く第一王子やその護衛である貴族子息、そして王子の従兄に当たる若き宰相。
そのまま三人の内、一人を選んで攻略すればそのまま結ばれ、恋人同士となる。それがひとつのハッピーエンド。しかし、それでは城から出ずに物語が終わってしまう。
そう、その通称『堕華』には別のルートがある。
王子たちの言い付けを破って外へ出たヒロインは、反政府組織たちに攫われてしまう。平和な世界から来た女主人公はおびえてしまうのもムリはない。反政府組織の幹部たちも、憎き王侯貴族に囲われているヒロインに敵愾心も露わだ。
しかし、リーダー格である男と話している内に、彼らの中にある愁いや不器用な優しさに触れて、王族や貴族に囲われるばかりで目を向けなかった国やそこに暮らす人々のことに思いを馳せるようになる。そしてリーダー格の男や幹部はヒロインの素直さや健気さを見ている内に彼女に絆されて—…というのがもう一つのルートだ。もちろん、こちらでも攻略して恋人となり、ハッピーエンドを迎えることが出来る。
だが、それがタイトルの『闇に堕ちる』を称しているのではないとわかるのは、王侯貴族社会と反政府組織の事情を知った後の本筋でだ。
実は初期の段階で、ヒロインと共に別の少女もこの世界に召喚されている。
王侯貴族囲われルート(または第一王子ルート・護衛ルート・宰相ルート)では、登場人物の話の中でしか出て来ず、勝手にフィールドアウトしたっきりの少女だが、反政府組織随行ルート(またはリーダールート・副リーダールート・野良魔術師ルート)で彼女の末路を聞くことが出来た。
彼女の末路とは…同じ女としては悲惨としか言いようのないものだ。
魔術がある世界に召喚されたヒロインはその秘めたる素質はすばらしく、外見は可愛らしく、とても素直な性格をしていた。言葉巧みに誘惑すれば、良いように操れると王子たちが考えるくらいに。
だからこそ、キレイなものしか見せず、自分たちとその協力者しか周りに寄せずに囲い込んだのだ。
しかし、そんな素直なヒロインでも、同郷の者が口を挟んだらどうだろうか?同じく囲い込んだとしても、二人で話している内に疑問を感じ、追及されでもしたら…と考えた彼らは、容姿も能力も劣り、なおかつ自分たちに怯えるだけで心を開かないもう一人の召喚者を外へと捨てたのだ。
ご丁寧に、外で何かを喚かないように心を壊すようなところに。
反政府組織たちも慈善事業をしているわけでもない。そんな身の上の少女たちはたくさんいて、召喚された少女は一時期王家預かりになっていたため、無情にも捨て置いた。いや、むしろより一層むごいところに捨てられるように仕向けた節すらある。まったく効果がなかったが、ヒロインに対する見せしめを兼ねて。
いっそ、獣が出る山にでも捨ててもらった方がマシな目に、その召喚者の少女は遭う。突然、別の世界に放り出された挙句、誰も助けてはくれない冷たく痛みと絶望しか与えられない場所で生きることを強要された彼女は、王子たちの思惑通りに徐々に壊れてゆき…そしてある青年と出逢う。
青年は言った。
今、お前が苦しんでいるこの瞬間も、同じように召喚されたはずの少女はキレイなものに囲まれて、大切に包み込まれ、甘やかに愛されている、と。
事実である。しかし、あまりにも悪意に塗れていた。
心も身体もすり減らし、弱り果て壊れ掛けていた少女は青年に連れられた先で見た幸せそうに攻略対象者と微笑み合うヒロインを見て、完全に壊れてしまった。
元の世界では当たり前にあった穏やかな性格も優しい心も何もかも砕け散り、憎しみと苦しみだけをまき散らすようになった少女は青年と共に世界への復讐を決意する。
少女が捨てられ、ひどい環境に置かれた挙句に壊れてしまったことに気付かないヒロインは、物語のところどころで逢う同郷の彼女と親睦を深めようとするのを利用して、第一王子たちや反政府組織のリーダーたちを追い落とそうと画策する—…のだが。
とはいえ、この乙女ゲームの主役はあくまでヒロインだ。
