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攻略対象上司のセクハラから目を逸らす方法

乙女ゲームのヒロイン登場!そしてしょっぱなから色っぽい展開。

南向きの大きな窓から、清らかな光が射し込んでいた。

窓から続くベランダには可愛らしい色合いの小鳥たちが止まり、美しい囀りを聞かせてくれる。

繊細なレースのカーテンが少し開いた窓からの風に揺れ、雲一つない空の青さとのコントラストを更に美しく彩っていた。


すばらしい朝の光景だ。


「はあん、ああぁ~!はろるどさまぁ~らめ、らめですぅ。せと、せとくんにみられ…ひやあああん!!」


「はっ、カナの可愛い声を聞けてこいつもよろこんでいるさ!」


…ねばっこい水音とねばっこい睦言が頭の上から降って来なければ!


正確にいえば頭を下げた私の数歩先にある執務机の上に行儀悪く座り、主の膝の上に抱えられて翻弄される少女の上と下から聞こえ…。


「セト、せっかくカナハが可愛らしくも淫らな姿をお前に見せてくれているのだ。しっかりと目に焼き付けて、心からの感謝の意を捧げたらどうだ?」


「……っ」


息を呑む音に、主は機嫌良く嗤う。私とカナハという彼女にとって悪魔の如き、邪悪な笑い声だった。


「顔を挙げろ」


主の命令に、私は従わないという選択肢は存在しない。

ゆっくりと顔を挙げて…眉間にしわが寄るのを必死に耐えながら言われた通りにする。

カナハという少女は否定の言葉を喚いていたが、主に簡単に封じられてその姿を私の目前に晒していた。ふるふると震える身体で主の腕から逃れようと無駄な抵抗をしつつ、私に対して潤んだ目で訴えて来るのだが…期待されても正直困る。


「…あ」


少女に対する主の情欲に溶けた熱い眼差しに促され、言葉を発しようとした私の口からはかすれ声が漏れる。何度か声を出そうと口を開閉させるものの、意味ある言葉は出て来なかった。

ぱくぱくと口を開閉させるばかりの使用人に、主は目を向けることなくひどく低い声で次なる命令を下す。


「立て」


短い命令を受けた私はふらつく足で必死に立ち上がり、ぐっと顔を挙げる。


…視界に入るものを極力見ないようにしながらという、かなり技術が必要な場面だ。

先程の命令を下げてもらえればいいのだが、主がそれを許すとは到底思えない。私の何が気に障ったのだかは知らないが、このように機嫌が悪い主がこの行為をやめることがないのをもうイヤという程わかっていた。


主はふらつきながらも立ち上がり、直立の姿勢となった私の下半身に無遠慮な視線を向ける。本日は休みでいつもの使用人としての服装ではないが、汚れも皺もない清潔なものだ。

主に恥じない服装をしているつもりだが…しかし、主はそこを気にしている訳ではない。

膝の上の少女を嬲り鳴かせながら、一通り私を身体の一部を見ていた主は鼻で笑ってはじめてこちらの顔に視線を向けた。


「もういい。下がれ」


嘲る色を隠さないまま、主はそれだけを短く命じ、すぐにどろどろにとろけた熱い視線を腕の中に囲った少女に向ける。

先程のものよりに甘さを含んだ視線に、私は二人に気付かれないように安堵の息を吐く。私という存在がスパイスになったようで何より。


すでに私という存在を頭から締め出した二人がより楽しみはじめるのを感じながら、私はすっと退室の言葉を吐き出した。


「…………」


ねっとりとした熱気の籠った主の執務室から退室した私は、廊下の壁に身体を預けて外から降り注ぐ光を浴びて精神の消毒をする。

あの二人から発せられる菌が紫外線如きで殺せるとは思えないが、気持ちの問題だ。

そして、清々しい朝日を浴び、今日一日精力的に動こうと目標を掲げた数時間前の私の気持ちを返してほしいと切に思う。


毛足の長い絨毯の上とはいえ、かなりの時間片膝を着き、なおかつ頭上での狂乱が見えないように身体を丸めていたせいで凝り固まった身体をほぐしながら、懐いていた壁から離れてゆっくりと歩き出す。

かれとの付き合いもそれなりに長い。こうして、どうしようもないことで呼び出されてはかれに懐いているんだ。かれの懐の広さと寛容さを見習わなければ。


そんなどうでもいいことを考えながら足音も立てずに進んだ私は、角に差し掛かったときに突然伸びて来た手に腕を引かれて暗がりへと飛び込む羽目になった。


ごっ


「いっ!?」


人の身体と頭がぶつかったと思えないような、鈍い音がして目の前に火花が散った。

あり得ない程硬い胸板に正面衝突してしまった私は、打ち付けた頭を抱えて呻き声をもらす。この家の使用人たる者、必要以上に声を出すことは憚られるが、この場合は仕方がないと誰に聞かせるでもなく必死に弁解した。


「大丈夫か?見せてみろ」


「…………」


こんなとき、痛い場所を押さえたところで鎮痛作用なんてないのに、何故人は患部を押さえるのだろう?

とにかく、痛くて痛くて自力で手が離せられない私の指を、根気よく一本一本外してから患部を確認した青年は、ほっとした表情で顔を覗き込んで来た。


「大丈夫だ。可愛い頭にケガはないぞ」


「…………」


『可愛い頭』って、褒め言葉だろうか。

一瞬、バカにされているかと思ったが、暗がりでも輝く琥珀色の瞳にそういった含みは一切なく。むしろ、いつもの言動と同じものだと推測出来る。先程の壁氏よりも付き合いは長いので。


「鼻は痛くないか?」


「…………」


これは悪意がなくてもひどい!!

