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乙女ゲームの悪役を幸せにする方法

「「「「「はあああぁぁぁぁぁー!!!???」」」」」


立ち上がってバンと机を叩いた私の発言に目を丸くしているのであろう、円卓に集まった人々。そして一瞬後に、私以外の枢機卿の声が一致した。もちろん、私だって同じように叫びたいものだが。


「ちょっとぉ。いくらなんでもニブニブよ~セトナちゃん」


「あぅ」


…しかし、非難されたのは私だった。何故なにゆえ


「元主従、幼馴染とも言える間柄でも、教会に入った時点で俗世においての関係性は捨て置いたとみなされる。だが、そもそも年頃の男女がいくら任務とは言え同室だということはありえないだろう」


「だいたい、藍珠の枢機卿は年頃でしょうに。以前まであった見合いの話が立ち消えている時点で何かしら思うべきでしたね」


「藍珠の枢機卿殿は行動力も洞察力もあるのに、何故こちらの方面には弱いんですか~」


「あ゛ーあ゛ーあ゛ー!聞こえません!!」


白杖のの言葉の後に続いて他の枢機卿たちも口々に言うが、私は耳をふさいで断固拒否した。先程の報告では発言もせず、うつらうつらしていたのになんという変わり身!


「紅剣の、お前は何も言わなかったのか。とっくに求婚の返事をもらったと思ってサインしたというのにっ!!」


「つーん」


そして黄書のはリトに詰め寄っているが、怒られている方は全く堪えた様子がない。つんとすました顔をしている。


「いやいやいや!話をすり替えないで下さいよ!誰ですか!私たちの婚姻を認めた人は!!」


法を司り、婚姻に関する確認をする青秤のをベール越しに睨み付けたのだが、何故か彼は天を仰いだ状態で固まっていた。しばし見ていたが一向に動く気配はなく、魂が抜け出てしまったかのような放心状態に陥っている。


それを見て、私は青秤のをそっとしておくことにした。

あってはならないことだが、もしかしたら彼の与り知らないところでこのようなことが起こってしまったからショックを受けたのかもしれない。こんな人が多いところで言って、悪いことをした。


放心状態の青秤のを放置して、私は順繰りに他の枢機卿を見渡す。皆、ベールかフードを目深にかぶって顔立ちは誰一人見えないのだが…何故か一様に同じ表情を浮かべている気がする。ニヤニヤとした、居心地の悪いそんな表情だ。


「「「「「みんな」」」」」


「はい…?」


「「「「「だから、枢機卿全員で書いたんだよ!」」」」


「もちろん、ジャマしそうなセルジュ君以外よ?」


白杖のの言葉は耳を素通りする。皆が私たちの婚姻に同意してサインをしたと言っているように聞こえたのだが…。

リトに視線を向ければ、彼はベール越しで見えないはずなのにその視線に気付いてにっこり笑う。


「ありがたいことに、そうなんだよ。当時、青秤の枢機卿が法王だったからどうしようかと思って相談したら、他の枢機卿たちがサインしてくれたんだー。あっ!もちろん、青秤の枢機卿補佐官に後でサインをもらって受理してもらったから大丈夫だよ!!」


それって、リトが教会に入ったばかりの頃の話では…。つまり、私と再会したばかりの頃の話である。


当時、再会したばかりの頃のリトはだいぶ情緒不安定だった。そして私は枢機卿として忙しく動いていて、彼にあまり構う暇がなかった。

時間を作って会いに行ったとき、ひどく衰弱した様子でどうにか元気付けたいと申し出たら、彼がたまたま持っていた書類にサインするだけで良いと言われたんだが…。昔作って、同じように二人の名前を書いた紙を畳んで入れたご利益もへったくれもないお守り袋は教会に入る前に置いて来たそうで、それの代わりがほしかったようだ。