彼女に同情し、青年の絶望に寄り添い、そして共に世界を呪うルートにヒロインが入った場合にのみ、タイトル通りの『闇に堕ちる』…つまり理不尽な世界に対する復讐者となり、攻略対象者皆殺しバッドエンドとなるだけで、後のルートはトゥルーエンドに向かうための色とスパイスを添えるだけのものでしかない。
人一人の人生をその足で踏みにじりながら、涙を拭って顔を挙げてこの異世界で生きるヒロインのどこが健気なのかまったく理解出来ないが、それがこの乙女ゲームの主旨である。
ヒロインとは対照的な悲惨な出来事と、そのせいで歪んでしまった性格と苛烈さは確かにライバル役としては際立っているとは思うが、そんなことなら普通に高位貴族の令嬢や反政府組織所属の女兵士でも良いような気がする。
まあ、それはともかく。
さて、途中登場から少女とバッドエンドにおいてのヒロインとを『闇に堕とす』極悪非道な悪党についてだ。
彼は作中、少女と同様にヒロインに対しては好意的に最初は接している。年上の経験豊富そうな軽い態度のお兄さんとして、他の攻略対象から目の敵にされながらもヒロインにまとわり付いたり、悩んでいるときにアドバイスしたりと良い人っぷりを発揮する。
攻略対象者に付き物のスチルがないだけで、名前だけではなくムービーやボイスまで付いていたこの青年、界隈では『全コンプ後の隠しキャラ』とささやかれてのだが、それを裏切って最後の最期まで自分を貫き通してしまった。
一点の曇りもなく極悪非道の悪役のまま、改心することもなくあっさりと死んでしまうのだ。
なので、攻略サイトでプレイヤーの乙女たちの嘆きが…すさまじかった。最終的には『落とせないバグ』とか言われていた気もする。
そもそも落とせる設定じゃなかったのだから、落とせた方がバグだと思うのだがどうだろうか?
そんなわけで、ユーグリットという悪役は悪の華を咲かせて見事に自らを散らせて見せるのだが、それはゲームの中だけにしてほしい。
燃えるような見事な赤毛と、感情によって色の変わる金の瞳を持つチャラ男を演じるこの悪役青年にだって、心配する人はいるわけだ。
『彼女を救わなかった世界など、俺が滅ぼしてやる』
狂ったように哄笑を響かせる青年が破滅の道を選ばないように、私は私が持ち得る権力を使って阻止するのだ。
正直、王侯貴族と反政府組織という大きな組織を単独でつぶしに掛かれるくらいにいろんな意味で狂っている彼に対して、星導教会の力がどの程度通じるかは未知数だ。もともと、俗世に対して振るわれることがない権力だからどうなるのか。何もしていない今、悩んでも仕方がない。
だけど、この先にある大きな混乱を防ぐためなのだから、職権乱用しても神はきっとお赦しになるだろうと私は思っているのだ。
「リト、誰か大切な方が出来たら私に教えて下さいね。私の持ち得るありとあらゆるものを使って助けますから」
私がリト、本来の名はユーグリットという彼にそう決意表明をすれば、うれしそうに目を細めて微笑まれた。
「ありがとう。二人で助け合って守ろうね。ところで、セトは男の子と女の子、どっちが良い?」
私なりに誠意を込めた言葉に対する返しはいったい、どういう意味があるのだろう。しかし、このセリフは…。
彼の恋愛指向としては、相手が男性・女性関係ないのかもしれない。彼は現在も、懐が広い博愛主義者だ。しかし、だからと言って私に相手を決めさせるのは止めてほしい。心が抉られる。
いや、そもそも私が『彼女』を恋愛関係にある人だと勝手に考えているだけの可能性も捨て切れないか。
ふるふると首を振るって、恋愛方面へと勝手に変わってしまうジャマな思考を振るい落として、私は改めて気合を入れた。
ユーグリットが復讐に走らないために出来ることは、思い付く限り何でもやろう。
彼が傷付かず、笑顔でいられるように大切な者を一緒に護ろう。
そのために、私はまずある少女と話しをしなければならないのだ。
一つ一つ、可能性をつぶしていけばきっと、大丈夫だと信じて。
…ちなみに、乙女ゲームにおいての私の役割はといえば。
トゥルーエンドのスチルに、背景として見切れた状態で描かれている星導教会の名もなき司祭が私である。