鉄板でも入れているかのように硬い胸を押しのけて、腕から逃れようとするが更にきつく抱きしめられてそれを阻まれる。

片腕でこれとは、本気を出してなおかつ両腕だとどのくらいだろうか!?…今のところ、真綿で包むが如く柔らかな拘束しかされたことがないのが幸いだ。

私の腕力のなさを嘗めてもらっては困る。


「ん…大丈夫そうだな」


「何故、ここに?」


「んー?」


人の鼻を確認してから、無許可で他人の身体を撫でまわ…いや、ケガはないか確認していた青年は、私の言葉に不思議そうな顔をした。

私の方が不思議なのだが、彼はわかっているのだろうか。


「先程まで、中庭でメイドたちと談笑をしていたので」


さっき、壁氏に懐いているときに見た光景を思い出し、私の眉間にしわが寄った。

彼は律儀だから、下級使用人であるメイドたちでも邪険にしないで丁寧に接しているだろう。だから、別れの挨拶なりをするのにそれなりに時間が掛かる。

更に場所は中庭と主の執務室がある階だから、距離もあるはずだ。

しかし今、彼はここにいる。不思議で仕方がない。


だが、彼にとってはどうということではないらしい。

まるで飛んで来たかのような己の素早さに関して何とも思っていない様子で、青年は笑顔で言い切った。


「お前が見えたから、すぐに会いたくて」


「……朝、旦那様の執務室に向かう直前まで一緒でしたよね?」


部屋も一緒、食事も使用人用の食堂で一緒に取っている。執務室に向かうための、最後の直線の廊下まで一緒だったのに、それを指摘しても彼は笑みを深めるだけだ。

『暖簾に腕押し』と言う言葉が脳裏に浮かぶ。


彼は昔から、こういったところがあった。


「お前はわからないんだよなぁ。俺がどれ程、お前を思ってるか。それに」

「それに?」


私の身体中、はいず…確認していた手が腰に回って引き寄せられる。また胸板に鼻を(・・)ぶつけないように慌てて手でガードした私に構わず、彼は強い力で抱き締めて来た。

そして、片腕で拘束しながらもう片方の手で私の頬を撫で上げて、至近距離で微笑んだ。


「こーんな、頬を染めて潤んだ目をしたお前を他の男に見られるわけにはいかないだろ?」


…なにをいっているか、わからない。


「あの、私はおと」

「男だなんて。こんな魅力的なのがいたら、性別なんて関係ないだろ?それに本当は」


喉の奥で笑う目の前の青年は、それ以上は何を言わない。ただ、その目は舐めたら甘そうなとろりと溶けた蜜色から、もっと濃い金色へと変わっていた。

琥珀色から蜜色、そして金色への変化に私は何が引き金がわからず、逞しい腕の中で身体を捻り、そこから抜け出そうともがく。


「こ、ここをどこだと思っているのですか!!」


「暗がり」


「そうですけど!いえ、そうではなくっ!私たちは仕事中ですって!!」


「お前は休みだろ?俺も休んじゃおっかなぁ~」


「バカなことを!!ひぅっ!?」


軽口を叩くのとは裏腹に、この声はひどく熱を帯びていて…しかも身体を押し付けて来る。私は危険を感じて周囲を見渡す。

まだ主の執務室付近だ。暗がりとは言え、こんな昼間にこんなマネをしていて、誰かの目に留まれば…っ。


「ぁ……」


小さな声。

私は自分の失敗を悟った。


目の前には、洗濯物を抱えたメイドが立っていた。


「も、もももも申し訳ありません!失礼します!!」


甘やかな顔立ちに鍛え抜かれた身体を持つ青年が、地味な眼鏡の子どもを大型犬のように押し倒そうとしている。大型犬の『遊んで』攻撃を思い出し、だいたい負けていた過去の自分を思い出してしまった。情けない…。


頬を赤く染めたメイドが確実に見たであろう光景を想像し、私はめまいを感じる。

そんな状態の私は呼び止めることも出来ず、真っ赤になった見慣れた顔のメイドは素早く身を翻してどこかへと走って行ってしまった。あぁ、何てことだ…。


「犬のような真似をしていないで離して下さい!彼女を追いますよ!!」


「どっちかっていうと、繁殖という目的がある犬よりも煩悩でしかない俺の方が畜生以下だと思うけど?いいんじゃないかー?弟を襲う兄なんて、そんな畜生以下の男を雇う理由もない。丁度潮時だから、このまま一緒に解雇されよー?」


「そんな不名誉な解雇理由はイヤですよ!?」


確かにそろそろ潮時だとは思っていたが、その理由はさすがにイヤだ。

だが、今は離職時期とは別の問題が持ち上がっている。


「今のメイド、はく…じゃなくて、シーアさんのとこの子です!!」


「あー、なるほどね」


納得してくれたらしい彼の拘束が弱まり、私はそこから飛び出して行く。自分史上ないくらいの全力疾走だ。


何故、白杖のが私も彼もいる場所に自分の配下を置いたのかはわからないが、知ったからにはそれをネタにからかわれることは必至だ。


「待ちなさーい!!」


雲ひとつない今日一日中晴れそうな良い天気の下、休日の朝だというのに私はすでに疲れてしまった。…精神的に。

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