枢機卿として新しく『給与制』を導入するか否かを検討中だったため手持ちはなく、貴重品であった紙は入手不可能だった。だから、その紙が例え『婚姻届』だったとしても、そこに書く以外なかったのである。それに、リトには『彼女』がいるのだから、そんなものを出すとは到底思えなかったというのもあるのだが、結果は今のこの状況だ。


「いえ…待って下さい。枢機卿のサインはともかくとして、法王のサインは…?」


「忙しい枢機卿全員のサインをもらった頃に、法王が交代しちゃってさぁ。でも、法王の婚姻届に本人のサインが二重に必要かなぁ~と思って。すでに青秤の枢機卿補佐官にはサインもらってるからそのまま提出しといた」


一斉破門騒動の後片付けを終え、責任をとって法王の座を退いたアレクロイドに代わってそこに付いたのはアリアドである。ちなみに中の人は白杖のだったのだが、彼女はなんと今回で五回目の法王である。法王としての名は別ものだったそうだが、さすがに『もう辞めたい』と言われたら三年の任期を過ぎた時点で交代せざるを得ない。そして、アリアド八世の名をそのまま継いだのが、枢機卿という役目にやっと慣れて来た私である。


『法王』は存在せず、枢機卿たちがこの円卓で話し合い教会の方針を決めていたということを知ったのは藍珠の枢機卿になってからだが、まさか自分が張りぼてであり、何かが起こったときのイケニエとなる『法王』になるとは思っていなかった。もちろん、『悪役・ユーグリット。ニーズヘグ』を救うために権力を欲して枢機卿の地位を手に入れたとはいえ、まさかこんなことになろうとは…白杖のと身長差があり過ぎるため、厚底のブーツを履かされたときにしみじみと思ったものだ。


いや…今はそんなことを懐かしんでいる場合ではない!彼はあのお守りを使って枢機卿のサインを全員分もらい、そして私が法王についてからそれを提出したと言っている?そもそも、サインしてもらったのはずいぶん前のはずなのに、何故すぐに提出しなかったのか。いやいやいや、別にすぐに提出してほしかったわけではないが!!


「「~~~~~~」」


私と青秤ののうめき声がかぶった。


「リト!あなたはなんてことをしたんですか!!私は、私はあなたの幸せをずっと…!!」


ずっと、願っていた。

あの『知識』が頭に流れ込んできてから。いや…違う。


私はずっと、彼の幸せを祈っていたのだ。『知識』を思い出す前からずっと。

悪役ではなく、主でもない、ただの『ユーグリット』という一人の人間が笑っていられる未来を。例えば、同じように彼と微笑み合う、まだ見ぬ最愛の『彼女』と共にある姿を。


「なのに、なのになぜ、わたしなんかと」


確かに、高位の司祭や聖騎士になれる人材は教会に入る前に教会内での婚姻を義務付けられていた。その類まれな才能、能力を多く確実に残す処置であり、私はもちろん、リトも誓約しているはずだ。だから年頃になったときに、『乙女ゲーム』について話した後にお互いに動きやすくなるように偽装の婚約者となった経緯があった。

あくまで偽装だ。恋人であれば見合いから逃れられないと思って、婚姻を匂わせる意味合いで婚約者という立場を選んだのに…何故。


今までは『乙女ゲーム』のことでいっぱいいっぱいだった緊張の糸が切れ、私は項垂れた。あんまりな結末に、私はどうしていいのかわからない。


「離縁…は出来るでしょうか。あぁ、でもサインをした枢機卿たちに認められないとそれも難しい。それに、納得させられる理由もまた必要で」

「セトナ」


力なくへなへなと座り込みそうになった私を抱き寄せたのはリトであった。


「セトナ」


女とはいえ、人一人抱えても揺るぎないはずのリトの琥珀色の瞳が揺れていた。危なげなく支えてくれている腕にすがり付いているのは私なのに、まるでリトの方が支えがないと倒れてしまいそうだ。


「セトナ」


髪色と同じ赤い睫が震える様が、間近で見える。何故、あなたの方がつらそうなの。震える彼を力なく見上げながら、私は不思議に思った。

何度も何度も口を開こうとして失敗する彼の姿は、普段の陽気な姿とも自信に満ち溢れた姿とも違って不安と恐怖に彩られている

そんな彼は、何度も何度も声を出そうとして失敗し…そしてやっと言葉を発した。


「セトナ。俺にとって、セトナは大切な女の子だった。思わず追い詰めてしまう程に…」


瞼をゆっくり閉じたリトがその裏に浮かべるのはどんな光景だろうか。わからない。わからないが、目を開いてうっすらと笑う彼の顔は苦い。


「追い詰めて、閉じ込めて、それでもセトナは俺を受け入れてくれるって、そう思ってた。だけどそれは独りよがりだって気付かされて…そして、今度は間違えないようにしようって決心したのにまた同じことを繰り返してセトナを怖がらせてる」


「リト…私は別に、怖がってはいないです」


「でも俺、昔と同じようにセトナを囲い込もうとしてんだよ?」


ふと、まだニーズヘグ家にいた頃、執務室前で聞いてしまったことを思い出した。あの当時は『愛人』云々と『乙女ゲーム』のことであまり考えなかったが、何やら私の与り知らないところであったのかもしれない。

今更、聞いたところでどうにもならないが。


「何故、ですか」


「えっ?」


「何故、そんなことをしようと?私は別に、もうどこにも行きませんよ」


「そりゃあ、枢機卿になった子を教会が放逐するとは思えないよ。そうじゃなくて。俺は…俺はセトナとずっと一緒にいたいんだ。誰よりも近くで、あのときの笑顔が見たいんだ」


「あのとき?」


「お前がニーズヘグに来てからしばらくして、エレナとリュジュがやっと馴染んで来た頃に二人を見てはじめて笑っただろ?」


あの頃は衰弱していた母が心配で、馴れない環境でむずがる弟が不憫で自分のことなど二の次三の次だった。心配で心配で、やっと二人が落ち着いてきたのを見て、確かにほっとした記憶があったが…そのときに笑っていたのだろうか。しかも、はじめて?

私は自分の頬を両手で押さえる。…覚えていない。


ぺたぺたと自身の顔を触る私の手に、リトの大きな手が重なる。両手で頬を挟まれた状態でそっと動かされ、至近距離で彼と見詰め合うことになる。


「そのときから、俺は。あの笑顔を守りたい、幸せにしたいってそう思ったんだ…いつだって、うまくいかないけどな」


笑う彼の蜜色となって来た瞳の中に、私がいる。とろりと溶けて熱い蜜色の中には他の誰もいなく、私だけしかいなかった。

もしかしたらずっと、『彼女』じゃなくて私しかいなかったのかもしれない。そんな、まっすぐな目だった。


「ずっと好きだった。今は愛してるよ、セトナ」


引き寄せられるまま、近かった距離がなくなる。

ふわりと柔らかな感覚が唇に当たり、そっと離された。


また近い距離に戻った蜜色の瞳が問い掛けるから、今度は私からそっと触れてみる。

震えて、うまくいかない不器用な口付け。だけど、離したときに唇に感じた彼の吐息は熱っぽかった。


「セトナ、止めないの?」


吐息のような小さな声に、ぞくりと身体が震えた。頬から離された彼の両手が頭の後ろと腰へと回されて、私を引き寄せる。


「えぇ…まあ。わ、わたしもおおおお、同じ、気持ちですから」


声に出せなかった言葉を何とか形どる唇を、リトは荒々しく奪う。本当に奪うという、そんな勢いで重ねられた唇は何度も角度を変えて行われる。

はむはむと下唇を食まれ、舌先で閉じた歯を突かれて、止めていた息が続かなくて開いた口の中にぬるりと入って来た舌に翻弄されて…完全に身体から力が抜けた。


ぐったりと身体に力の入らない私を抱き止めたリトは、先程の表情とは打って変わって満足そうでいてどこか色気のある笑みを浮かべている。男の人の色気ってそれぞれあるんだと、組織の副リーダーを思い浮かべながら現実逃避してみた。


「お前を幸せにしない世界なんて滅べば良いって、わりと本気で思ってる」


「それはちょっと……」


掠れた声で耳元で囁かれた、かつて『知識』の中で聞いた言葉と似ていて異なる台詞に思わず引きながら急に元気になった彼の行動に引きずられる。


「よっし!これで解禁だよな!もう婚姻は結んでるし、本当の夫婦になっても構わないだろ!?」


「解禁?本当の夫婦…?あの、やはり私たちは本当に婚姻を結んでいるわけではなかったので…?」


「ち・が・う!ほら、セトナが気にして集中出来ないと思ってしなかったんだよ!俺、かなり頑張って我慢したんだよ!いっぱい触りたかったし!!」


「あの…?」


「教会に入る前に、俺たちは何を期待されてた?」


「…………?……………!?」


ままままま、まさか!

顔が熱を持つ。きっと今、私の顔は真っ赤になっている!


それに気付かないリトではない。彼は私の顔をにやにやと見下ろしながら、膝の裏に手を入れてぐっと持ち上げた。


「さーて。遅くなったけど、期待通りに頑張ろうな?セトナ。…少なくても一人、優秀な子どもが生まれる未来があるからそんなに心配してねーけど」


小さな声で呟かれた言葉は聞こえず。代わりに。


「白杖の。あれってさぁ、せくはらになんない?」

「いいのよぉ。だってあのにぶちんセトナちゃんがやっと理解して、ユーグリットちゃんがこれから本懐を遂げようとしてるのよぉ?身内のことは温かく見守ってあげて、祝福しましょう。…ほら、セルジュ君も現実を見なきゃダメよ~」

「…まったく、見せ付けやがって。俺もさっさと相手見付けないとな」


白杖のと黄書のとのやり取りが遠くから聞こえる。

あれ、まさか私たちってあのカナハ嬢たちと同じことをしていたってこと…ひぃぃぃぃぃ!!


意気揚々と私を抱きかかえたリトが向かった先はまぁ……ご想像におまかせしよう。ハイ。





「…あっ」


頂いた絵を見たまま固まった私に気付いた娘が、横から手元を覗き込む。


「あ~!すごくキレイに聖女様が描けてるね!」


琥珀色の瞳をキラキラさせた娘を抱き上げて、そのまま肩車をしてあげるリトも同じように覗き込んで来るが、彼の方は別意見だった。


「セトナが見切れてる…」


眉間に皺を寄せて不満顔のリトを見て、私は正気に返るどころか笑いの衝動に襲われた。


この絵は先程の聖女・カノンの挙式を見ていた通りすがりの画家があまりの美しさに心奪われてその場で描きあげたものだ。

かなりうまく描けていて、これを売ればかなりの値がつきそうなのだが、画家のほうは式を挙げていた司祭である私に渡して満足してしまったそうで、すでに去っていた。

それにしても…この絵は。


「『スチル』ですね」

「『すちる』だな」


最早、『乙女ゲーム』が破綻して十数年も経ち、この『スチル』の正面に描かれているのはヒロインでも攻略対象者でもない。しかし、何の因果かその端っこの方に描かれている私だけがその名残を残しているのであった。


「母様、父様。『すちる』ってなぁに?」


「ううん。何でもないですよ、ジークリンデ」

「そうそう。なーんでもないよ、俺たちの可愛いジーク」


男装をしているとき用の愛称で父親に呼ばれた娘は、彼そっくりの顔立ちをふにゃりと緩ませてはにかんだ。

そして、娘を肩車する彼もまた、何の憂いもなく幸せそうに微笑んでいた。










乙女ゲームの悪役を幸せにする方法・完

これにて『乙女ゲームの悪役を幸せにする方法』は終わりです。お付き合い下さり、ありがとうございました。

『愛人』云々のニーズヘグ家の男共のやりとりやら有給使って何やら画策していた悪役(未遂)による暗躍については後日更新する…かも?

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